『未来の思い出』

ここ数日、パティの様子がおかしい。
いつも笑顔を絶やさない娘だ、しょっちゅう考え込むようになるのは「異変」といえるだろう。行方不明の母親のことがあるから、時おり表情を翳らせる理由はマイトにも想像がつくが、なにやら意味ありげな眼差しで見つめられたりもするので、ドキリとする。
別に心配してやる義理もないが、とりあえずは旅の道連れだ。うっとおしいならそれこそ斬ってしまえとも思うが、そんなことの出来る時期はとっくに過ぎてしまった。出会った時に殺りそこねたのがまずいけないのだが、きっかけを失くしただけで果たせなくなってしまう自分の「使命」とやらは、一体何なのか――考え出すとマイトは頭が痛い。
と、道のどまん中でパティが急に立ち止まった。
「……よし、決めた!」
眉を開いて叫んだので、マイトも思わず身を乗り出していた。
「なんだ? 何をだ」
「今日がマイトの誕生日!」
「ハァ?」
誕生日どころか、過去の記憶が一切ないんだぞ俺は、と言いかけて気付いた。
パティの視線の先にあるのは、ケーキ屋のウィンドウだ。
「何かにかこつけて、甘い物が食べたいだけか」
パティは頬をふくらませた。
「それの何が悪いのよ」
「無駄遣いするな」
「なによ、たまの贅沢ぐらいイイじゃない。だいたい私が稼いだお金なのよ。文句ある?」
「自炊で充分だろう」
「やあよ、マイト、自分でさばけない獲物とってきたりするんだから。そんな人に食事について、どうこう言わせない」
そう言われるとぐうの音も出ない。
文化的生活面において、記憶らしい記憶のないマイトは無能力だ。
というか同年齢の少年少女は皆、パティの要領と生活力には遙か及ぶまい。
彼女は新しい町に入ると、年寄りの家を物色する。人の良さそうな夫婦など発見すると、寄っていってしおらしく声をかけて、スラスラ嘘をつきはじめる。「たった一人の母が亡くなって、この町に身寄りがいる筈だから行きなさいと言われたのだけれど、手がかりのメモをなくしてしまって」などと切々と訴えて、「貴女に母の面影があるので、もしやと思ってお尋ねしたのですが」と畳みかけ、それで一夜の宿と飯ぐらいはなんなく確保してしまう。マイトのことは年の近い兄と紹介してまったく怪しませない。苦労してきたのはわかるが、その鮮やかな手並みは、逞しさというより詐欺師にしか思えず、その都度マイトは呆れている。
時に治癒の能力でひそかにアルバイトをすることもあるが、基本的にパトリシア・マイヤースは自らの弁舌と華奢な腕で、二人ぶんの生活費をひねりだす。万事もたつくマイトなど、最初から当てにする気もないのだろうが、それでも「二人の方がいろいろと便利だから」と彼を離そうとはしない。殺すぞと脅かしても、ニコニコ笑って受け流してしまう。
そんな訳で、すっかりパティのペースで旅を続けている訳だが。

マイトはどうしてもケーキ屋に入ろうとしない。後じさりつつボソリと呟く。
「ほら、パティの料理の腕なら、何でもうまいじゃないか」
決死の覚悟で放った世辞だったが、パティの方は赤面もせず、
「誉めてくれて、ありがと。でもね、ケーキはやっぱり職人さんがつくった方が美味しいから。マイトだって甘いもの好きでしょ。さ、観念して入る入る」
「だが、夕食がケーキなのはどうも」
「なら、テイクアウトにする? それともどこかで食事をすませてから来る?」
「あくまで食べたいんだな」
「食べたい」
「だが……」
なおも抵抗しようとしてマイトは絶句した。
甘い物が嫌いなのではない、女の子と二人でケーキ屋に入るのが恥ずかしいだけだ。ならば店の前で押し問答を続けている方がもっと恥ずかしいということに気付いたのだ。これでは痴話喧嘩だ。
「わかった。好きにしろ」
「他人事みたいに言わないで。一人で外で待たせとく訳にいかないでしょ。だいたい設定がマイトの誕生日なんだから」
「勝手に決めるな。誕生日など俺には無用のものだ」
「無用だろうとなんだろうと、生まれた日はあるはずでしょ。どうでもいいなら今日でもいいじゃない。ね」
その掌を引こうとパティが腕を伸ばした瞬間。

「久しぶりだな、お嬢ちゃん」
さすがにパティは顔色を変えた。
忘れようがない。
菫色の鋭い瞳。
くるくると巻いた、きんの髪。
鋲のついた白い上着に黒タイツにブーツという、けったいな服装もそのままで。
「何の用なの」
一度自分を拉致したサイキッカーだ。
この男にさらわれて、軍研究所へ連れていかれたことは覚えている。
何をされたかは記憶が曖昧だが、放り出される前にいじり回されたことだけは確かだ。
しかし解放されたのだから、用は済んでいると思った。
だから犬に噛まれたと思って、すっかり忘れようとしていたのに。
男は顎をしゃくった。
「今日は赤毛の坊やに用があるんだ。ちょっとそこまで、つきあってもらおうか」
マイトはパティをかばうように前に出た。
「オマエに用などない」
「そうか? 俺も坊やのターゲットじゃないのか」
男がうすら笑うと、マイトは鼻をならした。
「ふん。おまえはニセモノだろう」
男の眦がつり上がった。
「ニセモノだと?」
「それとも、出来損ないとでも言ってもらいたいか」
「なに!」
男はだが、そこでふっと顔色を改めて、
「ふ、同族狩りに言われても痛くも痒くもない。なんにしろ、とりあえず人目のないところの方がお互い好都合だと思うが、どうなんだ?」
「あくまで俺に喧嘩を売るというなら、斬るまでだ」
片頬だけを振り向けてマイトは呟いた。
「パティ。おまえは中で待っていろ。すぐ戻る」
「待って、気をつけて。あいつ変な技を使うの」
囁きあう二人に男は畳みかけた。
「カッコつけてるところになんだが、二人がかりでもこっちは構わないぞ」
「おまえのようなチンピラは俺一人で充分だ。パティには指いっぽん触れさせん」
「ハ、勇ましいじゃないか。さあ、来い」

★ ★ ★

「できそこないはどっちだ。遠距離攻撃なら、俺の方が分があるじゃないか」
気を失ったマイトを後ろ手に縛って、念のため手錠もかけた。もし気がついたとしても、シェイディークラウドを重ねがけすれば大丈夫だろう。とりあえず、今宵ひとばん拉致しておけばいいのだ。
刹那は掌をはたいて立ち上がった。
「ま、ここで殺しても構わないんだがな」
本当はもっと強くなければおかしいのだが、まだ潜在的な能力を使いこなせていない状態らしい。ゆえに間合いさえ巧くとれれば、刹那の方が有利のようだ。だからもし殺すなら、今のうちなのかもしれない。
「……さて、どうしてやろうか」
その顎に手をかけ、首の細さを確かめたとたん。
「お待ちなさい」
シュッと微かな音がして、刹那の目の前に現れたのは長身の東洋人。
「あなたがこんなに忠実な部下だったとは、思いもよりませんでしたよ」
刹那はすらりと立ち上がった。
「何を言われているのか、さっぱりわからんが……」
リチャード・ウォンに皮肉な微笑を投げかける。
「人造サイキッカーの俺にとって、サイキッカーハンターは直接の敵じゃないだろう、とでも?」
「今さら頭の悪いフリですか。私の書庫をこっそり覗いたのでしょう――未来の思い出を」
「ふ、あんたが腹を割った話をするとは思えなかったからな。疑問に思うことがあれば、自分で調べるぐらいのことはする」
ウォンの言うとおり、刹那はウォンの資料室に忍び込んだことがある。
自分が軍の実験体であることを、嫌というほど自覚しているからだ。自分のデータがどのように処理され判断されているか知るため、読めるだけのものは読んだ。
その中に『未来の思い出』と題された奇妙な記録があった。その名の通り、未来の日付で記されたもので、一種のファンタジーか願望なのかと思ったが、ウォンは時を止める能力者だ。増幅装置に改良を重ねていることを考えると、自在に時を渡る能力をいずれ身につける可能性もある。実際の未来の記録かと思って読んで、刹那はひとつの計画にゆきあたった。
それは、軍による「サイキッカーハンター」育成プロジェクト。
それにより、さまざまな綾がからんだ結果、マイトと名乗る赤毛の少年が、総指揮をとった男を抹殺するために、未来からやってくる――。
刹那はうすら笑った。
「間違ってもらっちゃ困るが、あんたのために殺してやろうとしたんじゃない。俺の将来にも関わりがあるからだ」
ウォンはあくまで冷静な面もちで、
「ほう、あなたの疑問はなんだというんです?」
「さっさと俺の心を読んだらどうだ。隠してなんかいない」
「答えなさい」
「あんたがいつまで、軍サイキッカー部隊【総司令】でいる気かってことだ」
「どういう意味です」
「とぼけるのもいい加減にするんだな。サイキッカーハンターって存在自体が、矛盾してるだろうが」
刹那は吐き捨てるように、
「軍サイキッカー部隊なんてものをわざわざこしらえたのは、超能力者を人間兵器としてどれぐらい使えるか試すためだ。なら、サンプルになるサイキッカーは、増えた方がいいに決まってる。だから、いくらでも捕まえて来い、という指令ならわかる。だから俺も従ってきたんだ。だのにその裏で、サイキッカーを殺すサイキッカーをつくってる。矛盾以外のなんだっていうんだ? そして近い将来、俺の立場はどうなる?」
縁なし眼鏡をキラリと光らせて、ウォンは微笑みを崩さない。
「ではあなたは、何のためにサイキッカーハンターが存在すると?」
「結論まで言わせたいのか」
「ええ」
刹那はぐっと声を低めた。
「……将来、おまえの超能力が消える可能性があるってことだ」
「ほほう?」
「人工的にサイキッカーをこしらえることはできる。増幅装置も完成した。だが、耐久性は今ひとつだ。だから万が一、自分の能力が消えた時も、人工的に補うようなことはしたくない。だが、ただの人間になりさがった時、超能力者の頂点にそのまま君臨する訳にもいかない。納得のいかないサイキッカー共を抑えるために、自分以外のサイキッカーを倒せる部下がいた方がいい。そいつらを使えば、自分は永遠に王様でいられるからな」
ウォンはいかにも面白そうに、
「サイキッカーハンターが、自分の敵に回る可能性があるのにですか」
「どうせ時限式にするんだろう。あの坊やもな」
「面白い仮説ですが」
眼鏡の縁をおしあげて、
「では何故、早手まわしにマイトを殺しに来たのです。いずれ消える者なら、あなたにとっても脅威ではない。サイキッカーハンターよりも、人造サイキッカー計画に熱心になってもらった方が得だから、などと言うつもりですか? 決して現在の私のためではないのですよね」
「殺しに来たんじゃない。未来をちょっといじってみようとしただけだ。あんたの記録を見る限りじゃ、あの坊やが発生するのは今夜って計算になってる。それを妨害したらどんな風に事態が変わるもんだか、見てやろうと思っただけだ」
「刹那」
ウォンはため息をついた。
「そんなにあなたが頭が良いとは驚きです。ですが、それでは長生き出来ませんよ?」
「殺りたきゃ、殺るがいいさ」
菫色の瞳が薄闇でひかる。
「ただ、俺は黙って殺られたりしない。自分の時間がある限り戦ってやるさ」
「潔くて、結構。ですが私は、今のあなたと戦うつもりはありません。未来の思い出を修正するのが先ですから」
「ウォン?」
「おやおや、これ以上の説明は、必要ないでしょう?」
次の瞬間、ウォンの姿は消えた。結界に囲われていた囚われのマイトも、その場から姿を消した。
刹那は歯がみした。
「馬鹿が……返り討ちにする自信があるぐらいなら、最初からそんなもの……!」

★ ★ ★

「マイト」
心配そうにのぞき込む緑いろの瞳が、自分の姿を映している。
簡易テントの中のようだ。
「パティ……俺は、助かったのか? ここは?」
「ボロボロでお店の裏に倒れてた。でもひどい怪我はなかったから、手当てして町の外れまで運んだの。とりあえず今夜は野宿でいいかなって」
「悪かった。大きなことを言っておいて」
「いいよ。無事だったんだし」
潤みかけている大きな瞳を見まいと、マイトは顔を背けた。
「……散々な誕生日だったな」
「そうね。誕生日だったらね」
そっと目元を押さえてから、パティは何かをポケットから取り出した。
「あのね。良かったら、これ」
真新しい皮手袋だった。男物である。
「なんだこれは」
「こないだ、小さな革工場に泊めてもらったじゃない。何日かお手伝いもしたでしょ。その時、給料の足しだってもらってたの。で、マイトにあげようと思ってたんだけど、まだ寒い季節でもないし、なんだか言いだしそびれてて。でも、せっかく誕生日って決めたんだから、あげる」
マイトはパティを見つめ返した。
本当だろうか、もらったなどというのは。
かなり高級そうなものだ。
まさかパティが、自分の蓄えからいくばくか出して買ったのではないのか。
この数日、それを言い出せずにいた――?
静かに身体を起こすと、マイトは手袋を受け取った。ボロボロになった自分のグローブを外し、その掌にはめてみる。
「どう?」
「悪くない」
「無理、しなくていいよ」
「いい着けごこちだ。ほら」
マイトの掌がパティの頬に伸びた。
柔らかな皮の感触を味わいながら、パティはそっと瞳を閉じて。

――そして、未来の思い出が始まった。

(2004.5脱稿:暁槻様サイト【沙羅駄キ人】開設五周年記念小説。「マイトの誕生日・パティと共に刹那に襲われる・ウォン登場」のお題による/初出・「自堕落!刹那主義」2004.9)

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Written by Narihara Akira
http://www5f.biglobe.ne.jp/~Narisama/