『殺 意』


「そういえば、大変皮肉なことに、アメリカ陸軍内に《超能力者部隊》というものが組織されているそうですよ」
ウォンがそう持ち出すと、キースはやっと興味をひかれたような顔をした。
「何をさせているというんだ、サイキッカーに」
「いえ、彼らはもともと人間なのですよ。潜在的な超能力を鍛えて兵士にしたてているようです。遠隔透視や瞬間移動によるスパイ活動、予知能力による危機回避、サイコキネシスによって、武器も相手に触れることもなしに倒す、テレパシーによる洗脳……」
「そんなことが、人間にもできるというのか」
キースがけげんそうに目を細めると、ウォンはうなずいた。
「まあ、技術的にはそのように改造できないこともないのですがね、現時点でのリスクの高さは、ソニアをごらんになれば、おわかりでしょう」
「人の身体のぶぶんを、ほとんど残せないということか」
「しかしまあ、技術というものは、常に向上させることができますからねえ」
キースは目を細めた。
「ふむ、連中、我々を弄ぶだけでは足りないということか。だが何故だ? 超能力者対策か? 我々と戦うためなのか」
ウォンは静かに首をふった。
「主にテロ対策の一環として存在しているようですよ。相手の戦意を喪失させることを第一の目的とするなら、超能力は有用ですから」
「なるほど、まつろわぬ民への憎しみか。彼らとは宗教的にも相容れまい。大量破壊兵器などもっていなかろうと、最後のひとりまで戦い続けるはずだな」
「いえ、端を発したのはもっと昔のこと、ベトナム戦争直後のようですよ。朝鮮戦争の勝利で気をよくしていたアメリカが、ようやく他国への武力介入の愚かしさに気がつきはじめた頃、当時流行のニューエイジの思想などとあいまってうまれたようです。ゲリラによる徹底抗戦に疲弊した米軍は、ベトコンに敵意を向けたところで何も解決しない、僧のような慈愛をもって彼らの前に立てば、新たな世界が開ける、と考えたようですよ。そしてジム・チャノンという男が書いた《第一地球大隊マニュアル》という教則本にのっとって、サイキッカー兵士たちは、ヤギをにらみ殺す訓練をしたそうです」
キースはため息をついた。
「なんと愚かなことを。ヤギは生け贄の比喩か」
「アメリカらしい、暗黒面というのでしょうね。しかも彼らの存在を映画にして、昨年から公開しているようですよ。そんなところも、彼ららしいやり口です。そんなバカなと思わせる、一種の情報操作……超能力者を兵器として利用しようと試みたことなど、なかったかのように、見せかけるための」
「そんなくだらないことのために、同胞たちは死んでいったのではない」
「ええ、もちろん」
「それで、君は何をするつもりだ」
「何を、とは」
「その超能力者部隊に興味があるのだろう?」
「まさか」
ウォンはほがらかに笑って、
「彼らは私たちの敵ではありませんよ。能力差がありすぎます」
「ではなぜ、そんな話を持ち出した」
「先程から、どうも貴方がうわの空でしたので、変わった話ですこし興味をひこうと思っただけです」
キースは顔を伏せた。
「そうだったか、すまない」
「謝る必要はありませんよ。お疲れなのでしょう。今夜はそろそろ休みましょう」
「そうしよう」
キースはデスクの上を片付けて立ち上がり、それから低く呟くように、
「シャワーは、夕食の前にすませてある」
「だいぶ時間がたっていますねえ。気温も高い時期ですし、もう一度汗を流してからお休みになられては?」
キースは首を傾げ、上目遣いでウォンを見つめる。
「僕の汗のにおいは、がまんできないか」
「いえ、むしろそそられますが、貴方はいいのですか?」
「してからシャワーを使う方が、合理的だと思うが」
「そういう気分なのでしたら」
ウォンはキースの顎に手をかける。
「貴方がよく眠れますように、しますね」

★      ★      ★

一汗流したキースはもう、安らかな寝息をたてているが、そのかたわらのウォンの細い瞳は薄闇をじっとにらみつけている。
ぎこちない誘い方ではあったが、今夜のキースはずいぶん息を乱した。
何度も求められて、ウォンはそれに応えて若い官能を鎮めたが、その心は別な意味で乱れていた。
さっき、うわの空のキースが何を考えていたか、ウォンは知っているからだ。
二人の関係が落ち着きはじめたからか、最近のキースはすこし、氷の鎧をゆるめている。そのため、考えていることが、うっすらのぞけてしまうのだ。
《バーンがここにいたら、十八歳の誕生日を、祝いたかったな……》
寂しげな顔でキースが思い浮かべていたのは、慎ましい贈り物と二人だけのパーティー。「人生の大切な節目の日こそ、一緒にいたかったのに」などとぼんやり考えていたキースに、ウォンの心は燃え上がった。
たしかに彼は、貴方の親友だったかもしれません。
しかし彼は、その想いに値する存在ですか?
貴方を裏切り、傷つけ、捨てていったのではありませんか。
「バーン・グリフィス。二度と私たちの前に姿をあらわさないでください。殺しますよ」
正直、今すぐにでも所在をつきとめて殺したい。
大剣を突き通し、全身切り刻みたい。
キースがどれだけ悲しむかわかっているから、その衝動を抑えつけているだけだ。
だが、いつまで堪えていられるだろうか?
なにしろ、バーンのことを思っていた夜は特別、キースは燃える。
「私は身代わりなのですか? 優しく慰めてくれれば、誰でもよいのですか」
わかっている、キースがバーンに抱いている気持ちは、裏切りとして責められる種類のものではないことを。
しかし、この世界すべてが自分のものだというのに、十六歳も年下の若い恋人の心だけがままならないという事実が、ウォンをひどく苦しめていた。
もし、二人が再会するようなことがあれば……そして万が一、和解するようなことがあれば……二人とも重ねて、八つ裂きにしてしまうかもしれない。
それぐらいウォンは我を忘れていた。深みに足をとられていた。
しかし、嫉妬に狂う心の底に、ウォンは新たな企みを抱えていた。
先ほどキースにもちかけた、軍サイキッカー部隊の話。
実はすでに、軍に働きかけていた。
幾人かのサイキッカーを提供することを条件に、特殊部隊の司令官として任官する手はずを整えている。
もちろん、いつまでも米軍内にいるつもりはない。内部の偵察と、ノアではできない実験をするためにのりこむのだ。どんなに茶化されたところで、超能力者部隊の存在が軍の最重要機密であることにかわりない。つまり予算だけは潤沢にあるのだ。使わない手はない。敵の資金を奪って弱らせることも、同志たちの無念をはらすことに通じるだろう。
「私を失ってから気づいても遅いのですよ、キース?」
発作的に、キース本人を殺してしまいたいと思う時すらある。もし私が姿を消しても、親友が去っていった時ほど嘆かないのでしょう、などと考えてしまうと――。
「ん……」
キースの目蓋が震えた。
「どうしました?」
ウォンが優しい声をかけると、キースはそっと身を添わせてきた。
「欲しいのですか、また」
「ううん。君がいるのを、確かめたかった、だけだから」
甘え声に、ウォンは表情を和らげた。
「ええ、今日も朝までおりますよ」
ウォンはそっとキースを腕の中にくるみこむ。
「うん。ずっといて」
ウォンの体温を味わうように、キースはじっとしている。ウォンはため息をついて、
「そんなに可愛らしく甘えられてしまうと、私の方が我慢できなくなってしまいますよ?」
「いい。君になら、何をされても……」
「ひどいことをするかもしれませんよ」
「僕を欲しくって、するんなら、いいよ」
「本当ですか」
反射的にそういってしまい、ウォンは苦笑した。
貴方はまだ知らない。
他人の心を手に入れるために、どんなにひどい方法が使えるかということを。
だからこそ無邪気にそんなことがいえてしまうのだ、さして愛してもいない相手に。
「ウォン」
キースは眠そうな顔を、ウォンの胸にうずめた。
「君がいなかったら、今日まで生きてこられなかったと思うから、いいんだ」
ウォンはキースを強く抱きしめた。
「だからといって、貴方の美しい肌を私に差し出さなくても、よいのですよ」
「そういうつもりじゃない、けど」
キースはウォンの腰にそっと腕を回した。
「あたたかな腕の中で死ねるなら、そんなに、悪くない、かもしれない、じゃないか」
本当に、殺されてもいいと思っているのか。
そんなに私が欲しいのか。
「貴方が昇天させてほしいなら、息もとまるような、最上級の快楽を与えましょう」
「ほんとうは、いつもどおり、優しく、してほしい……それだけで、僕は……」
呟きと共に押しつけられた腰は、すでに熱くなっている。
ウォンはキースの喉をそっと撫でながら、
「では、うんと優しく、死なせてあげましょうね」



*注:作中でウォンが言及している映画は、ジョン・ロンスンのノンフィクション『実録・アメリカ超能力部隊』を原作としたコメディのこと。日本でもこの8月から『ヤギと男と男と壁と』の題名で公開されます(http://www.yagi-otoko.jp/)


(2010.7脱稿)

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Written by Narihara Akira
http://www5f.biglobe.ne.jp/~Narisama/