『タイプ』

商談の終わりかけ、ふいに相手が目を光らせた。
「ところで、どういう女をお好みですかね?」
「女ですか、そうですねえ」
リチャード・ウォンは、眼鏡の奥で細い瞳をさらに細めて、
「いわゆる、妖艶な美女……東洋系が好ましいですね。気の利いた冗談のひとつもいえる経験の豊富な女なら、なお、よろしい」
「なるほど。次までにみつくろっておきましょう」
「まあ、よしなに」
ウォンはすらりと席を立ち、その密室から姿をかき消した。

「すみません、お待たせしました」
待ち合わせ場所にいたキースはなぜか、むすっとした顔で彼を出迎えた。ウォンはその腰にさりげなく腕を回しながら、
「この地の買収は順調に進んでいます、どうぞご心配なく。これで準備もほぼ整いましたので、明日は貴方が、存分に動いてください」
キースはウォンの腕をはずした。
「待たされたのを怒ってるんじゃない」
「おや、怒ってらっしゃるのですか」
キースはぶっきらぼうに、
「妖艶な美女でなくて、悪かったな」
ウォンは笑った。
「おやおや、どこで何を聞いてらしたんです? あれは地元の顔役が、あさはかにも私を女で籠絡して、あわよくば自分も利益をえようという話ですよ。本来の好みとまったく正反対をいったつもりですが、貴方も私のタイプは、よくご存じでしょう?」
「幼女趣味の話をしてるんじゃない。あれは、君の母親のイメージだろう」
「母ですか?」
ウォンは首を傾げた。
「私の母は、大変真面目で厳しい人でしたよ。知的で、芯の強い、むしろ清楚な女人でした。まあ、好ましいタイプといえば、好ましいですが」
「マザコンめ」
ウォンはおかしそうに口元を押さえた。
「私の愛する人も、大変な知識と判断力を持つ人ですがねえ? 非常にシリアスで、タフで、性の欲望など無縁そうな、涼しい顔をしています」
「それはなんだ、誉めているのか」
「貴方こそ、どんなタイプがお好みなんです?」
「明るく、ほがらかで、情熱的で、まっすぐな」
「おやおや」
ウォンは首をすくめた。あからさまに落胆の表情が浮かんでいる。
キースは苦虫をかみつぶした顔で、
「君も自分がどんな人間なのか、あまり自覚がないようだな」
「貴方の目には、そのようにうつっているのですか」
「君は僕に、どんなタイプだと思われたいんだ」
「貴方ごのみでありたいですね」
「君は君だ。あわせる必要はない」
「それでは、まるで……」
キースはため息をついた。
「世界は自分のもの、と豪語する自信過剰な男のくせに、心の底では暗い過去をひきずっている。底なしの貪欲さは、本当はとてもささやかな幸せを求めている。それが君だ」
ウォンは目を伏せた。
「そのとおりです」
「いや、だが」
キースはウォンの腰に腕を回した。
「……好きになった相手がタイプ、とは、よくいったものだよな、本当に」

(2009.5脱稿)

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Written by Narihara Akira
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