『ひとり』

どちらかというと、される時は、オーソドクスに先に達かせてもらうのが好きだ。
軽くいっぺん達して、その余韻のさなか、敏感になっている時に強く求められるとたまらない。頭の中が真っ白になる、意識がとぶ。ウォンがこんなに夢中になってる、こっちが燃え上がるまで待っててくれてたんだと思うと、喜びはいっそう深い。
する時は、なるべくウォンを先に達かせない。達した後だと歯がたたない時があるからだ。言葉でいじめてなるべく焦らすようにするが、あまりの狭さ、あまりの名器っぷりに、先に達かせてもらうとそのまま力尽きてしまうこともある。ウォンに続きをねだって欲しい時もあるが、それこそ御期待に添えない時もあるので、そういう時はあきらめて、抱きしめていてもらうのだが。
普通なら萎えたりゆるんだりするところなんだろうに。
「なんて淫らなことを考えてるんです」
「ん?」
キースはぼんやりウォンを見上げた。
これからベッドに入ろうと思い、服を着替えている途中だった。
心が緩んでいて思考が洩れたことに気付いたが、それでも特に表情も変えず、
「本当のことだろう」
「私におねだりして欲しいんですか、キース様」
「君だって、僕にねだって欲しいだろう」
「それはもちろん」
「それなら同じだろう」
ウォンはほんのり頬を染めて、
「あんな感じきっている時に、どうねだったらいいんです。狂ってしまいますよ」
「そうだな、僕のなんてひとたまりもなく食いちぎられるだろうな」
「またそんなことを」
「他の誰にも許したことがないから知らないだろう。すごく、いいんだぞ」
「……欲しい?」
うっすら瞳を潤ませて、淡く期待しているようなウォン。
キースは首を振った。
「いや。普通に抱いてほしい」
「おやおや」
安堵の表情になってウォンはくちづけ、キースを抱きしめる。
だか、されるままになる恋人に、ふと眉を寄せた。
「なんだか元気がありませんね」
「そうか?」
「また少し骨休めでも」
「遊びに行けと?」
「気分転換ですよ」
「いや、外へ行くより、自分の部屋で二、三日、誰にも邪魔されずにぐっすり眠りたい」
ため息まじりに呟くキースの髪を撫でながら、
「基地内にいれば、やはり仕事をする羽目になりますよ」
「そうだな。だが、外へ一人で出してはくれないだろう?」
「二人では駄目ですか」
「いつも一緒だと、家族みたいになってしまうだろう」
「私の顔など見飽きましたか」
「いや。骨休めというなら、安心できた方がいいから、一緒の方がいいが」
「では、キース様がゆっくり眠れる宿を探しておきましょう。それで、私はなるべく邪魔をしないように、控えていましょう」
「いいのか、それで」
「ええ」
「じゃあ、頼んでおくか」
「承知いたしました。それで、今晩は普通に、ですね」
「うん」
「こんな敏感な身体を、軽くいかせるだけにするのは、実は結構難しいんですよ」
「やはりいやらしいのは君の方だな、ウォン」
「誉め言葉として受け取っておきましょう。ではさっそく」
「あ……ん」

★ ★ ★

病気でもないのに一日中ベッドで暮らすのは、ほとんど初めてのことかもしれない。
外は積もった雪のせいで、とても静かだ。
一足はやく冬が来る国に来ている。キースの旅の好みにあわせてのことだ。
彼は枕元に分厚い本で城をつくり、好きなところから崩す。眠くなってくると瞼を閉じ、起きるとまた続きを読む。空腹を感じたら、階下へ降りていって軽くつまむ。冷肉にパンに野菜たっぷりのスープが二種類。切るだけ暖めるだけですむものが用意されている。
このバンガローに来た時、ウォンが言った。
「入りようなものがあったら呼んで下さい。隣のバンガローにいます」
「一人で一つずつ使うのか」
「私が同じ宿にいたら、一人で静かにしていられないでしょう?」
「それはそうだが」
「もうちょっと手の込んだものが欲しいとか、食事時だけ一緒に、というなら、私のバンガローの方へいらして下さい。準備します」
「君も自炊するのか」
「ええ。お籠もりのおつきあいですから。食事は一日に一度、こっそり一階に運んでおくつもりですが、ご自分でおつくりになるなら、多少の備蓄もありますからご自由に」
「わかった」
「何日でもお好きなだけ、心ゆくまで眠ってくださいね」
「うん」
最初の一日は、ほんとうにこんこんと眠った。
こんなに疲れが溜まっていたのかと、自分で驚くほどだった。
二日目は少し起きていられるようになった。退屈を感じると馬鈴薯に切れ目を入れてバタを落として焼いてみたり、バンガローの中をスケッチしてみたり、洗濯をしてみたり。
元々、ひとり遊びは得意だった。人群れに混じるのが好きなのと同じぐらい、一人の時間も愛していた。基本的に日常生活で困ることなどない。誰かさんに甘やかされているので勘がにぶっているきらいはあるが、なんでも一人でできるのだ。
そして、三日目の夜。

「まだ、起きているな」
斜面の上の方にたっているもう一つのバンガローの明かりが、まだついている。
キースは窓辺に立って、グラスを傾ける。炭酸でスコッチをほどよく割ったものだ。
実は、一人で飲むのが好きだったりする。そんな習慣はなかったはずなのだが、ウォンのいない夜にたしなむ癖がついてしまい、物思いにふけりながら、ほんのり身体を暖めて眠るようになっていた。
そのせいか、ウォンと外で食事をしたりすると、「意外にお強いですね」とからかわれたりする。酒量は増やすまいと思ったのだが、増えている。危険な徴候だろうか。
あのガラス窓の中で、ウォンはいま何を考えているんだろう。
何をしているんだろう。
いつものように仕事か、それとも僕と同じように休暇を楽しんでいるのか。
それとも明日の献立でも準備しているのか。
「あ」
向こうの窓の明かりが、ふいに消えた。
ウォン。
本当に、ひとりでそこにいるよな?
キースは我ながらその妄想に驚いていた。
何を考えている。
ウォンは馬鹿じゃない。僕がこんな近くにいるのに、誰かをひっぱりこむ訳がないだろう。
やれやれ。
外でしてきて構わない、といつもウォンに投げつけているくせに。
三日顔を見ないだけで、情緒不安定か。
わざわざ別のバンガローをとったのは、ウォンの手だろうに。いつでも会えますよ、と言いながらわざとこちらを避け、恋しく思わせるためだ。
その罠にみすみすはまっているのだ。癪にさわる。
ウォンが寂しくなって、向こうから会いにくるまで、もうちょっと我慢してやれ。
キースはやたらに杯を煽った。
だいぶ酔いが回ってきたところで、ベッドへ倒れ込む。
もう寝てしまおう。
眠るためにここへ来たのだから。

「ん……?」
すぐに目が醒めてしまった。
昼間も眠っているので眠りが浅いのだろう。
少し外でも歩いた方がいいのかもしれない。
夜の雪山を散歩するなど、危険極まりないかもしれないが、探検心がむらむらと湧いてきて、キースは外へ出た。
近くに自然に湯が湧いているところがあるときいた。つかってみると気分が変わるかもしれない。
簡単に仕度をして、キースは雪の中に一歩を踏みだした。
「……ここか」
思ったよりあっさり、そこは見つかった。
星あかりのもと、ゴツゴツとした岩場に、静かに溢れている半透明の湯。
手袋をとり、湯温を確かめてみる。やや熱いが、そのまま入って大丈夫そうだ。脱いだ服を濡れないように重ねてから、そっと足をつけてみる。
ジン、とする。
ゆっくりと身体をひたし、湯の中に全身を浮かべてみる。
気持ち、いい。
思わずため息が洩れた。
全身を赤い血が勢いよく駆け回っているのを感じる。
木々の隙き間から見える深い星空。
火照る頬を冷やす夜気。
甘いような湯けむり。
痺れるような解放感。
死んでしまいそうなほど気持ちがいい。セックスの快感にも匹敵する。
ウォンとしている時、死んじゃいそう、と思わず口走ったら、逝かせてあげる、と囁かれたっけ。絶頂の最中に死ぬ人間もいる訳だし、冗談にならないぞと思ったが。
本当に。
このまま気を失って、しまいそう……。

「だめですよ、こんなところで眠っては」
はっと気付いた時、乾いたタオルの上で寝かされていた。
ウォンだった。
冷たいタオルが額にあてられている。
「ぐっすり眠ってくださいとはいいましたが」
湯当たりをして、介抱されていたのだった。
「気持ち、よくって」
掠れ声で応えると、ウォンは苦笑いした。
「酔ったまま湯につかるなんて、危険極まりないことを。貴方らしくありませんね」
「そういう教育はしていませんよ、か?」
キースは身を起こそうとしたが、眩暈を感じてやめた。
「よくここがわかったな。秘湯探索か」
「眠れなくて散歩へ出たら、貴方の足跡を発見してしまったもので。なにやら嫌な予感がすると思ったら、当たってしまいましてね」
「お目付け役の面目躍如だな」
「休んでいただくために人目を避けただけですから」
「まったく堅苦しいな。せっかくだから君も入っていけ」
「貴方が倒れているのにですか」
「もう大丈夫だ」
キースはウォンの肩に手を伸ばした。首にしがみつき、火照ったままの裸身をウォンの胸にうずめる。
「ひとりでも気を失うほど、いい時があるな」
「そのようですね」
「君は、どうなんだ」
「はい?」
「ひとりで、鎮めていたのか?」
潤みきった青い瞳。あえかに開いた薄い口唇。
ウォンは目をつむった。
「私のバンガローへ、来られますか」
「その前に、ここで欲しい」
「身体が冷えてしまいますよ」
「一緒に入ろう」
「湯が汚れます」
「もう汚れてる」
「そんなに欲しかったんですか」
「君は、ぜんぜん寂しくなかったのか?」
「キース」
黒々とした瞳も、熱く燃えていた。
「そんな誘い方……ずるいですよ」
湯けむりの中で甘い嬌声が響き、淫らな水音がしばらく続いて。
ひとしきりの戯れの後、二つの人影はもつれあうように山道を引き返し、一つの山小屋へ向かった。
あかりが一つともり、そしてふっと消えた。

すっかり満足して、甘い余韻にひたる明け方。
そっと胸にもたれかかってきたウォンがとろりとしているのに気付いて、キースはなんともいえない気持ちになった。なんとしてでもかしずきたがるこの恋人の、肩の力がすっかり抜けている時はめったにない。疲れているに違いない。優しく抱きしめてみると、その腕の感触を味わうようにじっと動かないでいる。
僕を信じて、安心してもたれかかってくれているんだ。
ウォンの体温だけで、こっちもとろけてしまいそうだ。
いいな、こういうの。
こういうのが一番好きだ。
きつく抱きあってる訳でも、むさぼりあってる訳でもないのに、いつもより深くウォンとひとつになっている気がして。
何か言ったり余計なことを考えたりせずに、このままずっと抱き合っていたい。
本当はどんなに君を好きか、いつもうまく言えないけど。
この一体感を君も、感じてくれているといいな。
「……気持ち、いいですよ……」
本当に小さな呟きが、キースの胸に落ちる。
その言葉でいってしまいそうになり、キースは喘いだ。
「ふふ」
ウォンはキースの細腰へ腕を回して、
「いつも一緒だと慣れてなにも感じなくなってしまうなんて、ほんと、嘘ですね」
「ウォン」
「なんです」
「本当にここに一人でいたんだな」
「いましたよ?」
見渡したところ、バンガローには他人の痕跡がない。匂いもしない。ただウォンの淡い体臭がするだけだ。
「そんなに僕が好きか」
ウォンは目を伏せた。
「ひとりでいると、貴方のことばかり考えてしまって、仕事がなかなか手につかなくて」
何かを反芻しているような声音で、
「でも、貴方のことをひとりでゆっくり考えていられるのも、悪くないなと」
「いやらしい男だ」
「キース様は、私のことなんて思い出しもしませんでしたか?」
「ああ、といったらどうする?」
「昨日、あんなに欲しがったのに?」
「アルコールのせいだ」
「そうですか」
ウォンは相手の背を撫でながら、
「では、今日はここでぐっすり眠って、夜、二人で飲みましょう。過ごしすぎないようにね。いかがです?」
「わかった」
ひとりの人間のようにくっついて、不思議な合一感の中で、二人は再びとろとろと眠りに落ちる。小さな呟きが洩れるのは寝言だ。
「ウォン……」
「はい……寂しかったです……」
「わかってる……好き……。」

(2003.7脱稿)

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Written by Narihara Akira
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