『無意識』


例によって、音もなく総帥の私室を訪ねたウォンは、キースがソファでうたた寝しているのに気づいた。
マントこそはずしているが、上着のボタンさえ、ゆるめていない。
仮眠しようと少し横になったのだろうが、その状態では苦しかろう。まあ、この時期には風邪をひくこともないでしょうがねえ、などと思いながら近づいた時。
「ウォン」
声をかけられて、ウォンの足はとまった。
「人が悪いですねえ。起きてらしたんですか、キース様」
キースは目を閉じたままだ。しかし、その口唇は動いて、
「僕のこと、好き……?」
ウォンはその場に凍りついた。
キースは眠っていた。
氷の総帥ににつかわしくないその台詞は、寝言なのだった。
だからこそ、ウォンは動けなかった。
なぜならそれは、キースの無意識が、リチャード・ウォンを信じていないということの、現れだから――。

ウォンは自室のベッドで煩悶していた。
キースがあんな可愛い台詞をいえるようになったことは、とても喜ばしい。
もし、起きていて彼がそういったのなら、それは誘いの言葉だ。優しく抱いて、朝まであやしたろう。彼の望むままに、冷たい寝台をあたためただろう。
しかし、夢の中で、わざわざこちらの好意を確認しているということは、つまり。
あれだけ囁いた愛の台詞も。
心までとろかすはずの愛撫も。
仕事上のパートナーとしての努力も。
キースには通じていない、ということだ。
「それなら、どうすれば貴方の心は手に入るのです?」
努力と才能だけでは手に入らないものがあることを、ウォンは知っている。
人の命と人の心だ。
命の方は、人工生命体やクローン研究で、彼もそのかけらを手に入れつつある。
だが、心だけは。
男女の場合、出会いの瞬間に相手の遺伝子情報をよみとって「いい人だけど、この人は恋人としてみられない、この人とは子どもをつくりたくない」と判断するという。
それは、男同士でも同じことなのだろうか。
だとしたら、なんと情けないことだろう。
この私が、恋人としての資質を、疑われるとは。


翌晩。
二人は遅くまで仕事をしていた。
額をつきあわせるようにしながら、次に打つ手を考えている。
「これはなかなか、よい案ですねえ。ですが、残念ながら、それだけの人数を今、この計画にさけるでしょうか」
「少数精鋭で、なんとかならないものだろうか」
「ならないこともないでしょうが、精鋭を失うリスクがありますからねえ。万が一を考えると、さけたいところですよ」
「攻撃は最大の防禦なり、というらしいぞ」
「防御なくして攻撃なし、というのが正解でしょう」
「ふむ、わかった。同志の命を失わせるかもしれない計画に、そこまでこだわりがあるわけではない。別の機会にしよう」
「しかし、それですと、時機を逸する可能性もでてくるわけですから……この手をこうして、別方面へ展開させてみては?」
「なるほど。不意をつくなら少数精鋭の方がいいな。こちらの戦力のアピールにもなる。だが、できるか本当に?」
「試してみる価値はあるでしょう。私がうまく、お膳立てしましょう」
「ありがとう、ウォン」
キースはふっと微笑んだ。
その笑顔の美しさに吸い寄せられかけて、ウォンは横を向いた。
「チェスの駒を動かすのは私の趣味です。礼などいりませんよ、キース様」
「そうか」
キースはうつむき、目を伏せた。
「ウォン……君、昨日の夜、どうして部屋にこなかったんだ?」
ふいに語調が弱まったので、ウォンはキースの方へさりげなく身を寄せる。
「うかがいましたよ。お疲れのようでしたので、起こさなかっただけです」
キースの声が低くなる。
「そうか、すまなかった。てっきり、忙しくて来られなかったのかと思って」
「まあ、そういう日もありますがね。それに、毎晩、こちらにお邪魔してもよろしいのでしょうか?」
「いいんだ、それは。できたらで」
「できたら?」
怪訝そうなウォンの前で、キースはさらに首を垂れた。
「君には君の仕事がある。いつも一緒にいて欲しいと思うのは、甘えだろう……」
ウォンはキースの頬に掌を触れた。
「いくらでも甘えてくださって、構わないのですよ?」
「でも、君」
顔を引き寄せられ、キースは瞳をうっすら潤ませた。
「今日いちにち、様子が変だった……怒ってたじゃないか」
なんという、愛らしさ。
心臓がひきしぼられるような心地がして、ウォンは動きをとめてしまった。
喉を鳴らして、ようやく答える。
「怒ってなんか、いませんよ」
キースは微苦笑を浮かべて、
「君をずっと見てきた。超能力でどれだけガードしていても、君の口唇がいつも微笑をたたえていても、瞳の奥が笑っていないのぐらい、わかる」
「貴方に対して腹をたてている、と思ったのですか?」
「うん」
「なぜです」
「僕を見る時だけ、表情が変だからだ。怒ったり、泣きそうな顔をしたり……だいたい、君の感情をゆさぶるような誰かが、そんなにたくさんいるのか?」
ウォンはつい、目の前にいる銀いろの恋人にみとれていた。
「そうですねえ、たしかに」
「でも、僕は、君にあんな顔をさせたくない。笑顔でいてほしい。僕と一緒の時は、特に。だから知りたいんだ。どうして怒ってるのか、話してくれないか」
キースの真剣さに、ウォンはため息をついた。
「怒ってなど、いないんですがねえ」
「ほんとうか? なら」
「なんです?」
「このまま、ベッドへ、連れていって、くれる?」
ウォンはキースをすうっと抱え上げた。
お姫様のように抱っこされて、キースはあわててウォンの首に腕を回した。
「いいのか……?」
呟きのような小さな声。ウォンは微笑みを浮かべた。
「ええ、もちろん。おやすみになりたいんでしょう?」
「まだそんなに眠いわけじゃないんだ」
「よく眠れるように、一度抜いてあげましょう」
「ウォン」
キースはなにかいいかけて、ウォンの胸に頭を押しつけた。
「今日は、夢じゃ、ないんだな」
「私の夢をごらんになったのですか」
「うん。目が覚めたらソファで、びっくりした。眠っていたら、君が優しくベッドへ運んでくれて……そういう夢を、みてたから」
ああ、そんな夢をみながら、「僕のこと、好き?」と訊くのか。
そんなにも甘えたいのに、甘えるのをためらうのか。
「ウォン?」
「なんです」
アイスブルーの瞳が、ウォンを見上げた。
「苦しそうな顔をしてた理由は、教えてくれないの」
ウォンは苦笑した。
「どうやら私は、貴方のことが好きすぎるようです。ただそれだけのことですよ」
「ええっ?」
キースは眉を寄せた。本気でわからないという顔をしている。
「いいのですよ、貴方は。人を好きになった時の心の闇など、知らなくとも」
病むほど愛して欲しいわけではない……そう心の中で呟いて、ウォンは震えた。
嘘だ。
私はキース・エヴァンズを狂わせたい。
のたうち回らせたい。
私の闇のなんぶんのいちかでも、味わわせたい。
どんなに、どんなに貴方が欲しいか――。
「そうなのか? でも、僕みたいな子どもじゃ、君には物足りないだろうと思って……それに僕は器用じゃないから、知らないうちに君を、傷つけてるんじゃないかって」
澄みきった蒼い瞳に見つめられて、ウォンは目を伏せた。
「私は貴方の親友とは違います。どんな貴方も、すべて愛していますよ」
「そうか」
キースの瞳のいろが翳る。
「それなら、ずっと、一緒に、いてくれる?」
「離れません。はなしませんよ」
「ありがとう、ウォン」

ベッドでキースは甘い声をあげ、ウォンは熱い吐息をもらしたが、愛しあいながらも二人の心は、まだ、すれ違っている――。


(2010.7脱稿)

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Written by Narihara Akira
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