『捏 造』


「君の未来の息子のことなんだが」
顔をあわせたのは実に二年ぶりだというのに、いきなりそう切り出されて、ご挨拶にもほどがある、とリチャード・ウォンは思った。
ここは会員制の秘密クラブで、名士とその知り合いしか入れない。プライバシーが最優先のスペースで、録音も盗聴も不可能とされている。ここを落ち合う先に指定したのは、キース・エヴァンスの方で、理由は「君ならどこへでも入り込めるだろう?」ということだった。いわれたとおりウォンは、どこからともなく、この地下酒場の個室に、かすかな音と共に出現した。
あわい青い光が、待っていたキースの横顔を照らしている。ウォンは脇のスツールに腰を下ろした。
「なんの話ですか、いったい。おっしゃりたいことは色々あるとは思いますがね」
だが、キース・エヴァンスは、ウォンをちらりと横目で見ると、
「私の口から何をききたい。恨み言か」
「何を言われても仕方がないとは思っていますよ」
二年前、秘密結社ノアは、壊滅の危機にさらされた。
秘密基地深部まで侵入してきたバーン・グリフィスと、ノアの総帥キースが争ったのがきっかけだった。バーンは、超能力者の理想郷は愚かしい夢だと難じるばかりで、絶望したキースは、かつての親友をやむなく殺める決意をした。
その時、第三者によって、基地が爆破された。
犯人は、キースの腹心だったウォンだった。彼は米軍への手土産に、幾人かのサイキッカーをすでにノアから引き抜いていた。その後、米軍内に超能力者部隊を設立、その司令官におさまった。
ウォンの裏切りによって、基地のみならず、同胞が少なからず被害を受けた。キース自身も傷を負い、その回復に時間がかかった。バーンの方はまだ、生命維持カプセルの中で眠っている有様だ。
だが、ノアはそのまま滅びなかった。ベルフロンド兄妹ほか、その場に残ったサイキッカーや新たに集ってきた者たちがキースに従い、今も組織の体をなしている。
「君にやられた古傷がうずくとか、よく私の前に顔を出せたな、と非難してみせれば満足なのか。だが、呼び出したのはこちらの方だ」
キースはグラスの中の、あわい金いろの液体を飲み干した。ウォンの前にも同じものが置かれたが、彼は口をつけようともせずに、
「恨まれていないどころか、私の子孫をご心配とは、いったいどんな冗談です。どこの誰の話です」
キースは、やれやれという風に首をふった。
「あの、マイトという赤毛のサイキッカー・ハンターを、私が知らないとでも思うのか。今さら、誰です、ととぼけるつもりか」
「マイト、ですか?」
最近、マイトと名乗る、むやみやたらにサイキッカーを襲う赤毛の少年が出没しているのは事実だ。 サイキッカーは人々の憎悪の対象になりがちで、常に迫害を受けてきた。軍はその感情を利用して、あらゆる手を使ってサイキッカーを捕獲、虐殺、また実験の対象としてきたので、ハンターなるものを野に放つことはありえた。
だが、マイトは軍属ではなさそうで、また、自分自身がサイキッカーであるにもかかわらず、「サイキッカーはすべて狩る」といっている。当然、キースも仲間を襲われるわけで、マイトについて彼が調べるのは、当たり前のことといえた。
しかし。
「貴方が何を言いたいのか、わかりかねますが」
「だから、君の息子という設定なんだろう?」
ウォンは細い目を青く光らせた。
「設定?」
「どんな動機づけをされてサイキッカー・ハンターになったのかと、頭の中をすこし探らせてもらった。そうしたら、未来からきた君の息子のクローンで、母親の頼みで、親を殺しに来たことになっているじゃないか。それがすぐ思い出せないので、手当たり次第にサイキッカーを襲っているとかなんとか……洗脳は君の十八番だが、その設定こそ冗談がすぎるぞ。ありえない」
「ありえませんか」
キースはフッと笑った。
「まず、どうみてもアジア人にしか見えない君から、あんな赤毛の白人が発生するわけがない」
「母親側の隔世遺伝なら、ありえるかもしれませんよ」
「それに、彼の記憶が本当なら、彼は雷撃系の能力のみならず、時間をさかのぼる能力を持っているということだ。本当にそれが可能なら、君は真っ先にマイトを捕獲して、その能力を自分のものにしようとするだろう。君は世界中の誰より速く動くことができるが、過去に戻るすべは持っていない。自分を強化するための研究が常に最優先のリチャード・ウォンが、放置しておくわけがない」
「本当に未来からきたなら、タイムマシンがあるのかもしれませんよ」
「あるならそれを回収して、マイトを殺すだろう。第一、自分を発生させた男を殺せるわけがないだろう。タイムパラドックスという言葉を知らないのか? 君がマイトの母親と直接性交渉をもっていなかったとしても、君が彼を発生させた主犯だというなら、今の時点で彼が君を殺すなり、君の計画を邪魔するなりすれば、彼自身が発生しない。クローンなら、なおさらだ。そもそも、親を殺せなどという無茶なことを、母親が要求するわけもない。もう赤ん坊のマイトがすでに発生しているなら、少々話も変わってくるだろうが、君の軍サイキッカー部隊には保育所でもあるのか。それに、いくら君に幼女趣味があるとしても、あの十五歳の少女に出産の経験があるとは思えない」
「全否定ですね」
「あの二人は面影が似ている。本人達は自覚していないかもしれないが、おそらくは近い親戚なんだろう。だが、年齢の逆転した母と息子ではない。それにだ」
キースは新たによこされた金いろの酒に口をつけ、
「君がつくるオモチャは時限式で、自分の側におくようにしている。ソニアのようにな。自分が創造したものが、己の脅威になるのが厭なんだろう。君の愛人――刹那とかいったか、あの人工サイキッカーも、名前のとおり、じきに時をとめる。違うか?」
「いったい貴方は、どこまで軍の機密をご存じなんです」
「テレパシー通信を世界の果てまで届かせていた私が、それぐらいのことを調べられないとでも思うのか」
平然と言い放つので、ウォンも真顔で、
「しかし、私のオモチャが常に時限式なら、クローンの息子は、ほうっておけば自滅するでしょう。放置が正解なのではないですか」
「違う。君がマイトを無茶な洗脳状態で放置しているのは、頃合いを見計らっているからだ」
「なんの頃合いです」
「軍サイキッカー部隊司令の、やめどきだ」
キースのアイスブルーの瞳が、ウォンを見つめた。
「君は組織をつくりたがるが、その運営はどうでもいいと考えている。誰かを従えたくてトップにたつのではないからだ。君は、自分の力をより強大にすることにしか興味がない。ノアに来たのも、自分の研究をソニアで実証しながら、様々なサイキッカーのサンプルを見たかったからだ。だからこそ、ためらいもなくノアを破壊できたし、直前まで敵だったはずの米軍に堂々と乗り込んで、アメリカの予算で超能力研究を続けてきたんだ。だが、いいかげん、とれるデータも少なくなってきた頃だろう。中華系の君が軍人として、今以上にのし上がるれるわけもないし、それ以前に、米軍そのものにも根本的に興味がない。つまり、部隊をそろそろ解体したくなってきたというわけだ。連れていったエミリオは、洗脳がとければ君の言うことをきかず、むしろもてあますだろうし、ガデスはもともと傭兵だ、部隊がどうなっても勝手にやるだろう。刹那はいずれ滅びる身、連れて軍を出る意味も無い。だから、部隊を消滅させるのは簡単だ。しかし、いくら解散したいと思っても、いきなり君が姿を消せば、軍の重要機密を知るものとして、大勢から追われることになる。それを面倒に思った君は、表向きは死んでみせることにしたんだ。未来から来たハンター、マイトの手によって殺されるという、小芝居をうつことでな」
「なるほど。以上で、証明終わり、ですかねえ」
「反論があるか?」
ウォンは頬を引き締めて、
「というか、質問があります」
「なんだ」
「わざわざ私を呼び出した意味ですよ。テレパシーで伝えてもいい話では?」
「呼び出すぐらいのことはできるが、こみいった話となると、君にだけピンポイントに届けるのは難しい。他の人間にきかれても、困ることだしな」
「それで、貴方がその小芝居やらを看破したとして、私に伝えてどうするつもりです。やめさせたいのですか。それとも、時期を早めろとでも?」
「マイトはすでに君の犠牲者だが、殺す気なのか」
「助けたいのですか」
「できればな。一応は同胞だ。こちらが危害を加えられるのはたまらないが、もうじき君にたどり着くのだろう?」
「別に、あえて殺す必要はないのでは」
「ならいい」
「それだけを伝えたくて?」
キースはふっと視線をそらして、
「久しぶりに、君の顔を見たかった、といったら?」
ウォンはドキリとした。キースは少しうつむいて、
「あの時、私がバーンに殺されても、私がバーンを殺しても、どちらにしても禍根が残ったはずだ。君はノアの爆破によって、それをとめた。そう考えるのは、甘いのか」
「他の同胞の犠牲は?」
「死んだ者はいなかった。出ていく者はいたがな。だから、正直、君を殺したいとまでは思っていない」
「なじってくださって、かまわないんですがねえ」
「ほう?」
「世界征服というのは、悪役の台詞と相場が決まっています。何をいわれても動じない覚悟がないと言えないものなのですよ。貴方の言うとおり、私は力が欲しいことを、隠してはいませんから」
キースは首をふった。
「君が力を求めるのは、大事な肉親を失った過去を悔やみきれないからだ。必要以上に明るく振る舞っているのは、その反動だ。それがわかっていたから、君をノアの同胞として迎えたんだ。君は独裁の王でなく、今でも涙をこらえている、小さな息子に過ぎない」
「キース」
薄い唇に微笑を浮かべ、キースは優しい声を出した。
「君は確かに悪者だが、必要以上に悪ぶるのはやめておけ。私に殺されてもいい覚悟で来たんだろう。純情なことだ」
「からかうのもいいかげんにしてくださいよ」
「君、軍を抜けた後は、どうするつもりだ」
「もうノアには戻りませんよ、私は。戻れるわけもない」
「それはわかってる。だが、私だって人類にとっては悪役の一人だ。たまになら、手を組めないか」
「メリットがありますか、なにか?」
「もちろん、メリットがある時だけでいいんだ。君も、すべてのサイキッカーを敵に回すのは、得策でないとは思わないか」
ウォンはため息をついた。
「貴方は変わりましたね、キース。ずいぶんと柔軟になったものです。この二年、どれだけ苦労をしてきたか知りませんが、これではノアも潰れないわけです」
キースは真顔でそれを受けた。
「皮肉でなく、褒め言葉として受け取っておこう、ウォン。マイトも本当に君の息子なら、ノアに欲しかったがな」
「人質にするつもりですか」
「ならないさ。君は身内が人質にされるぐらいなら、自分で殺すだろう」
「ひどいことをいいますねえ。『悪徳の栄え』じゃあるまいし、少しは大切にしますよ」
「母親以外の血縁を根絶やしにしてきた、君がか?」
キースはすっと立ち上がった。
「まあいい。何度でもいうが、小芝居はともかく、まだ発生もしていない息子が来るのを《予知した》とか、口を滑らせたりするなよ。ぜんぶ台無しだ。君自身が時間移動できるなら、戻れるものなら戻りたい、もっと大事な瞬間があったはずだろう」
ああ、もちろんそれは、母が殺される前の――。
だが、ウォンはいつもの微笑をつくろって、
「貴方には、戻りたい時間がおありですか、キース」
「君との蜜月、とでも言わせたいのか、ウォン?」
「顔を見たかった、というのは、やはり冗談でしたか」
「本音だ」
キースは即答した。
「だが、いくら覚悟をしていても、大事な者を何度も失って平気でいられるほど、僕の心は頑丈にできていない。なにしろ僕の未来には、君もいないんだろう、ウォン?」
ウォンは返事ができなかった。
「会えて嬉しかった。また、いつか、どこかで、な」
キースは先に個室を出てゆき、ウォンだけが残された。

《キース・エヴァンス――》

氷の総帥と呼ばれたあの青年が、まだ、この私に未練があるという。
それが本心であることは、ふとそれた視線と、薄くそまった頬でわかった。
かつての友に執心しているとばかり、思っていたのに。

キースが看破したとおり、マイトは自分の息子ではない。
誰も不幸にならない結末を迎えさせるには、今の記憶を上書きする、最後の洗脳が必要だ。
パトリシア・マイヤースはすでに捕獲してある、暗示をかけることは可能だ。
二人共に似たような暗示をかけるのは難しいことではない。
母親違いの兄妹とでもしておけばよいのだ。
成功するかどうかはわからないが。

《しかしそれが、貴方の願いであるならば、それぐらいのことはかなえて差し上げましょうか。せめてもの罪滅ぼしに》

残されたウォンも、その個室から姿を消した。
入り口でも、出口でもない場所から。

(2017.3脱稿 初出・Meni-K様主催・マイトアンソロジー『或る戦イの記録』2017.5発行 https://arutatakai.tumblr.com/ 今回のサイト収録作は、前半部分のみ+改稿)

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Written by Narihara Akira
http://www5f.biglobe.ne.jp/~Narisama/