『うそつき』


「大丈夫ですか、キース様」
腕の中のキースが愛おしい。
ちょっとした羞じらいも、自分に頼ってくる様子も、たまらない。
こんなに可愛くなってしまうのが、信じられないぐらいだ。
高い理想を語り、同志のために戦う昼間の顔と、まったく違う。
素顔のキースは、さびしいこども。
友人に背を向けられた幼い悲しみは、むしろ大人の私が癒すべきなのだ。
うんと優しく。時間をかけて。
「思い出すと、まだ泣けてしまいますか」
潤んだ目の縁を指でなぞってやると、キースは小さく首を振った。
「ノアに敵対行動をとるなら、もう、バーンは友達でも仲間でもない。君が気にすることはない」
「彼が敵対行動をやめたらどうします? もう一度会いたい、と貴方にコンタクトをとってきたら?」
「その時は、必ず君に知らせよう」
「敵対行動をとり続けるとしたら?」
「むろん、排除してかまわない。あくまで彼がノアを傷つけようとするなら、戦うしかないのだから」
「キース・エヴァンズ」
「うん?」
「あまり強がりをいうものでは、ありませんよ……」
「強がりなんかじゃ、あ」
口唇を吸われて、キースはふっと力を抜く。
「ウォン」
おずおずとウォンの肩に掌をそわせ、
「もういちど、あたためて、くれる?」
頬を染めながら、やっとそれだけ呟く。
私の、私だけのキース。
かつての親友すら知らないだろう、可憐な仕草。
これは、私の愛撫が花開かせたもの。
ウォンはキースの身体をそっと包み込んだ。
「ええ、もちろん」

★      ★      ★

ウォンは相変わらず、軍サイキッカー部隊設立運動を続けていた。
アメリカ陸軍は、ベトナム戦争以降の厭戦気分の中、殺傷兵器でなく、特殊能力で敵をねじふせることが真面目に研究され続けてきた。超能力者狩りは、その中でも突出した部門の暴走だった。
裏を返せば、本物のサイキッカーが軍の戦力になることをしらしめ、秘密の独立部隊として提案してしまえば、企画を持ち込んだウォンが司令官となることはたやすいのである。なぜなら、特殊能力部隊は国防上の極秘事項であり、いざとなれば切れる存在の方がやりやすいからだ。そして、こちらから売り込めばサイキッカー側が主導権をとれるわけで、ウォンの計画にはいろいろとメリットがあるわけだ。
「そうですねえ、手みやげとして、誰か連れてゆくなら」
潜在的な能力の高さで考えれば、一番いいのはエミリオ・ミハイロフだ。性格的に兵士には向いていないが、すこしいじって彼の意思をコントロールすることができれば、使えるだろう。キースの優しさでは、あの少年は救いきれない。エミリオの場合、むしろ過去は忘れさせてやるのが、幸せというものだ。
「あと、ノアの中で使えるコマは、ありますかねえ……?」
ガデスあたりは元々傭兵だ、もちかけようでついてくるかもしれない。安閑とした日々におさまりきれない男だ。退屈させないと約束すれば、あっさりノアを捨てるだろう。むしろ何故ノアにやってきたのか不思議なぐらいだ。むしろキースの害になるだろう。
ブラド・キルステンはどうするか……エミリオと同じくキースのお荷物だが、キースと離れることはできまい。能力的にも性格的にも戦場向きでないものを軍に投げ込むのはむりだろう。彼はおいてゆくのが得策だ。ソニアは能力は高いが、キースに条件付けしてある。耐用年数に不安はあるが、むしろ若き総帥のサポートのために、残しておくべきだろう……どのみち、ノア内の人員整理は必要なのだ、キースが疲れ果ててしまう。常に全力で事にあたるのは、人をひきつけるという意味では正しいが、人の上に立つ者として、力尽きてしまうのは間違いだ。
そう、これは裏切りではない。
あくまで、キースのための計画だ。
極秘で進めているのは、軍研究所への憎悪をもつサイキッカーが少なくないからであり、他意はない。
そう、キースが二度と、あんな強がり方をしないなら……。

★      ★      ★

「あ」
胸に痛みを感じて、キースは低くうめいた。
《おまえのやり方は、どうしても納得できない。俺はおまえを止める》
彼の声が聞こえる。小さいが、間違いなくバーンの声だ。
これは幻聴なのか。
それとも、彼のテレパシーなのか?
目を開けているのに、夢を見ているのか?
おそろしいことに、キースには区別がつかなかった。
バーンの声が頭の中でしていること自体が恐ろしかった。
そして、本能的に察知していた。
彼は、来る。
もう一度ノアへやってくる。
僕を止めに。
僕を殺しに。
敵となって、戻ってくる。
僕は君を、傷つけたくないのに。
この声は僕だけにしか聞こえないのだろうか。
ウォンに聞こえてしまってないだろうか。
僕はどうしたらいい。
どちらの手も、血に染めたくはないのだ。
バーンがノアに再びやってくる前に、止めなければ。
だが、どうやって。
むしろ僕がバーンの手にかかって、先に死んでしまえば。
だめだ、それでもウォンは、バーンを殺すだろう。
だが、バーンを守るために、ウォンを殺すことも、今の僕にはできない。
ウォンは僕の同志なのだから。
そう、僕は強がりをいった。ウォンの心をなだめるために。
本当は、僕は何も決めていない、決められない。
どうしたらいいのかを。
「どうなさいました、キース様」
穏やかな微笑を浮かべて現れた恋人に、キースは笑顔をつくろった。
「なんでもない。君こそどうした?」
「いえ、貴方の様子を見にきただけですよ。しかし顔色がすぐれないご様子ですね」
「眩暈がしただけだ。少し休むことにする」
「そうですか。では、私がつききりで看病をしましょう」
「ただの寝不足だ、ひとりで寝かせてくれた方がありがたい」
「そうですか?」
キースの額に触れようとしたウォンの掌を、キースはそっと押しのける。
「熱はない。大丈夫だ」
「冷や汗をかいていますよ、あまり大丈夫ではなさそうです。心配事ならば、ご相談にのりますよ」
「精神的なことではない、ただ休ませてくれれば」
「さようで」
ウォンはキースから一歩離れた。
「では、夕食の頃にお部屋にうかがいます。その前でも何かあれば、お呼び下さいね」
「わかった」
キースはよろめくように寝室に向かい、文字通りベッドへ倒れ込んでしまった。
「どうすれば……いい?」

ウォンはドアを背にしてひとり、物思いにふけっていた。
「強がるのは構いませんが、ウソをつかれるのは、困りものですねえ?」
そしてゆっくりと歩き出す。
その顔には何の表情も浮かんでいなかった。
「先に裏切ったのは貴方なのです……それを忘れないでくださいね、キース様?」

(2010.9脱稿)

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Written by Narihara Akira
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