『体 温』

「これは……」
キースがシャワーを浴びにいっている間、枕元に小さなリモコンが隠されていたのを発見して、ウォンはふと考え込んだ。
それ自体は特別なものではない、部屋の温度を手元で調節するためのものだ。ここは秘密基地の最深部、空調暖房は完璧なはずだが、それでも各人の好みがあるから個別に調節できるよう、こうしてそれを補うものがある。それがヘッドボードにひそかに仕込まれていようと、決して妙なことではない。
しかし発見した瞬間、ウォンはピンときた。
この寝室はときどき暑すぎるし、寒すぎる。寒すぎるのはキースの好みかと思っていたが、例えばこの部屋に帰ってきた時はむっとするぐらいで、すぐ服を脱ぐことができる。そして、事が終わってさて寝ようかという時は肌寒い。恋人にねだられなくとも、ベッドから出たくなくなってしまうほどだ。
だが、それが意図的なことなのだとすれば。
「ずいぶんと細やかなことですねえ」
つまりこれは、キース・エヴァンズの演出なのだ、二人が自然に寄り添うための。
まるで女性の目配りだ、そんなことに気の回る青年だったとは、とウォンはため息をつく。だが、思えば十代の頃から、自分の才覚ひとつで生き延びてきたひとだ、相手をコントロールする術にかけては私よりも上かもしれない。
「……ふむ」
戻ってきて傍らへ滑り込んできたキースをポーカーフェイスで迎えながら、ウォンの考えていたことは。

「ん、うぅ……」
寝床の中での甘いうめきは、ただ伸びをしただけのこと。
しかし、キース・エヴァンズはうっすら赤面した。艶っぽい声が自然に出るようになったのも、ウォンに教えられた喜びのせいだ。身も心もとろかされて、キースの奥深くにひそんでいたものが露わになったので、そういう意味でも今の彼は裸だった。
目覚めると、ウォンはいなかった。そういえば早く出かけると言っていた気もする。枕元を手探りすると、ウォンが昨夜来ていた白絹の寝間着に手が触れた。かるく畳んではあるが、そんなものを置いておくことすら珍しいので、キースはそれを取り上げた。
自分の肌へ滑らせてみる。そして。
「ふうん?」
初めて着る白い寝着は、キースには大きすぎた。だが、裾をひきずるというほどの丈でもない。袖だけ簡単にまくると、キースはそれを着たままベッドを出た。キチネットで湯をわかす、トーストを焼く。モバイルを開いて、情報をチェックする。
寝る時までチャイナカラーなのは苦しくないのだろうか、とキースはぼんやり思う。人肌でくったりと柔らかくなったシルクは、優しい肌触りで最高級のものであることを伝えてくるが、一枚ではやはり寒い。紅茶を入れる間にクローゼットをさがすと、今度は緋色のガウンを見つけた。やはりウォンのものだ。鏡にうつしてみるとそうおかしくもないので、それを羽織ってキチネットへ戻る。
カップに口をつけながら、キースはホウ、とため息をついた。
その頬はぽうっと染まっている。瞳も潤んでいる。
だってウォンの体臭が、こんなに心地いいなんて。
座ると足元まですっぽり包まれてしまう。あの豊かな体躯とその質量を思う。優しい抱擁も。
幸せな朝――そう思ったとたん、急に照れくさくなった。
責められ乱れ狂っている時より、恥ずかしい。
だってこっそり、ウォンの服をつけてみたいだなんて。 眼鏡を借りてみたこともあるが、こんなはしたないことで、しみじみ嬉しくなってしまうなんて。
この姿を見たら、いったいウォンはなんていうだろう。
よくお似合いですね、お気に召したならお揃いにしましょうか、とか。
恥ずかしい。恥ずかしいけど。
それも悪くないかな。
「ウォン」
淡くたちのぼる情感に我が身を抱きながら、小さく名を呟いてみる。
と同時に、キースはハッとした。
そして非常に不機嫌な声を出す。
「隠れて隙き見をしていないで、そろそろ出てきたらどうだ」
「隠れてなんていませんよ、忘れ物をとりに戻ってきただけです」
いつもの微笑を浮かべて、ウォンがキチネットの柱の陰から登場する。
キースはどんな忘れ物だか、と鼻を鳴らして、
「君のことだ、早手回しにお揃いなんかつくってないだろうな」
「キース様がそういう風俗でも構わないのでしたら、さっそくつくらせますが」
「何を言う。君が着せたんだろう」
「おや、貴方がすすんで、私の残り香を肌にうつしているんじゃありませんか」
「いやらしいことを言うな。僕の服を隠して、部屋を寒くしておいたくせに」
「おやおや」
ウォンは笑い出した。
「策略という意味では、お互い様だと思いますが?」
キースは顔をそむけた。
「何を勘違いしているか知らないが、ぜんぶ君が寒がりだからだ。僕より寒さに弱いから、気を遣ってやっているものを」
怒った顔は、ウォンの推量が図星の証拠だった。しかも自分の策を逆手にとられたのだから、なおさら腹をたてている。
この、可愛いひと。
「少し寒いぐらいの方が、私も好きなんですよ」
そうっと近づいて、キースを後ろから抱きしめる。
「貴方の体温を感じるだけで、気持ちがいい」
キースは低く呟くように、
「だから、お揃いはやめておけ」
「お嫌ですか」
「これ以上言わせる気か」
「ええ」
ウォンの腕をぎゅっと掴み、瞳を閉じてキースは呟いた。
「……君のだから、いいんだ」

(2004.1脱稿)

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Written by Narihara Akira
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