『初 夜』

「キース様?」
勝手しったる恋人の寝室。
すでに灯りはおちているが、今更踏み迷うことはない。
そのままベッドへ近づくと、キースはすやすやと寝息を立てていた。
来ましたよ、と囁こうとしてウォンはやめた。もってきた寝間着に手早く着替え、そっと傍らへ滑り込む。
今日、出がけにキースがウォンに低く耳打ちした。
「夕方、僕の部屋に入るから」
「わかりました」
先日頼んでおいた新しいダブルベッドの話だ。
つまり、仕事から帰ったら僕の部屋においで、一緒に寝よう、というお誘いだ。
ちょっと照れたような顔がいつまでも瞳の奧に残っていて、可愛いなあと反芻しながら一日を過ごしたのだが、こうあっさり先に寝られていてはかなわない。日々の激務で疲れているのは充分承知、若いうちは睡魔の誘惑に抗しがたいのも承知、それなのに遅く戻った自分が悪いのだが、もうちょっと慎ましく待っていてくれてもいいのにと思う。
よっぽど「帰りましたよ」と耳打ちして起こそうと思ったが、それより前にキースに触れたくなった。
そうか。
これから毎晩ここへきて一緒に寝るのなら、この身体を好きなだけまさぐっていいのか。
口説き文句も手順もとばして、当然の権利のようにむさぼって構わないのか。
なんだかまるで「結婚」でもしたようだ。
変なときめきを感じながらキースの肩に触れると、うっすら彼は目を開いた。
「……おかえり」
かすれ声。まだ霞んでいる眼差し。
「ごめん。君がいつ帰ってきてもいいようにベッドで待ってたら、ついウトウトして」
言い訳を呟きながら、嬉しそうにウォンの胸に甘えてくる。
ああ、もうたまらない。
仰向かせキスの雨を降らす。顔だけでなく首筋にも胸板にも服の上から。
「ウォン」
「はい?」
「初めてだから……やさしくして……」
そのキースの呟きはとても小さく、ウォンは一瞬意味がわからなかった。
つまりキースは、気持ちは初夜のつもりなのだ。
互いに慣れ親しんだ身体だけれど、旅先ならともかく居城で二人の寝室を一つに定めたは初めてな訳で、新妻の気分を味わっているのらしい。本当のキースの初めてを食すことは今さら不可能だが、相手がそのつもりなら、こっちもそれらしくしてやろう。
「ええ、辛そうだったら加減しますね」
「……うん」

敏感な身体を隅々まで、優しく十二分に愛撫する。
小さく喘ぎながら喜びを表現していたキースの口唇から、ついに焦れったそうな声が洩れた。
「ウォン、来て……」
「欲しいんですね」
「うん」
「では、上になって、自分で入れてごらんなさい」
身をよじりながらキースは甘くうめく。
「そんなに深く入ったら、壊れる……」
「自分で調節できるから、上になってごらんなさいというんです」
「無茶しない?」
「優しくするって約束したでしょう?」
キースはため息と共に身を起こし、仰向けになって誘うウォンの腰をまたぐ。
「う」
先に声が洩れたのはウォンの方だった。
キースの蕾がいつになく緊張している。まるで初めてのようにためらい、その入り口でウォンを焦らすように揺れている。眉根をよせて切なげに身を反らし、絶景とでもいうべき美しさだが、乙女らしい演技にしても、これほどたまらないことはない。思わずキースの腰に手を添えて力を込める。
「あう」
ほどよい場所を突き上げると更にきつく締め付けられて、ウォンは脳の中心まで痺れた。
「私も、もう我慢ができませんから……あとちょっとだけ、堪えてください」
いやいやと首をふり身悶えるキースを、ウォンの凶器が深く貫く。
全身で揺すぶられて悲鳴をあげたキースが達するのと、ウォンが暴発するのでは、果たしてどちらが早かったか……。

薄闇の中で、キースは先に目を醒ました。
身体の中心が、まだ余韻に疼いている。
キースは服の上から、そっと局部をさすった。後ろでウォンが眠っているのに、と思うとかえって興奮しながらさすり続ける。
昨夜のことを思い返す。
勇気を出してせっかくウォンをさそったのに、例によってなかなか帰ってこない。
腹がたって、入ってきたのに気付いてもたぬき寝入りをきめこんでいたが、そうするとウォンは律儀に寝間着に着替えはじめた。
こちらから誘ったんだからさっさと抱けばいいのに、ベッドへ入ってもおそるおそる手を出してくる。紳士なのにもほどがある、まるで初夜に緊張している奥手な夫のようだと思った瞬間、キースはその気になった。
ロマンティックな夜にしたててやろう。初めてのつもりになって抱かれよう。

実際の初めてはほとんどウォンといっていい、なぜならキースが自分の意志で肌を許したのはウォンが最初だからだ。収容所時代に「いい味」で評判だった後庭だけでなく全身を蹂躙されていたが、だからといって自分が汚れていると思ったことはない。一方的で快楽もともなわぬ行為が何かにカウントされるとはキースは思っていない。
だいたい、初めてというより、ここまで身も心も許した相手はウォンだけだ。誰か他人を心に入れ共に喜びをわかちあうことを純潔でなくなるというのなら、キースは確かに清らかではない。だが、ひとりでないということはどんなに喜ばしいことだろう。
とはいえ初めて抱かれた晩というのは、恋情の自覚もまだ淡い頃、おかげで場数を踏んだすれっからしの態度をとってしまった。何よりあっさりたらしこまれて相手の言いなりになることを避けたかったからで、結果的にその冷淡さがウォンをいっそうひきつけたのだろうが、キースも人の子、可愛らしく甘えたい時もある。なにもかも忘れて、子どものように頭を撫でてもらいたい時もある。その時期を最初にとばしてしまったので、ちょっと損をしている気がずっとしていた。
二人の気持ちが熟してから抱かれたらよかったのかとも思うが、どうせ公けにはできない結びつきだ。みながみな知っている仲とはいえ、中には信じないものも目を背ける者もいる。裏社会でも悪名高いリチャード・ウォンの方は、性別かまわぬ愛人を何人ひきつれていようが目に入れなければいいが、あの高潔な理想家のキース・エヴァンズが、となる訳だ。キース本人は大人同士が合意の上ならば同性同士であろうと愛を貫くべきというリベラル派だが、そういう類は二人の寝室が一緒などというのはきいただけで怒り出すだろうから、あえて個室も別々にして互いに行き来した。雑音は気にしなければすむようなものだが、人の上に立つものは、余計な摩擦をおこさないのも仕事のうちだ。
そんな訳だから、精神的な愛情が煮詰まった上で身体を開くという手順を踏んだにせよ、「僕の操を君に捧げたい」だのという甘ったるい展開になりようがなかった。だからまあ、あれは損じゃない、面倒なところをとばしたんだと自分にいいきかせて気にしないようにしていた。だが、ウォンの初花の方はそれと知らず摘んでしまったし、こういう機会でもなければお互いに新婚気分も味わえないだろうと思った瞬間、キースの「初夜」の演技が始まった訳だ。
ウォンもその気になったらしく、愛撫もいつもより優しく丁寧で、キースはすぐにうっとりしてきた。次にウォンがどこを触れるかわかっているので安心感もある。と思うと裏切られて、いつもと違うところを吸われて濡れた声を出してしまう。まだ開発されていないところがあったのかと自分で驚くぐらい敏感になっていて、それもキースは楽しんだ。上になれと言われた時は、初夜にそんなことを命じる夫はいないだろうとも思ったが、つまり処女のように締め付けて欲しいんだなと解釈して従った。ウォンの喜びはキースの予想以上で、キースも最後には演技を忘れて乱れきった――。

ウォンの体温を感じつつ、キースはついに朝から下履きを濡らした。倒錯気味の喜びに、詰めていた息を吐き出した瞬間、ウォンがくるりと向きをかえてキースを抱きしめた。
「あれだけしてあげたのに、まだ足りなかった?」
今度はウォンにたぬき寝入りをされていたらしい。キースは頬をふくらませた。
「気付いていたなら、君がしてくれれば良かったのに」
「貴方がすがりついてくるのを待っていたんですよ」
「嘘つきめ。趣味が悪いぞ、楽しんでいたんだろう」
「ええまあ」
「洗ってくる」
そう言ってベッドを出ようとするキースをウォンは押しとどめた。
「それは、二人でね」

身支度を整えてつるりとした顔に眼鏡をかけたウォンに、同じく着替え終えたキースが振り返って冷静な声で尋ねた。
「昨日、君は何が一番よかった」
またそんな色気のない訊き方を、とウォンは苦笑しながら、
「おかえり、と言ってもらえたことでしょうか」
キースは声の調子を落とした。
「また、今日もここへ帰ってくるのか」
「二番目の夜のサービスが受けられるんですか?」
「君がそれを希望するならな」
「では、今晩は早く帰って来ましょう。新婚の妻が居眠りしないうちにね」
「わかった。君のパジャマを用意して待っていることにしよう。それとも軽食がいいか?」
「両方用意しておいてください」
「そうか」
微笑みあって部屋を出ようとした時、キースがふと足をとめた。
「ウォン」
「なんです?」
「今夜部屋に入ってくる時は、戻りましたよ、なんて色気のないことを言うなよ」
「どんな言葉をご所望です」
「ずいぶんと鈍いな。おかえりなさい、って言われたいんじゃないのか」
「ああ」

その夜のウォンは、もちろん間違えなかった。約束通り早く帰って、
「……ただいま、キース」

(2003.12脱稿)

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Written by Narihara Akira
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