『君のいない世界』


「世界は私のもの!」
そう叫んで長い黒髪を払い、ほがらかに笑う男。
敵の攻撃を受け、一瞬前まで必死の攻防をくりひろげていても、相手を倒したとたん、なにごともなかったかのように振り返り、自信たっぷりに拳を握りしめる男。
リチャード・ウォン。
ホンコン・チャイニーズ。貿易会社社長。
そして、私の右腕。
共闘するメリットがあるから来たのですよ、と自己紹介し、潤沢な資金でノアをきりまわし、楽しそうに己の研究に没頭している。
だが、それはいつまで続くことか、わからない――。

★      ★      ★

「キース。おまえは、間違ってる!」
そういって同志を連れ去った親友の顔が、キースの脳裏に浮かぶ。
というより、何をしていても、その面影が、声が、離れてくれない。
では、バーン。
絶対正しいこととは、なんだ。
なぜ、わかってくれない?
ノアのやっているのは、ただのテロ行為ではない。
世界各国で、さらわれ、実験され、兵器として利用されている仲間を、すこしでも救おうとしているだけだ。
彼らを見捨てろとしろというのか。
毎日のように無惨な殺され方をしているのを、黙ってみていろと?
今の状況が、すみやかに平和的に解決できるとでも、思っているのか。
キースの心は、血の涙を流していた。
「バーン、君が理解できないのも無理はない。それはよくわかっている」
単純な男だ。世間の常識に縛られていて、深い考えをもとうとしない。争いはよくない、マイノリティだけでかたまるのはよくない。みんな仲良くやればいい。その程度の意識しか持てないのだ。自分も超能力者だというのに。
ある意味、その明るさは貴重ともいえる。クヨクヨと考えず、すぐに行動を起こせる親友を、いつもキースは一種の尊敬をもって見つめていた。バーンのようなタイプがいないと、世の中はまわらないというのも事実だからだ。
でも、友達と思うからこそ、キースはわかってもらいたかった。
自分の生き方を。
こういう選択肢しか選べなかった自分を。
まるごと受け入れてくれなくていい。そういう生き方があることだけでも、わかって欲しかった。
完全に決裂してしまいたくは、なかった。
「しかたがない」
君の世界は、光に満ちた世界なんだ。
ノアにいられないというなら、それでいい。
どこか遠い場所でいい、幸せでいてくれたらいい。
僕の世界は、君のいない世界なんだ。そういう宿命だったのだ。
そういいきかせながら、キースの心はきしみ続けている。

★      ★      ★

その夜のウォンも、優しかった。
いつも以上に丁寧な愛撫に、声を出さずにいるのが精一杯だった。
そっと身体を離そうとするウォンに思わずしがみつきそうになり、キースはあわてて腕をひっこめた。
その気配を察したか、ウォンは再び、キースの中に身をしずめた。
「どうなさいました、キース様?」
「なんでもない」
「今にも泣きそうな顔をしていますよ。あまり説得力がありませんねえ」
「そんな顔を、しているものか」
「鏡で見せてさしあげましょうか?」
キースはぷい、と横をむいた。
「バーンのことを、考えていただけだ」
「それはそれは。妬けますねえ」
「妬く必要などない。彼とは何もないのだから」
「私に抱かれながら、別離の苦しみに悶えていたのでしょう?」
「別に、苦しくなど」
「では、私の身体を、グリフィス君と思って、燃えていましたか?」
「そんなことはない」
「今夜はずいぶん感じているようでしたよ。ほら今も、こんなにきつく、締めつけて」
「締めつけてなどいない。君が勝手に嫉妬して、勝手に大きくしているんだ」
「おやおや」
ウォンはキースから、ゆっくり己を引き抜いた。力強くそりかえるもので、キースの輪郭をなぞるようにする。
「涙のひとつも流して、行くな、といえばよかったのですよ、キース様」
いつもより淫らな腰の動きに、キースは一瞬、我を忘れそうになった。だが、あらたな情感に溺れる前に、首を振った。
「泣いたところで、問題は解決しない。何も変わりはしない。彼は、私とは違う世界の住人だ。わかっては、もらえない」
「そうでしょうか」
キースの脇腹に指を滑らせ、撫であげながら、ウォンは囁く。
「私なら、そそられますね……ふだんは冷静な貴方が、氷の仮面をかなぐりすてて、男泣きで訴えたなら、誰でもほだされると思うのですがねえ」
「泣いてみせたら、君ならずっと、ここにいるとでもいうのか」
そう口走った瞬間、キースの瞳は潤みかけた。
君なら僕を、わかってくれる。
こうして僕を、あたためてくれる。
変わらぬ笑顔で、支えていてくれる。
そうなのか? 君なら、いつまでも、僕の側にいてくれるのか?
その台詞が喉につまって、キースは喘いだ。
ウォンは、キースの銀いろの髪に、静かに指をいれた。
低く、囁くように、
「世界は私のものです。貴方のいる、この世界です。そこから、主たる私が、消え失せるわけが、ないでしょう?」
「ウォン」
でかかっていた涙は消えた。キースは、ウォンの胸に掌をあてて、
「すまない、たしかに強がっていたな。同志を失うのがつらいのは当たり前のことだというのに、君に八つ当たりした」
ウォンは、キースの額に口づけて、
「それは、いいのですよ。いくらでも甘えてくださって」
「そういうわけにもいかない……あ」
ウォンに再び抱きしめられて、キースは身を縮めた。
そして、いつものように静かにウォンの胸に寄り添い、目を閉じた。

だから。
「貴方はでも、私のために、血の涙を流してはくださらないのですよね」という台詞を、ウォンがそっとのみこんでしまったのを、キースは知らない――。


(2010.1脱稿)

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Written by Narihara Akira
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