『首 輪』

んぁーん、と何処か遠くから、猫の求愛の声がきこえてくる。
まあ、春は彼らの恋の季節なので。
それは別に猫に限ったことではない。人間だって生きとし生けるものの一員である。春先は原始の本能に呼ばれて、なぜか悩ましい気分になるものだ。
「刹那……」
ガデスは涼しい夜風にあたりたくなって、自室を抜けて中庭へ出た。
朝方すれ違った時、仕事だ、たぶん今晩は戻れない、と短く囁いていった刹那の面影を、薄闇の中で思い浮かべる。
そう。今夜は刹那がいないのだ。
部屋にいっても空で、こっちへ呼ぶこともできないのだ。
「毎晩ヤってる訳でもねえのにな」
それなのに、一日いないと思うだけで、なんだか物寂しくて。
こんな夜こそ、思いきり抱きしめたい。
何もかも忘れておまえをむさぼりたい。
刹那。
物想いにふけりながら葉巻に火をつけようとした時、ガデスは人の気配に気づいた。
「誰だ!」
ここはサイキッカー専用の宿舎だ。中庭にみだりな人間が入ってくることはない。
「……」
芝を踏みわけ、足音もなく現れたのは、小柄な裸足の少年だった。
ガデスは目を見張った。
刹那によく似ている。
蜜いろの髪、菫いろの瞳、真っ白な頬、鋭く整った面ざし。
身長は五フィートもなさそうだが、十数年前の刹那はきっとこんなだったろう。手術後の病人のような、ストンと長いうすみずいろの貫頭衣を羽織っただけのなりで、それからなぜか、頭の上に猫の耳のような黒っぽい飾りを二つ、つけている。
ウォンの実験サンプルか何かか。
少年は、小首を傾げてこちらをじっと見つめている。
間がもたず、ガデスは視線を反らしてしまった。
「その格好じゃ寒いだろ、おまえ」
着ていたジャケットを脱ぎ、ガデスは少年の肩にかけてやる。重くてブカブカな上着を着せかけられて一瞬戸惑ったようだったが、次の瞬間、少年はにっこり微笑んでガデスの腕にすがった。
畜生。
可愛いじゃねえか。
猫の耳飾りはいささか悪趣味だが、子供っぽい仕草によく似合っていた。甘えてくる体重も心地良く、保護欲をいたくくすぐられて、ガデスは少年を腕にとまらせたまま自室へ戻った。
少年は、そのままガデスから離れようとしない。
「おまえ、名前、なんてんだ? どこから来た?」
答えない。少年はただニコニコしている。
本当に何か実験をされたために、口がきけないのかもしれない。
夜も更けてきたし、ウォンのところへわざわざ届けてやるのもおっくうだ。
武器も持っていないようだし、スパイのようにも思われない。
今晩は部屋へ置いてやるか、とガデスは腹をくくった。
暖かいミルクをつくって出してやると、少年はやっと腕から離れてくれたが、少し熱すぎるらしく、顔をしかめている。ガデスがふー、と冷ましてやると、大きなコップに顔をつっこむようにしてピチャピチャ飲み始めた。そのまま嘗めるように飲んでいたが、三分の一ぐらいまで減ったところで飲むのをやめてしまった。
それからまた、ガデスの方へやってきて、そっと身をこすりつけるようにする。
それは無邪気な仕草で、ちょっと甘えてみたいのらしい。
「全身猫みてえな奴だな、おまえは」
少年は瞳をすうっと細めた。
ガデスの首に鼻先を押しつけ、小さな舌でガデスの鎖骨をペロ、と嘗める。ゾク、と背筋が震えて、ガデスは少年のウェストを掴んだ。
「あんまりおイタをするもんじゃねえぜ」
舌の感触が妙だった。獣のもののように、なぜかザラついていて……。
ガデスは少年を自分の身体からヨッと引きはがした。
「!」
はずみで服の裾からこぼれだしたものに、ガデスは我が目を疑った。
黒い、しっぽ。
ガデスは思わず貫頭衣をめくった。
少年は、下着をつけていなかった。その下半身は、ごく普通の少年のものに見えた。ただ、肌に細かいうぶ毛がみっしりはえている。そして後ろ、尻の割れ目のすぐ上のところから二フィートほども伸びている細長い黒いものは、しっぽにしか見えなかった。別の生き物のように動いて、暖かい。
「ウォンの野郎」
面白半分に獣人をこしらえやがったな、とガデスは舌打ちした。くだらねえことばかりやりやがって。よく見れば、飾りだと思っていた耳にも血が通っていた。かすかな物音でピクリと動く。内側に見える柔毛、微妙な弾力とその薄さ。
そう、これはおもちゃをくっつけたものではないのだ。
「んぁ……」
少年は、少しだけ口唇を開いた。
猫のような、甘いうめき。
見捨てないで、とでもいうような。
哀れを誘われて、ガデスは少年を抱いてやる。
ひなたの匂いがする。
本物の猫のようだ。このしなやかさ。重み。ゆっくりとした仕草。
抱き寄せられて嬉しいのか、少年はガデスの首筋をしきりと嘗める。
ガデスの心の底で、何かが動いた。上着を脱がしてやりながら、
「一緒に寝るか?」
「んぁーん」
少年は嬉しそうに、ガデスのベッドへ滑り込んだ。逞しい腕の中で、ゴロゴロと喉を鳴らして身をくねらせる。
「おまえ、そんなに挑発すると、犯すぞ」
「ぁん」
短い返事が刹那の喘ぎ声にそっくりで、ガデスは一瞬我を忘れた。
少年の服を引き裂くようにして裸にしていた。
暖かく、みずみずしい身体。
何にも知らないような、小さな紅い乳首。可愛らしい性器。
そっと胸を撫でると、ぐったりと身を伸ばして、気持ちよさそうに目を閉じた。
「ぁぅん」
畜生。
抱きてえ。
でも、こいつは刹那じゃない。しかもまだ子供で。
だが少年は、更に身体をこすりつけてくる。ガデスの敏感な部分と、自分の部分を触れ合わせるように。
明らかな挑発だ。
揺れているこちらの心を見透かすような。
面白くねえ。ちょっと脅かしてやるか。
ガデスは少年の胸を吸いながら、しっぽの下にある部分をやんわり探る。
「あぅ!」
少年が激しく反応した。下ではきつく拒みながら、上は喜びに崩れている。あまり場数を踏んでいないような――外見どおりの年齢ならそれが当たり前なのだが、幼い媚態の新鮮さに、ガデスの胸は高鳴った。刹那の初めてを俺が奪う、そんな錯覚に陥って、ガデスは夢中で小さな口唇を吸った。ミルクの甘い味。キスに応えるすべも知らないのか、呼吸も忘れたように緊張している相手が愛しい。
顔を離すと、ガデスは震えている黒い耳に囁きを吹き込んだ。
「逃げるなら今のうちだぜ。拒めるうちに拒んどけ。そうでないと、最後までやっちまうぞ。ヒドイ目にあいたくなけりゃ、今すぐベッドを出ろ」
潤んだ菫いろの瞳が、じっとガデスを見上げる。
「俺の言ってる意味、わかってんのか」
少年はかすかにうなずく。
ガキのくせに。
「馬鹿だな。優しくしねえぞ」
少年は微笑む。しっぽがパタ、と動く。喜んでいるようにしか見えない。
ガデスはあかりも落とさないで、少年の脚を折り曲げ、押し開いた。淡いピンクの入り口を太い指でぐっと押す。その一瞬だけ身をこわばらせたが、抵抗する気はなさそうだった。
畜生。
後悔させてやる。
ガデスはベッドを降り、衣装箪笥の底にしまっておいたものを取り出した。
「これ、つけさすぞ」
黒い革でできた、首輪だった。
刹那の長い首に似合うと思って発作的に買ってみたものの、ボンデージの趣味があるように思われるのが嫌で、今まで贈らずにしまっていたものだ。
少年が逃げないので、ガデスはその柔らかな首筋に革を巻いた。首が締まらないように注意してバックルを通し、ガッチリとめてしまう。短い鎖がついているので、それをひっぱられれば少年は動きがとれなくなる。
本物の猫は首輪を嫌がる。初めての時は何とかとろうして暴れる。
だのに、彼は抵抗しない。
それどころか薄く微笑みを浮かべて、
「んぁー……ん」
小さな、それは求愛の声。
ガデスの理性の糸がプツン、と切れた。
顎を捕らえて口唇を重ね、身体中をまさぐりだす。
勢いのある愛撫に、小さな身体が跳ねる。かすれた声をまき散らし、ガデスの身体にしがみつく。欲しい、と全身が訴えている。どうしようもない発情をもてあましている。
それに応えるべく、ガデスは猛攻を開始した。

「ち、駄目か……」
最後の砦は、ガデスの人差し指を一本飲み込むので精一杯だった。どんなにほぐしても濡らしても、それ以上のサイズのものはどうしても受け入れられそうになかった。ガデスが前をしゃぶるようにしながら指をすすめると、やっと入りはするのだが、それだけで少年は達してしまう。力の抜けたところで押し入ろうとするのだが、それでも先端をあてがう以上のことができない。何度やっても同じことだった。どんなに楽な姿勢をとらせても駄目で、しっぽの妨害をのぞいても事は成就しそうになかった。無理に奥まで犯したら、怪我をさせるだけではすまないだろう。相手が華奢に過ぎるのだ。
「しかたねえ」
ガデスは首輪の鎖を軽くひいた。
「口でしろ」
少年は、反りかえった大きなものを顔の前に差しつけられて戸惑った。疲れで思考が定まらないのかもしれない。焦れたガデスは、金髪の中に掌をつっこみ、相手の口唇に自分を押しつける。
「噛まねえようにして、先をペロペロと嘗めるんだ。途中は掌でしごいてな。やってみろ」
ようやく小さな口が開いて、先端に舌をはわせた。
チュ、とすするように嘗めてくる。
いい。
最高だ。
サリサリとした舌の感触が、ずっと暴発を堪えていたガデスを煽った。
腰を浮かせ、少年の口の中へたっぷり放つ。
「飲め」
少年は、むせながらもガデスの体液を懸命に飲み下した。
だが、そこで体力的な限界がきたらしく、息もたえだえに横になり、薄目を閉じてしまう。
「まだだ。まだ出るぜ。全部飲め」
ガデスはとりつかれたように、指で少年の口をこじあけた。あたまのてっぺんの黒い耳がペタンと寝てしまっている。もう嫌なのだ。だがガデスは、自分の先端を押し込んで、どうしてもおさまらない第二、第三の波を注ぎ込む。
「かふっ」
口唇をたて続けに犯され、喉をねっとりしたものに塞がれて、少年はついに失神した。
ぐったりした身体に気づき、ガデスはやっと我に帰った。
大人の刹那とやっている時だって、そこまで無理はさせないものを。
「大丈夫か」
ガデスは慌てて、少年の口唇に息を吹き込んだ。身体に少しでも力が戻るよう、綺麗にして撫でさすってやる。うぶ毛の一面にはえた身体は触れているだけで心地よく、また、首輪をつけたままの姿は奇妙な色気があった。外してやらないと苦しいだろうと思いながらも、ガデスはそのままマッサージを続けた。
しっぽがパサ、と動き出した。
目蓋が上がって、菫いろの瞳がガデスに焦点を結ぶ。
口唇が開く。
「す……」
言葉にならない、言葉。
その瞳の訴えている、熱い気持ち。
ヤベエ。
本気になっちまう。
俺には刹那がいるのに。
それでも、抱きしめずにはいられなかった。
刹那。
早く戻ってきてくれ。
そうでないと、俺は……。

翌朝目覚めて、ガデスは茫然とした。
少年はいなかった。
破いた服も破片もない。
快楽は確かだった。あの柔らかな体毛の感触は忘れ難い。
だが。
「夢でも見たのか、俺は?」
刹那恋しさにか……と苦笑いしつつ、ガデスは衣装箪笥の底を調べた。
しまっておいたはずの首輪が、そこにはなかった。
やはり、昨夜の情事は夢ではなかったのか。
なら、あの子は何処に。
その日一日、ガデスの心は乱れたままだった。
おしきせの夕食の席で、刹那に再会するまでは。

「ガデス」
「おう。戻ってきたのか」
短い返事。刹那の答も短かった。
「ああ」
食事を終えると、二人はどちらからともなく立ち上がり、偶然のように一緒の方向へ向かって歩き出した。
廊下で二人きりになった時、刹那がふっと追いついて、ガデスに耳打ちした。
「浮気、したろ」
「なんだと」
ガデスはギロリと刹那をにらみつけた。
帰ってきて、いきなりそれはねえだろう。
だいたい俺は、おまえの夫でもなんでもない。浮気ってのはどういうこった。
それに、あの獣人の子はおまえに似すぎてた。だからつい変な気になっちまっただけだ。ただそれだけの事じゃねえか。おまえがいれば、あんなことはしやしねえ。
ガデスは沢山の言葉を飲み込んでから、やっと一言返した。
「どこにそんな証拠がある」
「鎖骨のあたり、キスマークだらけだぜ」
ガデスはドキリとした。確かにあの子に何度も首筋を甘咬みされて、それで感じていた。
だが、ガデスは表情をきっちりつくろった。
「ゆうべ、蚊が出たんだ。そんなに艶っぽい話じゃねえ」
「まだ蚊の出る季節じゃないぜ。それとも、大きな蚊なのか」
「やけに絡むじゃねえか。なんだ、今晩一発やりてえのか?」
「いや」
刹那はからかうような口調をやめた。
「疲れてるから、いい」
二人は無言で、肩を並べて歩き出した。
ふと、ガデスの視線が刹那の首筋にゆきあたった。
へんな痕がついていた。水平の擦り傷だ。いつものコスチュームの襟よりわずかに高い位置についている。すこしかぶれてもいるようだ。傷自体が汚れている。黒い革か何かで強く擦ったかのような。
黒い、革。
「刹那」
ガデスは思わず足を止めた。
「おまえ、まさか」
昨夜一晩、刹那は不在だった。
そのかわりに現れたあの少年。
しきりに俺を求めた、おまえそっくりな子供。
まさか。
刹那は足をとめなかった。振り向きもしなかった。
ただ、その頬がうっすら赤くなり始めたのをガデスは見た。
じゃあ、あれはやっぱり。
仕事というのは出張でなく、ウォンの実験だったのか。それが失敗してあんな中途半端な身体に。いや、ウォンのこったから、最初から獣人にして面白がるつもりだったのかもしれねえ。それでも一晩たてば戻る程度の事だったから、中庭までこっそり帰ってきたんだ。そこで俺に会えたんで、俺の愛情を試すためにあんな風に粉をかけて。
「待てよ!」
ガデスは両手で刹那を壁にぬいとめた。
「嫌だ」
刹那はガデスから顔を背けた。
「もうおまえなんかと寝ない」
刹那は激怒していた。全身を硬くしてガデスを拒否している。
「悪かった。首輪なんかして」
「そんなことを怒ってるんじゃない」
「刹那」
「馬鹿!」
刹那の声から、ふっと力が抜けた。
「すぐに気づいてくれたと思ったから……最後まで、我慢したのに」
しまった。
さっき刹那が浮気したろ、と尋ねた時、俺はおまえ以外とは寝てない、と答えなけりゃいけなかったんだ。今はじめて気づいたと知られてはいけなかったんだ。
刹那は俺を試そうとした訳じゃないんだ。
単純に、俺が欲しくて抱かれただけ。
俺が正体を見ぬいたと思ったからこそ、従順に身体を開いたんだ。夢中になって応えたんだ。
だからこそ、自分以外の人間にも、あんな激しい愛撫がほどこされるのかと思うと、とうてい我慢できなくて。
「刹那」
「嫌だ」
ガデスは、刹那をぎゅっと抱きすくめた。
抱きしめたまま、その怒りが鎮まるのをじっと待ちづつけた。
今、こいつを離したら、何処かへ行っちまう。春先の猫のように、別の相手を探して遠くへ。
だから、どんなに暴れても、離さない。
絶対に。
刹那。
「ガデスの、馬鹿……」
刹那の身体の緊張がやっと変わった。低い声が、ガデスの耳に吹き込まれる。
「今晩は、俺がおまえに、首輪、つけてやる」
他の相手とできないように。
つまりそれは、刹那もこれっきり俺と別れるつもりはないってこと――。
ガデスはほっと安堵した。
抱きしめる腕を緩めて、刹那の耳に口づけた。
「ああ。おまえになら縛られても……いいぜ」

【原案・ちゅんざんびえね/脚色・Narihara Akira】

(2000.5脱稿/ちゅんざんびえね様旧HP「電脳闇工房〜デジタルダークネスメーカー」用書き下ろし・2001年1月「でじぎが」内【ガデ刹部屋】に挿し絵つきでアップ)

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Written by Narihara Akira
http://www5f.biglobe.ne.jp/~Narisama/