『さわって』

時折、ふと湧きあがる欲望がある。
貴方の指であそこを、とか。
同時に、貴方の口唇で、ここを、とか。
それは、年若い恋人に奉仕をさせたいという支配欲ではなく、むしろ主導権をあけわたし、なにもかも委ねてしまいたい、という気持ちなので。

「こんな自分は、誰にも知られたくない――」

こんな妄想をしていると知ったら、あの人はどうするだろう?
春だからな、と笑ってくれるだろうか。
はじらいに身を縮める君は可愛いな、と、のしかかってくるだろうか。
それとも、なんだ浅ましい、とあきれるだろうか。

キースがプレゼントしてくれた自分の絵を、もう一度見つめる。
頬に血がのぼる。
はずかしいのは、それはヌードだからではない。
潤んだ眼差しが、切なげに結ばれた口唇が、あまりに無防備だからだ。
何も知らない、可憐な花嫁のような。
「男として、衰え始めていると……?」
そんなことはない。
キースに身も心も開き、受け身のよろこびを知ったあとも、男性的な欲望の火が消えることはなかった。
だが。
この絵は。
誘っている。
されたい、と。
「やれやれ」
この絵は、自分とキース以外の人間に決して見せてはならない。
かといって、傷つけたり、捨てたりすることはできないので、ウォンはキャンバスの上に、ごく薄いフィルターをかぶせていた。
素材は透明だが、光が乱反射して背後にあるものが見えなくなるよう、複雑な溝が刻まれている。これは昔からある技術だが、ウォンはそのフィルターに、ロボット開発の副産物でうまれた、ある新技術を加えていた。
見た人間の意思を、フィルターが反映する。つまり、特定の人間が見つめ、念じると、フィルターがそれを認証し、刻まれた不規則な溝が一列に揃う。光が正常に通過するようになるため、下の絵が透けて見えるようになる。
ウォンがおまじない、と称したこの仕掛けを、キースはたいそう不思議がった。
超能力でないなら、手品とでも思っているようだ。仕組みそのものが単純すぎて、テクノロジーの勝利であることに気付かなかったらしい。そんな技術を使ってまで隠すこととは、思っていないからだろう。
たしかに。
誰もが知っていることだ。
私の唯一の弱点、それがキース・エヴァンズだということ。
知らない人間がいたとしても、二人が並んでいれば、力関係は一目瞭然だ。
その上キースは、リチャード・ウォンのすべてを把握している、もし彼が誰かに奪われでもしたら、致命的な秘密まで、明らかにされてしまうことだろう。
そんなことは、させもしないが。
ウォンは書斎に白い絵をかけなおすと、寝室に向かった。
キースは今日は、帰りが遅くなるといっていた。
起きて待っていたいところではあるが、特に危険な任務ではない。
陽気の安定しない時期の夜だ、すこし休みたい。
シャワーを浴びると、着替えてそのまま横になった。

「ウォン」
低い囁きが、耳をくすぐる。
「キース?」
覚醒しきらないウォンの鼻先を、石けんの香りがかすめた。キースもシャワーを浴びてきたのだろう。
ウォンは重い目蓋を開けた。きっと疲れているだろうと、寝台の上で身体をずらして、キースの入る余地をつくろうとした。
「ずいぶん早い、お帰りですね?」
「ああ。……君が、欲しくて」
キースはウォンの胸板に掌を滑らせた。
「え?」
寝巻きの上からくるりと一撫ですると、硬くなった突起に歯をあてる。
思わず息をのみ、身をすくめるウォンの足の間に、キースはするりと手を忍び込ませた。
「今日は、何をしていても君のことばかり頭に浮かんで、いそいで帰ってきたのに、こんな風に、しどけなく寝てるなんて……まさか、具合が悪いんじゃないだろうな?」
慣れた仕草で、ウォンのものに力を与えようとする。
ウォンは抵抗を忘れていた。
これは夢か。
それともキースが、私の考えを読み、私の望みを叶えようとして?
「大丈夫か? 何をされているかわかっているか?」
ウォンは頭の芯が痺れたようになって、答えることができなかった。
キースはウォンの上で脚を開き、かたく屹立させたものの上に、ゆっくり腰をおろしてゆく。
「ウォンの……熱い……」
きつく絞られて、ついにウォンは我慢できなくなった。
キースを抱き寄せ、あっというまに上下を逆にしてしまう。
「貴方の中も、とても熱い」
ウォンが腰を使い始めると、キースは甘い呻きをもらした。
安心し、なにもかもゆだねきった表情。
ほんとうに欲しかったに違いない。
愛される喜びに、アイスブルーの瞳が潤んでいる。
たまらなく、いとおしい。
「何度でも、いかせてあげますからね」
キースはコクンとうなずき、それから急に首を振った。
「そんな、つもりじゃ」
ウォンは自分の口唇で、その言葉の続きを奪った……。

満足してようやくウォンが身体を離すと、キースは深いため息をついた。
とろけきっているのかと思いきや、その声は意外なほどに冷静で、
「軽蔑したか、僕のこと?」
「何をです?」
「したくてたまらなくて、押し倒したこと」
「しませんよ。むしろ嬉しかったです」
「どうして?」
「貴方があんなに積極的で……しかも上手で……不満など、あるわけが」
「なら、いいんだが」
キースは身を起こし、ウォンの腰に掌を置くと、
「男の快楽は、相手がどれだけ感じているか、それを妄想することで成りたっているじゃないか」
「え?」
「男の絶頂は、鋭いが一瞬のことにすぎない。男にとって、セックスは、自分の愛撫で相手が理性を失っていくところを見るのが醍醐味だ。こんなにも自分に夢中なんだ、と思って満足するものだ。その証拠に、ポルノだって、相手が感じてしまう場面を延々と描くだろう。違うか?」
ウォンは薄闇の中で、細い瞳をさらに細めた。
「なんのお話です」
「僕も男だ。君を感じさせたいと思う日もある」
「そうでしょうね。実際、私をこんな風にできるのは、貴方だけですから」
「だが、反対に、感じている場面で興奮するというのは、自分も感じさせて欲しいと思ってることの裏返しだ。どんなに気持ちいいだろう、と想像しているうちに、自分もそれを知りたい、味わいたいと考えるのは、そんなに不自然な話じゃない。そうだろう?」
「かないませんね、貴方には」
腰にそえられた掌に、ウォンは自分の掌を重ねた。
「私のプライドを、傷つけまいとしてくださっているのですね」
「そういうわけでもないんだが」
キースはなぜか、はずかしそうに顔を背けて、
「時々、君の顔に、触って欲しいって書いてあって。ああ、ウォンも僕と同じ気持ちなんだな、と思うと、ちょっと気持ちがいいんだ。だから」
「サービスしてくださったんですね」
「まあ。結局、こっちが余計に達かされたんだが」
キースは再び身を横たえると、ウォンの胸によりそった。
「君が僕のこと、嫌いになったりしなければ、別に、もう、なんでもいいんだ……」

(2009.4脱稿)

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Written by Narihara Akira
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