『調整中 〜Out of Order〜』

目を覚ました時、少佐がベッド脇に立っていた。
「やっと目を覚ましましたね、刹那。もう半日以上も昏睡状態だったのですよ」
ち、ドジった。
刹那は思わず舌打ちした。
ミッション中に超能力を使いきって気を失うなんて。
敵を掃討した後だから良かったようなもの、仲間が連れ帰ってくれなかったら、命も危ないところだった。
再訓練を命じられても仕方ないだろう、と刹那は腹をくくった。
「すみません。……それで、訓練はいつ再開ですか?」
少佐は眉間に皺を刻んだ。
「何を言っているんです。最低三日は安静です」
「三日? そんなに」
そんなにじっとしていたらなまってしまう、と言いかけるのをウォンが遮る。
「そうです。本当は一週間欲しいところですよ。サイキックと身体を維持する力のバランスの崩れは、簡単に調整のきくものではありませんからね。用を足す時以外は、ベッドでじっと寝ていなければなりません。いいですね」
「……わかり、ました」

寝たままで行われる、数分の簡単な検査。
運ばれる三度の食事。
手洗いとの行き来。
それしかやることのない一日は、たった二十四時間であっても、どんなに長いか。
身体の故障でなく、特に苦しいという自覚もないので、刹那は退屈でたまらなかった。精神を興奮させることは御法度ということで、活字も映像も音声の類も届けてもらえない。ただひたすら、何にもない調整室で、一人静かに横になっていなければならないのだ。
せめて眠れるように、と睡眠薬の類は都合してもらえるが、検査にさしさわりがでるとこまるということで、大量にはもらえない。一日の大半は、目を覚ましたまま横になっていなければならない。
ぼんやり天井を眺めるしかない状況は、それはそれで辛い。
《こういう時は……》
刹那は薬でなく、自律神経をコントロールして眠る方法を試すことにした。
こういうのも、軍の訓練で教わる。睡眠不足では正確な判断を下せない時がある。リラックスした状態での快眠が、心も体も整えるのだ。早くミッションに戻してもらうためにも、このリラックスモードを使った方がいい。
刹那は大の字になったまま、全身の力を抜いた。
マットレスに沈みこむほどぐったりと力を抜ききると、暖かな日差しを思い浮かべる。それに照らされて、身体は少しずつ暖かくなってくる。ここまでが基本だ。
ここから先は、自分が一番快適だと思う場面を思い浮かべる。場所、側にいる相手、そこで自分が何をやっているかは、自由に空想する。一番心地よいものをイメージするのだ。海でも山でも。友人でも恋人でも。語らいでもスポーツでも。それが世間の常識や倫理に反したことでも構わない。これは罪のない空想だからだ。多少異常な想念であろうと何の問題もない。罪悪感を感じる必要もないのだ。現実と区別がついている限りは。
刹那は目を閉じたまま、なるべく豪奢なリゾートを思い浮かべようとした。
かつで自分が憧れた数々の贅沢を。
しかし、どうもうまくイメージが結べない。
気持ちにそぐわないというか、しっくりこないというか。
なぜか一番落ち着く舞台は、薄暗闇か廃墟ばかりで。
仕方なく刹那は、闇の中で横たわっている自分を考えた。
……ん?
誰か、くる。
そっと抱き起こされる。
誰だろう。
逞しい腕。ぶあつい胸。褐色の肌にもたれて、甘えている自分がいる。
変だ。
こんなイメージが、心地いいなんて。
それとも、もう夢の世界に入りつつあるのか。
なぜか軽々と抱き上げられて、飛んでいる自分がいる。
もう自分で飛べるのに。
でも、なんだか気持ちがいい。
それから、シンプルな寝台に運ばれる。
毛布をかけて去ろうとする相手を、刹那は思わず呼び止めていた。
《待て、ここにいてくれ》
《そうか》
聞き覚えのある錆び声が返事をして、なぜか、毛布の中に滑り込んでくる。
なんだ。
なんで俺、急に抱きすくめられたのに、抵抗しないで大人しくしてるんだ?
でも、暖かくて……不愉快じゃ、ない。
《熱くして、やろうか》
《え》
胸を滑る大きな掌。足の間に忍び込む指。巧みな愛撫に思わず小さな喘ぎを洩らすと、口唇を口唇でふさがれて。
《そんな声で誘われちゃ、途中でやめられねえな》
《あ、あう……》
四つん這いにさせられ押し伏せられて、後ろからグッと突き入れられる。
何故か身体は喜んで相手を受け入れ、きゅっと締め付けている。
なんだ俺。
後ろで気持ちよくなりたいのか。
乱れたいのか。
《だ、駄目だ》
《大丈夫だ、おまえも良くしてやる。よく眠れるように、してやるから》
《そんな、あ……》
俺、そんなこと、望んでない。
望んでない、はずだ。
でも、それなら、身体の奥が濡れてくるこの感覚はなんなんだ。
淫らに動いてる腰は。くいしばった口唇は。
いや、気にすることなんかない。
退屈した身体と心が、勝手につくった空想なんだ。
ゆめまぼろしにいいも悪いもない。
身体が喜んでるなら、楽しめばいいんだ。
《嫌か?》
《ううん……》
もっと突いて。たっぷり注いで。ぐちゃぐちゃになるまで犯して……。
甘い掠れ声でつぶやきながら、刹那は見悶えた。
やっぱり恥ずかしい。
何を考えてるんだ、俺は。
犯されたいなんて。
いくらサイキック調整中の、不安定な精神状態だからって。
しかも、よりによって、その相手が……なんて。
でも、欲しい。
だから、今だけは。
……あ!

★ ★ ★

「お、刹那。やっと元気になったか」
数日後、やっと外歩きを許されて、いつものコスチュームをつけて出かけようとした刹那の髪をグシャリとかきまわす男がいた。
刹那はその掌を振り払った。声も冷たく、
「おまえには関係ない」
ガデスはむっと眉をつり上げた。
「なんだと。こないだぶっ倒れた時、誰が基地まで連れ帰ってやったと思ってんだ。この、できそこないが!」
刹那はギロリとガデスをにらみ返した。
「ふん。こないだは、たまたま調子が悪かっただけだ。それとも何か、ここで勝負をするとでもいうのか?」
「ほう。おめえがその気なら、やってやろうじゃねえか。来い、刹那」
「その言葉、後悔するなよ」
ガッと殴りかかりながら、刹那は安堵を感じていた。
本当の俺は、こうでなければ。
やはりこないだは、ちょっとおかしくなってたらしい。
少佐の言う通り、調整が必要だったんだ。
「ハッ!」
ぶつかる拳。
ん?
なんだ。おかしいぞ。
ガデスが、こんな風に軽く受け流すなんて。
あっ。手加減されてるのか。
ち、俺が病み上がりだと思って。
「貴様!」
更に繰り出した拳を、ガデスは楽にさばいて、
「マジになんなよ。こっちは本気を出さなくとも、おめえぐらいどうってこたあねえんだからな」
「なめるなぁっ!」

それでも、殴り、掴みあいながらも、刹那の胸はうずいている。
まだ、終わってはいないらしい。
本当の気持ちの、調整は。

(2000.11脱稿)

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Written by Narihara Akira
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