『思 惑』


リチャード・ウォンは、さざ波だつ水面を見つめていた。
「一般人がもっとも近づきやすく、そして、もっとも目立つ場所というと、この日のこの場所ですかねえ……」
キースがつけてきた注文は、「人間に可能な殺人であること」、ただひとつだった。
何も難しいことではない。
開放された場所にいるところを、銃で撃てばいい。なにせ、犯人役に選んだのはマフィアなのだ。特定の状況へ誘導するだけですむ。
「非常に皮肉なことになりますがねぇ」
コーン・マーカス上院議員は、近く行われるパレードの後、セントラル・パークで行われる式典で、共和党の応援演説をする。
その時、陸軍が極秘に開発してきた、超能力を無効化する一種のスクランブル装置のお披露目に参加する。これさえあれば、サイキッカーの直接の襲撃を防ぐことができる、連中の脅威は去るのだ、と演説するわけだ。
スパイ防止や異分子排除を唱えている彼にとって、この発表に立ち会うことに意義がある。現実に使えるかどうかは、超能力者が登場しなければわからないわけだが、いくらタカ派とはいえ、マーカスも表向きは犯罪者撲滅を唱えているだけであり、さすがにすべて殺していいと叫んでいるわけではない。そのために生け贄として、超能力者をだしてなぶり殺ししろ、と要求したりもしていない。
予備選挙の前の、雰囲気を盛り上げるための演出の一つなので、多くの人間を集めるために、オープンな野外で行われる。もちろんSPもついているわけだが、殺すつもりであれば、抜け道はいくらでもある。しかも犯人は、逃げ隠れするつもりがない、刹那的な男だ。
サイキッカーを無力にする装置の前で、サイキッカーでなく、人間に殺される。
この皮肉を、超能力を使わずに、現実化する。
「そこが腕の見せどころ、というわけです」
正直、マーカスという男は、超能力者弾圧以外にも、暗殺されても仕方ないようなことをいくらでもやっている。ウォンの選んだ犯人以外に殺される可能性も、まったくないわけではない。まあ、それはそれで構わないのだが。
なにしろこの男、自分が関わったことを隠すため、超能力研究所の一つを平気で破壊するような男だ。研究所内部で行われていた実験のあまりの非道さに、告発しようとしているスタッフが何人かいた。それをすべて抹殺、証拠を隠滅するため、実験中に機器が暴走したと称して、爆破したのである。
その直接の仕事を請け負ったのが、フレッド・マルローというマフィアで、ウォンが犯人役に選んだティーズ・マイヤースの、親がわりとも呼べる男だった。
マーカスはマルローを洗脳していたが、それだけでは不安だったようで、研究所と一緒に、彼を吹き飛ばしてしまった。
このすべてが世間にバレたら、たいへんなスキャンダルとなる。
マーカスが殺され、犯人が割れて、マフィアを利用していたという殺害の理由がハッキリし、なおかつその犯人に国土安全保障省の大物が関わっていることが暴露されれば、第二の標的であるロバート・ブルックラインは、殺す必要すらない。
間違いなく失脚するからだ。
国をあげてのサイキッカーの研究は、大幅に後退するだろう。
CIAやFBIの暗部で蠢いているものはともかく、少なくとも軍サイキッカー部隊のような、目立って攻撃的、かつ大幅な予算が必要なものは、黒幕がいなくなれば、あっという間に解体される。
そうなると、司令官としての自分も、軍にとっては無用の存在になる。しかも軍の機密を知っているわけで、抹殺される前に、姿を消すのが得策だ。
しばらくはキースとしばらく静かに暮らすつもりでいるので、潜伏先もいくつか確保してある。
ただ、解体以前に、現在の軍サイキッカー部隊で、戦力としてまともにカウントできるのは、ウォン以外に三人しかいない。
そのうち、ガデスは元々傭兵だ。部隊がどうなろうと、気になどすまい。超能力など使わなくても生きられるだけの経験と技術を持っている。勝手に自衛するだろう。ウォンが指示などださずとも、どこでも好きなところへ行き、好きなところで暮らすはずだ。
エミリオ・ミハイロフは、今は定期的に洗脳しているために、ウォンの指示に大人しく従っているが、それがとけてしまえば、おとなしく軍内に収まっていられるキャラクターではない。非常に高いポテンシャルをもっているのだ、その気になればあっという間に逃げ出せるはずだ。
問題は、刹那だ。
刹那はもともと、人間だ。
己のエネルギーを超能力で大量に消費しているため、身体に何十年分の負荷がかかっている。見えない老化により、その命がつきかけている、といっても過言ではない。
延命するには、すみやかに増幅装置を外すしかない。超能力を使わせなければ、ある程度は生きられるだろう。しかし彼もまた、軍の最高機密である。そのまま外へ出すことはできない。一兵卒におとされるか、飼い殺しにされるか。新たな実験の贄にされるかもしれず、刹那の未来に明るい要素はなにもない。
ただ、選ばせてやりたい、とウォンは思う。
実際、刹那は役にたった。ソニアのように人工的に能力を増幅したものは、基本的に電気系の能力しかあらわれなかった。
刹那の力を研究したことによって、今回の舞台装置もできたようなものだから――。
「よう、大将」
ウォンがゆっくり振り向くと、見慣れた顔があった。
「この寒いのに散歩ですか。珍しいですねえ。気分転換になりますか」
薄い笑みを浮かべて、ガデスは首を振った。
「あんたこそ、散歩にしちゃあ、妙な殺気をふりまいてるぜ」
「それではあなたは、何をしに来たのです」
「例のパレードの下見さ」
「おや。警備の命令など、誰があなたにしたのです?」
「命令されたわけじゃない。だが、気になるだろう」
「なにがです」
ガデスは、他の人間にはほとんど聞きとれない声を発した。ただ、それは超能力ではない。
「あのカラクリ、刹那の力を使ってんだろ。組み合わせて、それらしくするとはな」
刹那の特殊能力のうち、【ネガティブドレイン】は、他人から体力を吸い上げて自分のダメージ回復につなげる技、【シェイディークラウド】は、相手から超能力そのものを吸う技、【ザ・ダークネス】は、超能力のチャージを一時的に妨げる技だ。単体での威力はないが、他の超能力者にはない、極めて優れた能力である。
実際には、チャージを妨げられても、サイキッカーは動けるし、残ったパワーで攻撃もできる。つまり、スクランブルをかける装置というのは嘘で、完全にサイキッカーを押さえられるものではない。少し離れたところから攻撃すれば、なんの障りにもならないのだ。 ゆえに、看板に偽りあり、といわれても仕方がないのだが。
「茶番と知っているのなら、邪魔をしないでくださいよ、ガデス」
ガデスはフン、と鼻を鳴らした。
「嘘にしろ、結果を見せようってなフリを始めたってことは、潮時と思ってるってことか」
「はて、何の話ですかねえ」
「茶番にもひとくぎりが必要だってことさ。まあ、俺は気にしないぜ。そろそろ飽きてきてたしな」
ウォンはいつもの微笑で応えた。
「形式上、今は私が上司ですので、いっておきますがね。退役するのはあなたの自由ですが、気まぐれに職務を途中で放棄するのだけは、やめてくださいよ」
「退役は自由か、まあ、そういうことにしておくか。だが、あんたの道具は、そういうわけにはいかないんじゃねえか」
「おや、気になりますか」
「ガラクタにゃ興味ねえがな」
「でしたら放っておきなさい。元々サイキッカーですらない。貴重な実験体ですが、もう、長くもちません」
「あんたの電気人形と同じか」
「いやいや、ソニアはもっともちました。私がいた頃にはまだ無事でしたからねえ。ただ、不幸な事故で、結局壊れてしまったようですが」
ソニア――ウォンの息がかかった超心理学研究所で働いていた職員で、本名はクリス・ライアン。勤務時間外にサイキッカー狩りに襲われ、瀕死の重傷を負った。そのままでは助からないと判断したウォンは、己の技術を駆使して、バイオメティック・オーガナイズド・ウェポニック・ヒューマノイドにつくりかえた。ソニアというのは、その時につけたコードネームだ。
彼女には元々、雷系の超能力がそなわっており、しかも身体のほとんどを機械に置き換えたため、刹那ほど急速に衰えはしなかった。もちろん実験体であり、利用していたのは事実だが、ノア内ではキースを支援するように条件づけしていたため、ウォンの人形というのは少し違う。抱いたことすらない。
キースがいなくなっても、ノア内にとどまっていたらしいが、先日、ブラドの支援に出て、暴走に巻き込まれてしまったという報告を受けている。素体の寿命が尽きたわけではない。
いっそ刹那も、もっと人間でないものにしてしまえば、いいのかもしれないが――。
「ま、あんたの好きにすりゃいい。俺のもんじゃあない」
「いやにカラみますねえ。どうして刹那のこととなると、そうムキになるんです? そんなに欲しいなら、ごたくを並べていないで、自分のものにしたらどうです。それとも壊すことしか興味がありませんか。そうでないと楽しめないとか」
「俺に押しつけりゃ、やっかい払いができて清々するってか? そうは見えねえがな」
青い空を振り仰ぎ、
「まあ、今回は見物だけにしとくか。じゃあな」
素早く姿を消してしまった。これも超能力ではない。訓練された兵士の撤退だ。
ウォンはヤレヤレ、と肩を落とした。
「その言葉を信じますよ。ここで余計な手出しをするほど、あなたも頭が悪くはないはずですからね?」
正直、もしガデスが刹那の面倒を見ようというなら、連れ出されても構わないのだが。
刹那を可愛く思っているのは事実だが、キースと刹那を、両方連れて行くわけにはいかないからだ。
キースの前では、ウォンは彼一筋に尽くさねばならない。
なぜならウォンは、キースの心に巣くう虚無を、すでに知っているからだ。
「私は貴方の身体でなく、心が欲しいのです……」
親友と争って深く傷つき、ノアを出てきてしまったキースは、なかば抜け殻状態だ。
そうなってしまったのには、自分にも責任がある。
キースの第二の人生を支えなければならないが、果たして彼は、仕事抜きでも、自分のパートナーになってくれるのだろうか。
「惚れた弱み、とはよくいったものですね」
世界は私のもののはずなのに。
「新たな実験と称して、腕輪を取り上げて、どこかで少し休養させますかねえ……」
不自然ではないやり方で、刹那を外へ出してやることができるなら。
冷たい風に身をすくめながら、ウォンは歩き出した――。

(2012.9脱稿)

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Written by Narihara Akira
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