『宵闇にまかせて』


バーへ滑り込んできた白い人影に、ガデスはなぜか舌打ちしてしまった。
「なんだぁ、ありゃ……」
刹那だ。
低い声でロックを頼むと、スツールに腰をのせ、カウンターに頬杖をつく。
その仕草がいやに退廃的で、つい視線がひきつけられてしまうのだ。
最近の刹那ときたら、部隊に入ってきた頃とはまるで別人のような、ゾクッとするような色気を漂わせている。あれだけ訓練を重ねていれば、軍人らしく鍛わってくるはずなのに、その身体は女のようにくびれていて、腰のあたりの優美な曲線や黒のタイツ姿など、しどけなく男を誘っているようにしか見えない。
しかも今は隙だらけだ。
いくら基地内とはいえ、ガデスが背後から近づいていっても、警戒の様子をみせない。
シャワーを使ってきたばかりなのか髪が生乾きで、そんなところも、なにやらそそる。
頬杖で隠しているその横顔をガデスがのぞき込むようにすると、刹那は不機嫌そうな声をだした。
「ガデスか。なんだ」
同じサイキッカー部隊所属だ、刹那はふだんから、先輩のガデスにも敬語はつかわない。
だが、いつもの刹那の反応でもない。
「不景気な面ぁしてるなぁ、刹那よ?」
「おまえには関係ない」
なるほど、どうやらウォンと、なんかあったな?
ガデスはそのまま、刹那の隣に腰をおろした。
「俺の部屋なら、もう少しいい酒がのめるぜ」
「できそこないに何の用だ」
「めずらしく、弱気なことをいうじゃねえか」
「俺に興味があるなんていうなよ」
「そうだといったら、どうする?」
「ふん」
刹那は鼻で笑った。頬杖をはずし、ガデスを上から下まで眺めおろすと、
「人に尻を貸す度量も、ないくせに」
ガデスはギョッとした。
ウォンに犯されて、受け身の喜びに慣らされているのだと思っていた。
だから時折、女のような妖艶な仕草を見せるんだろうと。
だが、ふざけたことをいうと犯すぞ、と刹那はいっている。
しかもその瞳に、男の欲望をにじませて――。
ガデスは首をすくめた。
「ハァン? 大将にはあるってことか」
刹那の瞳がギラリとひかった。
「あまり余計な口をたたくと、泣かせるぞ、ガデス」
「そうだなあ」
ガデスはニヤリと笑って、
「なら、試してみるか? 泣くかどうか、よ」

部屋に連れ込んでしまえばこっちのもの、という意識がガデスにはあった。
軍隊歴が長いため、男相手の行為にはそれなりに慣れている。
つまり主導権さえ握ってしまえば、刹那はおとなしく抱かれるだろうと考えていた。
優しく慰めてやりゃ、あっさり落ちるだろうと。
ところが。
「いいか、俺が上だからな?」
ベッドの前でそういうなり、刹那はガデスを押し倒した。
「まあ、そう慌てなさんな」
「部屋に誘ったのは、おまえの方だろう?」
そういいながら、手慣れた仕草でガデスの下半身を露わにしようとする。激しく抵抗して煽ってしまうのもなんなので、ガデスはやんわりそらすようにしながら、
「いったいウォンと何があった」
「何もない」
きっぱり言いきって、それから刹那はうすわらった。
「フ、あの男が怖いのか」
「いや」
「じゃあなんだ。俺が怖いか」
「いいや」
「まさか、初めてだなんていうなよ?」
刹那は硬くした自分のもので、ガデスの腰を服越しになぞりながら、
「まあ、俺はどっちだってかまわんが。泣かせがいが、あるならな」
「それぐらいで、泣くと思うか」
「それはどうかな。股間にコフィンを決めてやると、おまえはずいぶんイイ顔をするんだぜ、ガデス?」
ガデスは背筋がゾクリとするのを感じた。
訓練中に欲望の眼差しで見られているとは、思わなかった。
考えてみれば、こいつはほとんど、心を読ませない。
表情がくるくる変わるので、一見、単純な男にしか見えない。だが、本当は何を考えているのか心を探ろうとすると、探れない。そこにはただ、闇が蠢いているだけだ。超能力でブロックしているわけでもないようで、つまり刹那の不思議な能力は、彼の本質に根ざしているものらしい。
ガデスは力をぬき、抵抗するのをやめた。
「そんなに自信があるんなら、楽しませろよ、刹那?」
刹那は不敵な笑みで応えた。
「おまえこそ、俺をガッカリさせるなよ、ガデス?」

《なんだコイツ。マジで巧いじゃねえか》
本能的な動きなのか、ウォンの仕込みなのか、それとも軍にたどりつくまでに豊富な経験を重ねてきているのか。とにかく刹那は、男がどこをどうされたら気持ちがいいかを、熟知していた。いや、なんでもない場所をさすられても、感じてしまう。リズミカルな愛撫。単調でない動き。つけるべきものも速やかにつけている。慣れている。
だが、ガデスはなにより、刹那が溢れさせる昏い色気に圧倒されていた。
焦らすようにガデスのものを指でなぞりながら、刹那は含み笑いを洩らす。
「大事なところを、こんな無防備に俺の目の前にさらしていいのか? 食いちぎるかもしれないぜ?」
ガデスは掠れ声でこたえた。
「そう簡単に食いちぎれるほど、ヤワじゃねえさ」
「カチカチにしながら威張るなよ。それに、ここは弱いだろう?」
裏筋をなめあげられ、てっぺんをしぼられ、それと同時にいちばん敏感な二つのふくらみをやわやわと揉まれて、ガデスは低く呻いた。
刹那は股間から顔を上げ、楽しげに囁く。
「いい声だ。そうでなきゃな」
刹那の指が、前立腺の通るところを外から刺激する。自分自身をガデスにあてがい、浅く埋めると、ゆっくりと押し拡げるように腰を回し、そして身をひく。入り口近くは男も敏感な場所だ、甘い疼きにガデスが思わず腰を浮かせると、刹那はズブリと深く身を沈め、そしてすぐ引き抜くと、浅くつつくのを繰り返す。もう前には触れない。後ろだけで達かせようとしているのだろう。
誰かに脚を開くのは久しぶりだというのに、ガデスの腰は刹那の淫らさにつられて揺れはじめた。欲しくてたまらないかのように動いてしまう。濡れた音が響く。刹那は刹那で息を荒くしはじめていた。腰の動きも早まってきている。ここまできたら、最後までお互いむさぼりあうまでだ。あわせて一緒に達ってやろうと、ガデスも刹那を絞りあげるように、腰に力をこめた。
ふと、刹那が動きをとめた。
「ガデス」
薄く微笑むと、ふわりと覆い被さり、左目の傷に口づけた。
ガデスの背筋を熱い情感が走り抜けた。そのまま達きそうになる。それを狙ったかのように、刹那は一番感じるところを激しく突きはじめ、ガデスはついに思考を手放した。
「くぅ……っ!」
二人はほぼ同時に果てた。
その余韻の中、ガデスは刹那を強く抱き寄せていた。
これじゃまるで、惚れちまったみてえじゃねえか、と思いながらも、息の乱れを整えている刹那が妙に愛しく感じられて、なかなか離すことができない。
刹那はフッと笑った。ガデスの腰に脚をからめなおし、
「なんだ。もう一度して欲しいのか、ガデス?」
ガデスも笑い返した。
「次は、こっちからさせてもらいたいもんだがな」
「入れたいのか? ウォンのが中に残ってるかもしれないぜ?」
ガデスは右目を細めた。
「してきたばかりでコレか? たいしたタマだな、刹那」
バーにくる直前に、一戦交えてきてたのか?
一度抜いていたからこそ、あれだけ余裕があったっていうのか。
刹那は、ガデスの驚きに満足したかのような笑みを浮かべた。
「冗談だ。だいたいウォンは、痕跡なんか残しやしない」
「なるほど。大将は、愛人のケアも完璧ってか」
「俺はウォンの愛人じゃない」
さらりと流して、刹那はガデスの腕から逃れた。
「シャワーは奥か? 使っていいか」
ガデスも身を起こした。腰の後ろをさすりながら、
「つれないことをいうなよ。今の今まで仲良くじゃれてたんだ、洗いっこでもしようじゃねえか」
「中が濡れてるかどうか確かめたいのか? そんなに俺を犯したいか」
「大将のが入るんなら、俺のだってなんとかなるだろう?」
「そんなにウォンが気になるのか」
「別にあいつが気になってるわけじゃねえが」
「ふん」
刹那は左手をあげ、手の甲をガデスに向けて挑発するように、
「そんなに触りたいなら、洗わせてやってもいいがな」

だが。
いったん欲望が満たされたせいか、二人でシャワー室に入った時には、刹那の色気はごく淡くなっていた。明るい場所で裸だというのに、艶っぽさが薄れると、そこに立っているのはごく普通の二十七歳の男だった。いや、顔立ちは整っている。ゆるく巻いたハニーブロンドも、白くきめ細やかな肌も、身体のラインも美しい。ウォンが気に入ってそばに置くのも理解できる。見栄えがするのだ。
だが、さっきまで自分が性的に翻弄されていたのが夢かと思うほどさっぱりしたその様子に、ガデスは拍子抜けしていた。
「どうしたんだ、ガデス?」
「いや。なんでもねえ」
「洗って欲しいなら、そういえよ。ここで泣かせたっていいんだぜ。そのガタイを明るいところで犯すのも、けっこう興奮するだろうさ」
皮肉っぽい口調も、いつもの憎まれ口とかわらない。
ガデスは安堵しつつ、刹那の肩を抱き寄せた。
「泣きゃあしねえが、まあまあ楽しませてもらったからな。今度は俺が、すこしサービスしてやる」
刹那は眉を寄せた。
「どうでもいいが、ちゃんときれいにしろよ、ガデス?」

二度目のじゃれあいはあっさり終了し、刹那はさらに大人しくなった。
というより、眠くてたまらないようだ。
ガデスがシーツを替えていると、刹那はあくびをかみ殺しながら、
「少しここで、寝ていってもいいか」
ガデスはニヤニヤしながら、
「朝帰りで噂になってもいいのかよ。今ならまだ、闇にまぎれて帰れるぜ?」
刹那は肩をすくめた。
「今更どうだっていい。どうせ、ウォンの愛人だと噂されてるんだろ?」
「なんでそんなに否定する」
「せいぜい抱き枕ってところだ。愛人じゃあ、ない」
「ほう?」
刹那が泣きそうな顔をしたように見えて、ガデスは目を瞬いた。
バーへ滑り込んできた時も、そのままカウンターにつっぷして泣き出してしまうのではないかと思うぐらい、はかなげな風情があった。それでついフラフラと、刹那に近づいてしまったのだ。
《やっぱり、ウォンの奴と喧嘩してきたな》
望んだように愛されず、腹いせに別の男と寝た。それでも後ろを許すのは抵抗があって、それで最初から「俺が上だ」と宣言したんだろう。
ガデスは枕を叩いてふくらませ、二つ並べた。
「刹那。おまえ、なんで軍に来た」
「強くなるためだ」
「強くなって、どうする」
「どうもしない」
「最強になりてえとか、そういうんでもないのか」
「最強ってなんだ。なににおいて最強なんだ」
刹那は己の掌をじっと見つめた。
「増幅装置でどれだけ強くなっても、訓練で強くなっても、心を強くしても、まだ強くなれてない。俺は下等な人間のままだ」
「なんだ、今夜はやけに自分を卑下するじゃねえか」
「ふだん俺を、パチモンだのガラクタだの罵ってるのは誰なんだ、ガデス?」
「そこまでは言ってねえなぁ。まあ、寝るならそろそろ、暗くするぞ」
ガデスはベッドに横になった。
「こいよ、刹那」
「ああ」
刹那は素直に、ガデスの脇に身を横たえた。
ガデスは毛布をひきあげ、寝室の照明をしぼると、
「ここまで暗くすりゃ、泣いてても見えねえからな」
刹那はふん、と鼻を鳴らした。
「誰が泣くんだ。今夜はもう、しまいだ」
「もののたとえだ、気にするな。まあ、おまえが満足してないなら、もう一回ぐらい、つきあってやってもいいぜ?」
「だから、もういい」
刹那はそっと、ガデスの胸に顔を埋めた。
「いい身体だ。肌の熱さも、胸の硬さも、腕の高さも、具合もいい。抱き枕にするなら、おまえの方がよっぽどいいな」
ガデスは刹那の背中に腕を回した。
「気に入ったなら、いつでも来いや。ぐっすり寝かせてやるよ」
「気が向いたらな」
刹那はそのまま、コトンと落ちるように眠り込み、ガデスはしなやかな身体の重みを抱きながら、しばらく闇の中で目を開けていた。
《愛人じゃあ、ない、か》
それが本当なら、俺のもんにしちまってもいいのか?
そういや、大将も扱いかねてる節があったな。
これが天性の媚態ってやつなら、血迷う奴もいるだろう。
すると、刹那の口唇が動いた。
「……俺が、上、だからな……」
ガデスは思わず苦笑した。
寝言でまで、何をいってやがる。 今晩は、上を譲ってやっただけだ。
純粋な超能力なら俺の方が上だ。単純な力くらべでも、戦闘の経験にしても、俺の方が上なんだ。
だが。
《抱いてみてえな、なんて思わされてる時点で、コイツの方が上なのかもなあ》
まあ、ウォンがいるんだ、刹那も何度も俺としたいというわけじゃねえだろう。
巧かったとはいえ、どうしても忘れられないというほどじゃあない。

ただ、あの左目に口唇を押された時、背筋を走った震えは――。

(2011.3脱稿)

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Written by Narihara Akira
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