『陽のあたる場所』


「あ……んぅっ」
口唇を噛んで喘ぎをこらえつつ、キースの身体は緊張し、そして震えた。
ウォンにしがみついていた腕から力がぬけ、ようやく深い息を吐く。
キースの背中を支えて、ウォンもため息で応えた。
「ほんとうに素敵ですよ、キース」
囁きながらゆっくり抜こうとすると、キースは脚を絡めて引きとめた。
「おねだりを、しても、いいか……?」
「その台詞が、すでにおねだりですよ」
「そうだな」
ウォンの首を抱き寄せ、額をコツンとくっつける。
《ふたり、殺してくれないか》
ウォンは低く笑った。くちづけ寸前の距離で囁く。
「おそろしい人ですねえ、貴方は」
あれだけ手を尽くして愛撫したのだ、まだ快楽の海を漂っていていいはずなのに、その心はすでに、はかりごとに切り替わっている。
《これと、それから、この男を》
額を押しつけたまま、キースはウォンに二人の男のイメージを送った。
ウォンもテレパシーで応えた。
《出自の卑しい右翼の保守派と、その資金源の一人である、軍関係者ですね》
《僕が何をいいたいのか解るな、君なら?》
《ええ》
つまり、その二人を殺すと、アメリカにある超能力研究所の大半を、瓦解・消滅させることができるということだ。
なぜなら、こういう特殊な施設・施策というものは、民意のうねりによってつくられるのでなく、一部の人間、特に富裕層の私利私欲のためにできあがるからだ。
貧困層は社会に対して大いに不満をもつが、どういうわけか金満家や保守派に同意しやすい。なぜなら、ほんとうに貧しく、まともな教育さえうけられない者は、底辺から這い上がる術がないので、何が悪いのかを探求する心も意欲も持てないからだ。そのため、自分より少しでも低い存在と思うものを見くだすことで、なけなしのプライドを保って生きようとする。
そして保守派たちは、そういった貧困層の反乱をふせぐため、特定の層を、他の虐げられている者たちと分断、弾圧、殺害する。貧しさから生まれる悪意を「あいつらは差別しても、殺してもかまわないのだ」と別方向へ向けさせ、本当の敵から目をそらさせてしまうのだ。だから差別の理由はなんでもいい。肌のいろでも、性別でも、主義主張でも(たとえば社会主義者であるとか)、生まれた場所でも、そしてもちろん、特異能力でも。
つまり、明らかにいたぶるために超能力者を捕獲しているのであって、まともに研究しているのかどうかも怪しい施設が多すぎる。だいたい、生粋のサイキッカーをいくら研究したところで、もともと素質のない人間の超能力をひきだしたり、強化したりはできない。できたとしても、その寿命は大変短く、訓練された優秀な兵士にしたてるのは難しい。比較的使える能力といえばテレパシーとテレポートだろうが、超能力者同士の戦いとなれば、これも意味がないのだ。
正直なところ、金がかかるわりに得るところはわずかだということは、ウォンが一番よく承知している。
《ノアはまだ、その名で活動を続けているのだろう?》
《ええ》
キースの念に、わずかな焦りがにじんでいる。
もし、時間の余裕があって、政治的に正しく動ける状況ができているなら、地道に各所と交渉をすすめてゆくのもいいだろう。現在の超能力者への弾圧はいきすぎである、第一、自国における急務はそれではない、という世論の形成ができるかもしれない。
だが【秘密結社ノア】という、世間的に見ればテロリストの集団が存在している以上、その理屈は通しにくい。「最低限、あいつらは潰しておかなければ」という声は消えないだろう。しかも、バーンがその気になって総帥として動いているのであれば、簡単にノアは瓦解しないだろう。もし、新総帥のもと、更なる悲劇をひきおこしてしまうと、超能力者の未来は、さらに暗いものとなる。
《急がなければならない》
《そうですねえ》
《そして、その二人は、サイキッカーに殺させてはならない》
《そこが少々、難しいところですね》
サイキッカーが研究所創立関係者を殺してしまっては、「やはりサイキッカーは抹殺すべき存在である」と、憎悪と恐怖が上塗りされてしまう。タカ派の思うつぼだ。
《二人ともが難しければ、右翼保守派の方だけでもいい。犯人は、サイキッカーに関わることとは別の理由で殺人を犯さねばならないし、できればもう一人についても、動機がつながっているといい。そうすると連続して殺っても、不自然でなくなるからな》
《適当な人間を洗脳して使うということですね。できなくはない、ですかねえ》
ウォンが犯人として使える人間の候補を頭の中で探しはじめると、キースはその額に掌をあて、
《すまない、君にばかり苦労をかけて……しかしこの国は、世界の軍隊と平気で自称し、兵器としての超能力研究をして他国を威嚇している。だから、北アメリカが研究中止を決定すれば、他の国もおいおい止めていくはずだ。今の世界情勢では、戦争に不安定な能力を使うより、すでにある兵器を使っていく方が早いからな。情報戦も、テレパシーを使うまでもない時代だ。軍で司令官をやっている君にこんなことをいうのも、なんだがな》
《苦労などと。それはいいのですよ、キース》
ウォンは微笑んだ。
《軍を長く居場所とするのは良いことではありませんからねえ。そろそろ潮時でしょう》
それよりも。
超能力が遮断されている小部屋に閉じこめられ、情報が足りない中で、さまざまに思いめぐらしているキースに、ウォンはあらためて感嘆していた。
この青年は、伊達に総帥をやっていたわけではなかったのだ。
《それは違う。考えることが他にないからだ。だいたい、軍が研究につかう予算が縮小されれば、ここにある部隊も解散となるだろう。そうしたら、君が教えてくれた脱出経路も、必要なくなるかもしれないじゃないか》
《キース……》
元総帥がここにかくまわれているのを知られてしまった時、もしくはこの研究所そのものに危険が迫った時、どこをどう抜ければ安全に軍を出られるか、そのルートをウォンはキースに教えていた。いくら超能力をもらさぬ部屋にいるとはいえ、自分が不在の時にどんな事件が起こるか知れず、非常脱出経路のみならず、落ちあう場所もいくつか定めている。
《ほんとうは、君と一緒に、ここを出たい》
キースはウォンの腰をふたたび引き寄せる。
ウォンが呻きをもらすと、キースは甘やかな笑みをみせつつも、
《君はエミリオやガデスを、軍に連れてきているといっていたな》
《ええ》
《エミリオは安定しているのか》
《それなりに》
《だったら、何かあっても、ここから逃げることは可能だな》
《そうですね》
《ガデスは別に、ほうっておいても問題ないだろうな》
《もともと傭兵ですからねえ。どこでも何をしても、生きてゆけるでしょう。しかし、彼らが、そんなに気になりますか》
《いや、無事ならいい。どうせ私はテロリストだ、いつ危険な目に遭おうとかまいはしないが、同志がこれ以上死ぬのを見るのは、やはりさけたいからな》
《そうでしょうね》
《ところで、戦力になりそうなメンバーは、ノアにどれぐらい残っているんだろう》
《せいぜい、ベルフロンド兄妹ぐらいですかねえ》
《厳しいな。ブラド・キルステンは》
《貴方がいなければ暴走してしまいますからね。ソニアだけではとめきれないでしょう。それに彼女も、そろそろ限界です》
《そんなにもたないものか》
《いくら若くて強靱な身体も、負荷がかかりすぎれば壊れますよ。増幅装置を内蔵すると、文字通り命を削るのです。取り外し可能にすれば、もう少し保つのですがねえ》
《そういえば、前から不思議だったんだが》
《なんです?》
《君はなぜ、ソニアの忠誠を、僕に対して向けさせた? 利用するためなら、君に忠誠を誓わせればよかったはずだ。ミス・ライアンは、もともと君の部下だったのを、ノアへ連れてきたんじゃないか》
《彼女に対して、そういう興味がなかっただけのことですよ。余計な感情を植えつけてしまうと、いろいろと面倒ですし》
《そうか。あのボディは、僕よりも、君好みにこしらえてあると思ったが……》
《おやおや、あまりお好みではありませんでしたか》
キースは薄く笑った。
《僕が好きなのは、君だからな》
《おやおや。嬉しがらせですか》
《嬉しがらせじゃない。僕がここを出たいのは、もっと君といられるようになるだろうと思うからだ》
キースはさらにきつく、ウォンの腰を引き寄せる。
《籠の鳥がいやだとか、陽のあたる場所にでたいというわけじゃない。でも、君とゆっくり、愛しあえるように、なりたい……》
ウォンは再び呻いた。
腰のあたりで熱く蠢くものを、もう、こらえきれなくて。

★      ★      ★

「よう。ご機嫌か、刹那?」
「さあな」
軍の食堂で、ランチの大盛りをかきこんでいる刹那の前に、ガデスは腰をおろした。
「なにをそんなに慌ててやがる」
「俺は忙しいんだ、貴様と違ってな」
刹那は顔もあげずに応えた。
「いつもどおり、大将のおつかいってところか」
「だったらなんだ」
「いや。忙しいっていうワリには、顔色も悪くねえなあ、と」
「心配されるようなことは何もない」
「そうか?」
「最近は、ちゃんと可愛がってもらってんのか」
刹那は顔をあげた。
「殴られたいのか? それとも、こんなところで俺に体力を吸われたいか」
ニヤリと笑う。自信に満ちた顔だ。
ガデスは首をすくめた。
「オマエがどうしてもやりたいってんなら、いつでも来いや」
「だから、そんな時間はないといってるだろう」
刹那はガタンと立ち上がり、きちんとトレイを返して食堂を出て行った。
ガデスはため息をついた。
「刹那、よ……」
オマエの気持ちは、わからなくもねえよ、と。
どん底の生活から抜け出すために軍に志願してきて、そこで特殊能力を見出され、肉体的にも可愛がってくれる男を見つけた。無条件でなつくのも無理はない。喜怒哀楽の表情が豊かになって、だいぶ人間味のある男になった。リチャード・ウォンにこき使われたところで、自分が期待されている証、むしろ本望ぐらいに思って、楽しんでいるのだろう。
だが。
「それが空元気にしか見えねえんだよ」
仕事に打ち込んでいれば、空しさをいっとき忘れることができる。
抱きしめてもらえないのも、お互いが忙しいからだと誤魔化せる。
しかしそれを指摘したところで、余計な世話でしかない。
だいたい、刹那の心はウォンにある、ガデスのいうことなどきくわけがないのだ。
からかって気をひくぐらいのことしか、してやれない。
そして刹那がどうなろうと、彼にはなんの責任もない。
「どうしようも、ねえよなあ」
ガデスも食堂を出た。
いつもの葉巻をくゆらせながら、新兵の訓練場所へ向かう。
「大将がどう手綱をひくつもりなのか、お手並み拝見ってところだな」
見ているだけしかできないのなら、それを楽しむというのもアリだろう。
おそらく刹那は、その名のとおり、そう長くはもたないだろう。
軍の機密なのだ、もし長くいきられても、一生、籠の鳥でしかいられない。
どう頑張っても、陽のあたる場所へは出られないのだ。
だったら、今のうちに、もっと楽しんでおけばよいものを、とガデスは思う。
「それこそ余計なお世話ってもんだな」
苦笑しながら首をふり、菫色の瞳の残像を、脳裏からふりはらって――。

(2011.10脱稿)

《サイキックフォース》パロディのページへ戻る

Written by Narihara Akira
http://www5f.biglobe.ne.jp/~Narisama/