『リボン』

「やはり、こういうものは赤なんだろうが」
鏡の前で、キースは考え込んでいた。
最初は、髪につけようとした。
「おかしいな」
髪の質がサテンリボンをうけつけず、つるりと滑ってしまう。カチューシャのように結ぶことも考えたが、豊かな銀髪がリボンを埋もれさせてしまった。
かといって、首にまわすにしても。
「タイだと思えばいいんだろうが」
結んでしまうと少し苦しい。それに、首につけるなら、もうすこし幅の広い、ビロードのような材質にすべきだった。
「なら、あとは手首か」
自力では結びにくい場所ではあるが、とリボンを巻き始めたとたん。
「怪我でもなさったんですか」
鏡の前なので、振り返る必要すらなかった。
むしろ、なにもない場所に瞬時に現れる恋人の不思議を、キースは改めて感じていた。
それが彼独自の能力でないにしろ。
「だとしたら、どうする?」
「見せて」
ウォンはキースの背を後ろから包み込み、右の掌でキースの手首を掴んだ。
「大丈夫そうですね。むしろ、熱っぽいことの方が、気になります」
キースはコクンとうなずいた。
「……今日は、うんと、甘やかされたいな」
「いいですね。いただきます」

その日のキースはひどく敏感で、そっと触れるだけで息を乱した。
しかし、甘やかされたいといいながら、はじらって目を伏せ、声をこらえている。
「可愛い、貴方」
囁くと、キースは震え、身もだえた。
「なんだか……もう……」
かすれた声。濡れ始めている長い睫毛。
「慌てないで。いま達くよりもっと、気持ちよくしますから」
キースはうなずき、そしてウォンの愛撫にゆっくりと溶けていった。

「よかったです、とても」
ウォンはキースの髪を撫でながら、満足そうに微笑んだ。
甘い声も可憐なおねだりも、そしていったん火がついてからの淫らさも、すべてたまらないものだった。こうして互いの欲望が落ち着いてくると、一糸まとわぬ姿でありながら、キースは清らかな空気を取り戻す。私の前でだけあんなに乱れて、と思うと、それもまた、ウォンの心をくすぐるのだ。
「僕も……」
まだ潤みを帯びているアイスブルーの瞳は、ウォンを優しく見つめ返した。
「このまま眠ってしまいたい気分だけど、見せたいものがあるんだ」
「なんです?」
キースは静かにウォンの腕を逃れると、ローブを羽織ってデスクに近づいた。そして掌にすっぽり入るような紙の箱をもって戻ってくる。
「開けてごらん」
ちょっとした重みがある。
透視することもできたが、ウォンは素直に箱の蓋をとった。
「これは……」
箱の中で、金いろの蝶が、羽を広げていた。
こまかな細工をほどこされた髪留めだ。目の部分と胴体の部分には、淡い褐色の石がはまっている。
「インペリアル・トパーズ?」
「君の誕生石だったな」
「これを、私に?」
それなりの値段のものだ、ふつうは紙の箱に無雑作にいれるようなものではない。おそらくウォンの目をそらすために、余計な包装などはすべて捨てたのだろう。
「いやだったら、いい。アクセサリーの類は、君には邪魔だろうし。だが、これなら君も、好きな色だから」
ウォンの身体を、先程までは違う喜びが走り抜けた。
「つけて、いただけますか」
「もちろん」
ウォンの髪をまとめると、キースはやさしく金具を開いた。
「……似合うな。見てみるか?」
「ええ」
鏡の前に立ち、あわせ鏡で、キースのつけてくれたものを、ウォンはじっと見つめる。
「いいものですね、本当に」
「うん。だが、プレゼントなら、これよりもっと喜ぶ物があるんだろうな、とも思って」
キースはリボンをまいた手首を、ウォンの前に差し出した。
ウォンはうなずき、出された手にそっと口づける。
キースは目を伏せ、低く呟くように、
「でも、さっきのは演技じゃ、ないからな」
「はい」
「本当にさかってたんだ」
君の好みにあわせたんじゃない、君が好きだからこそ、あんな風に――。
そういいかけるキースの口唇を、ウォンは指で押しとどめる。
「わかっています」
触れたところから、ウォンの感情がキースに流れ込んでくる。
それはとてもあたたかな、尽きせぬ感謝の気持ち。
キースはそのぬくもりに溶けながら、口唇を動かした。
「わかってる。僕も……大好きだよ」

(2007.10脱稿)

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Written by Narihara Akira
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