『sweet silence』


「……ウォンか?」
自室で毛布にくるまってウトウトしていた刹那は、気配を感じて身を起こした。
ドアを開けずに入ってこられる男は一人しかいないから、きくまでもないのだが。
「どうしたんだ、こんな夜中に」
「あなたの不眠症がうつってしまったようです。眠るのも仕事のうちだというのに」
眼鏡の下の目が、うす赤い。髪もいささか乱れている。
刹那はベッドの片側をあけた。
「いっぺん抜いたら、眠れそうか」
「そういうつもりで、来たわけではないのですが」
「じゃあ、何しにきた」
「そうですね」
ウォンは刹那のかたわらに腰をおろした。
「あなたを抱きしめて眠りたいのです。かまいませんか」
「少し狭いが、あんたがそれでいいんなら」
ウォンはするりと服を脱いだ。刹那の脇に滑り込み、その背に腕を回す。
「刹那……」
ため息に近い囁き。
刹那はびくんと身を震わせたが、そのままウォンに大人しく抱かれている。
ウォンは刹那の髪に指をいれ、静かに抱き寄せた。
「ほんとうに、前より眠れるようになりましたか、刹那?」
「ああ。あんた、うまいしな」
「では、ただこうしているだけでは、物足りないでしょうか」
「俺はあんたが好きだから、どうされたってかまわない」
「おそろしい口説き文句ですねえ」
「最初から、そうだといったろう?」
「淫らなことをしたくなってしまうじゃありませんか」
「してもいい」
「しかし、今夜は眠りたいのです」
「じゃあ、しなくていい」
刹那もウォンの背中に腕を回し、優しく触れる。
「あんた、意外に可愛いよな」
「そうかもしれません」
「素直だしな」
「こんな私を笑いますか?」
「いや」
刹那はウォンの首筋に頬を埋めながら、
「あんた、好きで、俺のところにきたんだろ?」
「ええ」
「さびしけりゃ、あんたなら、いくらでも相手がいるのにな」
「いいえ。あなたがいいです」
刹那は苦笑した。
「ああ、それはウソじゃないよな?」
「何故、そんな嘘をつかなければならないのです」
「俺を利用するためにさ」
「あなたは大事な実験体。利用していないといったら、それこそ嘘になりますが」
「知ってる。そういう意味でいってるんじゃない」
「どういう意味です?」
「俺に気をつかうのは、あんたの弱点を知ってるからだろ?」
「私の弱点?」
「あんたの涙の理由さ。今だって目が赤いじゃないか」
「泣いてなどいませんよ、私は?」
「ああ」
刹那は薄笑った。
「そうか、泣くほどいいことがあったのか。だから俺を抱かない。そうだろ?」
ウォンはため息をついた。
「そんなに犯されたいのですか、刹那?」
「いや。あんた、寝にきたんだろ? 俺を抱き枕にして寝られるなら、そうしろよ」
「ずいぶんとカラみますね。帰った方がよいのでしょうか」
「いや」
刹那はむしろ、まわした腕に力をこめた。
「わざわざ来たんだろ。いろよ」
「いいのですか」
「ああ」
ウォンは一瞬ためらったが、刹那の髪に口づけて、
「あなたの言葉に、甘えましょう……」

薄闇の中、刹那は目を開けた。
ウォンは刹那を抱き寄せたまま、すっかり寝入っている。まるで刹那を信頼しきっているかのように。
それが刹那にとっては、かえって切ない。
《あんた、ずっとひとりぼっちだったんだよな、たぶん》
青年実業家らしく、周囲にいくらでも人材がいる。司令官として、それなりの数の部下もいる。下半身の処理も、特に不自由してないだろう。
だが、リチャード・ウォンという男には、愚痴をこぼす相手が一人もいないようだ。
おそらく、喜びを語りあい、分かちあう相手も。
ささいな鬱屈も心の底にためて、自分ひとりで処理している。
《煮つまるのも当たり前だろうさ》
この男にほどこされた手術でうまれた、闇の超能力。
ウォンはこの能力を、刹那の中にある昏さからきたものと考えているらしいが、それは元々ウォンの中にあったものだろうと、刹那は思っている。言葉にできない哀しみ・苦しみ・恨み……何も考えていないのではないかと思うほど常に陽気だが、なくした人を思ってひそかに泣いている姿を何度か見ている刹那にとって、ウォンはただの傷ついた男だった。だからもっと強くなりたい、と念じているようにしか見えない。もっと強くなれば、つらい過去をのりこえられると思っているなら、自分と同じだ。
その共感が、ウォンに対する好意の土台だ。
だが。
《俺にも、本当の顔、見せてはないよな》
眠れないと甘え、慰めを求めにきているのに、内心は絶対打ち明けない。
《ウォンが俺のことを気にかけてるのは、嘘じゃない。それはわかってる。抱く時にあんなに優しいのも、俺が気に入ってるからだ。いくら部下を育てるのが司令官の仕事でも、ベッドの中でご機嫌をとる必要なんて、ないからな。もし俺の超能力が暴走したところで、あんたが増幅装置を停止させれば、そう大事にはならないんだろ?》
刹那はウォンの首筋に、頬を押しつける。
《なあウォン。あんた、俺のなにが好きなんだ?》
ちょっと甘えた仕草をすると、ウォンが喜ぶのは知っている。
だが、十歳と離れていない男に対して、いつも可愛らしく媚びてみせるというのも、どうも気味が悪いし、ウォンも求めていないだろうと思う。
そうすると、こうしてしたいことをさせてやる以外、どうしていいかわからない。
しかも、抱き枕のかわりでいい、といったのは自分だ。
ふと、ウォンの身体の緊張がかわった。
覚醒したらしく、刹那をさらに抱き寄せて、
「嘘では、ありませんから」
刹那は苦笑した。
「わかってる。あんたは自分の欲望に正直な男だ。俺はそういうあんたが好きなんだ」
「では、あなたの欲望は? いいのですか、こんな夜でも?」
「俺はあんたに力をもらったし、いつも気持ちよくしてもらってる。あと、あんたから何がもらえるっていうんだ?」
「慎ましいことを」
刹那は薄闇の中で、ウォンをじっと見つめた。
《あんたは嘘はついてない。ただ、俺にいえないことがあるだけだ。いえないのは、それがあんたの弱点だからじゃなくて、いえば俺を傷つけると思ってるからだ。つまり、俺はあんたに愛されてても、あんたの一番じゃないってことだろ?》
いままでの刹那なら、それをそのままウォンにいえた。
だが、いえなかった。
そのかわりに。
「あんたが好きだって、寝るまで囁いててやろうか、ウォン」
ウォンは刹那の目蓋に口唇を押した。
「あなたのあたたかな肌を感じているだけで充分です……愛しい、刹那」
刹那の身体は思わず反応してしまい、ウォンはあわく微笑むと、掌をつかって刹那の熱さを優しくなだめた。
菫色の瞳に、薄く涙がにじむ。
《俺は、あんたが欲しいんだ》
しかし、その台詞も、どうしても口にすることはできず――。

(2011.4脱稿)

《サイキックフォース》パロディのページへ戻る

Written by Narihara Akira
http://www5f.biglobe.ne.jp/~Narisama/