あの頃、永井は若かった



「わしゃ、ダイバーじゃけんのぉ」

昭和52年春。藤沢校舎で新入生勧誘中のスナップと思われる。
写真が切れててわからないが、クラブジャンバー左肩のワッペンを拡大してみると、最初の文字が「B」であった。
当時、LEADERとSUB-LEADERのワッペンがあったように思うが、何だろうか?
左手にあるのは、当然ハイライト。





「福浦潜水秘話」

昭和40年代、神奈川県真鶴半島は、都心からも近く、半島先端の三ツ石付近を除けば
さして危険なポイントはなく、天候が悪くても半島のどちらか側にまわれば、どこかで潜れるという利点に加え
相模湾の海洋生物がほとんど見られるということから、名ダイビングスポットとして、多くのダイバーを集めていた。

昭和52年?(ん〜だったと思う) ダイバー達に驚愕が走った。

「真鶴が潜れなくなる?」

心ない一部のダイバー達による、度重なる乱獲に業を煮やした漁協が、限られた場所以外潜水禁止にしたのだった。
琴ケ浜の一部をロープで仕切り、そのなかだけで潜水が許可された。
朝9時から夕方4時までと時間制限まで加えられた。
海岸には、双眼鏡を持った監視員が立ち、境界のロープの脇には監視船が出た。
境界を越えた海面に上がってくる排気バブルを追って、監視船がダイバー達の頭上をついてまわった。
無線による通報で警察官が駆けつけ、越境したダイバーは、上陸地点で身体検査された。
この状況に困惑する男がいた。

SDC9期部長、永井 修だった。

「このままでは、練習する海が無くなる」 「クラブの存続にもかかわる」

SDCでは、新入生を海に慣れさせるため、前期は波おだやかで浅い逗子の柴崎海岸でスキンの練習
夏の大島合宿以後、後期は真鶴でスキューバーの練習するのが常だった。

ロープで仕切られた日曜日の琴ケ浜の海中は、ゴールデンウイークの歩行者天国状態だった。
とても31人の部員を満足に潜らせることなどできない。一人、永井は悩んでいた。

平日にもかかわらず、小田原から熱海にかけての海岸に、
黄色のクレッシーサブのステッカーをフロントドアにデカデカと貼った、
ポンコツの紺色のミニカにダイビング器材を積んだ男がたびたび見られるようになった。

永井だった。

永井は、ひとりあちらこちらの海に潜り、クラブの練習場所を捜していたのだった。

流れが速すぎる。浅すぎて潜れない。ゴロタ石ばかりでつまらない。駅から遠すぎる。駐車スペースがない。
なかなかいい場所が見つからなかった。

捜し疲れたある日、いつものようにポンコツミニカを走らせていた永井は
真鶴駅から湯河原へ向かう道の左側に海の方へ下る坂道があるのに気づいた。
「なんで今まで見落としていたのだろうか」
ダラダラクネクネ下り続ける坂道をおりると、小さな漁港に出た。
右に港。左に駐車場。駐車場の奥には公衆便所まである。

福浦だった。

「こんなところがあったのか」
車をとめた永井は、はやる気持ちをおさえかね、防波堤を駆け登った。
「あった!」 捜していた海がそこに広がっていた。
防波堤がきれた左側に小さな湾があった。
ゴロタ石が海までなだらかに下り、少し先には、使われていないコンクリートのスロープまである。

ゴロタ石にそって潜っていくと砂地にでた。水深は、練習するにはもうしぶんない。
スナイソギンチャクが触手をふりたてていた。
左手にゴロタ石と砂地の境を見ながら進んでいく。
琴ケ浜ほど華やかな海底景観ではないが、お花畑まであった。
目の前をシラコダイが二匹通り過ぎていった。

「ここしかない」 永井は、潜水後の少しふやけた手のハイライトを深々と吸った。

しかし、問題はこれからだった。
「勝手に練習に使ってはいけない」 「この海で生活している人達に筋を通そう」
はたして福浦漁協は、この海に入ることを許してくれるだろうか?

数日後、服装を正し、右手に二升の日本酒を下げた永井の姿が福浦漁協にあった。
「クラブの練習のために福浦に入れさせて下さい」深々と頭をさげた。
「前例がない」 「海が荒らされる」 「そんなに大勢が海に入ったら、定置網に影響がでるのではないか?」
思ったとおりの返事が返ってきた。

「学生達に海洋練習の場を与えてください」 「魚介類には絶対手を出しません」
熱心に永井は説得をつづけた。
その真摯な姿勢を、漁協は受けとめてくれた。

「若い人達の明日のためだ、いいでしょう」

福浦がダイバーに門戸をひらいた瞬間だった。

感謝と安堵を胸に、一人海を見る永井の横顔を夕陽が赤く照らし、
その潮焼けした目尻に涙がにじんでいた。

へぇっどらぁいト てぇえるらぁいト たぁびはぁんまだおわらぁないぃ♪


SDCのみなさん。 福浦でダイビングを楽しむみなさん。
海に入る前に、一人の、海を愛する男がいたことにしばし思いをはせ
野の花をたむけ、合掌し・・・・・? ん? 何? だから何? もうエンディング。いまいいとこなんだから。

え?

そうなの?

まだぁ?

あっ、そうなんだ?



 「永井は、まだ生きているのだった。」


へぇっどらぁいト てぇえるらぁいト たぁびはぁんまだおわらぁないぃときたもんだぁと

どんとはれ。