『炎のさだめ』


リチャード・ウォンは、キースの亡骸をもって、ノアを去った。
集まってきたノアのメンバーの前で、バーンはよろよろと立ち上がった。
ウォンに裂かれた腿が痛み、本当ならたちあがれない状態のはずなのだが、己の超能力を補助に使って、なんとかしている。
「俺がキースの意思をつぐ。ノアの総帥になる」
ざわめきが広がった。理解できないといった顔ばかりだ。
「今は信じてくれなくていい。俺はキースと戦っちまった。だが、俺だって、仲間の幸せを願ってる。キースが、命をかけて仲間を守りたかったっていうなら、俺も命をかけてみようと思うんだ」
黒縁眼鏡をかけた青い髪の男が、一歩前に出た。
「本当にやれるものなら、やってみせなさい」
バーンは丸い目をさらに丸くした。
「いいのか?」
「やれるものなら、といいました」
「ああ。やってやる」
バーンはうなずいた。
男は首を振った。
「甘いものではありません。キース様は唯一無二の存在で、だから総帥をつとめられていたのです」
「だからって、あいつが死んだら全部だめになるのか。あんたたちの理想は、そんなにもろいものなのか」
「そんなことはありません!」
「だったら。やらせてくれ」
バーンの瞳は燃えていた。
なぜ、キース様がこの男をあんなにもノアに入れたがったか。
カルロ・ベルフロンドは、まったく理解できなかった。
いくら潜在的超能力が強くとも、学もなさそうな、ただの若者だ。
キース・エヴァンズのカリスマ性やすぐれたテレパシー能力は、他の追随をゆるさない。
この男に総帥代理など、できるわけがないと。
ところが、バーンは即座にカルロに指示をだしはじめた。
「あんたもキースの補佐してたよな。ここにいるのは、ノアのメンバー、全員か?」
「いいえ」
「ノアにいるサイキッカーを、ぜんぶ集められるか?」
「大きな部屋を用意しろということですか」
「いや。いま、外へ出てるメンバーはいないのか」
「ほぼ、戻っています」
「なら、一番広い部屋に、みんなを集めてほしい。すぐにだ」
そしてバーンは、老若男女が集う前に立ち、その掌に鮮やかな炎をひらめかせた。
「今日から俺が、ノアの総帥をやる」
きっぱりいいきって、明るい笑みを浮かべた。
「キースがいなくなっても集まってくれたのは、俺の話をきく気があるってことだよな。だから、俺もはっきりいう。総帥がキースでなければいやだ、ついていけないって奴は、今すぐノアを離れてくれ。俺がここで総帥になろうっていうのは、キースに後を託されたからだ。ただ、あいつと同じことはできない。俺のやり方でやっていく。それから、他に行き場がないから、でていきたくともノアを離れられないっていう奴は、知らせてくれ。落ち着き先を探す」
いっていることは道理だった。ごく当たり前のことだった。
だが、深い傷を負った若者が、とっさにした演説にしては悪くなかった。
そしてその姿は、勢いよく燃えさかる炎そのものだった。
キースにおとらぬ力、そしてキースにはないあたたかさがあった。
「さあ、今ここできめてくれ。明日からノアは変わる。あとでイヤだといいだすのはやめてくれ。ここに残るのは、俺でも構わないっていう、ほんとうの同志だけにしてくれ」
誰もその場を離れようとするものはいなかった。
カルロ・ベルフロンドが口を開いた。
「キース様は、サイキッカーの理想郷を目指していました。あなたは何を目指すつもりなのですか」
バーンは即座に答えた。
「新しい理想郷をつくる必要があるのか? まず、このノアを、居心地のいい場所にすることが、大事なんじゃないのか?」
うなずくものが何人もいた。カルロは視線をそらした。
総帥交代という大事件が、これであっさりすんでしまった。

バーンは足をひきずりながらも、ノア内をよく歩き回った。
以前も来た時も基地内は見ているので、勝手知ったる、といえばそうなのだが、今度は誰にたいしてもよく話しかける。
ただ自分のことを話すのでなく、相手の話を親身にきく。気落ちしている者があれば、その気持ちをひきたてるように笑いかける。
お祭りさわぎの好きそうな男だ。人の上に立つ経験も、少なからずあったのだろう。
カルロはそれを、横目で眺めているしかない。
《意外にやる。だが、キース様とは違う》
氷の総帥は、容貌や言葉遣いから、冷たく尊大な青年と見られがちだったが、実際は繊細な神経の持ち主であり、弱った者に寄り添う時は、ほとんど天使のようだった。カルロもそれに救われた口であり、能力だけを崇めて年少のキースに従っていたのではない。
それにバーンは、ノアメンバーのテロ行動を禁止した。
虐げられているサイキッカーの救出に、どうしても人手が必要だという場合のみ、応援という形でいくことを許した。
「仲間を保護することが大事なんじゃないのか? 相手をいくら殺したってキリがないだろう。憎悪は連鎖する、っていうだろ?」
実際、実働部隊として働けるサイキッカーは、限られていた。
まともに動けるレベルでノアに残っているのは、カルロとレジーナのベルフロンド兄妹ぐらいで、あとはせいぜいソニアとブラド・キルステンぐらいだ。
バーンはそれも気になるようだった。
かつてのキースの執務室にカルロをよび、ごく低い声できりだした。
「あの、ブラドって奴、外へ出して大丈夫なのか?」
「常にソニアをつけていますし、いまは比較的、落ち着いていますよ」
「あいつ、キースの能力で、二重人格をコントロールしてたんだよな?」
カルロはやれやれ、と首をふった。キースがいない今、ブラドの凶暴な方の人格が暴走しないか、という心配なのだろう。
「簡単なカウンセリングは続けています。それに彼の能力は、押さえつけるよりも発散した方がよい、とキース様は判断したのです」
「それはどうだろうな」
バーンはめずらしく、眉間に皺を刻んだ。
「あいつはこれ以上、人を殺さない方がいい。人格交代しても、殺したことを憶えてるんだろ? 研究所を襲わせたりしてたんだ、今までよく保ってた、と考えた方がいい。それに、暴走したら、今度は誰がとめるんだ? ソニア一人にやらせるのか?」
カルロが返事をする前に、バーンは畳みかけた。
「もうひとつの性格も、救出任務にゃ向いてないだろう。カウンセリングでなんとかなるぐらいなら、ノアの中で、好きな花でもつくらせとけよ。その方がよっぽど、落ち着くんじゃないか?」
どうやらブラドが、グリーンサムであることまで知っているらしい。
「しかし、それでは、実働部隊の数が足りません。救えるはずのサイキッカーが、救えなくなってしまいます。こうしている今でさえ、どこかで殺されている同志が……」
「なあ。ひとつきいてもいいか、カルロ」
バーンはすうっと立ち上がった。
「なんです、バーン・グリフィス」
「あんたはいったい、誰の命が大事なんだ」
ひとさし指をつきつけられて、カルロは一瞬、言葉につまった。
「サイキッカーを、ひとりでも多く救いたい気持ちはわかる。だが、だからって、今、ノアにいるサイキッカーの命を粗末に扱ったら意味がない。ちっとは落ち着けよ。な」
そういってニッコリ笑ってみせる。
カルロは一瞬、毒気を抜かれてしまった。
「まあ、本人が散歩したいっていうなら、させてやればいいさ。だけどあんまり、荒仕事はさせるなよっていうだけだ。キースがいないんだから、ほんとはあいつも、ノアを出たいんだろ? 無理だから、ここにいるだけで……ただの二重人格なら、カウンセリングですむかもしれないが、超能力者で前科があるなんて知れたら、外じゃ治療も受けられないだろうしな」
意外に実際家だ、とカルロはバーンを見直しかけていた。
この男を総帥にして、キース様が補佐役に徹したかったというのも、なんとなくわかってきた。この二人はやり方が違うが、同じ目的のために働けるのだ。
「まあ、あんたに来てもらったのは、それがききたかったからじゃないんだ」
「なんです?」
「この間、ノアの援助者リストをみせてもらったろ」
「ええ」
ノアにどれだけの資本があるのか、どういう形で運営がなされてきたのか、最低限の情報はバーンにも渡していた。信頼しきってはいないとはいえ、総帥が金の動きをまるで知らないでは、行動できないからだ。新総帥にあまり勝手なことをさせないためにも、必要なことだった。
「意外な名前があるよな、ほんとに」
「自分自身に超能力があることをあかす有名人はいませんよ。危険にさらされますからね。それでも、ひそかにサイキッカーへ資金だけでも支援したい、という者も、少なからずいるということです。キース様の人徳ですよ」
「ああ、それはいいんだけどさ。有名人っていっても、芸術家とかじゃなくて、政治家とかいないのか? 退役軍人とかでもいいんだが」
カルロは眉を寄せた。
「軍人?」
「いや、サイキッカーもみんな仲良くっていう空気をつくるには、そういう芸能人みたいな連中が、いろいろアピールしてくれるのもいいんだろうけど、ほんとに世の中を動かしたいっていうなら、権力のある人間に顔がきかないと、だめじゃないか?」
カルロは反射的にこたえていた。
「軍は敵ですよ?」
「だから、味方にできないのかってことさ」
「簡単にいいますね」
「簡単じゃないのはわかってる。だけど、やりようはあるだろ? 前にここにいた、メガネのおっさんがやってたみたいに」
「リチャード・ウォンは裏切り者です」
「そんなことはわかってる」
バーンは真顔でうなずいた。
「だけど、今のままのやり方じゃ、遠からずノアはつぶれる。必要な人手が足りない。金も足りない。全員で何かを一緒にやるには、故郷も背景も年齢も差がありすぎる」
「それは……」
そのとおりなのだった。
だからこそ、カルロ・ベルフロンドは、軍が刺客として放ってきたサイボーグ兵士を、ひそかに修理するようなことまでしていた。
「俺ももうちょっと考えてみるが、あんたにも腹をくくっといてほしくてさ」
「腹をくくる、とは」
「いざとなったら、ここを解体するってことだ」
「あなたが総帥をやるといったのでしょう」
「永遠じゃない。キースが戻ってくるまでだ」
「戻る?」
「あんたは、ほんとにキースが死んだと思ってるのか?」
「ウォンに拉致されただけだとでも?」
バーンは口唇を歪めた。
「あいつは真面目な奴だ。生きていれば、必ずここへ戻ってくる。それに、キースがほんとに死んでても、ここへ戻ってこなくても、永遠にはやってられないさ。なんだって、そういうものだろ」
「無責任なことをいわないでください」
「いざとなれば、あんたにだって総帥代行ぐらい、できるだろ。俺にできるんだからさ」
「それはまあ」
「じゃ、続きはまた今度だ。俺はちょっと出かけてくる」
「どこへです」
「あんたが教えてくれた支援者たちに会いにさ。そろそろ挨拶しとかなきゃまずいだろ」
「一人でですか」
「護衛なんかいらないぜ。俺だってサイキッカーだ」
そういう意味ではなく、といいたかったが、カルロはやめた。
もしこの男がノアを裏切っても、さしたる情報を教えてはいないから、ノアが壊滅的なダメージを受けることは考えにくい。
やりたいようにさせておけ、支援者たちが元総帥の親友を気に入らないというならそれまでだ、と、ヤケのような気持ちになっていた。
「わかりました。では、お気をつけて、総帥」
カルロは慇懃に頭をさげ、自分の部屋にいちど戻った。
そして、言葉通りバーンがでていったらしいことを確認すると、キースが以前、テレパシー放送をするために使っていた通信室へ入った。
「キース様……」
この部屋は落ち着く。
キース・エヴァンズが同志に向けて、柔らかな声を発していた日々を思い出す。
バーンはこの部屋には入らない。サイキッカーを煽動してしまうといって、外へ声を発することをしない。
それでいいのか、本当に。
元総帥が使っていた椅子に座り、カルロは目を閉じた。
彼のまどろみは、妹の叫び声でやぶられた。
「兄さん!」
「どうした、レジーナ」
「大変なの。出先でブラド・キルステンが暴走して、一緒にいた同志たちが……」
ソニアを含めた救出部隊がほぼ壊滅状態だというのだ。
《あの、ブラドって奴、外へ出して大丈夫なのか?》
炎をまとった青年の声が、カルロの頭の中で鳴り響く。
「ことごとく、あんな男が正しく、この僕が間違っていると……?」
ぼうぜんと呟くカルロを、レジーナはゆさぶる。
「兄さん、しっかりして! 残ってるメンバーを助けに行かないと」
「ああ、そうだな、そうだ」
カルロはふらりと立ち上がった。
自分はなぜ、ノアに留まっているのか。
形の上だけでも、バーン・グリフィスに従っているのか。
思い出せ。
「僕が行く。総帥は留守だ。レジーナは怪我人の収容準備をして待っていてくれ」
「わかった。待ってる」
同じ炎の能力の持ち主だが、我が妹の可憐なこと。
カルロは目を細め、レジーナの肩を叩いた。
「後は頼んだぞ」
そういって勇ましげに出ていく分厚い背中を見つめて、レジーナは深いため息をついた。
「そんなにつらそうな顔をするぐらいなら、いっそ、兄さんが……たらいいのに……」

(2011.9脱稿)

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Written by Narihara Akira
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