『たすけて』

「ああ、あなたがキース・エヴァンズ! お会いできて嬉しいです!」
「あっ」
いきなり抱きつかれて中途半端なバンザイをするキースを見て、ウォンは思わず微笑んでしまった。
笑っている場合ではないのかもしれない。
見知らぬ大男、しかもサイキッカーだ。
割って入らないまでも、充分警戒し、必要なら即座に攻撃すべき場面だ。
だが、ここは彼らの本拠地である。
その男は選んでこの街に逃れてきた者だ。
害意らしきものも、まったくなかった。
キースが「弱った」という顔でウォンの方を見ているのも、いい証拠だ。
敵に対しては《氷の総帥》の呼び名があらわすような冷徹さを持つが、純粋に慕ってくれる相手の前では、あまりに無防備というか、甘さをみせてしまう。
男はキースの手を包み込み、力強く握手をすると、嬉しそうに去っていった。
「ふふふ」
「なんだ、ウォン」
「貴方はやはりサイキッカーの星なんですね、と嬉しくなっただけです」
「虚像がいまだに一人歩きしているだけだ」
キースはそっぽを向いた。
「今の僕にたいした力はない。あんな風になつかれると、実際、困るな」
「まあ、ああいう輩がうっとおしいのでしたら、外歩きなどせず、すっかり姿を隠してしまえばよいのでしょうが」
「まあな。帰ろう」
キースは急ぎ足になった。
「君は、変わったな」
「なんの話です?」
「気にするな。ひとりごとだ」

キースは寝巻きに着替えると、ベッドに腰掛けて、ぼんやり宙を見つめていた。
「どうなさいました?」
「ああ、いや、喜んでいいことなんだが、と思っていただけだ」
「昼からいったい、なんの話です? それもひとりごとですか?」
「君から、狂気がなくなった」
「え?」
「昔の君だったら、他の男が僕に抱きついたりしたら、そのままにしておかなかったろう。嫉妬の眼差しだけでは足りない、その男を追って、八つ裂きにしたかもしれない。だが、今日の君は、僕が困っているのに、微笑みながら見ていた。他人事みたいに」
ウォンは、かたわらに腰を下ろした。
「キース?」
「わかってる。今の君は、僕を信頼しきっているんだ。僕の愛情をかけらも疑ってない。あんな風に穏やかに笑っていられるのは、余計な嫉妬に狂う必要がないからだ」
キースは長い睫毛を伏せた。
「だから、喜んでいいことなんだ」
「どうしたんです、キース」
「だけどほんとは、助けて欲しかった……冗談めかしたやり方でいいから、間に入ってくれたらいいのに……昔の君だったら、他の誰かに触らせたりしないだろうに、って」
ウォンの胸は騒いだ。
そんな寂しげな顔でうつむかれたら、眠っていたはずの狂気が呼び覚まされてしまいそうだ。
「嫌がってらっしゃるとは思わなかったのです」
「抱擁されるの、そんなに好きじゃないんだ、本当は」
ウォンは、のばしかけていた腕を一瞬ひっこめた。
キースは顔をあげ、ウォンの胸に倒れ込んだ。
「そうじゃない。好きな人の抱擁は、意味が違う」
ウォンに体重をかけるように身体を押しつけながら、
「君には、もっと、触って欲しいんだ……」

(2008.10脱稿)

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Written by Narihara Akira
http://www5f.biglobe.ne.jp/~Narisama/