『STILL I’M WITH YOU』

「お疲れ様、兄さん」
「ああ、すまない」
レジーナはソファに座ったカルロの後ろに回って、静かにパジャマの肩を叩き始めた。
「大丈夫? 結構こってるけど」
「今日はそんなに疲れてない……強く叩かなくていい」
「そう」
レジーナはしなやかな指先でそっと肩の筋を揉む。カルロはじっとしている。
穏やかな無言の時間。
一日の終わりを、二人はこんな風に過ごすことが多くなってきていた。
新生ノアの結成は、とりあえずの再起といえども容易なことでなくて、カルロはいつも疲れていた。
以前のノアに足りなかったことは何か。自分の出来ることは何か。集まってきた者達をどう指導するか――彼の繊細な神経は、茫大な仕事を考えるだけですり減らされた。いざという時の避難経路は常に確保しておかねばならないし、かといって外からの攻撃に耐えられる不動の要塞としてのノアも考えなければならない。経済的な不安もある。親の遺産も長く保つものではないし、巨額の資金運用はサイキッカーだけで出来ることではない。柔軟かつ緊密なサイキッカー同士の絆はどうしたら築けるのだろう。万が一裏切り者がでても、動揺しない組織とはどんなものか。超能力者の救出活動は常に継続されなければならないが、いったいどこから手をつければいいのか。緊迫した状勢の中、多くの仲間が毎日どこかで殺されているのだ。むごい目に遭っているのだ。何もしないではいられない。何かしなくてはいけない。
だが、キース様にも出来なかったことが、この僕に本当にやれるのか。
カルロは知っていた。自分にリーダーの器がないことを。他人を受け止める度量、優れたカリスマ性、自信に満ちた落ち着き、強い正義感、そのどれをも持っていないことを。
そんな自分がなんとかやってこられたのは、妹のレジーナが、ずっと支えてきてくれたからだ。毎日のように僕を励まし、助けて働いてくれているからだ。
レジーナ。
カルロは瞳を閉じ、妹のいたわりの手に深く感謝した。
「兄さん、肩もそうだけど、背中もパンパンに張ってるよ。疲れてないどころじゃないよ」
「そうか?」
「うん。ベッドにうつ伏せになって。ちょっと揉むから」
「わかった」
カルロは眼鏡を外し、言われるままに清潔なシーツの上にその身体を投げ出した。
レジーナ。
絶えることのない炎の情熱を身のうちに秘めた、美しい僕の妹。
大切な、妹。

レジーナは、おとなしくベッドにうつ伏せた兄の背を見て、心臓の鼓動が早まるのを感じていた。
兄さんたら、そんなに無防備で、いいの?
あたしの気持ち、知ってるくせに、本当にいいの?
以前の兄さんなら、夜、あたしが寝室に入って来ることさえ厭がった。普段着でもそうだった。それなのに今は二人ともパジャマ姿。シャワーも浴びて、準備はOKとしかいいようのないシチュエーション。毎晩肩を叩くのだって下心があってのことだし、こっそりゴムだって用意してる。
それなのに、あたしをベッドに上げるなんて。
それとも、最近積極的に迫ってないから、兄さんも警戒しなくなってきてるのかな。子供の頃、何も考えないで肩を寄せあってた頃みたいな気分でいるのかな。
まあいいや、なんでも。だって兄さんにさわれるんだもん。兄さんが厭じゃないなら、こうやって触れていよう。気持ちよくしてあげよう。
レジーナはカルロの脇に膝をつき、背中のマッサージを始めた。ごく自然なやり方で。
「痛かったら言って。平気?」
「ああ。大丈夫だ」
「もっと強くした方がいい?」
「そのままでいい」
「そう」
手を動かしながら、広い肩幅の美しさに見とれそうになる。布一枚へだてた下の筋肉の感触に溺れそうになる。でも駄目。あくまで自然に。きわどくならないように。いかがわしい行為を少しでも匂わせないように。この静かな時間が、ちょっとでも長く続くように。
レジーナは少しずつ手を置く位置を変え、腰から太腿、足の裏側までゆっくりと揉んでいった。
カルロはちっとも厭がらなかった。黙ってさせていてくれる。
不思議なことに、こうして触れているだけで、なんとなく気持ちが和んできた。兄さんがリラックスしてくれているのは嬉しかった。安心されるのも悪くない。
でも。
それなら、もう少し。
「兄さん、ここ痛くない?」
尾骨のあたりに掌を置くと、カルロはうん、少しな、とうなずいた。
「そう」
レジーナは腰を浮かせた。
「ちょっとごめんね、ここに乗るよ、兄さん。こういうとこは体重かけた方がいいんだ」
カルロは一瞬ぴくんと震えたが、レジーナがそこにまたがっても何も言わなかった。
「重い?」
「大丈夫だ」
カルロは顔色を変えなかった。そのままうつ伏せて静かにしている。
レジーナは内心がっかりした。こんなに微妙な部分を押し付けているのに、何にも感じてないのかと思うと。
その瞬間、ガデスのだみ声が彼女の脳裏に閃いた。
「おまえも大人の女だ、惚れた男を欲しいと思うのは当り前だ。だが、おまえが欲しいものを、あのカルロが本当に持ってると思うのか?」
そういえば、ずっと前、そんなことを言われたんだっけ。
二人きりになった時、ガデスにいきなり壁際に追いつめられたのだった。肉体的な恐怖は感じなかった。いざとなればふりほどける。一対一だし、超能力では負けてない。
だが、相手の台詞は鋭く胸にくいこむものだった。
「カルロはおまえを受け入れねえ。ああいう奴は、兄貴でなくてもまずおまえみたいな女を好きになったりしねえ。もし寝たとしても、絶対に幸せになんかなれねえぜ」
やめてくれ、と思った。そんなことはわかってる。わかってても好きなんだ、余計なお世話だ、とレジーナは相手をにらみつけた。
「何が言いたいのさ。だいたいそれが、あんたに何の関係があるってのさ」
ガデスはニヤリと厭な笑みを浮かべ、レジーナの顎を捕らえようとした。
「俺ならおまえを大事にする。そんな風に苦しめたりしねえ。本当だ」
彼女の掌から火柱が走った。
「やめなっ!」
「おおっと、おっかねえな」
ガデスはすかさずそれをよけ、
「安心しな。好きな女を無理矢理に、なんてカッコ悪いことはこのガデス様はやらねえよ。俺の良さが判るまで、もう少し待っててやる。忘れるなよ、おまえに本当に惚れてるのは、この俺だけだってことをな」
捨て台詞を残して去っていた。
絶対に幸せになれない、か。
かまやしない。
だって、別に……幸せにして欲しいんじゃないもん。
レジーナはカルロの背中を強く押しながら、急にこみあげてきた思いを必死でこらえようとしていた。
そう、あたし、兄さんから何かが欲しいんじゃない。何かしてもらいたいんじゃない。
兄さんがあたしを必要としてくれるなら、それだけでいいんだ。
こうやって一緒にいられれば。ずっと隣にいられれば。こんな風に穏やかな日が続くなら、それだけでいい。
そりゃ、本当は欲しい。
だけど。
その瞬間、カルロは低く呟くように、
「レジーナ。そろそろ眠りたいんだ。降りてくれるか?」
「うん」
レジーナが素直にベッドから降りると、カルロも身を起こして、
「おまえも疲れたろう。兄さんが肩を叩いてやろうか?」
カルロは淡く微笑んでいた。
いつくしむ瞳。優しい表情。
レジーナはその場で動けなくなった。この掌に、足の間に、兄さんの感触が残ってる。身体全体が火照り始めてる。それなのに、そんな顔されたら。
「兄さん」
彼女の瞳から急に涙が溢れ出した。
胸が痛い。
本当はぎゅっと抱きつきたい。
でも、押せ押せでは失敗するとわかっている。何度も試して懲りていた。
それに、気まずくなりたくない。いま下手なことをしたら、さっきみたいなことも、もうさせてもらえなくなる。そんなの厭だ。せっかくあんなにいい雰囲気までもっていけたのに、逆戻りするのは厭だ。
厭。
レジーナの涙はとまらなくなった。
この世で一番好きな人に、好き、と言えない苦しさ。
きっと誰にもわからない。
兄妹で愛しあう禁忌を犯すことが恐ろしいのは、世間の白い目にさらされ迫害されるからじゃない。告白をすることによって、愛しい人に嫌われ、憎まれ、遠ざけられてしまうからだ。
いや、憎まれるだけならまだいい。もし、ダメージを受けるのが自分だけなら。それだけならきっと耐えられる。
でも、この愛情をあらわにすると、愛する人まで傷つけてしまう。二人が重ねてきた時間を、絆を、信頼を、瞬時に別のものに変えてしまう。汚らわしい、腐った、醜いものにしてしまう。だから禁忌は怖ろしいのだ。
大事な兄さんを、苦しめたくない。
それだけが厭。
そう。
それさえなければ、とっくの昔に兄さんを。
「ごめん。ちょっとでいいから、ここで泣かせて」
「レジーナ」
思わずカルロも立ち上がり、なだめるようにレジーナを抱きよせた。
「泣いていていいから……涙がおさまるまで、ここにいていいから……」
「兄さん」
抱きしめられて、レジーナの心臓の鼓動ははねあがった。カルロの鼓動が早くなっているのを感じとったからだ。身体も熱くなっている。ああ、兄さんは何にも感じてなかった訳じゃなかったんだ。あたしの恋心があんまり哀れで、理性の弦が切れる寸前まで、触れられても我慢してくれてたんだ。
兄さん。
「ごめんね。あたし、汚いね……汚い女でごめんね……兄さん……」
「汚くなんかないよ、レジーナ」
カルロは妹の目元を指でぬぐってやりながら、
「おまえより綺麗な女を、見たことがない」
「カルロ兄さん……」
レジーナは兄の頭を引き寄せ、口唇を重ねた。
夢中だった。今しかないと思った。頬と首筋にくちづけ、もう一度兄の口唇を吸った。彼は逃げなかった。そのまま抱きしめていてくれた。
「兄さん、いいの? あたし、いいの?」
口吻をやめたレジーナに、思い詰めた瞳で見上げられてカルロは目を伏せた。
「今晩だけだ、レジーナ」
「兄さん」
「僕は、大事な妹をなくしたくない。でも、苦しめ続けているのも辛い。だから、今晩だけ……触れても……構わない」
眩暈にも似た喜びが、レジーナの全身を貫いた。
あたしは嫌われてない。
疎まれても憎まれてもいない。
ああ。
兄さんはあたしが好き。
兄さんが、いい、と言ってくれてる。
もう、全世界の人間を敵に回したっていい。
するんだ。
レジーナは、兄をベッドにそっと押し伏せた。
どうしよう。
こういう時、いきなり全部脱いだりしちゃ駄目なんだっけ。でも全部着たままでも駄目なんだよな。とりあえず下だけ脱ごう。上の裾が長いから、明るくてもそんなに恥ずかしくないはず。
それにしても、誘惑って難しい。どうやったら相手に火をつけられるんだろ。女の方から仕掛けてもいい、優しく抱きしめられたりするのは、男だって嫌いじゃない、そう聞いたことがある。だから最初はこれでいいんだ。でも、これからどうしたらいいんだろ。始めたのはいいけど、映画や小説みたいにうまくいくの? 相手の反応を見ながらやればなんとかなる、なんてよくいうけど、兄さんとは初めてなのに、そんなことがちゃんと見極められるの? そりゃ、あたし、清らかなんかじゃない。屑野郎共に一方的にもてあそばれた事はある。自分でしたこともある。でも、誰かと愛しあったことなんかないのに。
どうしたらいいの? この気持ちを伝えるには、どうしたら。
「ん」
耳に熱い吐息を受けて、カルロがびくん、と小さく震えた。
ここがいいんだ、と一つ見つけてレジーナは安心した。
口唇を寄せ、中に舌先を差し入れる。
「ここ、好き?」
「おまえの好きに……触れていい」
明らかにカルロは戸惑っていた。長い脚を持て余し、湧き上がって来る情感を持て余し、自分が何を言っているのかさえわからない様子だった。
「本当に好きに、していいの?」
「いい」
レジーナは兄を脱がせ、自分も脱いだ。灯火をだいぶ暗くして、全身を兄に絡ませた。
厚い胸板にくちづけ、広い肩幅を抱きしめた。
これがあたしの欲しかったもの。
この腕の中にあるものが、あたしの欲しかったすべて。
感動にも似た気持ちの中、レジーナはカルロの中心にそっと掌を伸ばした。
「あっ……」
さすがにカルロも一瞬抵抗しかかった。だが、すぐに力をぬいて、レジーナにすべてをまかせた。
レジーナは片手でその感触を味わった。それから両手で。根元の下にあるふくらみにも触れた。
芯が通ったように、カルロのそこが立ち上がって来た。
長い部分はぎゅっとしごくんだっけ。頭の部分はもっと強く触れてもいい。付け根の下のふくらみはあくまで優しく。根元を握りしめて、前立腺のポイントを外側から押して、頭を丁寧に嘗めると我慢が出来なくなるってきいた。時間をかけて、でも激しく。メリハリも必要だけど、あまり弱くしすぎちゃいけない。相手が醒めちゃうから。
レジーナは全身の神経をとぎすませ、兄の脚の間で愛撫を続けた。
「あ」
カルロの先端が透明なもので濡れはじめていた。それはレジーナの涎液でなく、彼自身が溢れさせているものだった。
レジーナは、胸がきゅんと痛くなるのを感じた。
兄さん、本当に感じてくれてる。受け入れてくれてるんだ。
嬉しい。
でも、もうここからは一気にいかなきゃ。一度達してしまったら、兄さんはもう一度その気になってくれないかもしれないんだから。一回きりの勝負なんだから。
兄さんが快感にあらがって堪えようとする顔、本当にきれい……ごめんね。もう少しだから、我慢して。お願い。
相手の最後の抵抗感を奪うために、レジーナはパジャマのポケットからゴムを取り出した。薄い皮膜の中心をつまみ、今まで口にしていた部分に押しあててさっと周りを引き下ろす。カルロはゴムにすっぽり締めつけられて、低くうめくように、
「レジーナ……」
「大丈夫だよ、兄さん」
うまく納まったのを確認すると、レジーナは足を開いてカルロの上に少しだけ腰を落とした。
自分の濡れた谷間に、硬く熱い感触があたる。
すぐ入れるのがもったいなくて、入口にあてて少し前後に滑らせる。それだけで情感が深くなり、彼女自身がそのままのぼりつめそうになった。
「ん」
レジーナはようやく兄の上に身を沈めた。
でも、本当に少しずつ、浅いところで味わうように。
深く入ったら、ゆっくりと、回すように動かして。
カルロは鋭く息をのみ、右腕で目のあたりを覆った。薄くひらいた口唇。短く浅い呼吸。紅潮した頬。左手はシーツを握りしめて理性を保とうとしていたが、ウェストから下はレジーナの動きに応えはじめていた。彼ももう我慢が出来ないのだ。切ない昂ぶりから解放されたいのだ。
その悶え、喘ぎ、汗、震え。
駄目。
あたしももう、達きたい。
レジーナはふくらんだ自分の真珠を指で押さえ、左手で胸をきつく掴むと、激しく腰を揺すり始めた。犯すとしかいいようのない淫らさで。
「兄さん……兄さん……」
自分の中が熱くなって、相手をきつく絞り上げているのがわかる。ひくひくと痙攣する様が、薄い皮膜ごしになんともいえない快楽を与えているのがわかる。出し入れの度に響く濡れた音が、二人の興奮を更に煽っているのがわかる。達きたい。兄さんが達く前に、あたし、達きたい。そこなの。そこがいい。突いて。あとちょっとだから。兄さん。
「あ!」
視界が白熱した。
全身が甘く痺れて、レジーナは思わず動きをとめそうになった。
でも待って、兄さんは?
相手の絶頂に引き絞られ、押し出されかけて、カルロもまた達していた。ドクンと溢れる熱い流れが、薄い膜の中に溜っている。
レジーナは、ほっとしてカルロの胸に倒れこんだ。
息が苦しい。頭の中がぼうっとする。
でも。
「良かった。……良かったよ、兄さん」
名残り惜しいが、兄のものを引きずりだす。ゴムを剥して口を縛り、ぽんとごみ箱に捨ててしまう。
とりあえず、後始末はこれでいい。
本当はシャワーを浴びたい。兄さんもきれいにしてあげたい。
でも駄目。そんな力、もう残ってない。
それに、こんなに感じたの、はじめてだもん。この余韻が消える前に眠りたい。兄さんの裸の胸に甘えながら。
「兄さん……ありがとう……」
「レジーナ」
彼女は兄のまぶたの端に軽く口唇を押し、
「お願い、このまま眠らせて……」
「ああ」
レジーナは安心して瞳を閉じ、汗に濡れた兄の身体に寄り添った。
眠りに落ちながら、彼女は自分の背を撫でてくれる暖かい掌を感じていた。嬉しかったけれど、あやすようなその動きは、どうしても現実の触感とは思えなかった。
夢でもいい。
夢でも。
本当だったら、もう死んでもいい。
兄さん。
好きだよ……。

翌朝。
すっかり満ち足りて目覚めたレジーナの前に、カルロの笑顔があった。
「おはよう」
それははかない微笑だった。下手に触れるとすべて壊れてしまいそうな。
「よく、眠れたか」
「兄さん」
レジーナは青ざめた。
こんな表情をさせたかったんじゃない。苦しめたかったんじゃない。困らせたかったんじゃない。お荷物になりたかったんじゃない。
そう、これが一番怖れていた瞬間。
あたしは何も悪いことしてない、絶対に秘密のことだけど、知られたとしても誰にも恥じない、と思ってる。
でも、兄さんがこんなに辛いのなら、したことなんかに意味はない。
おまえなんか嫌いだ、妹でもなんでもないと言われたほうが、まだいい。
ああ、昨晩、しなければ……!
「兄さん、あたし」
「まだ、僕を兄さんと呼んでくれるのか……朝になっても、裸のおまえを抱きしめているこの男を、おまえは兄と呼べるのか? 汚いのはおまえじゃない、僕だ。拒みとおせたはずなのに、抱き寄せてしまったこの僕だ」

レジーナの恋心は、痛いほど知っていた。
そんなに苦しいのなら、いっそ抱いてしまおうかと何度も思った。
だが、出来なかった。
レジーナを、妹として失うことが怖かった。知られて皆に後ろ指をさされることよりも、行為そのものの罪深さよりも何よりも、彼女をなくすことが恐ろしかった。
どうしてレジーナがこんなに自分を信じ、いつも支えようとしてくれるのか――それは、ひとえに自分が兄だからだ。兄でなければ、レジーナはこんな男に決して献身しなかったろう。精神的に頼ってもくれなかったろう。辛い子供時代も、惨めな収容所時代もずっと寄り添ってこられたのは、この世に二人きりの兄と妹だったからだ。もし単なる恋人同士であったなら、自分はとうに捨てられていたはずだ。レジーナは本当にいい女だ。もっとふさわしい男が、きっといる。幸せになれる相手が、いつか絶対に現れる。
でももし、レジーナが他の男を選んだら。
きっと嫉妬に狂うだろう。
本当はずっとまぶしかった。でも、それを認めてはいけない。男と女になってはいけない。
そう思っていたはずなのに、レジーナの涙を見たとたん、たまらなくなった。
愛しかった。
泣かせている自分がひどいと思った。
思わず抱きよせると、髪から薫る甘い匂いが、暖かい身体が、更に理性を狂わせた。
ああ、そんなに綺麗な言葉で飾ることもない。
僕は欲情していた。
身のうちにたたえた水がすべて煮えたつようだった。せめて妹が気持ち良くなるまではなんとか堪えようと思った。それはとても苦しかった。感じていた。感じていた。
レジーナ。

「こんな卑怯者を、まだ兄と呼べるのか? 兄だと認めるのか? 好きだというのか?」
「兄さん」
カルロは静かに身体を起こした。妹の肩に毛布をかけてやりながら、
「おまえは少しも悪くないんだ。おまえをいつも守ってやりたかった。でも、守られていたのはいつも僕の方だった。僕はいつも自分の都合でおまえを振り回していた。おまえはいつも、兄さんのためなら、あたし都合のいい女でいいよ、と笑っていた……僕はひどい男だ。おまえにふさわしくない男だ。もう、兄でさえない」
「違うよ」
レジーナは飛び起きた。毛布ごとカルロに抱きついて、
「あたし、いつだって兄さんの妹だよ。ずっと守ってもらってた。兄さんがいなかったら、あたしどこかで死んでた。兄さんがいたから、ここまでこれたんだ。兄さんと一緒だったら、どんなとこでも幸せだった。だから、兄さんはひどくない。悪くない。卑怯者なんかじゃないよ」
「本当に?」
カルロは妹の背に腕を回し、ぽんぽん、と軽く叩いた。
肉親の、優しい抱擁。
レジーナの胸はいっぱいになった。
昨夜のあれは夢ではなかったのだ。カルロは兄として、せめて妹を優しく眠らせたかったのだ。いたわって、包みこんで、甘えさせたかったのだ。
兄さんは、あたしが好き。
それだけは、本当なんだ。
こんなに苦しみながらも、愛そうとしてくれてるんだ。
「兄さん。あたし、兄さんが好き。明日も、明後日も、その先も、ずっと兄さんが欲しい。いつまでも側にいる。だから、いつまでも一緒にいて、兄さん」
「そうか」
抱きあいながら、カルロは不思議な安らぎを感じはじめていた。
愛は、どんな種類の愛情でも、そんなにへだたりのないものなのだと彼は知った。純粋な心が結ばれた時は、どんな者同士でも幸福な気持ちになれるのだと。
秘密の恋でもいい。卑怯者であってもいい。もう何も恐れまい。幸せになろう。間違っても不幸になるまい。生きよう。誰のためでもない、自分のために。そして、妹のために。僕を信じてついてきてくれる皆のために。
そのぐらいのことが出来なくて、総帥代理などつとまる訳がない。
「レジーナ。そろそろ今日の仕事を始めなければ」
「うん」
レジーナはおとなしく兄から身体を離した。
良かった。
あたしは本当に欲しいものを手にいれられたんだ。
それは、いつもより晴れやかな、兄さんの笑顔。
「あたし、手伝う」
「頼む」

二人は手に手をとって立ち上がった。
これから先の未来に、どんな災いが降り掛かるのか、まだ彼らは何も知らなかった。ただ、過去に起きたどんな事件よりもひどいことが起ころうと、二人でなら耐えらえる自信があった。
この瞬間、この兄と妹は幸せだった。
そう――まぎれもなく。

(1998.6脱稿/初出・羽田紗巳個人サークル《ワンダフルでいこう!!》発行『Luv Vibration』1998.8)

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Written by Narihara Akira
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