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 くつをはいたムカデ  


 ここは昆虫村の外れにある、コロコロ神社です。今日は1週間に一度の日曜市が開かれ、
大勢の虫たちでにぎわっています。
「甘い甘い、わたあめはいかがー」
 わたあめを売っているカマキリは、大きな両手をふりまわし、おいしそうなわたあめを
作っています。
「たこ焼もおいしいよー」
 ガチャガチャと忙しそうなのは、クツワムシのたこ焼屋です。
「さあさあ、取れたての野菜だよ。新鮮な野菜だよー」
 沢山の野菜を背負って隣村からやってきたのは、力持ちで働き者のカブトムシです。
「お面だよ、お面お面おめーん」
 カミキリムシが売っているお面は、どれも自分で作ったものです。
「水あめー、水あめだよー」
「あつあつのお好み焼はいかがー」
 神社の境内には、その他にも色々なお店が並んでいます。そんなお店の中で一番人気が
あるのは、コオロギのくつ屋でした。
「コオロギさん、ぼくのくつ、できた?」
 大きなかばんを背負ってやって来たのは、郵便配達のオニヤンマです。先週の日曜市の
時に、新しいくつを頼んでおいたのです。
「いらっしゃい、オニヤンマさん。すてきなくつが出来てますよ」
 コオロギはそう言ってくつをとり出し、オニヤンマに渡しました。
「うわあ、とても軽いくつだね。はいてみようかな」
 オニヤンマは、新しいくつがとても気に入ったようです。
「どうぞどうぞ、はき心地も良いと思いますよ」
「本当だ、足にぴったりだよ。コオロギさんは、くつ作りの名人だね」
 オニヤンマはご機嫌です。コオロギにお金を払うと、新しいくつをはいたまま飛び立っ
ていきました。
「これから隣村まで、郵便配達に行かなくちゃ」
「お仕事がんばってね」
 コオロギはにこにこしながら、オニヤンマを見送りました。うれしそうに飛び立ったオ
ニヤンマは、日曜市で野菜を売っているカブトムシを見つけると、身をひるがえして降り
てきました。カブトムシに届ける手紙を持っていたのです。
「カブトムシさん、手紙ですよ」
「やあ、ありがとう。すてきなくつをはいていますね」
 手紙を受け取ったカブトムシは、ピカピカのくつに気がつきました。
「コオロギさんが作ったくつなんです。とってもはきやすいんですよ」
 オニヤンマは、買ったばかりのくつをだれかに見せたかったので、にこにこしながら答
えました。そしてカブトムシがはいているぼろぐつを見て言いました。
「どうです、カブトムシさんもコオロギさんに作ってもらってはいかがですか?」
「でもぼくが欲しいのは、畑で仕事をする時のくつなんだ。丈夫なくつでないと、すぐボ
ロボロになっちゃうんだ」
 カブトムシは大きくため息をつき、がっかりしたように言いました。
「どんなくつでもへいちゃらさ」
 後ろから声をかけたのは、わたあめを売っているカマキリでした。
「そうだとも、コオロギさんは日本一のくつ屋さんだよ」
 今度はクツワムシが、たこ焼を焼きながら話しかけてきました。
「ぼくもくつを頼んでいるんだ。一緒にコオロギさんの店に行こうぜ」
 ちょうどたこ焼を食べ終わったキリギリスが、コオロギのくつ屋にカブトムシを連れて
行きました。
「やあキリギリスさん。ご注文のくつはこちらですよ」
 コオロギはキリギリスの姿を見ると、すてきなくつをとり出しました。もちろんキリギ
リスは大喜びです。
「コオロギさん、畑で野良仕事をする時のくつは出来ますか」
 後から着いて来たカブトムシは、おそるおそるたずねました。
「もちろんですとも。どんなくつでも1週間あれば出来ますよ」
 コオロギはにこにこしながら、自信満々で答えました。するとカブトムシの後ろから、
突然大きな声が聞こえてきました。
「おれさまにも作ってもらおうか」
 声の主は、らんぼう者できらわれ者の、大きなムカデでした。
「いらっしゃいませ、ムカデさん」
 コオロギも、本当はムカデが嫌いでした。でも今日はお客として来たので、愛想良く出
迎えました。
「1週間でくつが出来るんだな」
 ムカデはコオロギをにらんで、もう一度大きな声で言いました。
「はい、どんなくつでも作りますよ」
「本当か、もしできなかったらどうする?」
「その時はお金はいりませんよ」
 コオロギは胸を張って答えました。カブトムシのくつはちょっと面倒ですが、今はそれ
程忙しくなかったので、1週間あれば簡単に作れると思ったからです。でもそれを聞いた
ムカデは、にやりと笑って言いました。
「それじゃあ頼んだぜ。来週40個のくつを取りに来るからな」
「えっ、40個もですか!」
 1足だけだと思っていたコオロギは、びっくりして聞き返しました。
「あたりまえだ。おれさまの足は40本あるんだからな。1週間で出来なかったら金は払
わないぞ、わっはっは」
 ムカデはそう言うと、大いばりで帰っていきました。コオロギは困ってしまいました。
いくら腕が良くても、1週間で40個のくつは作れません。
「コオロギさん、ぼくのくつは後回しでいいよ」
 話を聞いていたカブトムシは、気の毒に思って言いました。
「ありがとうカブトムシさん。でも一週間で40個はとてもむりですよ」
 コオロギは元気なく言いました。
「元気出してよ、ぼくも手伝うから。このすてきなくつのお礼をしなくちゃね」
 新しいくつを手にしたキリギリスが、そのくつを見ながら言いました。
「ぼくにも出来ることあるかなあ」
 カブトムシも応援するつもりです。
「そうだそうだ、みんなでコオロギさんに手を貸そうぜ」
 遠くの方から、わたあめ屋のカマキリが大きな声で言いました。
「賛成、賛成」
 昆虫村の虫たちは、全員でコオロギを手伝うことになりました。ムカデのらんぼうな行
いには、みんな困っていたのです。
「みんなありがとう、がんばるよ」
 コオロギは、少し元気を取り戻して言いました。

 約束の1週間が過ぎ、また日曜市になりました。村中の虫がコオロギを応援したので、
1週間で40個のくつを作りあげることが出来ました。
「おれさまのくつは出来たかね」
 早速ムカデがやって来ました。
「はいはい、ムカデさん。約束通り40個出来ていますよ」
 コオロギは店の奥から、40個のくつを持って来ました。
「さあどうぞ、はいてみて下さい」
 ムカデは1週間では出来ないと思っていたので、驚いた顔でコオロギを見ました。
「うーむ。だがおれ様の足に合わなかったら金は払わないぞ」
「大丈夫ですよ。どうぞはいてみて下さい」
 コオロギはそう言って、40個のくつを次々にムカデにはかせていきました。40個の
くつは、どれもムカデの足にぴったりでした。
「はき心地はいかがですか。代金は全部で八万円になります」
 ムカデは最初からお金を払う気がありませんでした。そこでなんとか言いがかりを付け
て、お金を払わない方法は無いかと考えました。
「まあまあの出来栄えだが、すぐに壊れる安物じゃあないだろうな」
「とんでもありません。すぐに壊れるようだったら、お金はいりませんよ」
 コオロギは自分の作ったくつに自信があったので、何の心配もしないで言いました。し
かしそれを聞いたムカデは、にやりと笑って言いました。
「よし、来週の日曜市まで無事だったら、代金を払ってやる。しかしもし一つでも穴があ
いたら、金は払わないぞ」
 ムカデはコオロギをにらみながら、おどかすように言いました。
「はい、わかりました」
 コオロギはムカデの悪巧みに気が付いていなかったので、快くムカデの提案を受け入れ
ました。コオロギの作ったくつは、1年以上はいても壊れることはなかったからです。と
ころが意地悪なムカデは、一日中くつをはいたままで、寝る時にも脱ぎませんでした。雨
が降った日には、くつをぬらしながら歩き回りました。しかもわざと石ころだらけの悪い
道を通るので、くつはたちまち痛み出しました
 ムカデのねらいは、くつに穴をあけてお金を払わないようにすることでした。コオロギ
にも他の虫たちにも、ようやくムカデのたくらみが分かってきましたが、だれにもムカデ
を止めることは出来ません。
 土曜日になると、とうとうくつに穴があいてしまいました。次の日は日曜市です。ムカ
デは満足そうな顔をして、コロコロ神社に向かいました。
「おいおい、くつ屋さん。新しいくつに穴があいちゃったぜ」
 ムカデは穴のあいたを脱ぎ、そのくつをコオロギの目の前に出しました。
「でも、これはムカデさんが無茶苦茶なはきかたをしたためですから」
「うるさい!1週間で壊れたのだから、おれさまは金を払わないぞ」
 コオロギは困ってしまいました。ムカデからお金をもらえなければ、新しいくつを作る
ための材料を、買えなくなってしまいます。
「こらムカデ、お金を払いたまえ」
 ムカデの後ろから声をかけたのは、ノコギリクワガタのお巡りさんでした。様子を見て
いたキリギリスが、心配になって呼んで来たのです。
「でもクワガタのだんな、これはくつ屋との約束ですからねえ」
 ムカデは平気な顔で言いました。
「どうしても払わないのか」
「当然でさあ、おれさまは約束を守る男ですからね、わっはっは」
 ムカデは大声で笑いながら、ゆうゆうと帰っていきました。
「コオロギさんがかわいそうだよ。お巡りさん、なんとかならないのかね」
 様子を見ていたカブトムシが、怒ったように言いました。
「うーん、約束ではなあ」
 クワガタもコオロギに同情していたのですが、ムカデをこらしめる理由は見つかりませ
んでした。
「みなさんありがとう。私がうかつだったんです」、
 コオロギはあきらめたように、元気なく言いました。
「なあに、心配はいらないよ」
 集まってきた虫たちの後ろで、聞きなれない声がしました。虫たちが振り向くと、そこ
には年とったオケラがいました。
「やあ、オケラじいさんじゃないか。久しぶりだね」
 カブトムシはオケラじいさんとは昔からの知り合いでした。
「それでオケラじいさん、何か名案があるのかね」
 クワガタがオケラじいさんに尋ねました。
「明日になれば分かるさ。それよりオニヤンマくん、この手紙を隣町のハエトリグモに届
けて欲しいのだが」
 オケラじいさんはそう言って、1通の手紙を取り出しました。オニヤンマは手紙を受け
取ると、隣町に向かってすぐに飛び立ちました。

 大満足で家に帰ったムカデは、1週間ぶりにくつを脱ぎました。
「おれさまは力も強いが、頭も良いんだ、わっはっは。今夜は久しぶりにゆっくりと眠れ
るぞ」
 ムカデはそう言って布団に入りましたが、なんだか足先がかゆくなってきました。かゆ
みはだんだんと強くなり、ムカデはどうしても眠れません。
「えい、くそっ」
 ムカデは起き上がって足先をかき始めましたが、かゆみは強くなる一方です。しかもか
ゆい足はだんだんと増え、とうとう全部の足がかゆくなってしまいました。
「かゆいよー、かゆいよー」
 何しろ、40本の足が全部かゆくなったのですから、さすがのムカデもたまりません。
一晩中眠ることが出来なかったムカデは、朝になると大急ぎで隣町へ行きました。隣町に
はハエトリグモの医者がいるのです。
「かゆいよー、早く治してよー」
 いつもはいばっているムカデも、この日は情けない声で頼みました。
「ああ、これはただの水虫だ。この薬をつければすぐに治るさ」
 ハエトリグモはムカデの足を見ると、棚から薬を取り出して言いました。
「助かった、早く早く!」
 ムカデは足をばたばたさせて催促しましたが、ハエトリグモは落ち着いた声で静かに言
いました。
「この薬は良く効くが、とても高い薬なんだ。それでも良いかね?」
「高くてもいいから、早く早く!」
 ムカデはもう夢中です。
「分かった分かった。ところでどの足に付けたら良いのかね」
「全部の足ですよお」
 ムカデはまた足をばたばたさせました。
「この薬は1回5千円だから、40本の足だと20万円になるぞ」
「えーっ、20万円!」
 さすがのムカデも、かゆいのを忘れるほど驚きました。
「そんなにお金はないよー」
 ムカデは困った顔をしましたが、ハエトリグモは知らん顔で言いました。
「それならやめようか」
「ええい、こうなれば力ずくで薬を取ってやる」
 ムカデはハエトリグモに飛びかかろうとしました。しかしそれよりも早く、後ろから頭
をなぐられてしまいました。
「このらんぼう者め、逮捕するぞ」
 ムカデの頭をなぐったのは、クワガタのお巡りさんでした。らんぼう者のムカデも、ク
ワガタには勝てません。
「こらムカデ、コオロギさんにくつの代金を払うか」
 ハエトリグモはオケラじいさんからの手紙で、ムカデの行いを知っていたのです。
「おまえが水虫になったのは、1週間もくつをはいたままだったからだぞ。悪いことをし
た罰が当たったのだ」
「もう悪いことはしませんから、薬を付けて下さいよー」
 さすがのムカデも、今度ばかりはだいぶこりたようで、必死になってハエトリグモに頼
みました。
「よし、コオロギさんにお金を払えば、薬は二万円にまけてやろう」
「はい、きっと払いますから」
 ムカデが心を入れ換えたので、ハエトリグモは足に薬を付けてあげました。
「さあ、これでだいじょうぶだ」
 ハエトリグモが薬を付けると、ムカデのかゆみは少し良くなりました。
「明日も来なければだめだぞ」
「ありがとうございました。ところで何か仕事はありませんかねえ」
 ムカデはあばれ回るだけで、仕事はしていなかったのです。
「それならぴったりの仕事があるぞ」
 外からオケラじいさんの声がしました。
「町外れで道路工事をしているのだが、道をならして欲しいんだ」
 オケラじいさんはそう言うと、底が平らな下駄を差し出しました。
「これをはいていけば、道ならしの仕事はばっちりさ」
「なーるほど、この下駄をはいて、凸凹の道を歩けばいいんですね」
 ムカデは下駄をはくと、表に出てはき心地を試しました。
「こりゃあいいや。でも2つしか無いんですか?」
「心配無用だ。コオロギさんが40個作ってくれるよ。だが下駄の代金も含めて、お金は
ちゃんと払うんだぞ」
「はい。ちゃんと働いて、お金は絶対に払います」
「うむ、うそをついたら許さないぞ」
 クワガタは厳しい顔をしてムカデに言いました。

 数日で水虫が治ったムカデは、まじめに仕事をするようになりました。どんなに凸凹な
道でも、ムカデが40個の下駄で歩き回れば、たちまち平らになってしまいます。
「すごいなあ。ムカデさんは道路工事の名人だ」
 仲間の虫たちは、ムカデの仕事振りに感心して言いました。それを聞いたムカデは、う
れしそうに答えました。
「だってこの仕事は楽しいからね」
 ムカデは、毎日一生懸命に働いたので、少しずつお金が溜まるようになりました。
「コオロギさん、少しだけどお金が溜まったので払いますよ」
「ありがとうムカデさん、ゆっくりでいいんですよ。それから、穴のあいたくつは直して
おきましたよ」
 コオロギはにこにこしながら、修理の終わったくつを渡しました。
 心を入れ換えたムカデは、見違えるほどの働き者になりました。それにつれて友だちも
ふえ、コロコロ神社の日曜市に行っても大歓迎されるようになりました。いつの間にか、
村でも評判の人気者となっていたのです。

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