『信 頼』

シャワーを使ったばかりなのか、キースの銀いろの髪は、しっとりと濡れていた。
羽織っている白いガウンはぴったりしたもので、ほとんど全身が覆われているのに、身体のラインがすっかり露わになっている。
その口唇も、赤いワインで濡れている。
「おかえり」
キースはゆっくり脚を組んだ。スリッパから裸足の足がのぞく。
「のむか、君も?」
アイスブルーの瞳をきらめかせると、細かい泡をたてているワインをもう一度口唇にあて、喉を鳴らした。
リチャード・ウォンは襟元をゆるめた。
「目の前にある、キース・エヴァンズという美酒が欲しいですね」
「うまいことをいったつもりか」
「いいえ」
ウォンはキースに近づくと、するりと服を脱ぎ捨てた。
キースは微笑んだ。
「見事に欲情しているな」
「貴方もそうでしょう。下着もつけずに待っているなんて」
「そうだな」
ワイングラスを置くと、キースは立ち上がり、ウォンの胸に身を投げかけた。
ウォンは無言でキースを抱きしめると、そのままベッドへ運んだ。

★      ★      ★

「あ、ああっ……」
切ない喘ぎをもらして、キースは身体をくねらせる。
いい。すごくいい。
ウォンは待ちきれないとでもいうように、キスもそこそこにキースの身体を開き、熱く脈打つもので後ろを犯した。
中から前立腺をたくみに刺激され、それだけでキースはたまらなくなった。
だが、ウォンは激しいピストンで絶頂にいたろうとしない。腰の動きはむしろ優しく、前にも触らない。
焦らされるのは嫌いではない、長い快楽は好ましい。けれど。
「達かなくて、いいのか」
掠れた声で問いかけると、ウォンは腰の動きをとめた。
「すこしでも長く、貴方の中にいたいんです」
そう囁いて、キースをしずかに抱きしめる。
その心地よさに一瞬気が遠くなったが、キースはあわてて腰を引き締めた。
「夜は長いんだ、離れなくていい」
「わかっています。でも、そんなにきつくしないで。貴方とひとつになった喜びを、ゆっくり味わっていたいから」
その瞳はすっかり潤んでいて、キースも潤んだ瞳で見返した。
「今夜はめちゃくちゃにしてほしい、といったら?」
「貴方がイヤというまで?」
「いやといっても、やめなくていい」
「では、いい声を、たっぷり聞かせてくださいね」
「あ!」
涙がキースの頬を滑りおちた。口唇を噛んで声をこらえようとすると、その上をウォンの指が滑り、こじ開ける。
「全身、すっかり濡らしてあげますから。さ、鳴いて」
「っ……!」

★      ★      ★

翌朝。
目覚めたキースはすっかり満ち足りた気持ちで、傍らの恋人の胸によりそった。
「よかった、すごく」
ウォンは目を閉じたまま呟いた。
「複雑な心境です、私は」
「どうした? 楽しんだんじゃないのか?」
ウォンはかすかに首を振った。
「貴方が考える、妖艶さというものは理解しました。濡れた髪。濡れた眼差し。濡れた口唇。隙だらけのポーズ。ちらりと見せる素肌。あからさまな誘いも、悪くはないと思います」
「だけど、そういう僕は好みじゃない、か」
「いえ、そういうわけでは。新鮮味もありましたし。ただ」
ウォンは目を開けたが、キースから視線をそらした。
「それに対して、私は明るくも朗らかにもなれません。貴方への情熱に今さら迷いもありませんが、どうふるまっていいか、わかりませんでした。あれでは到底、合格点はいただけないと思います」
「よかったといってるじゃないか。いいんだ、君は君のままで」
「ではなぜ貴方は、私に対する皮肉を演出したのです?」
キースはハッとした。
そういうつもりではなかった。
ウォンが先日、なにげなく口にした《妖艶な美女》というのが、無意識に彼が欲しているものだとしたら、自分もそれとなくその希望にそってみたかった。そうしたらどんな風に求められるのか知りたかった。
ウォンは優しく、情熱的で、キースを燃え上がらせ、完全にとろかした。すっかり安心して身をまかせていたので、様子がおかしいことにも気付かなかった。
だが、彼は深く傷ついていたのだ。
ありもしない浮気心に対する嫉妬に。
余計なことを試すのは、つまり私は信用されていないんですね、と。
「ごめん」
ウォンはわずかに首をふった。
「いいんです。私のこういう湿っぽさが嫌とおっしゃるのでしょう」
「違う」
「いいのです。不潔な、と貴方に罵られるべき過去があるのですから。外で何をしてきても構わないと突き放されても、仕方のない不品行があるのですから。私は今まで、ほんとうに、ひどいことの数々を……」
キースは思わず、ウォンをきつく抱きしめた。
「違うんだ」
「本当に?」
「僕が悪かった。ゆるしてほしい」
ウォンの喉が鳴った。次の声は、変にかすれていた。
「……ゆるせない、といったら?」
キースの胸は激しく脈打っていた。
なぜ、ウォンの魂はこんなに弱っているのだ。
彼のキースに対する忠誠心はゆるぎないものだ。執着心が極端な形で現れることもあるが、それは純粋な愛情の現れだ。だからキースは、ウォンの身体がどこで誰と寝ていようと、気にならない。ウォンのすべては、黙っていても自分のものなのだから。
だが、今の彼は、迷っている。
「君はもう、僕がいらないのか」
考える前より、言葉が出ていた。
「僕が……僕がちょっと焼き餅をやいたぐらいで、僕を好きでなくなってしまうのか?」
広い胸にすがりついていた。
「僕は君のすべてが欲しい。どんな時も、ありのままの君が。君は、違うのか?」
「愛しい、貴方」
ウォンの掌が静かにあがり、キースの髪を撫でた。
「私は欲張りですから、ほんとうに貴方のすべてが欲しいのです。貴方の、信頼も」
キースはウォンの首筋に顔を埋めながら囁いた。
「あげるよ、ぜんぶ」
「ありのままの私を、愛してくださるんですね」
「もちろんだ」
ウォンは深く息を吐いた。キースに口づけの雨を降らせはじめる。
「本当に、どうして私は、こんなにも、貴方が……」

(2009.6脱稿)

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Written by Narihara Akira
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