『ひみつ』

「どうしたものかな、これは」
左手首を見つめて、キースはため息をつく。
「今さら打ち明けるのも妙な話だ。隠しておくほどのことでもなし」
しかし、自分でも違和感を感じていることだ。
ウォンが邪推したらどうする。
「いずれ、話をしなければな……」
呟いてキースは上着をぬぎ、横になった。
すこやかな寝息がきこえてくるようになるまで、そう時間はかからなかった。
彼は、熟睡していた。

★      ★      ★

IDを示すと、小部屋の扉が開かれた。
「お待ちしておりました、エヴァンズさま」
そこはエヴァンズ家が三代にわたって秘密口座をおいているスイス銀行の一室。
丁重に迎える担当者に、キースは目礼した。
「世話になる」
「わたくしどもの仕事ですから」
「今回の融資は、先の見えにくいものだからな」
「エヴァンズさまは、いつもきれいな仕事をなさってらっしゃいます。賛同する方も多くいらっしゃるでしょう。見返りを求めないお仲間も」
「そう綺麗でもないのだが」
担当者は微笑した。
「こちらで当局に通報するような無粋な真似はいたしませんが、必要のない告白はおやめください」
「そうだな、すまない。ところで君は、シェルターの将来性をどう見る」
「問題ないと思われます。もし運営が不安でしたら、ファンドを募る手もあるでしょう。大物スターがマイノリティへの共感を示して名声をあげるように、一般からも資金を集めることが可能でしょう。そのための準備金でしたら、ご相談の額でじゅうぶんかと」
「未来はあるということか」
「わたくしどもは、資産運用のアドバイスをさせていただくために存在するのです。無謀な計画と判断すれば、よりよいプランを提示いたします」
「そうか。生産性に難のあるものだから、君の話をききたいと思っていたのだが」
「それでは幾つかご提案します。まず、これが長期的な計画でないのでしたら……」
キースは新たな拠点のひとつとして、サイキッカーの簡易シェルターの設立を考えていた。組織だったものはもうこしらえてあるが、それに馴染まない者、一時的な避難をしたいサイキッカーのために、自由度の高い居場所をこしらえようというのだ。今回は隠れ家というより、表だってこしらえるものなので賛同者も多く、キースはとある敷地と強度ある建築物を入手し、計画を進めていた。
打ち合わせを終え、キースは立ち上がった。
「助かる」
「いえ、率直なお話をしていただけますと、こちらも助かります……ああ」
担当者は何か思いついたように、デスクから小さな箱をとりだした。
「よろしければおもちください」
「なんだ、それは」
「おまもりの一種です」
キースが布ばりの箱をあけると、にぶく銀色に光るブレスレットが現れた。
「金属か……石だな」
「どちらも正しいですね。ヘマタイトは鉄鉱石ですので」
「これが災厄をさける効果があると?」
「勝負時に身につけるものだそうです。昔、戦場へいく兵士が、いざという時の身代わりとしてもっていったとか。血の巡りをよくし、心を落ち着かせる効果があります」
「まさかプライベートバンクで、安っぽいセールが始まるとは思ってもみなかった」
「セールスではありません。いつも眉間に皺がきざまれてらっしゃるので、心配しておりました」
「親心ということか。では、ありがたく頂戴していこう」
この銀行とは長いつきあいで、今さら罠にかけられるということも考えにくい。
盗聴器や発信器特有の波動も感じないので、キースは左腕にブレスレットをはめてみた。
すこし冷たい。
一度はずしてから、もう一度つけてみる。
「どうだろう」
「お似合いですよ。白金の髪にも、白い肌にも」
キースはブレスレットをつけたまま、外へ出た。
石はすぐに肌と同じ温度になり、キースはつけたことを忘れて、ベッドに横になった。そしてそのまま、眠りに落ちてしまった。

「……なんだ、この感覚は」
キースの頭は冴え渡っていた。
起きてみると仕事もすすむ。
今回のプロジェクトの調整のために、ウォンを外へ出している。仕事がすすんだ方がいいに決まっているのだが、それにしても。
「信じられないが、これのおかげなのか」
キースは左腕でにぶく光っている腕輪を見つめた。
実をいうと、ここ数日の彼の睡眠時間は、かなり短かかった。
寝られないのではない。むしろぐっすり寝ている。
つまり質のいい眠りがとれているということで、喜ぶべきなのだが、それが超自然の力によるものと思うと、いささか気味が悪い。しかしこの現象はスイス銀行から戻ってきて以降のこと、ヘマタイトの腕輪以外に思い当たることがないのだ。
ただ、自分も超自然の存在であることには変わりない。
いまのところ、害もないのだし。
「……いや、あるな。ウォンに見られると、余計な誤解をうみそうだ」
キースは腕輪をはずすと、デスクのひきだしに無雑作に投げ込んだ。
勝負時につけるものだといっていた。ずっとつけている必要はない。
そんなことを考えているうち、彼の恋人は戻ってきた。
キースは笑顔で迎えた。
「おかえり」
ウォンは無言だった。
その瞳はめずらしいほど強い熱をもっていた。頭の中は淫らな妄想でいっぱいのようだ。「一刻もはやく犯したい、めちゃくちゃにしたい」――心を読み取るまでもない、そう顔に書いてある。一週間ほど離れていたので、ずいぶんさびしかったのだろう。今ならその欲望にじゅうぶん応えられると思ったキースは、自ら腕をのばそうとした。
だが、ウォンは一瞬、妙なためらいをみせた。
「……どうした?」
「貴方が恋しかったのです」
「ああ、僕もだ」
わかっているとも、とうなずくキースを、ウォンはやっと抱きしめる。
「貴方の中で、何度も果てたい」
「僕も今夜は、ゆっくり愛されたいな」
「貴方の全身を、愛し尽くしますとも……!」

★      ★      ★

「どうしたものかな、これは」
左手首を見つめて、キースはため息をつく。
恋人のいない昼下がり、銀の腕輪をこっそりつけていた。
つけてから三十分ほど仮眠をとると、午後の仕事が面白いようにすすむからだ。
プロジェクトのたちあげ時期だ、仕事はいくらでもあるので、ずいぶん助かる。
自己暗示の要素もあるのだろうが、つけないで寝ると寝ないではあきらかに違いがでるので、つい、こうしてつけてしまう。
手放せない、といった方が正しいかもしれない。
「今さら打ち明けるのも妙な話だ。秘密というほどのことでもなし」
単に「知り合いからもらった。アクセサリーとして気に入ったからつけている」といえばいいだけなのだが、すっかりタイミングを逸した。わざと隠しているわけでもない、邪推されるような要素もないものだから、とそのまま先延ばしにしていた。
「いずれ、話をしなければな……」
呟いてキースは、仮眠をとりはじめた。

「よく、眠ってらっしゃいましたね」
目の前にウォンの顔があって、キースはハッと身を起こした。
「ずいぶん早く戻ったんだな」
「貴方のサポートが的確なので、最近とても順調なのですよ」
「サポートしてくれるのは、君の方だろう」
ウォンはそれに答えず、キースの左手をとった。
「素敵な腕輪をつけてらっしゃいますね、キース」
「ああ、これか」
いよいよ来たか、とキースは首をすくめた。
「ヘマタイトですね」
「よく知っているな」
「職業柄、貴金属の類は、ええ」
そこでウォンは口をつぐんだ。
微妙な静けさが流れる。
「どうした、ウォン」
「その石の効能をご存じですか」
「知り合いにもらったものだから、効能があるかどうかは知らない」
「貴方がアクセサリーの類を身につけているのは、珍しいことなのに?」
ウォンはなぜか目をそらした。
「どうした」
「単に、気に入ってらっしゃるということですか」
「やきもちか? 妬くような相手ではないぞ」
「それでも、気になります」
ウォンはキースの耳元に口唇を寄せた。
「……精力増強」
「え」
「と、いわれています」
キースは赤くなった。
しまった、別な誤解をされている!
「ご存じなかったのですか」
「ああ、うん」
「仕事がすすむのはありがたいですし、そんな時期でもないだろうからと遠慮していたのです。なのに、隠れてそんな……満足してらっしゃらなかったなんて」
キースはウォンの頬に手を触れた。
「君も、つけてみるか」
「そういう装身具は、持ち主をやたらに変えてはいけない種類のものです」
「リチャード」
なだめるようにキースは囁く。
「ほんとに効くのなら、知りたいから」
「効きますとも。近くにあるだけで、誘っています」
ウォンの口唇が、キースをついばむ。
「困りますよ、本当に。貴方がこれ以上魅力的になったら、私はどうしたら……」

(2008.4脱稿)

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Written by Narihara Akira
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