『きらきら』

「もうすぐお誕生日ですね。ご所望のものはありますか」
夕食の席で、ウォンはなにげなくそう切り出した。
キースはチラリとウォンを見ると、フォークを静かに動かしながら、
「君以外、なにもいらない」
「本当に?」
「ああ。君が欲しい」
ウォンは薄く頬を染めた。
「私はとっくに貴方のものですよ」
「君がいれば、僕はなんの不自由もない。そうだろう?」
平然といいきってキースは顔をあげた。ウォンは微笑んだ。
「では、その日はすこし、いつもと違うサービスをしましょう」
「サービス?」
「ええ。貴方の時間を、私にすこし分けてくださいますか」
「かまわない。それは君の時間でもあるからな」
「そうですねえ。では、私の趣味で」

誕生日の日、キースはウォンに連れ出された。
ウォンはこじんまりとした店のドアを叩くと、キースを中へ押し込んだ。
「なんだ、美容室か、ここは?」
キースは首を傾げる。
「当たらずといえども、遠からず。ネイルサロンです」
「なるほど。いわれてみれば」
「コートを脱ぎますか」
「ん? ああ」
ウォンはキースのコートを受け取ると、壁につるした。
「客がいないな。店員も。なぜだ?」
「この時間を貸し切りにしただけです。店員にも、席をはずしてもらいました」
「何をする気だ」
「昔の話ですが、実は心得がありまして。正しく使えば、マニキュアは爪の補強になりますから」
「まさか君が? 僕の爪を塗るのか?」
「おいやでしたら、カラーはやりませんが。どうなさいます?」
そういうサービスは予想外だったが、キースは面白く感じた。
「お手並み拝見、といこうか」
「では、遠慮なく」

伏せた貝殻の形をした器にウォンは湯をはった。
「これで掌をあたためていてくださいね」
「うん」
器に掌を置いて、キースはあらためて店内を見回した。ウォンの後ろの棚に、様々な色のマニキュアの小壜が並んでいる。
ウォンはキースの掌をとると、コットンでさっと消毒した。
「貴方の掌は、ほんとうに綺麗ですね」
キースは首をすくめた。
「荒事をしてきた割には、華奢だとよくいわれる」
「爪も綺麗です」
「まあ、防犯上は伸ばしていた方がいいのだろうが」
「が?」
「万が一、君を傷つけてはいけないから」
ウォンは微笑んだ。
「嬉しいですねえ、心にかけてくださって」
ヤスリをかけてキースの爪先を滑らかにしてゆく。
「貴方が背中にしがみついてくれるのは、たまらない喜びですから、爪の痕ぐらい、ついてもかまわないのですがね」
ペンだこを削り、甘皮をとり、爪をさらに滑らかに磨いてゆく。そしてもう一度拭く。
「どこか、しみたりしていませんね?」
「痛みはない」
「ご希望のカラーはありますか」
「君の好みでいい。まあ、あまり毒々しくなければ。できれば自然な色で」
「ピンクかベージュか、白も面白いですかね……あとはラメとか」
ウォンは棚からいくつか色を取り出してきた。セロファンの上に色をのせて、キースの爪に置いてみる。
「どれにしましょう」
「白はたしかに面白いな。銀に近い感じだ」
「では、あなたの髪の色で。少しラメも重ねてみましょう」
すっかりきれいにした指の先に、ウォンはまず透明なベースを塗り始めた。
その筆さばきに、キースはちょっとみとれた。
「君は絵を描いたりもするのか」
「あまりそちらの方面は熱心ではありませんが。なぜです?」
「それだけ細い筆がうまく扱えるものなら、絵もうまいだろうと思ってな」
「ご覧になりたいというお話でしたら、努力してみますが」
「いや、無理をしなくていい」
マニキュア独特の匂いはあまり気分のいいものではなかったが、ウォンが優しく自分の手指をつまみ、神経を集中させて塗っているという場面には、不思議な心地よさがあった。キースは恋人の手に、すべてをまかせきっていた。
「ラメを重ねると、下の色も長持ちしますからね。トップを塗ったら、最後に速乾剤をたらします」
「うん」
仕上がった指先をみて、キースはホウ、とため息をついた。
きれいだ。
男がマニキュアなど、とも思ったが、キースの白い指に、その銀色は意外に似合った。
しばらく落としたくない、と思えるほど。
「悪くない」
「お気に召してよかった」
ウォンは一式を簡単に片付けた。キースはその様子を見ながら、
「この後、どこか行くのか?」
「行きません。だって貴方は、これから二時間、何もできないのですよ」
「二時間?」
キースは耳を疑った。ウォンはこともなげに、
「速乾剤をつけましたから、表面はすぐ乾きますが、マニキュアが定着するのにそれぐらいはかかるのです。しばらく何も握れませんよ。触ったらヨレてしまいますから。ポケットから鍵を出すことすらできませんよ。コートだって、ひとりでは着られない」
「そんなに面倒なものなのか、マニキュアというのは」
ウォンはニッコリ微笑んだ。
「光をあてたら固まる素材や、つけ爪が主流になっているようですが、本来的にマニキュアというのは有閑階級のたしなみですから。私が知っている技術も、最初に申し上げたとおり、新しいものではありませんので」
「コートも着られないのでは、帰ることもできないじゃないか」
「そんなことはありません」
ウォンはキースのコートを腕にかけた。そしてキースの腕をあげさせると、その胴に腕を回した。
「帰ります」
次の瞬間、二人は自分たちの私室へテレポートしていた。
「乱暴だな、君は」
キースは腕を降ろした。
幸いなことに、マニキュアは崩れていなかった。
「ヒーターの前にでも座っていてください」
「乾かせと?」
「お茶をいれてきます。喉が渇いてらっしゃるでしょう」
「飲めるのか、僕は」
「そこそこ、気をつけてくだされば」
「では、何もできないわけではないな」
「それでも書類やキーボードに触れるには、まだ早いですね」
「僕は紅茶より、ホットワインがいい」
「かしこまりました」

ウォンがこしらえた飲み物で身体があたたまると、キースは眠くなってきた。
しかし服も脱げないし、うたた寝すれば爪がどこかに触れるだろう。
ため息をつくと、ウォンが首を傾げた。
「どうなさいました?」
「することがないと、時の進みは遅いな」
「夕食にしますか」
「まだ早い」
「眠そうですよ」
「寝たくはないんだが」
「そうですか」
ウォンは眼鏡をはずすと、テーブルにおいた。
「では、すこし早いですが、本日のメインディッシュを」
「え?」
ウォンの口唇が、優しくキースを吸い上げた。
「メイン……って」
「誕生日にも、君が欲しい、とおっしゃったじゃありませんか」
キースは潤んだ瞳でウォンを見つめた。
「でも、シャワーを使ってない」
「でかける前に、お使いになりましたよね」
「触ったらマニキュアがよれるんじゃなかったのか」
「そこらへんは大丈夫なようにします」
「服も脱げないはずじゃ」
「全部脱ぐ必要なんて、ないでしょう?」
「あ、ん」
キースは低く呻いた。
息が乱れる。喘ぎは少しずつトーンがあがってゆく。
服の前はゆっくり乱され、露わになったところに口唇が押され、指がしのびこむ。
「ォン……ほし……」
「あわてないで。今日は、淫らな私を堪能していただきたいのです」
「みだらなのは、僕の方だ……っ」
「ふふ。もっとよくしてあげますからね」
ウォンはキースをベッドへ運び、念入りな愛撫でさらに、乱れさせ――。

「もう、大丈夫か?」
きらりと光る指先を見つめながら、キースは呟いた。
ウォンはうなずいた。
「すっかり乾きましたから、触ってもかまいませんよ。熱湯をかけたりすれば溶けてしまいますが、シャワーぐらいなら平気です」
「じゃあ、ほんとうの夕食の前に、浴びてくる」
「その間に仕度をしておきますね」
「わかった」
キースは服を整えながら、
「最初からああするつもりだったのか?」
「さあ」
ウォンは微笑む。
「それに貴方は逃げようと思えば、いくらでも逃げられましたよ。手を軽くバリアで保護して服を脱ぐことだってできますし、サイコキネシスで部屋の鍵を取り出すことだって。何もできないというのは、言葉の綾ですよ」
「そうか」
キースは睫毛を伏せた。
「汚したくなかったんだ。せっかく君が塗ってくれたし、気に入ったし、きれいだし……ずっと、このままでいられたらいいのに、と思って」
「いられますよ」
ウォンはそっと恋人に寄り添った。
「食後のデザートに、とろけるような愛撫が待っていますから。お楽しみに」

(2009.1脱稿)

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Written by Narihara Akira
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