『質 問』

「きーすさま」
「うむ」
「ひとつしつもんしても、いいですか」
「質問によるが、何だ?」
「あのう……」
おずおずと見上げる、幼い瞳。
冷たい容貌とそっけない物言いから、一見他人を寄せつけないように思われるが、実はキース・エヴァンズは小さなサイキッカー達からずいぶん慕われている。街の保育所には、親の血の濃い子達が沢山いて、高い潜在能力ゆえの悩みを持っている。見回りにくるキースに近寄ってきて、こっそり打ち明け話をするのは珍しいことではなかった。つまり、特に子供好きでもない彼がそういう施設を訪ねてまわるのは、超能力者の未来をになう彼らを、迷わぬよう導くためなのだった。
今日キースに近寄ってきたのは、五、六歳ぐらいの短い金髪の少年で、そのつぶらな瞳は、昔の友を思わせた。
少年は頬をふくらませながら、
「あのう、すきなひとって、ひとりにきめなきゃだめなんですか」
キースは笑いをこらえると、重々しく質問を返した。
「誰かに駄目と言われたんだな」
少年はコクンと首を縦に振った。キースは少年の頭に掌を置いて、
「まあ、他人には一人といっておいた方がいいだろうな」
「きめられなくても?」
「それならしばらく内緒にしておくんだ。決められる時がくるまで」
「きーすさまは」
「うん?」
「すきなひとは……ひとりだけ?」
「ああ」
キースは苦笑し、それからふっと真顔になって少年の耳元に口を寄せた。
「一人に決めておくと、面倒くさくない」
少年は丸い瞳を大きく見開き、そしてうなずいた。
どうやら納得したようで、そのまま走り去っていく。
その背中を片手をあげて見送ったキースの背後に、ふっといつもの気配がして。
「そろそろお時間です」
突然現れた長身の東洋人を振り返って、キースは柔らかく微笑んだ。
「わかっている。帰る」

★ ★ ★

「終わった」
端末の蓋をパタンと閉じると、キースはデスクに身をもたせかけ、組んだ腕の中に頬をうずめた。
向かいで仕事をしているウォンの手が止まる。
「お疲れでしたら、先に休んでいていただけますか?」
「いや。別に疲れてはいない。キリがいいから止めただけだ。この仕事に本当の終わりなど、ないからな」
その声は落ち着いていて、嘘の響きはなかった。
ウォンも端末の蓋をそっと閉じた。
「キース・エヴァンズ」
「なんだ、あらたまって」
「私を好きになって、いいことがありましたか」
キースは眉を寄せた。
「君は大切なパートナーだ」
「いえ、そういうことでなく……」
ウォンがらしくなく言いよどむので、キースはふっと微笑んだ。
「やっと顔に出したか」
「なんの話です」
「ずっとすねていたろう」
「別に、すねてなんかいませんよ」
「きいていたな、昼間の内緒話を?」
ウォンは首をすくめた。
保育所での会話をきかなかったといえば嘘になる。そしてそれが心にかかっていたことも事実だった。だからウォンはひとつため息をついて、
「一人でもずいぶん面倒なんだぞ、と言われなくて、良かったと思っています」
「他人にはそうは言わない。本当に大変だとしてもな」
ウォンは一瞬つまったが、細い瞳をキラリとひからせて、
「そんなことを言うと、今夜はうんと意地悪くしますよ?」
「構わない」
キースが微笑んだままなので、ウォンは癪に触ったらしく、
「どうせ手加減すると思っているでしょう」
「いや、しなくていい。先に意地悪をしたのは僕の方だからな。君がきいているのを知っていた。だから、本当のことを言わなかった」
「本音ではないとでも?」
「嘘を言った訳ではないが」
キースはウォンの表情を面白そうにうかがいながら、
「沢山の男女をはべらせてきた人間はどうか知らないが、決まった一人の人間を好きだと思うと、僕は落ち着くがな?」
「それが、この私でも?」
「そんなにききたいのか」
ウォンはふっと視線をそらした。
しばし沈黙がその場を支配する。
キースは軽く舌打ちして、
「君こそ僕が面倒なんじゃないのか? ひとりで充分だって思うぐらい」
ウォンはそれにも応えない。
無言の肯定に思われて、キースは声を荒くした。
「ウォン!」
眉間に深く皺を刻んだまま、ようやくウォンは口を開いた。
「キース様。ひとつ質問をしてもよろしいですか」
「なんだ」
ウォンは低く呟くように、
「答えられない質問をされた時には、どうしたらよいとお考えですか。質問返しでごまかせと? それともそのまま、ほうっておけと?」
キースはため息をついた。
ウォンの傍らに立って、その頬に手を伸ばす。
「そう思うなら、最初からきくんじゃない」
お互いこんなに好きなのに、という言葉を口づけに溶かしてしばし。
額をおしつけながら、キースは小さく呟いた。
「君をほうっておきたくないから……きくんじゃない」

(2004.10脱稿)

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Written by Narihara Akira
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