『輪 廻』

その朝、ウォンはホテルのラジオのスイッチをひねった。
人がいる気配の演出には、音をたてておくのが一番で、旅先ではよくこうしている。瞬時に姿を消す能力のある人間にアリバイなどは必要ないのだが、平均以下のホテルの場合、隣室の気配に耳をそばだてている人間は少なくないからだ。
朝から艶っぽい話を流している。
「銀婚式の翌日に、ママが僕に送ってきたメール。――“昨日の夜は、たくさん可愛がってくれて、とっても嬉しかったわ。今度うまれてきた時も、お嫁さんにしてね。いつも、ありがとう。”――そのあと、あわてて“みないで。さっきのメールは間違い”って」
ウォンはうっすら微笑を浮かべながら、窓の外を見た。
冷え込む朝にふさわしい話だ。
自分がそんな台詞をきくことは一生ないだろうが、それでもこの上なく幸せだ。
私の愛しい人は、もっとずっと素敵なのだから。
さて、そろそろキースを起こそうか。
昨夜はずいぶん焦らして泣かせてしまったので、起きられないかもしれないが。
ベッドに近づくと、キースはけだるく腕をあげて顔を隠し、日差しから目を守っていた。
「おはようございます」
「……うん」
目はさめているようだ。
「動けますか」
「たぶん」
「つらいところはありませんか」
「つらくはない。ただ」
キースはため息をついた。
「身体の芯が、まだ、しびれてる……」
快楽の余韻が強すぎて、動きたくないらしい。
「では、もうすこし休んでいますか」
「うん」
「朝食はどうしますか」
「まだいい」
「私は、もう少しここにいた方がいいですか」
「うん」
素直な返事に驚いて、ウォンはキースのベッドの傍らに腰をおろした。
「そんなに、よかった?」
「君をこうして、ひきとめてしまうぐらいには」
たしかに。
いつものキースなら、ウォンの仕事をとめはしない。
二人でやってきたが、それぞれ別々の目的があってのことなので、ウォンがでかけるなら、いつものキースなら快く送り出したろう。「待っている」ぐらいの可憐な台詞なら吐くこともあるが。
顔を覆ったまま、キースは呟くように、
「ウォン」
「どうしました?」
「僕にもいえたらいい、と思った」
「なにをです?」
「うまれかわりを、まったく信じてないわけじゃない。だが、新しい人生というのは、全く別のものでなければ、意味がないと思っている」
「それは、常日頃の貴方のご意見ですね。それで?」
「それでも、もし次の人生でまた君と巡りあって、恋人になれたら……」
ああ、とウォンは微笑んだ。
さっきのラジオをきいていたのか。
素直な告白を、うらやましく思ったのだろう。
自分にはいえない、とはずかしがる貴方の方が、ずっと可愛いのに。
その気持ちだけで充分ですよ、キース。
ウォンはキースの口唇に、指を滑らせた。
「あ」
身体を震わせるキースに顔を近づけ、身体もゆっくり、倒していった。
「素敵ですね……次に出会えた時も、命の尽きる最後の瞬間まで、貴方を愛し続けます」

*冒頭のメールは、サイト「ははょ」から、部分的にお借りしました。

(2008.12脱稿)

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Written by Narihara Akira
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