悲劇だとしても 貴方に
めぐりあえて よかった


『触れない距離』

ウォンがドアを閉じて向き直った瞬間、キースはその胸に飛び込んでいた。
広い背中に腕を回して、ぎゅうっと抱きしめる。
服ごしの体温に、身体中の細胞が酔う。
贅沢な感触。とろけるような心地。
これが欲しかった。ずっと焦がれていたんだ――ウォン。
「……恋しかった?」
ウォンに低く囁かれて、キースは小さくうなずく。
ホテルの部屋で二人きり、誰にはばかることもない。
逢うのは三ヶ月ぶりだった。
彼の顔を見ないでいると、二ヶ月でキースは落ち着かなくなる。再会の約束をすれば我慢できると思っていたものが、どうやらできないようだった。ノア内での日々が物足りなく、生彩に欠けてくる。帰る処のない子のよるべなさを感じるようになる。
君がずっと側にいてくれたら、軍なんてなければ、こんなに苦しい思いをしなくてすむのに。
そう思うとうらめしくて、この胸をこぶしで叩きたくなる。
ウォンが再び囁く。
「そんなにきつくしがみつかれたら、欲情してしまいます……」
「して、何が悪いんだ」
キースが思わず声を尖らせると、ウォンの掌がキースの腰を引き寄せた。
「欲しい?」
「うん」

「……あ」
ウォンの口唇が、キースに触れる寸前で止まる。
口吻を期待して息をとめていたキースは、思わず喘いだ。
清潔なホテルのベッドの上。シャワーもすませ、お互い何も身につけていない。ほのぐらい照明の中に浮かび上がるウォンの身体は、どこもかしこも若々しく引き締まって美しかった。薄い口唇にはいつもの微笑。吐息だけが、キースの口唇をくすぐっている。
ウォン。
焦らしてるの?
アイスブルーの瞳が潤んで、ウォンを見上げる。
湿り気を含んだ黒髪。肩から垂れるその一筋でさえ、まだ自分に触れていない。
欲しいよ。
どこでもいいから、早く触れて。
そう思いつつ、キースは甘い情感にからめとられて動けなかった。
相手を信じて、なにもかもゆだねてしまう快感に溺れていた。
ウォンは、少しだけ顔を近づけてきた。
キースは再び目を閉じた。
淡い温度が口唇に走った。
触れるか触れないかのキス。
思わずキースは自分からウォンに近づく。
ウォンがツイ、と逃げる。
その首筋に腕をのばし、キースが捕まえる。
しなやかな抵抗。戯れの格闘。
それがいつしか、濃厚な愛撫へ変わってゆく。指と舌で丹念に性器を濡らされて、キースは切なげな声をもらしはじめた。
「あ……あん……」
乱れても、滅多に出さない、細くて高い喘ぎ声。
ついにたまらなくなったか、ウォンはキースの肉を分け、押し入ってきた。
犯されて、キースは震える。
「ウォン……もう、我慢できない……」
「キース様」
ウォンは巧みに腰を使った。多くの男女を虜にしたその技で、キースの内部を責めたてる。
キースは声を失った。
せわしい呼吸が、極まった瞬間にはじける。
「……!」
ウォンはまだ終わっていなかった。そのまま激しく責められ続けて、キースは二度目の頂点を迎えた。今度も堪えきれず、出してしまうと、やっとウォンも終えてくれた。
キースはほっとして、疲れた身体を投げ出した。
気分はとても良かった。
後始末をしているウォンを、霞んだ瞳で見つめながら、キースは呟く。
「ウォン。……なんであんなに焦らすんだ?」
「え」
「本当は君も、あんなに欲しかったんじゃないか。久しぶりなんだから、最初から激しくしてくれても、よかったのに」
キースが一度達すると、いつものウォンなら少し待ってくれる。続けて追い上げたのは、今夜は彼も夢中で、止められなかったということだ。
ウォンは少しはにかんだような顔をして、
「今の、良かったですか、キース様?」
「とっても」
「それなら、構わないでしょう?」
「何が?」
キースを清め終えると、ウォンは目を伏せてしまった。
「久しぶりだからこそ、ゆっくり、深く、感じてもらいたかったんです」
「?」
「私はあまり、性の神話を信じてないんです。長年連れ添った相手とのセックスは何よりもしっくりくるものだ、とか、久しぶりに抱き合う相手とは興奮が激しい、とか。身体の相性は何にも優先するといいますが、強い快楽を感じた相手ともう一度抱き合って、二度目に更に深い快楽が味わえるかというと、そうでないことが度々ですから。それに」
ウォンは、おずおずとキースの掌に掌を重ねて、
「キース様とする時は、はじめて触れた時の気持ちを忘れたくないんです。慣れ親しんだ肌だからと、いきなり無法をするのは嫌なんです」
「ああ」
そうだった。
忘れていた、ウォンの意外な潔癖さを。純情というか融通がきかないというか、いつもは遊び人のくせに、好きな相手の前ではろくに口もきけなくなるタイプなのだ、この男は。
キースは柔らかく微笑んだ。
「でも、君の気持ちを、抑えてまで?」
キースに掌を握り返されて、ウォンははっと顔を上げた。
「ウォン。久しぶりっていうのは、それだけで嬉しいものなんだ。そのつど快楽が深まらなくたって、別にいいじゃないか。僕は気にしない。僕が一番嬉しいのは、安心できる相手が側にいてくれて、優しく気づかってくれることなんだから」
「キース様」
「僕は満足してる。それに、こんなに大事にされて、身体が何も感じない訳がないじゃないか」
それに、君と抱き合うたび、喜びが深まっている気がするんだ。
嘘の多い性の神話にも、真実はひそんでいると思うんだ。
ウォン。
君の心の殻を破って、もっと僕に近づいて。
裸の君が、欲しいよ。
ウォンは身をかがめ、キースの頬にそっと口づけた。
「もう一度、してもいいですか、キース様」
「……うん。君の、思うとおりに」

★ ★ ★

翌朝。
目覚めてウォンは、傍らで静かな寝息をたてている青年を見つめた。
キースは裸ではない。その伸びやかな肢体は、白いシルクのパジャマで包まれている。本来、彼は裸で寝るのがあまり好きでないタイプなのだ。裸だといざという時とっさに逃げられないので、自衛の意味もあるのだろうが。
ウォンはそっと、キースの方へ手をのばした。
パジャマの裾を乱し、中へ掌を滑り込ませる。
なだらかな腹部の感触を、そっと味わう。
脂肪の少ない、一人前の男の身体だ。
尖った肩、長く伸びた脚、適度な筋肉をまとった胸。
それは、出会った頃の少年の身体でもなく、最初に抱いた時のみずみずしい身体でもない。
だが、ほんのり熱を帯びたその肌の感触は、あまりに贅沢で。
たわいもなく相手の身体をまさぐることが、こんなに幸せだなんて。
なんとなく涙ぐんだ瞬間、キースが低く呟いた。
「ウォン」
「はい」
キースは薄く目を開いた。
「まだノアにいた頃、君はめったに朝まで一緒にいてくれなかったな」
「……そうですね」
「どうしてなんだ? 忙しかったからか? それとも、総帥の部屋から堂々と朝帰りというのが、嫌だったのか?」
ウォンは困ってしまった。
「それは……」
「僕はとっても寂しい思いをしてたんだ。どうしてウォンは明け方まで抱いていてくれないんだろうって。僕の身体だけが目当てだとしても、せめてしばらくベッドに居てくれるぐらいのサービスはしてくれてもいいのに、って思ってた」
「すみません」
ウォンは静かに、パジャマの上からキースを抱きしめた。
「朝まで抱いていたら、貴方から二度と離れられなくなってしまいそうで怖かったんです。もし、一日中こうしていられたなら、自分の部屋へなど戻りませんでした」
キースは苦笑した。
「僕は、ずいぶんと魅力的だったんだな」
「キース様」
「今でも怖いのか?」
「……少し、だけ」
「そうか」
キースは静かに、ウォンの胸を押し戻す。
「僕達は、少し離れて正解なのかもしれないな」
「そんな」
確かに離れたのは私の方です、でも決して離れたかった訳では、と言いかけるウォンの口唇を、キースは人差し指で押さえた。
「そんなに悲しそうな顔をするな。僕だって、いつも堪えてるんだ。もう生殺しは沢山だ、このまま僕をさらって、どこかへ逃げてくれって叫ぶのを」
「キース様」
「今の距離がお互いにとって楽なら、君の選択が正しかったんだ。だから、ふだん少しぐらい寂しくても、僕は、我慢するから」
キースの声が吐息に変わった。
君を愛してる。キスして、と。
ウォンは、静かに口づけた。
触れるか触れないかの距離で。

その時、永遠に近い時間が、流れた。

(2000.1脱稿)

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* 冒頭の二行は「NEO UNIVERSE」L'Arc-en-Ciel

Written by Narihara Akira
http://www5f.biglobe.ne.jp/~Narisama/