『頂 戴』

濡れたウォンの指が、キースの裸の背中をなぞっていく。
キースは微かに身を震わせ、そしてため息で応える。
「気持ち、いい」
「それならよろしいんですが、早く、よくなるといいですね」
「うん」
ふだんは白すぎるほど白いキースの背が、赤みを帯びている。
夕方、突然かゆみを感じて医者に診せたのだが、あっさり「じんましんです」の一言で片付けられた。
キースは首を傾げて、
「昨日、雨宿りした宿屋があまり衛生的でなかったのだが、虫刺されではないのか」
「違います。ふだん食べ慣れないものを、出先で口にしませんでしたか」
「そういう記憶は、ないのだが」
「気候の差なども影響します、疲れていると肌も敏感になりますし」
アレルギーの薬と、塗り薬を出されて、
「うつるものではありません。そんなに重い症状でもなさそうです。湯上がりにもう一度この薬を塗って、今日はゆっくりお休みください」
「わかった」
キースは憂鬱な声で答えた。
かゆみというのは、意外に我慢がむずかしいからだ。
虫に刺されたのでなくて良かった、と思うべきなのだろう。ウォンが同じ被害に遭っていたら、たまらない。
ああ。
せっかく、ウォンの顔色も良くなってきたから、今晩こそ部屋でじっくり愛しあおうと思っていたのに。
自分がこれでは。

「おや?」
旅先で濡れてしまったキースの鞄を乾かしておこうとして、ウォンは古めかしいレシピ本を発見した。
しおりが挟んであるところを開いて、苦笑する。
そこに書かれていた料理は、骨髄を薄く切り、ひとばん水にさらしたものをトーストにのせ、調味料とともに焼く、というものだった。
「ずいぶんと物騒なものを読んでらっしゃいますねえ」
「なにがだ」
いつの間にか、仏頂面のキースが背後に立っていた。
「マロウ・トーストに興味がおありとは。ずいぶんと遠大な暗殺計画ですね」
「古き良き時代の本だからな。だが、必ず病気になる訳でもないし、本来的には栄養のある部分のはずだ」
「誰に栄養をつけさせたいんです」
「君に、決まっているだろう」
怒ったような声に、ウォンの薄い口唇がゆるんだ。
「もう、だいぶいいのです。昨日、一晩中貴方に暖めてもらいましたし」
「なら、いいが」
キースの物言いがおかしいので、ウォンの顔からふと微笑が消えた。
「どうなさいました」
「見てみるか?」
キースはウォンに背を向け、上着をすらりと脱ぐと、シャツの背をまくりあげた。
「さっきまで、もっとひどかったんだ」
ウォンは眉をひそめた。
「これは……医者に診せたんですね?」
「もちろんだ。シャワーをつかったら、もう一度薬を塗るようにいわれている。君に頼んでもいいか?」
「もちろんです」

ウォンの暖かい掌で、軟膏は滑らかにひろげられていく。
安心する。
気持ちいい。
だが、本当は。
抱かれたい。
舌で、口唇で、全身で、触って欲しい。
こんなことなら昨晩、行儀良くウォンを抱きしめたまま眠ったりしなければ良かった。凍えている身体を溶かし、愛撫しつくせばよかった。何もかも忘れるほど乱れさせて、それから僕も、ウォンのものでたっぷり、奥の奥まで……。
「このままだと、すこしベタベタしますね」
ウォンはベビーパウダーと、薄いバスタオルをもってきた。
キースの肌にかるくパウダーをはたくと、タオルで巻いて押さえる。
「この上からパジャマを羽織っても大丈夫ですよ、キース」
「うん」
こくん、とうなずくが、キースはそのまま、動こうとしない。
ウォンはタオルの上から、キースの背に触れる。
「まだ、眠りたくない?」
「うん」
ウォンはちいさくため息をついた。
「こうして触れていると、貴方の考えていることが筒抜けなんですが」
「うん」
「あえて隠さないのは、本当に今すぐ、されたいんですね?」
キースはもう一度うなずいた。
「困った人ですね」
ウォンの指が、タオルの上を滑った。
「では、直接触るよりもっと気持ちのいい仕方で、してさしあげましょう」

すでにウォンの掌は、キースの全身に触れていた。
布越しだからこそ感じる箇所を責め、前も口に含んで、一度達かせた。
それでもキースは掠れた喘ぎをもらし、じれったそうに腰を浮かせている。
こんなねだり方をする人ではなかったのに、とウォンは思う。
様々な心の屈託が、この人を狂わせているのだ。
この人は今まで多くのものを失ってきた。
家族も親友も、同志の命も。
私では、なくしたものの代わりにはなれない。
こんな愛撫だけでは、癒しきれないのだろう。
では、どうしたら。
「ウォン」
キースの腕が伸びて、ウォンの首にからみついた。
「僕が欲しいのは、君だけだ」
ウォンの背筋を、甘美な電流が走り抜けた。
「私だけで、いいんですね?」
望まれるまま、恋人の中に身体を沈めながら、ウォンは囁く。
「いい、だから」
キースの目の縁から、喜びの涙があふれ出した。
「……ぜんぶ、ちょうだい」

(2006.10脱稿)

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Written by Narihara Akira
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