『感じる』

「おはよう」
ウォンの頬に手を伸ばし、口づけようとした瞬間、肘に近いところが裸のウォンの胸板にあたった。
「あ」
声を出してしまったのはキースの方だった。
感じていた。
ウォンは胸の突起を愛撫されるのがとても弱いと知っていたから、相手が声をあげるかもと思った瞬間、腕の皮膚の柔らかなところから電流が走って下半身が疼いた。
ウォンはまだ目が醒めきらないようなうっとりした顔で、キースを見上げている。
そんなに無防備でいいのか、と思いつつ、そっと口唇を重ねる。
長い腕が伸び、キースの背中を優しく抱き寄せる。
「おはようございます」
満ち足りたその声に情欲の翳りはなく、キースは思わず身体を離した。
「なんだかさっぱりしないから、シャワーを浴びてくる。君は入ってくるな」
「わかりました。待っています」
ゆったりした微笑みに送られて、キースは浴室へ向かう。

「どうしよう……」
うす赤い頬を覆ってキースは呟く。
いくらなんでも、最近の自分は敏感すぎる。
優しい愛撫にとろかされ感じきっている時に、「もっと、もっといやらしいこと……」と口走りそうになってしまう。頼めばウォンはどんな淫らなこともしてくれる。激しく責めてくれる。それでも足りずに嫌らしいことをしてほしいだなんて。いったい何をして欲しいというのだ。あれ以上どう乱れ狂いたい。
恥ずかしい。
ウォンはいつだって「貴方は淫乱なんかじゃない」って囁くけど。僕だって君とだから身も心も感じきってしまうんだけど。
どうしよう。
冷たいシャワーを浴びても、まだ疼きはおさまらない。
朝の生理現象ではないということだ。
仕方がない。
いっそちゃんと処理してもらおう。
手早く身体を拭くと、キースはベッドへとって返した。
うとうとと再びまどろみかけていたウォンの上に、冷やした身体を投げ出す。ウォンの掌をそっと導く。
「今日いちにち、仕事を休んでもらってもいいか」
我ながら色気のない誘い方だとキースが思った瞬間、ウォンは寝ぼけたような声で、
「そうですね、すっかり春ですからね」
よくわからないことを言う。
「ちょっと待ってくださいね、約束をキャンセルしてからで」
「待てない」
「あ、そんなにきつく握っちゃ……キースさま!」
その気になりさえすればウォンは絶倫だ。恥ずかしさをふりきるために、キースは性急に恋人を求めた。自分だけが感じているのが嫌だった。ウォンにも声をあげてほしかった。
ようやくウォンは身を起こした。
「わかりました。とにかく貴方が欲しいだけしましょう」
瞳をきらめかして恋人の脚を押し開く。硬いものを差しつけられて、キースはやっと安堵のため息をもらした。
「欲しい。早く」
「ええ。あげます」

ウォンは気付いていた。
キースが春情に悶える日が増えていることに。
普通は一緒に暮らすうちに性欲は落ち着いてくるものだが、彼はまだ若い。したい盛りなのだと思えばそう不自然でもない。春は特に原初の衝動が強くなる時期でもある。それに関係が安定することで、かえって燃え上がる人間もいるという。不安があるうちは喜びに集中できないのだろう、絆が強まるにつれて貪欲になり、相手を驚かせるほどになるとか。
なんにしろ、それだけ愛されているのだと思うと、ウォンは嬉しい。
今までのキースなら、恥ずかしがってこっそり始末していただろう欲望を、自分の前にさらけだしてくれているのだ。潤んだ眼差しが訴えてくる、「君にもっとイヤらしいことをされたい」と。くふん、と子犬のように呻きながら、その台詞を口走ぬよう必死でこらえているキースは、たまらなくそそる。応えてあげたい。もっともっと喜びを与えてあげたい。
だけれども、ある程度のことはやり尽くしてしまった。
どうしたらこの人を満足させられるだろう。
一日中犯してあげる以外に?

ウォンが先に果てたが、くっつけたままの腰をキースはせがむように突き上げた。
「まだ……まだ終わっちゃ……や……」
しかしウォンは、そのまま自身を引き抜いてしまった。
「ごめんなさい」
「ウォン」
ため息を洩らして、キースの胸に顔を伏せる。
「今日はどうしても身体が辛くて……ちょっとだけ、休ませてください」
その体重を受け止めた瞬間。
キースの身体を新しい喜びがかけぬけた。
ウォンが。
弱音を吐いて。
僕の胸に、甘えてる。
……可愛い!
きゅっと抱きしめながら、キースは囁く。
「疲れたなら、このまま眠っても構わないからな」
「いいんですか」
「無理をさせたからな。後始末も僕がする」
「でも」
「とにかく休んでいろ」
「はい」
安心したように瞳を閉じ、体重を預けてきたウォンの髪を撫でながら、全身にじわりと広がった感情にキースは溺れていた。せっかちな情欲とは違う、しかしとても甘い喜びだ。保護欲にも似たものだが、それとは違う。
感じやすい自分の身体が、この瞬間は嬉しかった。
「キース様」
胸に響く声を楽しみながら、キースは答えた。
「ん、なんだ?」
ウォンはため息まじりに呟いた。
「本当は……いえ、本当にいやらしいです、貴方という人は」
「うん」
うっとりとキースは囁きかえした。
「本当に、そうみたいだ」

(2004.3脱稿)

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Written by Narihara Akira
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