『大谷吉継は後悔している』
大谷吉継は、ふと気づくと、旅の一行の中にまぎれていた。
「こは誰ぞ?」
自分は関ヶ原で敗走し、切腹した。首は家臣の五助に頼み、辱められぬよう隠して埋めよと命じた。だのになぜ生きている? この冬支度の旅の者どもはなんだ。
「いや、生きてはおらぬな」
誰の目にもこの身は見えていないようだ。つまり魂魄だけの存在らしい。死んだら地獄へ落ちるかと思っていたが、そういうものは、本当はないのか。それとも成仏できずにさまよっているうち、知らぬ者に取り憑いてしまったか。
「まて、知らぬ者でもないな」
旅の一行を率いているのは、老兵の前田慶次のようだ。
小田原攻めの時には一緒に戦ったし、じかに話をしたこともある。単なる武辺者でなく文人らしい面もあり、陰陽道にも詳しいので、座談は愉快だ。が、特に親しかったわけでもない。年齢も倍近く違うのだ。
前田慶次は気の毒な男だ。前田家の長男が子に恵まれなかったため、滝川家から養子に入ったが、織田信長がその相続に横やりを入れた。己の家来の前田家四男・利家に継がせろというのだ。結果、前田家は利家が継ぎ、慶次の立場はなくなった。なにしろ前田の家から嫁をもらい、また長男の跡継ぎでもあるので、滝川の家には戻れない。結局彼も子もなさなかったので、ついに前田家を出奔、上杉家の客将になった。前田の体面は丸つぶれで、上杉も咎められるべきところを、慶次の風流を気に入っていた秀吉がとりなして、すべては不問になった。
旅の一行の話を聞いていると、ここは奥州で、慶次は京を離れて、米沢へ戻るところらしい。関ヶ原からは一年以上が過ぎているようで、なおさらこんなところへ化けて出た意味がわからない。恨みのある相手の前に現れるならともかく、この男に対して含みはない。
とりあえずこの世に未練はない。呪いたい相手もいない。秀吉の懐刀として若い頃から豊臣を支え、病で表舞台から遠のいた時期はあるにしろ、最後は武士らしく死ねた。主君の息子の行く末については、今さら案じても仕方がない。家康にしても、すぐに秀頼をどうこうすることもあるまい。前政権の幼い遺児を、何の非もないのにすぐ亡き者にすれば、諸大名から反感を買い、戦国の世に逆戻りだ。そもそも毛利輝元の甘言に乗せられて、うかうかと家康に反旗を翻した自分が愚かなのだ。
では、一体なにが心残りか?
慶次一行は、浅香山を過ぎ、本宮へ向かう途中に異様な塚へ出くわした。土地の者に問う。
「これはなんだ」
「石田治部少とかいう人が、今年の秋の初めに京から送られてきたので」
吉継は驚愕した。
「三成、だと?」
なんでも石田三成の魂を、村の境界まで押し出す行事があるという。送り出さない村では様々な怪異が起こったので、石田治部少を恐れた村人は、地蔵送りの要領で村の外へ押し出した。送りつけられた在所では、大きな塚をつくって鎮めを行った。京から送られてきたばかりの頃は、人目をはばかってひそかに行われていたが、次第に大がかりな祓い方になった。石田三成やその家族を模したわら人形に赤い帷子を着せ、輿に乗せて念仏を唱える。五色の弊を立て、あかあかと松明をともし、修験者らに祈祷などさせつつ、時に二、三千人もの大行列に送り出され、供え物など捧げられて鎮魂された。
興味をひかれたか、慶次は「道之日記」と表紙に記した覚え書きに、鎮めの詳細をさらさらと書き留めている。西国にも、虫送りや神送りなど、田畑の害になるものや厄災となるものを追い出す儀式がある。その追い出すべき者が三成ということらしい。奥州ではそこまで恐れられているのだ、と。
吉継は、なぜ自分がここへ現れたのかわかった。
己のしたことを後悔せよ、ということだ。
吉継の唯一の心残り、それは三成だった。
三成は吉継と同じく秀吉の左腕であった。が、家康と対立などしておらず、秀頼を守れるならば従う気でいたのだ。しかし、家康の専横を面白く思わない毛利輝元が、秀頼の公儀となり、家康を排除すると言い出したので、吉継は従った。三成は、吉継に説得されて毛利についただけで、首謀者でなく犠牲者だ。そのことだけは死ぬ間際に、チラリと悔いた。
だのに三成が、厄災、だと?
慶次は覚え書きの最後にこう記した。
「死んだ後もこうも人を畏怖させるとは、石田三成という男、ただ者ではなかったのだな」
ああそうだ。厄災としてでもいい。三成の名を書き留めてくれ。老将・前田慶次よ、その道之日記をぜひ広めてくれ。三成という男の生きた証拠に――。
☆あとがき
来年の大河ドラマで豊臣秀長の話をやるそうで、新しい資料も近年いろいろ出てきていますが、その中で『前田慶次道中日記』という書物の存在を知り、奥州で三成が厄災扱いされているなんて可哀想だなあ、と思って書いたのがこの話です。一昨年「いぶくろをからに」という題で三成のことを書きましたが、現在は関ヶ原合戦の首謀者は三成ではない、という説の方が優勢なようです。
(2023.7脱稿:ぺらふぇす2025参加作品)
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Written by Narihara Akira
http://www5f.biglobe.ne.jp/~Narisama/
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