『ご馳走さま』(45X39+10)

1.

「ああ、びっくりした……」
ドアを閉めて、刹那は思わず呟いていた。
いや、この話は最初から刹那にとっては驚きの連続だった。
まだ春浅いある夜、ガデスが寝室に入った瞬間、いきなりこう切り出した。
「そのよ、ジイさんがな、永遠の――曾孫の顔が見てみてえっていうんだが」
「ジイさん?」
刹那はいったい何処のじいさんのことだと聞き返そうとして、《ひまご》という言葉に仰天した。
「ガデスって、まだ自分のジイさんが生きてるのか?」
ガデスはこともなげに、
「ん、ああ。ピンピンしてるぜ」
「だってガデス、もう四十の折り返しだろ、そのジイさんていったい幾つなんだよ」
「いや、親父もジイさんもかなり若い頃からナニしてたからな。まだ八十にもなってねえだろ」
身内のことなどめったに話さないガデスだったが、その夜はかいつまんで家の話をしてくれた。軍属の父は若くして戦地で亡くなったこと。祖父母が親がわりになってガデスと弟を育ててくれたこと。祖父もまた軍人の経歴があり、ガデスに体術の基本を仕込んだのはこの祖父であるということ。ガデスはサイキックが発動して以降、身内に及ぶ危険を考えて親族との縁をすべて断ちきろうとし、実際断ちきったが、この祖父だけは彼の行方を常に探し、孫とのコンタクトを懸命に続けていたということ。
「元気なジイさんだが、誰だっていつまでも生きてられる訳じゃねえからな。曾孫の顔を見てから死にてえってな気持ちに、ふっとなっちまったらしいんだな」
「なるほど」
そういう気持ちはわからなくもない。刹那は眉を開いて、
「わかった。で、そのジイさんはいつ来るんだ?」
ガデスは苦笑いして、
「いや、来るんじゃなくて、永遠を家に遊びにこさせろっていうのさ。永遠もそろそろ十になるだろう。一人で泊まりに行ける年だ。だから、一週間ぐらいあずからせろというんだな、これが」
「え」
刹那の顔がさっと曇る。
「大丈夫かな。いろいろ……迷惑がかからないかな」
「多少の迷惑は向こうも覚悟してるだろ。それに、永遠はしっかりしてるからうまくやれると思うぜ。安全てな意味なら、向こうの家もかなり安全だぜ。ジイさんの友達は退役軍人とサイキッカーだ。預かるからにはしっかりガードしてくれる。だから、な?」
「そうだな」
刹那は少し考えた。永遠は家族といえば俺達しか知らないのだ、これが一つのいい体験になるかもしれない。いざという時頼れる人間が一人でも多くいた方がいいだろうし、それが身内であるに越したことはない。それに、ガデスの祖父が曾孫に会いたいというなら、止める権利もないし会わせない理由もない。
「わかったよ。それで、いつ連れてけばいいんだ?」
「いや、送り迎えは向こうがする。おまえがいいっていうなら明日にでも向こうは来るつもりだ」
話があまり急なので、刹那は眉をしかめた。
「やだな。一週間とかいって、永遠が可愛いからずっと手元に置きたいなんて言い出すんじゃないだろうな」
「大丈夫だ。そん時きゃ俺がしっかり連れ戻してくる」
「なら、いいけど」
「それよりよ、しようぜ、なあ」
「うん……」

話が決って実際にガデスの祖父なる人が訪ねてきたのは、その四日後の朝だった。
ドアを開けた時、刹那は思わずため息をついた。
確かにガデスの血縁だ。似ている。しかも若々しい。ガードがわりの若い友人を二人連れ従えて、多少挙作はのろいが、身ごなしに隙のない美しい老人だった。
永遠は、はじめて見る曾祖父が気にいったらしく、彼にすんなり懐いた。あらかじめ含んでおいたせいもあるが、特に厭がるそぶりも見せずにこの老人とその仲間の住む家に遊びに行くことを決めたようだ。
玄関で別れ際、その祖父は二人きりとみるや、ガデスにそっと耳打ちした。
「べっぴんだな、おまえんとこのは」
ガデスはニヤ、と笑い返す。
「だろ?」
「女でないのがもったいない」
「女じゃねえが女以上だぜ。しかも、可愛いガキまで拾ってきた」
「何の不満もないのか」
「ねえな。だからジイさんにはやらねえぜ」
「ばかもん、誰が孫のモノを取り上げたりするか」
奥で子供の持ち物を確認しおえた刹那が、永遠を連れて出てきた。
「いいか、おじいちゃんの家ではいい子にしてるんだぞ」
「わかってるよ」
「じゃあ行っておいで」
永遠はそのままガデスに車まで手をひかれてゆき、今度はガデスの祖父と刹那が二人きりになった。
「我が儘をいってすみませんな。永遠を預からせて欲しいなどと」
「いえ。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
刹那が頭を下げると、ふとこの祖父は刹那の掌を取った。
「ああ、農夫の掌だ」
しっかりと掌を握られて、刹那はふと赤くなった。ただの別れの握手なのだが、ガデスがあと何十年かしたらこんな姿になるんだなと思った瞬間、意識してしまったのだ。
「すみません、きれいな掌でなくて」
「いや。綺麗な掌だ。労働を知っていて、しかも美しい。うちの孫は幸せ者だ。うらやましい」
若々しい薄茶の瞳がきらきらと光って刹那を見つめる。刹那は戸惑いながら、
「いえ、俺こそ……ガデスといられて……幸せです」
次の瞬間、刹那はぎゅうっと抱擁されていた。背中を軽くポンと叩くと、相手の身体は素早く離れた。
邪気のない笑顔で目くばせ一つ。
老人はそのまま刹那に背を向けると、すうっとその場を離れていった。
刹那は思わずドアを閉め、そのままドアに寄りかかった。
「びっくりした……」
ただ挨拶されただけなのに、胸の奥がざわついている。
なんなんだろう。
ガデスの祖父があんまり若々しいから、面ざしが似てるからこんなにドキドキするのか。それとも、ガデスのパートナーとしてちゃんと認めてもらえたから? 綺麗だって世辞を言われたから? 抱擁があんまり暖かかったから? ガデスや永遠以外の人間との抱擁なんて、ここ十数年してないから?
その、全部かも。
もしかして俺、ものすごく幸せなのか、今。
次の瞬間、ドアを叩く音がして、刹那はひゃっと飛び上がった。
「おい、何で閉めてんだ。開けろよ」
「ごめん」
ガデスを閉めだしていたのに気付いて、刹那は慌ててドアを開けた。
「いったいどうした? 何ぼんやりしてたんだ? 永遠が出かけて気が抜けたか?」
「え、いや、別に」
刹那は頬をこすって表情を取り繕いながら、
「二人きりだから、たまには俺が昼飯つくろうかな、と思ってて」
「そうだな。じゃあ、まかせるか。おまえの好きなもん、つくれよ」
「うん」

エプロンをつけ、肉の下ごしらえをする刹那の後ろ姿を見ながら、ガデスは下腹にちらちらと燃える炎を感じた。あのゆったりしたセーターとズボンの下に、甘く熟れた身体があるのを俺は知ってる。年を経てもウェストのくびれはたるまず、腰のあたりに薄くつきだした脂肪は肢体の艶めかしさを更に増している。敏感なくせに焦らされるのが大好きで、愛撫にじっくり手間をかければかけるほど喜び乱れる。そして時間をかけただけ、こちらの快楽も深くなり。
そうか。
そういや今、この家には俺達二人しかいねえんだ。
新婚みたいなもんだ、昼間だろうと台所でだろうと、誰にはばかることもない。
やりてえって気持ちを、無理に抑えるこた、ねえんだ。
「ガデスって、レアの方が好きだったよな?」
「ん、ああ」
肉の焼ける匂いがしはじめた瞬間、ガデスはすっと後ろから近づき、刹那のウェストに腕を回して身体を押し付けた。刹那の耳元に口唇を寄せ、
「おまえの髪、甘い匂いがするな……」
「え?」
振り向こうとして刹那はガデスの怒張に気付き、きゅっと身をすくめた。
「あ、駄目だよ、待って」
「待てねえ」
ガデスは刹那のベルトを探り、するりと膝までズボンを降ろしてしまった。
「や」
慌てて刹那はグリルの火を止め、フライパンをよけた。その隙にガデスは刹那の下着も降ろしてしまって、刹那は身動きが出来なくなった。
「たまにはこういうのもいいだろ」
すぼまったままの蕾に、熱くなったガデスの先端が押し付けられる。
「嘘、もう……?」
「待てねえって言ったろ。流しにつかまってろ」
「あ、は!」
後ろから一気に貫かれて、刹那は悲鳴を上げた。
こんなに性急に犯されたのは初めてで、痛みが刹那の身体を更に硬くした。
「辛いか?」
ガデスがゆっくり動き始めた。
つらいよ、するならベッドへ行こう、と訴えようとした瞬間、刹那の身体に微妙な変化が起きた。
中が、うごめいている。
ろくに濡らされも慣らされもしなかったのに、そこはいつものように反応しはじめていた。両手で腰を押さえられているので前に触れられている訳でなく、ただつながっている部分の刺激だけで、内部が熱く溶け出したのだ。
どうしよう。
台所で、こんなだらしないポーズで、俺、ガデスを締めつけてる。
なれている相手の愛撫だからこそ起こった反応なのだが、おかげで刹那の恥ずかしさは倍増した。夜の生活はそれなりに充実していて不満などないと思っていたのに、本当はガデスに「待てない、欲しい」と強引に求めてもらいたかった自分に気付いて、刹那の肌は血のいろに染まった。優しい愛撫だけで何度も達してしまうのに、俺、それだけじゃ足りないのか。俺、そんなに淫乱なのか。
しかし、内部のうごめきは止まらない。
「刹那。イイのか?」
「……」
返事ができない。
ガデスはガデスで刹那の反応に驚いていた。確かに刹那の感じるポイントを突いているつもりだが、いきなり熱くなっているのだ。普段と違うシチュエーションなので、刹那にとってもこういう愛撫が新鮮なのかもしれない。相当いい。
もしかして普段の手間ひまかけたやり方が間違いで、刹那の奴、いきなり転がされて犬みたいに犯されるのが好きなんじゃねえだろうな。全然嫌がってねえみてえだし、むしろこういう風のが燃えるのか。
ガデスは揺する腰の動きを早めた。
「あ、う……ん」
刹那の口唇から喘ぎ声が洩れ始めた。流しにつかまる指の関節が白くなっている。ガデスがえぐる動きにあわせて刹那の身体が揺れている。それはむしろ腰を突き出し相手を深く受け入れようとしていて、ガデスはその動きを見ているだけで達してしまいそうになった。
「刹那。中で出すぜ」
「ん、ふ」
刹那はイイともイヤとも言わない。口唇を噛んで喘ぎを殺しつつ、ガデスを絞るように締めつけ続けている。
「出しちまうぞ。いいのか」
「ふ!」
刹那の身体が痙攣した。床に滴り落ちるものがある。先に達してしまったのだ。ガデスは抜くに抜けず、刹那の中で数回こすりあげると、奥までたっぷり体液を注ぎ込んだ。
「あ、あん!」
濡らされた瞬間、刹那はガクンとその場へ崩れ落ちそうになった。ガデスはそれを支え、抱きおこすようにして自分の身に刹那をもたせかけた。
「ガデス……」
見上げる刹那の瞳には涙が浮かんでいた。
「立ったままだと、ちっと辛いか?」
「馬鹿。待ってくれって言ったのに。肉がウェルダンになっちゃうだろ。それとも俺のメシなんかマズくて食えないっていうのか」
「食べたいに決ってんだろ。ただ、今はおまえが欲しいだけだ」
ガデスは刹那から自分を引き抜くと、テーブルの上に恋人の身体を横たえた。下半身につけているものは完全に取り去ってしまい、膝を曲げた刹那の脚を押し開く。
むつきを替えられる赤ん坊のように無防備な、そのポーズ。
だが、その局部は。
「いい感じに濡れてるぜ、前も後ろも」
刹那は拒みこそしないものの、首だけを持ち上げ、潤ませた瞳でガデスをにらんでいる。
「見てろよ。おまえがくわえこんでる処も出し入れしてる処もよく見えるようにしてやる」
「見えるもんか。それにそんなに苦しいポーズ、厭だ」
刹那がぷい、と顔を背けてしまうと、ガデスは更に大きく脚を開かせながら、
「なら、力抜いて楽にしてろ。見なくていい。ただ、感じてくれ」
「あ……」
刹那の身体はふっと柔らかくなった。
濡れた蕾は苦もなくガデスをのみこみ、その腰の動きにあわせて絡みつき始めた。
ただ、感じてくれ――その一言で刹那は心まで濡れていた。
感じたい。
俺、もっとガデスを感じたい。
ガデスの引き締まった腰に、刹那の脚がそっと絡んで引き寄せるようにした。
「優しく、して……いつも通り、ゆっくり……」
昼ひなかであるのもすっかり忘れて、刹那の腰が妖しく動く。それを優しく撫でながら、ガデスは嬉しそうに微笑んだ。
「ああ。ゆっくり、な」

2.

「うわ」
その店に一歩踏み込んだ瞬間、刹那は小さくうめいた。そこはいわゆる大人のオモチャを扱う店――相手の中を犯すための道具、快楽を引き出すための補助具、相手を濡らし潤わせるための液体、快感を高めるドラッグ、演出用の小道具、ポルノビデオや雑誌の類がところ狭しと並んでいる。こういう店を全然知らないといったら嘘になるが、自分が何かを買う目的で足を踏み入れたのはその日が初めてで、刹那の頬はこわばっていた。
中年の店主は気難しげな顔を新聞から上げず、あえて刹那に声をかけない。常連客であるとか何を欲しがっているかが明確であるならともかく、初めての客にうかつに話しかけると恥ずかしがって逃げ出す事が多いのを知っているからだ。
刹那は入口あたりでしばらくためらっていたが、そのうち意を決したか、やけに真剣な顔になって中を物色しはじめた。

最初はアダルト・トイの店など入り込むつもりはなかった。ガデスと食糧や日常雑貨の買い出しに来たのだが、互いの興味の方向が違うので別々に買い物をし、後で車で落ちあうことにしたのだった。その足がいつの間にかあらぬ方向へ向いてしまったのは、三日前に台所で犯された時の余韻が、刹那の中で燃え続けていたからだった。
あの日味わった興奮は独特なものだった。
ガデスがあんなことするなんて……普段はうんと優しいのに、あんな所でうむを言わさず押し入ってくるなんて……でも「待てない、今はただおまえが欲しい、感じてくれ」なんて、なかなか言ってくれないし……愛の言葉をみだりに並べられるのは嘘っぽくて厭だと思ってたけど、本当は俺、もっと沢山ききたかったんだ……ガデスにひたすらむさぼられたい。そのためならちょっとぐらい辱められても、苦しくても……いい。
思い出すだけで達ってしまいそうになる。それだけ良かったのだ。
あんなに夢中なガデスをもう一度見たい。
俺の方から誘ったら、また、あんな風にしてくれないかな。
でも、どうやって誘ったら。
それを考えあぐねて、こんな店に迷い込んでしまったのだった。
しかし、怪しいドラッグは使いたくないし、バイブレーターやペニスバンドを入れられるのも厭で、刹那ははたと困ってしまった。
あと、使えそうなものといったら……煽情的な下着の類か。
刹那は悩んだ末、比較的品のよさそうな、淡いピンクのショーツを選んでレジへ持っていく。店主はようやく新聞から視線をあげ、刹那の顔と身体と商品を見比べた。
「お客さんが使うのかい」
「え」
「なら、こっちの方がいい」
店主はビニールに包まれた、艶やかな黒のボディースーツを取り出した。ハイネックで、どことなく軍にいた頃のお仕着せに似ている。ボンデージ系レザーという訳でもなく、一見、妖しい下着には思われない。
「なんでこっちがいいんだ?」
「絶対黒のが似合うからさ。騙されたと思って試してみな。値段は同じにしとくから」
刹那は騙されることにし、代金を払って店を出た。
荷物の底に買った物をしまって何食わぬ顔でガデスと落ちあったが、胸はずっとドキドキしていた。
いっそ車の中でせまってしまおうか、とまで思ったが、懸命にこらえた。
今晩だ。
それで、うまく、誘えたら。
「どうかしたのか?」
「別に」
いつの間にかガデスの横顔を見つめていた自分に気付いて、刹那はそっぽを向いた。
夜まで気付かれないようにしよう。
夜になって、うまくいったら、そしたら。
たっぷり甘えてしまおう。
「なに思い出し笑いしてんだよ」
「してない」
「変な奴だな」
「だから笑ってないって」
「そうか?」
「いいがかり、つけるなよ」
すねたふりをして、刹那は窓の外を眺めた。ガデスは肩をすくめ、家に向かってさらにアクセルを踏み込んだ。

夜。
ガデスがシャワーを使っている間、刹那は素早く例の下着を取り出した。薄い布地の中に足を通し、ウェストから襟元までチャックを引き上げて、半身がうつる姿見の前に立って映してみた。
「あ」
変だ。
胸の突起にあたる部分だけが半透明の布地になっていて、薄赤いいろがしっかり透けてしまっている。それさえなければ、くびれた身体のラインを太股までぴっちり包んで美しく強調していて、そんなに悪いデザインではないのだが。むきだしになった細い腕も、すらりと伸びた長い脚も引き立っている。前立てから指を入れることも中身も出すことができる。
「まあいいか、する時は脱ぐんだし」
呟きながら後ろに手を回して、刹那は青くなった。そこは縦長に割れていた。ちょうど蕾の真上あたりだ。破けているのではない、元々のデザインがそうなのだ。つまりこれは、着たまま最後までできてしまう下着――。
「まずい……」
なんだそのえげつない格好は、ってガデスに引かれちゃうかも。
いい年して何やってんだって。
脱ごう、と思った。
しかし刹那は、自分の胸の突起が硬くなっているのに気付いていた。一瞬妄想したのだ。この下着でせまって、ガデスに「なめて」と囁いたら、この布地越しに胸を吸ってくれるだろうか。「食べて」って甘えたら、こないだみたいにいきなり……。
その時、寝室のノブが回る音がした。
刹那はとっさにそばにあったワイシャツを羽織り、ベッドへ飛び込んだ。
「ん、どうした刹那?」
「ごめん、少し待ってくれ」
刹那は毛布の中へもぐりこんだ。なんとか時間をかせいでこれを脱いでしまいたかった。全裸で待っている方がまだましだ。
が、すでに手遅れだった。ガデスは刹那の言い訳をきくまえにベッドに近づいてきた。
「何を待つんだ?」
ガデスはいきなり刹那の毛布をひきはいだ。ワイシャツ姿をいきなり曝されて、刹那は前をかきあわせた。
「や、駄目」
「駄目ってなんだ。まだ何もしてねえぜ」
「見ないで」
「見ないで?」
ガデスは首を傾げた。刹那がこんな妙な拒み方をするのは初めてだ。
いったいなんだっていうんだ。
待てよ。
まさか昼間、なんかあったのか?
俺といない時、他の誰かと? その痕が残ってるとでも?
ガデスの頭にカッと血がのぼった。
「いったい何を見せられないってんだ」
しゃにむに刹那にのしかかり、シャツの前を開かせた。
「や!」
露わになった黒のボディースーツを見て、ガデスはあっけにとられた。
「どうしたんだ、これ」
「だから、恥ずかしいから、見ないでって……」
「何でこんなもん着てんだ?」
「……」
菫いろの瞳に涙をいっぱいためている刹那を見て、やっとガデスは気付いた。
せっかく二人きりだから、といつもと違う誘い方をしようと思って、それらしい服をどこかで買ってきたのだろう。昼間の買い物の後、様子がどうもおかしかったのはそれを試したくてそわそわしていたのだ。だが、いざ着てみると急に恥ずかしくなって、慌てて隠そうとした。それを俺が無理にひん剥いたから。
「泣くなよ」
「だって」
涙が溢れて頬をつたう。
「軽蔑したろ」
「なんでだ」
ガデスは刹那の胸を撫でた。つうっと滑るその掌の動きに、刹那はア、と小さく震えた。そのまま触れられるのとは違う、不思議な感触。
「俺が欲しくて、これ着て待ってたんだろ」
刹那は小さくうなずいた。
「どうされたいんだ?」
「どうって……あ」
ガデスの舌に胸を濡らされて、刹那は身悶えた。気持ちいい。急に頭の芯が痺れてきて、刹那の声は甘くゆるんだ。
「いつもみたいに……」
「いつもみたいに? 言えよ、何処を、どんな風にされたいんだ?」
「触って……俺の……」
刹那の掌がガデスの掌を股間へ導く。布越しにさすると、ふくらみは一気に硬さを増した。前立てをかきわけると、濃い薔薇色の塔がそそりたつ。闇いろの背景の中で、それは妖しく震えていた。
「ガデス……俺の、食べてぇ……」
「そんなこと言うと、喰いちぎるぜ」
「や。意地悪しないで、食べてよぅ……」
憑かれたように、ガデスは刹那のものを口に含んだ。嘗め回し口腔内で絞り上げるようにすると、刹那は腰を浮かせて叫んだ。
「も、いい……俺、ガデスの、食べたい……」
ガデスは刹那の股間から顔をあげ、声を少しうわずらせながら、
「乱暴にしてもいいか?」
「乱暴でも、いい……」
ガデスは刹那を裏返した。丸い腰を押し開き、スーツの切れ目から指を滑りこませ、薔薇いろの蕾を確かめる。
「や、ガデスの、挿れてぇ」
「いつもなら、もっと焦らしてからしてるぜ?」
「やだぁ……早く……」
つっぷしたまま刹那の腰が揺れる。欲しくてたまらないのだ。
ガデスはたまらず自分のものを蕾に押しあて、突き入れる。
「あ!」
黒い服に包まれたままの腰。その隙き間を出入りする肉の塔。淫らに響く濡れた音。いつもと違う眺めが興奮を誘い、ガデスは大きな抜き差しを繰り返した。
刹那が甘いうめき声をあげる。
「おっきぃ……壊れ、ちゃう……」
「乱暴にしてもいいって言ったろ」
「うん……やめないで……」
「なんだ、壊れちまうんじゃねえのかよ」
「壊されても、いい……ガデス……」
「馬鹿だな」
ガデスは激しく腰を揺らし始めた。それに応えて刹那の腰が波のようにうねる。闇いろの肢体が震える様は、白い素肌と違う艶っぽさがある。
「あ、ガデス、俺、もう……」
「達っていいぜ。足りないなら何度でもしてやる。おまえの全部を犯してやる」
「ちがう……しがみつきたいんだ……前からにして」
乞われてガデスは再び刹那を裏返した。前や胸に愛撫を加えながら、ガデスは刹那に腰を重ね、その奥深くをえぐる。刹那はガデスの首にしがみつき、腰に足を絡ませてさらに内奥へガデスを受け入れる。
すべてを打ちつけあい、口唇をむさぼりあった瞬間、二人は同時に達して崩れ落ちた。
息を整え、先に口を開いたのは刹那だった。
「ガデス……」
「なんだ?」
「そそられるのか、服着てた方が?」
「何でだ」
「だって、今日のガデス、激しかったから」
「激しいのが好きか?」
刹那は頬を赤らめたまま、答えない。
「どうした?」
「本当は、いつもの方が、好き……だから、ガデスが今日みたいの気にいって、いつもこうだったらって思ったら……」
「良くなかったのか?」
「ううん。今日は、激しくされたかったから」
「そうだろうな。演出用の下着をつけて待ってたんだから」
「……ごめん」
「何で謝るんだよ」
「だって」
言葉に詰まってしまう刹那。
ガデスは一つため息をついた。
「刹那。欲しい時は、ねだっていいんだぜ。おまえが欲しがってくれたら、俺は嬉しいんだ。おまえが甘えたい夜には甘やかしてやりたいし、激しい快楽が欲しいならうんと喜ばしてやりたい。おまえが子供でいたい時は、子供でいてもいいんだぜ。俺しか見てねえんだからよ。だから、あんま余計なこと考えねえで、俺の胸に飛び込んでこい。いくらでも抱いてやる。おまえが嫌っていうまで抱いてやる。だから、な?」
刹那はガデスを見つめかえし、小さく呟いた。
「ガデス。これ、脱がしてくれる?」
「ん、ああ」
薄い下着をはぎ取りながら、ガデスは新しい興奮を感じていた。やはり刹那の素肌は、不思議なほどに美しい。終わった後、血のいろがさしている滑らかな肌を抱き寄せるのが、ガデスにとっての大きな楽しみなのだ。刹那はそれを、知っていて頼んだのだ。
「ガデス」
「ん?」
「ガデスも、してほしいこと、言って……俺も、ガデスに欲しがってほしい」
刹那にうっとり見上げられて、ガデスはその頬に口づけた。
「なら、今の、もう一度言えよ。ききたい」
刹那はア、と小さな声をあげた。
そうか。ガデスだって口説かれたいんだ。
俺だけじゃないんだ。
そうだよな。
相手のこと好きだったら、そういう言葉もききたいよな。
刹那はうんと声を甘くした。
「ガデスが欲しい。ガデスに欲しがってほしい」
「じゃ、もう一度するか……今度は、いつも通り優しく、ゆっくりするから」
「うん」
再び吐息が絡みあい、二人は甘い甘いむつごとへなだれこんでいった。二人で暮し始めた頃より更に濃い蜜壷の底へ沈み、そのまま溺れてゆくのだった。

一週間後の朝、永遠が戻ってきた。
「おかえり。いい子にしてたか、永遠」
笑顔で迎えられて、永遠は刹那の胸に飛び込んだ。
「うん。ちゃんとしてたよ」
「よし。疲れてないか? 眠くないか?」
「だいじょうぶ」
「じゃあ、手を洗ったら、じいちゃん家でどんなことしてたか、話してごらん」
「うん。あのね、おじいちゃんの家ね、すごく大きいんだよ。それでね……」
永遠を送ってきたガデスの祖父は、孫を部屋の隅へ手まねいた。
「ガデス」
「なんだよ、ジイさん」
刹那の艶やかな笑顔を盗み見ながら、老人は囁いた。
「おまえんとこの……一週間前より顔色が良くないか?」
ガデスはニッ、と口の端をつり上げた。
「そりゃそうさ。ガキがいねえんだ、毎日たっぷり可愛がってやったさ。新婚生活再びって感じでな」
「夫婦水いらずって訳か」
「そのつもりで永遠を預かってくれた訳じゃねえのか?」
「それもあるがな」
「なら、いいじゃねえか」
ガデスは目を細めて、刹那と永遠の会話を眺めている。
そのまなざしの熱さ。
老人は一つ軽く咳払いをした。
「そろそろ帰るとするか。家族水いらずを邪魔するのもなんだしな」
「まあな。たまには曾孫の顔を見に来てもいいぜ」
「そうしよう」
ガデスは祖父を玄関まで見送った。
老人は軽く肩をすくめ、最後の挨拶をして出ていった。
「……どうも、ご馳走さん」

(1999.9脱稿/初出・恋人と時限爆弾『Shangri-La』1999.12)

『媚 薬』(45X39+10)

その夜抱きしめられた瞬間、刹那はガデスの様子が普段と違うことに気付いていた。
「どうか、したのか?」
「あ、ああ」
ガデスは愛撫の手をとめて、ひどく言いにくそうに切り出した。
「一週間ばかし、家をあけても構わないか?」
「え」
ガデスがそんなに長い間家から離れるのは久しぶりで、刹那が怪訝そうに眉を寄せると、なおさら困ったような顔で、
「ああ。ちと、昔の仲間に仕事を頼まれちまってな……義理があってどうしても断われねえ。だからよ、ちっと不用心になるが、おまえと永遠だけでこの家を守っててもらいてえんだ」
「……わかった」
あっさり刹那がうなずいたので、ガデスはほっと表情を緩めた。
「すまねえ。たぶん二度とこういうことはねえと思うんだが」
「いいんだ。ガデスは傭兵だったんだし、軍を抜けてからもいろいろあったんだから、そういう行きがかりがあってもしかたないさ。永遠ももう十だし、二人だけでもなんとかやれるよ」
「ああ。すまねえな」
「いいよ。それより……無事に帰ってきて」
翳りを帯びた菫いろの瞳に見つめられて、ガデスは胸を突かれた。
「馬鹿だな。俺がそんなヘマするかよ」
刹那の声は低く沈んだ。
「でも、だって、どうしてもガデスが必要な仕事なんだろ? なら危険に決まってる。心配にもなるよ。本当は一緒に行きたいけど、足手まといになるだけだろうし……」
「刹那」
ガデスは刹那を抱きよせた。優しく髪を撫でながら、
「なあ、一週間分してっていいか?」
刹那は肩をすくめ、すねたように口唇をとがらせながら、
「疲れちゃうだろ、そんなにしたら。ミッションが失敗してもしらないぞ」
「見損なうなよ、これぐらいのことで」
「あ、やんっ」
急所を探られて身をくねらせる刹那をガデスはさらに抱きすくめ、
「今夜は眠らせねえ」
「馬鹿……」
あとはいつものように穏やかな愛撫、そして甘いむつごとが夜更けまで続き、二人して深い眠りに落ちて。
翌朝、疲れた顔を見合わせて、やっぱりな、と苦笑い。
そしてガデスを昔の仲間の所へ送りだすと、刹那は家の随所を点検して、ガデスの帰宅までの用心を整えたのだった。

★ ★ ★

「やっぱり、さみしいな」
明日で一週間目だという夜、家の戸締りを確かめ、永遠を眠らせて、寝着姿の刹那はほうっと大きなため息をついた。
いつもいるはずの処に、パートナーがいてくれない。
それだけのことが、涙が出そうなほどつらい。
こういう時に身にしみる、普段いかにガデスを頼りに思っているか――何もしてくれなくていいのだ、ただ居てくれるだけでどんなに安心するか。あと少しの我慢だとわかってはいるけど、でも。
えい、今日は酒でも飲んで寝ちまえ、と、刹那は台所を探した。だが、一人で飲むのは好きでないのでロクな用意がない。ガデスが酒を置いている棚があるので、そこを適当に物色してみる。
「ん?」
見たことのない濃いブルーの酒壜を奥の方に発見して、刹那はそれを引っぱり出した。
「なんだこれ」
香りからしてアルコールの一種であることは間違いなさそうで、刹那は少し嘗めてみる。ちょっと強い感じもするが、ほんのり甘く口あたりよさげだ。
少しぐらい戴いてもわからないよな、と刹那はそれをグラスに注いだ。真珠色というかうっすらピンクいろがかっていて、あまりガデスに似つかわしくない酒だ。小さい氷を落としてもう一度味わってみる。
「美味しい」
一杯でやめられなくて、二杯めも干してしまった。
やっと思いきって壜の蓋をしめなおし、立ち上がった瞬間、刹那は自分がしたたか酔っているのに気付いた。身体が熱い。このままベッドに直行した方がいい。まあいい、眠るために飲んだんだから、とおぼつかない足取りで刹那は寝室へ急いだ。
熱い。
刹那はベッドに倒れこんだ。
全身がほてって、たまらず刹那は寝着を脱ぎ捨てた。
「熱いよぉ……」
ガデス。熱い。身体の芯が。
早く、早く鎮めて。
刹那の身体はガデスの愛撫を求めてしきりにのたうち始めた。
もう我慢できない。自分でしてしまうしかない。
刹那はせわしなくベッドサイドの棚をさぐり、細いローションの壜を掴んだ。蓋をあけるなり胸元に垂らす。トロリとした透明な液体が肌を流れ、刹那はぬるつく紅い突起を指でこねまわす。ガデスの指の動き、舌の動きを脳裏に思い浮かべながらそっと胸をさすり、揉むように動かすと、それだけで刹那は達してしまいそうになった。
「ガデスぅ……」
刹那の頭の中から、恥じらいという言葉がとんだ。ヘッドボードによりかかると局部を濡らし、足を開いたしどけないポーズのまま激しくしごきはじめた。一度達してしまえばこの飢えもおさまるはずだ。酔っているから時間がかかるかもしれない、でも、少しでも早く解放されたい。刹那はしきりに掌を動かした。しかし、いざとなると昂ぶりはなかなか頂点を迎えず、刹那は更に苦しみはじめた。おかしい。なんで達けないんだ。ガデスの掌じゃなきゃ嫌なのか。ガデスの舌じゃなきゃ嫌なのか。ガデスがするみたいにしたら達けるのか。でも、胸と一緒にいじっても駄目だ。なんでだ。ガデス。助けて。俺、もう、駄目……。
刹那の掌はローションだけでなく、すでに白いもので濡れていたが、刹那はそれに気付かなかった。ガデス、挿れて、とうわごとのように呟くと、ベッドによつんばいになった。そして片手の掌で前を掴み、もう片方の掌の指を蕾の中へもぐり込ませると、頭だけで上半身を支えて再び動かし始めた。不自然な姿勢で苦しいはずなのに、刹那は夢中でそれを続けた。そのうちどうしても物足りなくなったか、今度は仰向けになって細いローションの壜を後ろへ押し込み、見えない相手を受け入れるような姿勢になって激しく動かし始めた。刹那はすすり泣いていた。ガデス、達かせて、と喘ぎながら、淫らな音を響かせて身悶えていた。
刹那がかたく目を閉じてなんとか絶頂に達しようともがいた瞬間、ふっとその掌を押さえたものがあった。
「え」
次の瞬間、壜がズルリと抜かれ、かわりに熱く脈うつものが刹那の蕾を深く貫いた。
「あ、はぁっ……!」
喘ぎながら薄目を開いて、刹那は我が目を疑った。
ガデスが刹那の腰をしっかり支えていてくれた。
いつのまに。
でも、幻じゃない。本物のガデスだ。
「待ってろ。いま、後ろだけで達かせてやるから」
「ガデス」
懐かしい感触に内部を満たされて、それだけで刹那は全身がとろけるようだった。気持ちいい。まだ達かなくていい。ガデスのをゆっくり味わっていたい。今までの焦りが全部消えて、刹那は恍惚としてガデスに身をゆだねた。
「欲しいの……たっぷり……」
「何度でも達っていいぜ。好きなだけしてやる」
その囁き声が熱く掠れているのに気付いて、刹那は全身を震わせた。
嬉しい。ガデスも俺が欲しくてたまらないんだ。腰が焦れてる。俺の中で出したいんだ。出していいよ。ガデスので濡らされたい。めちゃめちゃにされたい。全部触って。抱きしめて。離れないで。
「ね、もっと、えぐるように、して……」
「刹那……!」
その動きが激しくなり、二人とも完全に燃え上がって。
ガデス。
大好き……。

★ ★ ★

留守を守る刹那の顔がしきりに思い出されて、ガデスは無理をして仕事を一日早く終わらせてしまった。そして、昔の仲間が祝杯を、と誘うのを断わって、急いで帰宅した。
夜遅いので、刹那はもう眠ってしまっているかもしれない。ガデスは合鍵でそっと家に入り、台所へ来てギョッとした。
「刹那の奴、これを見つけちまったのか」
濃いブルーの壜が、栓こそされているものの、テーブルの上に出しっぱなしになっていた。
中身は、明らかに減っている。
「ヤベエ……」
それは、知り合いからもらった媚薬の壜だった。いくら可愛いたっておまえんとこの奥さんもいいかげんトウがたってきたろ、マンネリだと思ったらこれ試してみな、これで豹変しねえ相手はいねえ、騙されたと思って飲ませてみな、と押し付けられたものだった。だが、ふだん刹那とするのにそんなものはいらない。誘って拒まれることもないし、刹那から誘われればまずその気になる。夜の生活になんの不満もないので、刹那が普段調べない酒の棚の奥へ押し込んで、それからすっかり忘れていたのだ。
ガデスはおそるおそる寝室にむかい、ドアを細く開いてみた。
「あ、あうっ」
ローションで肌を濡らした刹那が、ダブルベッドの上でのたうち回っていた。
熱く喘ぎ、全裸で局所をいじりながら、しきりにガデスの名を呼んでいる。
ガデスはゴクリとつばを飲んだ。
なんて淫らな。
刹那の奴、一人の時、あんなに激しいのか。
いや、媚薬のせいなんだろうが、俺なしでもあんなに乱れるのか。
でも、俺を呼んでる。
俺を思ってしてるんだ。
だが。
湧き上がる感情は複雑で、すぐに部屋に入っていくことができなかった。ただ、自分もいつしか足の間に指を滑りこませ、熱くなったそこを、なだめるより煽るようにしていた。刹那がうつぶせ指で自分の後ろをいじめはじめた時、そこは堅くそそりたって、準備はほぼ終わっていた。
せつなげに首を振り、ローションの壜をくわえこんで達きそうになる刹那を見て、ついにガデスは我慢できなくなった。あのひくりひくりとうごめいている処へ自分のこれを埋め込みたい。今すぐ犯したい。
ガデスは部屋に滑り込んだ。が、刹那の動きはかわらない。
俺が見てるのに気付かないのか。それとものぞいていたのを知ってて誘っているのか。
どっちでも構わなかった。ガデスは刹那を犯しているものを引き抜き、自分の杭を思いきり深く打ち込んだ。
刹那の身体がはね、ガクンとのけぞった。
たまらない声。熱くきつく締め付けてくる蕾。
ガデスは夢中で腰を揺らした。責められて、刹那の表情が変わっていく。苦しげだったものがゆるみとろけて甘い微笑みに変わり、それから泣きそうにしかめられ。えぐるように腰を回すと、刹那はたて続けに愛液を溢れさせた。そのたびにたまらないうごめきで、ガデスを巧みに絞りあげる。ガデスも何度も出しながら、刹那の中を犯し続け、ほとんど力尽きるまで刹那を離さなかった。
二人はそのまま後始末もせず、とろとろと眠りに落ちた……。

目覚しが鳴って、刹那はとびおきた。
ガデスもぼんやり目を開き、ふう、と深く息を吐いた。
「すまねえ。おまえがしてるの見てたら興奮しちまって、いきなりやっちまった……」
「ガデス」
刹那はカッと頬を染めた。
ってことは、昨晩のことは夢じゃなかったんだ。
俺、酔って一人でしてる処を見られちゃったんだ。
どうしよう。
恥ずかしい。
なんて言い訳すればいいんだろう。
「ガデス、あの、俺、ガデスがいなくてさみしくて、眠れなくって、その……」
「うっかり媚薬の壜をあけちまったのか」
「え、あれって……」
ガデス、そんなもの用意してたのか。
隠してたのは、もしかして、特別な時に使うため?
刹那がぽうっとガデスを見つめていると、ガデスは腕を伸ばし、刹那を胸の上に引き倒した。
「あんなもん、いらねえな……俺にとってはおまえが媚薬だ。タマんねえ」
しみじみと呟いてからふと眉を寄せ、
「ああいうもんを飲まなくても、俺のこと思ってしたりするのか?」
「馬鹿」
するに決まってる、と眼差しでこたえると、ガデスはニヤリと笑って、
「こっそり覗き見するのも興奮するな。たまには相手が一人でやってるのを見るのもいいもんだ」
「そんなこと言うと、俺もガデスが一人でしてるとこ、覗きにいくぞ」
ふん、とガデスは鼻をならして、
「構わねえが、おまえ以外の奴の名前、呼んでたりしてな」
「あ、ひどい、ガデス、俺のこと考えてするんじゃないのか」
「馬鹿だな」
ガデスは刹那の背を撫で、頬に軽く口づけた。
「何のために、予定より早く帰ってきたと思ってんだ」
一刻も早くおまえに触れたかったからだ、という言葉は、言わなくても通じていた。
「そうだよな」
刹那だって同じ気持ちだった。
少しでも早く会いたかった。抱かれたかった。
ガデスの胸に頬を埋め、刹那は甘い吐息で囁いた。
「……おかえり、ガデス」

(1999.8脱稿/初出・恋人と時限爆弾『Shangri-La』1999.12)

『指輪物語』(45X39+10)

朝ごはんのいいにおいで目がさめた。
顔をあらってだいどころにいくと、父ちゃんが肉を切ってた。
「おう、永遠、今朝は早いな」
「うん。僕、もうごはんにしていいの?」
「ああ。ちょっと待ってろよ」
父ちゃんは、やいたじゃがいもとゆで野菜をのせたおさらに切った肉をのせて、僕のめのまえにおいてくれた。きのうの夜はなんだかごちそうで、だれかのおたんじょうびでもないのにケーキなんかでたりして、おなかいっぱい食べたんだけど、朝ごはんのおさらをみたら、もうおなががすいてるのにきづいた。
「父ちゃん、たまごは?」
「いま焼いてる。もうちょっとだ」
父ちゃんはフライパンに入っているたまごを見せる。
僕はじゃがいもにバタをおとして、じぶんでコップにミルクをついだ。
「ねえ、セツナはもう食べちゃったの?」
セツナは畑しごとがあるので、朝ははやく食べて出かけてしまうこともおおい。
「いや、まだだ。すぐ戻るって言ってたからな。今日は暑くなりそうだから、朝のうちに水やりをしておきたいんだと。……ほら、できたぜ」
父ちゃんは僕のおさらに、やきあがったたまごをのせてくれた。
「ありがとう……あれ」
エプロンのポケットに、父ちゃんはすばやく左手をつっこんだ。そのくすりゆびに、ぎんいろに光るものがみえた。
ゆびわだ。
くすりゆびって、けっこんのゆびわをはめるところだ。
ってことは、父ちゃんは……?
「ただいま」
セツナが台所に入ってきた。
「あ、おはよう。今朝は早いな、永遠」
「うん。おはよう、セツナ」
「ガデス、俺も朝飯にしていいか?」
「ああ。おめえのぶんもできてるぜ」
セツナはテーブルにつく。その左のくすりゆびに、父ちゃんとおんなじゆびわがはまってる。
僕はおもわず、
「ね、そのセツナと父ちゃんのゆびわ……」
とたん、父ちゃんの顔がまっ赤になった。
「いや、その、それはだな」
セツナが笑い出した。
「なんだよ、ちゃんと説明するんだったろ、ガデス」
「あ、ああ」
父ちゃんは、あせをたくさんかきながら、話しはじめた。
「んーとな、そのな……」

★ ★ ★

その、前の晩。
ガデスは刹那を寝室で待っていた。刹那が部屋に戻ってくるなり、
「永遠の奴、もう寝たか?」
「うん。寝かせてきた」
「そうか」
ガデスはビロードの小箱を取り出して、刹那の前に立った。
「刹那」
「うん?」
ガデスは刹那の前で、ぱくんと箱を開いた。
そこには、鈍く輝く銀いろの指輪が、二つ。
「え」
刹那はびっくりしてガデスを見つめた。
「これって……?」
ガデスはしきりに照れながら、
「その、おまえと出会ってから、そろそろ十二年になるだろ。で、何か一つ、その、記念のものを、な……」
「もしかして、結婚指輪のつもりか、それ?」
ガデスはうなずく。
「内側に、お互いの頭文字だけ彫ってある。……刹那。左手、出せよ」
刹那もなんだか赤くなった。
そっと手を差し出すと、ガデスはゆっくり、刹那の薬指に指輪をはめこんだ。
サイズはぴったりだった。
「もしかしてガデス、俺が寝てる間に、糸でサイズはかったりとか……?」
ガデスは再びうなずいた。
刹那は更に赤くなった。
ガデスがそんな手間ひまかけて、俺を驚かそうとするなんて。
「刹那。よかったら、俺のはおまえがはめてくれ」
ガデスはもう一方の指輪を刹那に渡した。
確かに内側に、StoGと彫られている。
刹那はガデスの左手をとった。
「ガデス。結婚指輪の意味、知ってるのか?」
「ん? 何をだ?」
「これで俺には、おまえをハメる権利があるって意味なんだぞ。わかってるのか?」
ガデスは笑った。
「おめえがそうしたいなら、俺はそれでも構わねえぜ。どっちにしたって、おめえを満足させる自信はあるぜ?」
「馬鹿!」
刹那は赤く頬を染めたまま、ガデスの太い指にそっと指輪をはめてゆく。
なんだか緊張する。
つい軽口を叩きたくなる。
「馬鹿だな、ガデス。これで、外でモテなくなるぞ。指輪って結構しっかり痕がつくからな。浮気の時だけ外そうとしたって、すぐにバレるんだからな」
ガデスは真顔になった。
「おめえ、俺がそんないじましい真似すると、本気で思ってんのか?」
刹那ははっとした。
相手を疑うようなことを言う場面じゃなかった。
ガデスみたいな男がこういうものを贈る、その意味をよく考えろ。
死が二人を分かつまで、って事じゃないか。
刹那は目を伏せた。
「ごめん。思ってないよ。それより、誓いのキス……して」
ガデスは指輪をはめた手で、刹那の頬を包み込んだ。
「したら、そのまま初夜になだれ込んでも構わねえか、花嫁さんよ?」
刹那は甘く潤んだ瞳でガデスを見上げた。
いまさら初夜なんて言われると、最初の頃のときめきを思いだしてしまう。
身も心も結ばれた時の、世界のすべてが一変するほどの感動を。
「さっき言ったろ。ハメる権利があるって」
「じゃ、遠慮なく、な」

濃密なひとときが過ぎて、刹那はもう一度、自分の左の薬指にはまった指輪を見つめた。
「ガデス。もらったのはいいけど、俺、農作業の時、なくしちゃいそうな気がする」
「無理にいつもつけてなくっていいさ。もしあれなら、チェーンで首から下げてもいいだろ。それ用の鎖は買ってあるぜ」
あまりの手回しの良さに、刹那は苦笑した。
「指輪だけじゃ足りなくて、鎖で俺をつなぐのか?」
「嫌か?」
「嫌じゃないけど」
刹那は少しためらってから、
「でも、永遠になんて言えば、いい……?」
「ああ、それなんだがな」
ガデスは刹那の掌と自分の掌を重ねながら、
「永遠ももう十近いからな、そろそろ教えといた方がいいんじゃねえかと思うんだ」
「大丈夫かな」
「先によそから余計なこと吹き込まれる前に、俺達から言っといた方がいいだろう。もう、物の道理のわかる年だぜ。それに、永遠は頭がいい。わかってくれるさ」
「でもガデス、ちゃんと説明、できるのか?」
「たぶん、な……」

★ ★ ★

「んーとな、そのな」
父ちゃんはうなってばかりで、なかなかその先を話さない。
「いいよ、ガデス。俺が言うから」
セツナは、僕ににっこりわらいかけた。
「永遠。昨日の夜、ガデスと俺が暮らしはじめてちょうど十二年になったんだ。それでガデスが、二人の仲良しの印だって言って、指輪を送ってくれたんだよ」
僕は父ちゃんとセツナの顔を見くらべた。父ちゃんはまだまっ赤だし、セツナはニコニコしたままだ。
そうか。
きのうの夜のごちそうは、そういういみだったんだ。
やっぱりあれは、けっこんゆびわなんだ。
そうだよな。父ちゃんとセツナはとってもなかよしだ。けっこんは男と女でする家がおおいけど、男と男でする家だってあるっていう。うちだったら、男どうしだって、ぜんぜんおかしくない。
「なんだ。きのう、父ちゃんたちのけっこんきねんびだったんだね。じゃあ、どうして、おしえてくれなかったの?」
二人ははっと顔を見あわせた。
「ずるいよ。僕にもおいわいさせてよ。あのね、もし、悪口いったりイヤがらせするやつがいるからナイショにしとけっていうなら、僕、ナイショにする。僕だってもうすぐ十なんだから、それぐらいのやくそく、できるよ」
「永遠」
「父ちゃん。セツナ。けっこんきねんび、おめでとう」
二人とも、なんだかきゅうに、目をうるうるさせてる。
セツナが立って、僕をぎゅっとだきしめた。
「ありがとう。永遠からそう言ってもらえて、俺は本当に嬉しいよ」
「だって、あたりまえでしょ。へんだよセツナ。なかないでよ」
「嬉しい時にも、泣けるものなんだよ」
「そういうこともあるんだ、永遠」
父ちゃんも、なきそうな顔で、僕のあたまをなでてくれる。
へんなの。
僕もうれしいけど、ちっともなみだ、でてこないのになあ。
まあいいや。
僕は、しっかりセツナにしがみついた。
「僕、セツナも父ちゃんも、だいすきだからね」
「わかってる。俺もガデスも、永遠が大好きだよ」
あれ。
なんだか僕もはながツン、としてきちゃった。
なんでだろう。
おかしいな。
「僕もだいすき」
「うん」
「だいすきだよ」
「うん」
「だいすき」
「うん」

セツナのシャツで、こっそりなみだをふいた。
二人とも、なきおわると、とってもうれしそうだった。
おめでとう。父ちゃん、セツナ。

(1999.6脱稿・1999.12改稿/初出・恋人と時限爆弾『Shangri-La』1999.12)

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All stories written by Narihara Akira
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