『千のキス』

キースはウォンを、寝台に押し倒した。
「わかってないな、あいかわらず」
耳元で熱く囁く。
「僕はセックスが好きなんだ。君にいかされるのが好きなんだ。僕をこんな淫らな身体にしたのは、君なんだ。……思い出させて、やろうか?」
「キース」
ウォンの声は甘く掠れた。目をつぶって、小さく呟く。
「……理性が、とんで、しまいそう」

★      ★      ★

「明日は早いので、自分の書斎で眠ってもいいでしょうか」
帰ってくるなりそう告げたウォンを見て、キースは内心どきりとした。
なんて、隙だらけな。
出先でアクシデントがあったようだが、それにしても。
「そうだな。僕も今日は疲れてるから、ひとりで寝ようか」
なにげない風を装って、そう答えるのが精一杯だった。
ウォン。
本当に、大丈夫か?

キースにとって、カナダの冬はどうということもなかった。イギリスよりはやや寒いが、防寒対策をしっかりすればいいだけのこと。空気の悪い祖国よりも、こちらの方が過ごしやすいぐらいだ。
しかしウォンは、あきらかに寒がっていた。雪もみずに育った人間にとっては、この気候が思いのほか辛いらしい。熱帯の島にいたころに比べてずいぶん大人しくなった。顔色がすぐれない時も多い。
「だから、暖かくなってから来ようといったのに」
その台詞が、喉元まで出かかる。しかしそう言えばウォンは「大丈夫ですよ」とその場をつくろうばかりだろう。倒れる寸前まで。
「それじゃ、困るんだ」
弱っているウォンに、無理をさせる必要はない。それより、もっといたわりたい。暖かい部屋で、たっぷり寝かせてやりたい。あの黒髪を、やさしく指ですきながら。
ただ。
寒いながらも春は近づいてきていて、若いキースの中に新しいエネルギーがわいていた。つまりいわゆる「発情期」なので、ウォンがいない時は、キースはこっそりそれを処理していた。コントロールできないほど子どもではないし、どうすれば効率よく達するか、自分の身体だからよく知っているからだ。
そう。
ほんとは、欲しい。
ウォンの微笑を思い浮かべただけで、腰が動いてしまうほど。
それに。
「フェイ、って呼ばれてたのか」
ウォンの母親の思い出は、キースへの想いとはまた別に、大切に心の底にしまわれている。彼の心の純粋で清らかな部分は、母から与えられた愛情そのものに違いなく、キースもみだりに踏み込んだり、やきもちを焼いたりはしないできた。
だが、母親の面影のある女に会っただけで、そんなに動揺するとは。
あきらかに怪しい相手に、弱点をさらけだしてしまうなんて。
僕が注ぐ愛情では、不足だとでも?
「本当に、困るんだ」
いったんベッドに入ったものの、キースはガウンを羽織って立ち上がった。
まだ、夜も更けていない。
ウォンの様子を見に行こう。
もし、まだ眠ってなかったら、この妙な身体の火照りを、どうにかしてもらおう。
「ウォン?」
書斎のドアが開くのに、すこし時間がかかった。
あきらかに眠れずにいたウォンを見るなり、キースはたまらなくなった。
ひろい胸に飛び込み、全身でねだる。
「ウォンので、鎮めて欲しい……!」

翌朝、さっぱりした顔のウォンを見送って、キースはため息をついた。
悪くなかった、もちろん。
自分が眠りたかったのも、ウォンを気持ちよくさせたかったのも、嘘ではない。
それなのに、再び身体の内側で、広がりだした炎がある。
「……自分はこんなに、心が狭かったかな」
フェイ、と呼んでみたかった。
見知らぬ女に一瞬でも心をひかれたウォンに対して、怒りを感じていた。
そう。
ウォンに、自分のことだけ考えていて欲しいのだ。
誰かに心を動かされたなんて、けぶりも見せて欲しくない。それが、友人や家族であっても。
いつのまに、ここまで独占欲が強くなったんだろう。
ずっと、二人きりでやってきたのに。
いや、二人きり、と思っていたからか。
「罰として、帰ってきたら、キス百回だ」
ウォンが悲鳴をあげるぐらい、むさぼってやる。
百回でも千回でも。
思い出させたい。
僕がどんなに君が好きか。
身も心も欲しくてたまらない、というのは、こっちの台詞だ。
ウォン。
またも外で食事をすませてきたウォンを、キースはガウン姿で迎えた。
「遅かったな」
「ええ。でも、今日いちにちで、話をまとめてきましたから」
「それならいい。僕も今日はひとりですませたから、あとは寝るだけなんだ」
「あ」
ウォンの首にキースの腕がからみつく。そのままぐっと距離を縮めて、口唇を重ねる。
顔が離れると、ウォンは薄く頬を染めていた。
「……今朝は、とても嬉しかったです。でも、貴方もお疲れでしょう? あんまり無茶をしても」
キースはウォンを、寝台に押し倒した。
「わかってないな、あいかわらず」
耳元で熱く囁く。
「僕はセックスが好きなんだ。君にいかされるのが好きなんだ。僕をこんな淫らな身体にしたのは、君なんだ。思い出させて、やろうか?」
甘く喘ぐウォンに、キスを降らせはじめる。
「キース」
目をつぶって、ウォンは小さく呟く。
「……理性が、とんで、しまいそう」
「とばして、しまえ」

翌朝目覚めて、ベッドを降りたキースは、ちゃんと歩けないことに気付いた。
「これは……腰が抜けているのか」
痺れたようになって、力が入らない。
夢中になりすぎたのだ。
自分が上になって、ウォンの熱さを感じながら締めつけて。一度終わっても、休むことなく口吻を降らせて。指で、ふだんよりずっと濃厚に愛撫しながら。そして「中で、もっと」と囁きながら、もう一度飲み込んで。
ウォンは最初、キースのなすがままになっていたが、こらえきれなくなったのか、途中で身体の位置を変え、激しく動き始めた。
「……ああ!」
言葉もなくし、二人ともただ身体の喜びだけに集中して。
お互いの体液に、文字通り溺れた。

「やれやれ」
ウォンは先に、シャワーを浴びにいっている。
思ったより、元気そうだ。
キースはベッドに戻り、シーツに裸身を滑らせる。
「ふだん、ウォンって、こんなに手加減してくれてるんだな」
こちらの身体に負担が少ない体位で。
大切なひと、と思いを込めて、柔らかく抱きしめてくれる。
そんな優しさを受けとっておきながら、僕は思い上がってた。
もっと、愛情を注いでやらなきゃ、なんて。
「キース?」
ウォンがベッドに戻ってきた。
「もしかして、起きられない?」
キースは素直にうなずいた。
「君のいうとおり、無茶をしすぎた」
「嬉しいです、そんなに欲しがってくださって」
ウォンはキースの身体を抱き上げた。
「さっぱりしたら、腰のマッサージをしますね。暖かくして、今日は休んでいましょう」
「うん」
そう、それが僕の望みだった。
二人でいちにち眠るのも、悪くない。
ウォンはほんのりはにかみながら、うなずいた。
「……ええ、あの、千のキス、嬉しかったです」

(2007.3脱稿)

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Written by Narihara Akira
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