『夢見るように眠りたい』

「ねえ……あれ、して?」
「ええ、よろこんで」
ウォンはキースを抱き上げると、とすん、と寝台へおろした。
シーツに沈み込むような感覚に、思わず吐息がもれる。
身体のどこにも余計な力が入っていない、安楽な状態。
「気持ち、いい」
「よかった。おやすみなさい、キース」
だが、あっという間に睡魔にひきこまれ、そのまま闇におちていこうとするキースの口唇から、もれた言葉は。

★      ★      ★

「過労ですな」
こともなげにいう年配の医者に、キースは首を傾げた。
「この胸の痛みが、病気ではない、と?」
「お疑いなら、別の病院へどうぞ。内科的な異常は、なにも発見されんでしょうがね。以前、胸部を強く打ったことがあるでしょう。ひびが入ったのも、一度や二度じゃあないはずだ。その、後遺症ですよ。肋骨のあたりというのは、固定することができない。骨折した場合、治療はなかなか難しいものでね」
「では、どうすれば」
「仕事の量をへらすんです。過労なんだから」
「痛みは」
「痛むところに湿布をして、様子をみるしか」
「それしかないのか」
「あとは、まめに水分補給をするぐらいしか、やりようはないでしょう。アルコールと激しい運動をさければ、その若さだ、回復そのものは早いはずですよ」
「わかった」
キースはため息をついて、病院を出た。
ウォンに、知らせておかないとな。
テレパシー以前に、湿布の匂いで、わかってしまうだろうし。

「ふむ」
キースが帰ってくるなり、ウォンはその後ろにまわって、背中をすうっと撫でおろした。
「あっ、痛」
「私に内緒で病院に行くぐらい、あちこち痛むんですね」
「いや、何日か仕事のペースをおとせばいいだけなんだ」
「だめですよ。今すぐベッドへ」
「明るいうちから、眠れやしない」
「何もぐっすり眠ってください、といっているわけではありません」
ウォンはキースを抱き上げた。
「自分で歩ける。おろせ」
「正しい姿勢で横になるだけで、痛みが楽になります。まず、夕食まで安静にしていてください。後のことは、それから考えましょう」
キースをベッドに優しく横たえると、足を開かせ、腰をゆすり、そしてまた足を閉じた。下半身の力が抜けて、キースがぼんやりしていると、その身体がさらに水平になるよう、腰と首、そして膝の下にタオルをあてる。
「なれないと、少し苦しいかもしれませんが、このまま胸で呼吸してみてください」
「……こう、か?」
「ええ。さあ、目を閉じて、楽にして」
驚いたことに、その瞬間、睡魔が襲ってきた。
「眠れるようなら、そのまま眠ってください。仕事の遅れは心配なさらず。できることは私の方で、手配しておきますから」
「うん」
身体が、とても楽だった。
キースはそのままウトウトし、夕食のいい匂いで目が覚めた。
「一週間、みましょうか」
起き出してきたキースに、ウォンはそう声をかけた。
「なにを?」
「回復に、ですよ」
「そんなにかからない、と医者もいっていた」
「ぐっすり寝ていたじゃありませんか。無理をすると、すぐぶり返しますよ。まず、睡眠時間を充分確保しなければ。貴方のデスクワークの時間も、今日から半分にへらします」
「水分補給をしろ、と医者がいっていたが」
「血のめぐりをよくするためでしょう。寝る前にバスタブにゆっくりつかって、身体をのばしてください。シャワーだけで簡単にすませないように」
「君の方が、よほど医者らしいな。それとも中国四千年の知の蓄積か?」
「貴方への愛です」
さらりといってのけてから、キースの頬へ掌をのばす。
「いえ、足りないからこのようなことになるのですね。自重しなければ」
「ウォン?」
「……もっと、優しくしたい」
名残り惜しそうにその掌は離れて、キースはすこし、いやな予感がした。
案の定、かたくるしい生活が、はじまった。
朝起きると、すぐに軽いストレッチ。そして散歩。血が増えるといわれている食材で構成される食事。読書は書見台で、正しい姿勢で。デスクワークは監督され、一時間に一度、必ず休憩をとらされる。二人でシャワー室に入っても、艶っぽいことはなにもない。バスタブからすぐ出ようとするキースに「まだですよ」と時間をはかってみせる。冷たい湿布を貼る時も、非常に事務的で。
なんとも窮屈で、しかたがない。
唯一の楽しみは、ウォンが寝かしつけてくれることだ。
「だいぶ身体がまっすぐになってきましたね。タオルははずしましょう。楽に眠ることの方が、大切ですからね」
風をたっぷりいれた、清潔なベッドの上で、ウォンが優しく囁く。
もう、キースも抱き上げられるのをこばまなかった。
静かに横たえられるのが、なによりも心地よくて。
自分はこんなに疲れていたのか、と驚くほど、文字通り眠りに「落ちて」しまう。その、じんわりとした一瞬の快楽だけでも欲しくて、キースは自分から「アレして」とウォンにねだるようになった。こちらから身を寄り添わせたら、ウォンも根負けして、禁欲をといてくれるのではないかという期待もあったのだが、いつも涼しい顔で、欲望をそらされてしまう。
「おやすみなさい、キース」
その日も睡魔にひきこまれそうになりながら、キースは最後の抵抗を試みた。
「ウォン」
「なあに」
「優しくしたい、と、いったな」
「ええ」
「優しく……」
キースはウォンの服の袖をつかんだ。
「全身、撫で回されたい」
ウォンは微笑んだ。
「いいですよ」
ウォンの掌は、キースの首筋へ伸ばされた。柔らかいところをさすられて、キースはうめいた。
「まだ、ここは、痛むんですね?」
「違……」
「そうですね、もっと静かに触れないといけませんね」
布ごしに敏感な部分をさすられて、キースの息はさらに乱れた。
頬が染まり、思わず身をすくめる。
しかしウォンの掌は、緊張をほぐすように動き続けている。
「眠ってしまって、いいのですよ」
キースは泣き出したくなった。
こんな風にはじらう姿が、一番ウォンをそそるはずなのに、反応してくれない。
もちろん、年かさのウォンの方が、情動のコントロールは自分より楽だろう。
数日の禁欲なら、若い自分にもできる。
だが、この身体を、快楽を我慢できないようにしたのは、誰なんだ?
ウォンの動きは絶妙で、掌でキースの熱を煽っては、巧みに鎮めていく。恋人が安らかな眠りにつけるよう、愛情こめて触れているのが、よくわかる。
それだけにキースは、焦れていた。
ねえ。
あんなに恥ずかしい台詞をいったのに、どうして抱いてくれないの。
抜いた方が、よく眠れるかもしれませんねって、なんで囁いてくれないの。
手でも、いいのに。
だけどほんとに、眠くてたまらなくなってきた。
ウォンの、馬鹿。
「いじわ……る……」
小さな喘ぎを残して、キースは意識を失った。

★      ★      ★

翌日、病院から戻ってくると、キースは真っ先にウォンの部屋へやってきた。
「医者にお墨つきをもらった。もう、痛みもない」
「それは、よかった」
椅子をまわし、微笑みを浮かべたウォンの腿に、キースはいきなり膝をのせた。
「だからもう、禁欲しなくて、いいんだ」
キースの方から顔を重ねた。
ウォンはむしろ、おずおずとそれに応えた。熱い身体を扱いかねているように、キースの背に回された腕も、力ない。
「どうした?」
「……ごめんなさい」
ウォンが急に顔を伏せたので、キースは驚いた。
「そんな気に、なれないか?」
「いいえ」
ウォンはとてもいいにくそうに、
「昨日、眠りに落ちる前、たったひとこと、意地悪、と呟いたのを覚えていますか」
「あ、うん」
「あの瞬間、貴方の声のかわいらしさに、その、自制心がとんでしまったので……貴方が我慢しているのに、私だけというわけにもいかないと、ずっと堪えていたんです。なのに、とっさにとめられなくて」
「ウォン?」
つまり昨夜、キースの小さな喘ぎ声に反応し、こらえきれず達してしまったということ――。
「君だけ、ずるい」
キースは再び、ウォンにすがりついた。
「罰として、今晩は寝かせない」

夜も更けた。
心地よい疲れの中を漂いながら、キースはウォンの胸によりそった。
「すごく、よかった」
「ええ」
「たまには禁欲も、悪くないかもしれないな」
「適度なら、ですね」
「まあ、収穫もあったし」
「なんです?」
キースは微笑した。
だって、この一週間、ウォンもしたくてたまらなかったんだろう?
僕の声に誘われて、触らなくても屹立させてしまったなんて。
あんなに平気な顔をしていたくせに。
しかもそれを、正直に告白するのだ。
抱きあったら禁欲していたかどうか、ばれてしまうからだろうが、外でしてこようが、ひとりで抜いていようが、キースは責める気などない。
普段からそういっているのに、自主的な禁欲を、「ごめんなさい」と謝って。
可愛い、と思う。
そして、やっぱり、嬉しくて。
「なんでもない」
キースはウォンの首筋に頬を埋めた。
「疲れたし、シャワーを浴びたら、アレ、してくれる?」
「今晩は眠らせない、とおっしゃったじゃないですか」
「だって、気持ちいいんだ」
眠そうに声をくぐもらせながら、
「……君がして、くれるからかな」

(2007.7脱稿)

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Written by Narihara Akira
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