次へ 地図 花畑トップへ
 フクロウめがね〜南へ向かって  

 ドッドッドッドッ!

「なんだよお、うるさいなあ」
 大きな音で目をさましたパンタは、ねぐらから顔を出して外の様子を探りました。
「わわわっ、ここはどこなんだ!」
 眠そうな目をしていたパンタですが、目の前に広がる風景を見たとたん、眠気はいっぺ
んに吹き飛んでしまいました。パンタはミミズクの仲間、トラフズクの子供です。冬が近
づいたので、生まれ育った北の土地から、暖かい南の地方へ移動する途中でした。
「まいったなあ、どちらを見ても同じだ」
 パンタはねぐらの上に飛び上がり、ぐるりと周囲を見回しました。しかしどの方向を見
ても、見えるのは海ばかりです。
 昨日の夜、好物のネズミを捕らえて食事を済ませたパンタは、快適なねぐらを見つけて
眠りにつきました。しかしパンタの見つけたねぐらは、実は大きな船の煙突の中だったの
です。そしてまだパンタが眠っているうちに、船は出港してしまったのです。
「どうしようかなあ」
 パンタは迷いました。船は北へ向かって進んでいますから、パンタの行きたい方向とは
正反対です。このまま乗っていれば、再び寒い土地に連れて行かれてしまいます。
「よし!」
 意を決したパンタは、思い切って空に舞い上がりました。もっと高い所まで上がれば、
陸地が見えるかもしれないと思ったからです。しかし残念ながら、パンタの期待は裏切ら
れてしまいました。どんなに目を凝らして見ても、陸地の影は全然見えません。仕方がな
いので、パンタは元のねぐらに戻ることにしました。

「何だあれは!変なものが飛んでいるぞ」
「UFOかい?」
「いやいや、どうも鳥みたいな気がするなあ」
 甲板に上がってきた乗客が、飛行中のパンタを見つけて騒ぎ出しました。パンタはそん
な乗客を無視してねぐらに戻ろうとしましたが、下からはパンタを怒らせるような言葉が
聞こえてきました。
「あんな不細工な鳥なんて、見たことも聞いたこともないぜ」
 一人の乗客が、自信満々に言いました。
「それもそうだな」
「あんな格好じゃ、空は飛べっこないものな」
 他の乗客も同意していますが、パンタはご機嫌斜めです。大きく羽ばたいて煙突の上に
舞い降りました。
「やややっ、やっぱり鳥だったぞ」
「本当だ。ミミズクだったとは思いもしなかったよ」
 煙突に留まったパンタの姿を見て、乗客の疑問も解けたようです。パンタは胸を張って
見下ろしていましたが、甲板に出てくる人間の数はどんどん増えてきました。
 パンタは高い煙突の上にいるので、人間によって危害を加えられる心配はありません。
でもこう騒がれては眠ることも出来ないし、船はパンタの行こうとしている方向とは逆方
向に進んでいますから、このままでは目的地からどんどん遠ざかってしまいます。
「見ろよ、ミミズクだぜ、ミミズク」
「でも、どうしてこんな所にいるんだい」
「方向音痴のミミズクかもしれないぞ」
 人間たちは好き勝手なことを言っています。
「うるさい連中だなぁ」
 パンタはどうしようか迷っていましたが、あまりにも人間が騒ぐので、船から離れるこ
とにしました。陸地は全然見えませんが、南の方へ飛んでいけば見えてくるはずだと思っ
たからです。
「やっぱり飛んでいる姿は不細工だね」
「同感だね。まるで『空飛ぶ巨大ドングリ』だよ、あれは」
 再び乗客の口からは、パンタを馬鹿にしたような言葉が飛び出しました。しかしパンタ
が船から遠ざかるにつれて、そんな乗客の声も、大きなエンジンの音も聞こえなくなりま
した。

 海の上には目標となる物は見えないので、パンタは太陽に向かって飛んでいくことにし
ました。既に太陽は高く上っており、晩秋とはいえまぶしく輝いています。
「まぶしいなぁ・・・あっ、そうだ!」
 パンタは北の地を旅立つ時にもらった、サングラスのことを思い出しました。パンタが
生まれ育った森には、年老いた『ブツブツばあ』が住んでいました。そしてせん別として
ブツブツばあからもらった物が、サングラスだったのです。
 ブツブツばあはとても物知りで、パンタのような生まれたばかりの若いトラフズクに、
色々なことを教えてくれました。いつもブツブツと小言ばかり言っているので、いつの間
にか『ブツブツばあ』と呼ばれるようになってしまったのです。でもブツブツばあは意地
悪をしていたのではなく、若いトラフズク達を早く一人前にしたかったので、口うるさく
小言を言っていたのです。
 パンタという名前も、ブツブツばあがつけたものです。フクロウやミミズクは夜に狩を
するため、羽音を立てることなく飛ぶことが出来ます。でもパンタは飛び方が下手なのか、
パタパタと羽音を立ててしまうことが多かったのです。それでブツブツばあはパンタと呼
ぶことにしたのです。
 トラフズクは冬が近づくと暖かい地方へ移動し、春になると元いた土地へ戻るのが普通
です。しかしブツブツばあは例外で、冬になると人間の町へ行き、暖かいねぐらを探して
冬を越す生活をしていました。人間の習性や町の様子を良く知っているので、人間を恐れ
ることもなく、町の中でも暮らすことが出来るのです。
 ブツブツばあは人間のゴミ捨て場から、色々な物を拾ってきて利用していました。パン
タがもらったサングラスもその一つで、旅立つ時に使い方を教わっていました。今までは
使う機会がありませんでしたが、太陽がまぶしい今こそ、サングラスの効果を確認する絶
好のチャンスです。
「こいつはいいや」
 初めてサングラスをかけたパンタは、ご機嫌な気分になってきました。今までまぶしか
った太陽の光も、サングラスをかければうそのように穏やかな光に変わります。
「海しか見えないなあ」
 サングラスのおかげでよく見えるようになったパンタですが、相変わらず見えるのは海
ばかりです。
「お前さんは誰だい」
 ルンルン気分で飛んでいるパンタの後ろから、突然聞きなれない声がしました。
「だ、だ、誰だ!」
 突然の出来事に驚いたパンタが振り向くと、そこには見たことのない鳥がいました。
「お前さん、もしかしたらトラフズクかい」
 その鳥は、パンタに危害を加える様子はないようです。パンタはサングラスを外し、元
気よく答えました。
「そうだよ。名前はパンタって言うんだ」
「今頃こんな所を飛んでいるのでおかしいとは思ったんたが、やっぱりそうだったのか。
それにしても、頭の上にある変な物は何だい」
 サングラスをかけた鳥なんて、パンタの他にはいないでしょう。その鳥がサングラスの
ことを知らないのは当然のことです。
「これはサングラスって言うんだよ。これをかければ今日みたいな日でも、全然まぶしく
ないんだ」
「ふーん、サングラスかあ。便利なものがあるんだねえ。初めて見る物だけど、どこで手
に入れたんだい」
「ブツブツばあにもらったんだよ」
 パンタは住んでいた北の森のことや、昨日の夜ねぐらとした船の上での出来事を、その
見知らぬ鳥に話してあげました。
「へーえ、一度ブツブツばあに会ってみたいものだね」
 その鳥はブツブツばあに興味を持ったようです。体は大きいけれど優しそうな鳥なので、
パンタも安心しました。
「ところで、おじさんは誰なんですかあ」
「そうか、まだ名前を教えてなかったな。わしはオオミズナギドリのマタベエだよ」
「マタベエさんですか、強そうな名前ですね。マタベエさんはこの辺りに住んでいるんで
すか」
「ああ、この先の冠島がわしの住処さ。しかしトラフズクのお前さんが、どうしてこんな
所にいるんだい」
「う、うん。知らないうちに・・・」
 パンタはしょんぼりして答えました。
「はっはっは、迷子になったのか。なあに、心配することはないさ。わしが案内してやる
から、後について来いよ」
「でも・・・」
 パンタはちょっとためらいましたが、マタベエが少し西よりに向きを変えてスピードを
上げたので、パンタもその後を追ってスピードを上げました。

「ほら、わしの島が見えてきたぞ」
 前方に二つの島が見えてくると、マタベエは高度を下げ始めました。手前の小さな島を
通り過ぎ、大きい方の島に近づくと、大勢のオオミズナギドリの姿が見えました。
「小さな島だなあ。皆マタベエさんの仲間ですか」
「そうだよ。皆仲良く暮らしているよ」
「でもこんな小さな島なのに、獲物は沢山いるんですか」
 マタベエの島はパンタの予想より小さかったし、マタベエの仲間がこんなにいるとは思
いませんでした。全員が満腹するだけのネズミがこの島にいるとは、どうしても思えなか
ったのです。
「わっはっは、お前さんと違って、わしらの獲物は海の魚だよ。だから島が小さくても、
食べ物に不自由することはないのさ」
「えーっ、魚を捕まえるんですか。すごいなあ」
「そんなに驚くことはないさ。海の上なら邪魔物はないし、魚にはこちらの姿は見えない
ようだから、簡単に捕まえられるのさ」
 パンタとマタベエが降りていくと、たちまち大勢のオオミズナギドリが集まってきまし
た。トラフズクが島にやって来ただけでも珍しいと言うのに、パンタはサングラスをかけ
ていたからです。
「マタベエさん、奇妙な坊やを連れてきたね」
「トラフズクのパンタって言うんだ。南へ移動する途中、フェリーの中で寝ているうちに
沖に出てしまったんだ」
 マタベエはパンタを仲間に紹介しました。そんな中から年老いたオオミズナギドリが出
てきて、パンタの顔をにらみながら言いました。
「うーむ、確かにトラフズクだ。しかしわしも長いこと生きてきたが、こんな変てこなト
ラフズクは初めてだよ」
「ドンベじいさん。実はこういうことなんだよ」
 マタベエはパンタの頭からサングラスを外し、パンタから聞いたことを仲間に説明しま
した。
「なーるほど、こうして見れば普通のトラフズクの子供だ。それにしても、世の中には面
白い物があるもんだ」
 ドンベじいさんだけでなく、他の鳥たちも不思議そうな顔をして見ています。
「パンタの行こうとしている森は向こうの方だよ。ほら、山の頂が見えるだろ。青葉山と
言う山だよ」
 マタベエは南に見える山頂を指さし、パンタの方を振り向いて言葉を続けました。
「どうだい、あの山に見覚えはないかね」
 マタベエの話を聞いて、パンタは何とか思い出そうとしましたが、どう考えてもそれは
初めて見る山でした。
「ううん、見たことないよ。だって初めての土地だもの」
「そうかい。舞鶴港まで行っていると思ったんだがなあ」
 昨晩パンタがねぐらとした船は、深夜に舞鶴港を出港し、若狭湾から日本海に出て小樽
に向かうフェリーでした。パンタは停泊中の船に乗ったのだから、舞鶴港まで行っている
はずです。それならば北から飛んできたパンタは、青葉山の上空を通過しているはずだ。
マタベエはそのように推測し、パンタに質問したのです。
「船に乗ったのは、人間の町でだろ」
 マタベエは質問を続けました。
「そうだよ。夜なのにとても明るかったんだ」
「やっぱり舞鶴まで行っているんだ。おかしいなあ」
 マタベエは考え込んでしまいました。
「パンタは海岸伝いに飛んできたのじゃないかね」
 二人の話を聞いていたドンベじいさんが、自信有りげな口調で言いました。
「そうだよ。細長い乗り物も走ってたよ」
「はっはっは、そういうことか」
 ドンベじいさんには全てが分かったようですが、マタベエにはどういうことなのかまだ
分かりません。
「ドンベじいさん。俺にも教えてくれよ」
「こういうことさ。パンタは小浜方面からやってきたから、青葉山を東から見ていたわけ
だ。だからここから見る青葉山とは、山の形が全然違うのさ」
 青葉山は双耳峰なので、冠島から見ると山頂が二つ見えます。しかしパンタのやって来
た小浜方面から見ると、富士山のように山頂は一つしか見えないのです。
「なるほど、そういうことだったのか。言われてみればこの島だって、見る方向によって
形が違っていますものね」
「パンタも勉強になっただろ。もし急ぐ必要がなかったら、もう少しお前さんの話を聞か
せてくれないかね」
 ドンベじいさんの頼みでもあり、パンタはこの島で一休みしてから目的地へ向かうこと
にしました。そして時間がたつのも忘れて、ドンベじいさんや他の仲間たちと夢中になっ
て話をしていました。でもマタベエだけは冷静で、太陽が西に傾きかけたのを見て言いま
した。
「パンタ、もうすぐ日が沈むけど、どうする?」
「あっ、もうこんな時間なんだ」
 マタベエに言われて、パンタは驚いて西の空を見上げました。
「やっぱり今日中に行くのかね」
 マタベエはちょっと残念そうに言いました。
「明日でもいいんだろ。今日は泊まっていきなよ」
「そうだそうだ、そうしろよ」
 ドンベじいさんや仲間たちも必死になって引き留めましたが、それでもパンタの決心は
変わりませんでした。
「ドンベじいさん、そんなにがっかりするなよ。暖かい日にはまた遊びに来てくれるよな、
パンタ」
 マタベエはドンベじいさんを慰めるように言いました。
「うん、あの山なら近いからいつでも来られるよ」
 パンタは南に見える青葉山を見ながら答えましたが、マタベエはパンタをたしなめるよ
うに言いました。
「いや、青葉山はそれ程高い山ではないが、冬には結構雪が積もるんだ。パンタが暮らす
のはもっと南の方が良いと思うよ」
「じゃあパンタはもう来られないのかね」
 ドンベじいさんは力なくつぶやきました。
「なあに、すぐ雪が降るわけじゃないし、パンタが遊びに来られる日は何度もあるさ」
「それならいいけど・・・パンタ、また来てくれよ」
「うん、絶対に来るよ。マタベエさん、色々とありがとうございました」
「気をつけて行けよ。初めての土地なんだからな」
 パンタはマタベエたちに別れを告げ、青葉山に向かって飛び立ちました。

次へ地図花畑トップへ