『ゆっくり』

いい季節だ。
冬うまれのキースにはもちろん、寒いのが苦手なウォンにも、十一月は活動しやすい時期である。仕事は思うようにすすみ、せわしない年末前というのに、それなりに余裕もある。
その夜のウォンは、ゆったりした白い服に身を包み、ブランデーグラスを片手に目を閉じていた。豊かな黒髪を前に垂らし、金いろの蝶をとまらせている。トパーズのアクセントが美しいこの金の髪留めは、誕生祝いにキースからもらったものだ。とっておきのこれをつけているということは、彼がすっかりくつろいでいる証だった。さしせまった用事も危機もないので、眠る前の静かなひとときを楽しむために、愛する人の繊細な装飾品を身につけているのである。
「……ウォン?」
銀いろの髪を乾かし終えたキースが部屋に入ってきた。
ウォンの髪飾りに視線をあてると、ふと目を細めて、
「めずらしいな、ブランデーとは。明日はでかける予定はないのか」
「ええ。まあ、あまり過ごさないようにします」
掌の中で回していた液体を口に含むと、ウォンはグラスを置いた。
「そろそろ、休みましょうか」
「いや、寝かせない」
キースは腕をのばし、ウォンから器用に蝶を解放した。
ゆるく広がった髪に頬を埋め、ウォンは目を伏せた。
「今夜はすこし、酔っています」
「君の頬が赤いのは、酒のせいではあるまい」
「感じやすくなっていますから、あの、されるのは……」
「わかっている。優しくする」

★      ★      ★

翌朝、ウォンは目覚めて、赤面した。
キースは満足げな顔で眠っている。
それはそうだろう、年長の恋人を完全に支配し、とろかしてしまったのだから。

冷たいシーツの感触が心地よく感じられるほど、ウォンの身体は熱くなっていた。
キースは優しい口づけから始めた。
彼がウォンの髪をほどくのは、自分が主導権を握るという宣言なので、いつもどおりされるままになっていたが、キースの愛撫はとてもゆっくりしたもので、ウォンは自然に焦らされる形になった。足の間に顔を埋められ、口唇で触れられて、「ああ、もう」と思ったのもつかの間、ふたたび上半身へ愛撫をうつしてゆく。
はやく、とか、ほしい、とか、はずかしい台詞を口走らないように口元を押さえていると、その掌をはずされ、口唇を奪われる。それこそ、ウォンのすべてを味わいつくそうとしているかのような、深い口づけで。
たまらない。
顔が離れると、ウォンはかすれた声で尋ねた。
「どうして、こんなに今日は、ゆっくり……」
「君がいったんじゃないか。年をとってくると、何回もするより、じっくり一回の方がいいって」
「それは」
される時の話でなくて、する時のことです、といいかけて、ウォンは口をつぐんだ。
キースは若い。何度も、とせがむ時もある。よほど疲れていなければウォンもそれに応じるが、彼もそろそろ、相手の身体をじっくり賞味したい年齢になってきている。激しく腰を動かすよりも、抱擁のゆるやかな快感から初めて、深い一度きりの絶頂を迎える方が、自然で楽なのだ。
それをうっかり、夢ととうつつのあわいに、キースの前で呟いてしまったことがあった。
つまり、キースとしては。
「たまにはサービスされてもいいだろう? 誕生祝いだと思っていればいい」
アイスブルーの瞳がキラキラと輝いている。これはすっかり善意なのだ。
「でも、あの」
「いやか?」
ウォンは顔を覆ってしまった。
「意地悪をいわないでください」
「いやじゃ、ないんだな?」
「あ」
恥ずかしい、と思いながらも抵抗もできず、ほんとうに、ゆっくり、とかされて……。

ウォンは、薄闇の中で身体を起こした。
いとしい、貴方。
銀の髪にそっと手を触れる。
私は、幸せです。
貴方にこんなに愛されていて。
でも、誕生日のお祝いでしたら、貴方を自由にさせてくださった方が嬉しいです。
僕は君のものだ、と囁いて、胸に甘えてくださる方が。
「……ん」
キースが目を開いた。花のような笑顔をウォンに向ける。
「わかった。それは、じゃあ、また明日」

(2008.10脱稿)

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Written by Narihara Akira
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