『所 有』

その日、ウォンは、スーツ姿にアタッシュケースをさげて帰ってきたので。
「それは、どうした」
「今日のお客様はご婦人でしたのでね。演出上の小道具ですよ。ご覧になります?」
キースの前で、ケースを開けた。
黒ビロードの畑の中に、指輪やピアスが行儀よく植わっている。
商談とみせかけて、裏の話もしてきたということのようだ。
「ずいぶん種類が揃えてあるな」
「お遊びですよ。たとえば」
ウォンはなんの飾りもない指輪を手にとった。
「たとえば、お名前も刻めますよ、などと、デモンストレーションもできます」
どんな処理がしてあるかわからないが、ウォンが触れると、内側に【wong / keith】と文字が浮かび上がった。キースは苦笑して、
「なぜ君だけ名字だ」
「お気に召さなければ、変えますが」
「いや、いい。今さら、そんなもので互いを縛る間柄でもあるまい」
ウォンも苦笑した。たしかに昨夜もたっぷり愛しあって、キースの全身に口唇を押しているのだ。心身ともにすべてをわけあった、家族以上に密度の濃い関係である。
「今日のお客様とやらは、冬生まれか」
「なぜそう思われるのです」
「赤い石が多いからだ。指輪なら特に、誕生石を意識するだろう」
ウォンはホウ、と眉をあげた。
「そういうものに、貴方が少しでも興味がおありとは」
「鉱物に、なんらかの力があるのは事実だからな」
「パワーストーンを信じてらっしゃる?」
キースはしごく真面目な顔で、
「信じるもなにも、この地上に生を受けた者は、おおかれすくなかれ、大地の影響を受けているだろう。超能力がチャージされる仕組みすら、すっかり解明されているわけではないんだ。まあ、誕生石というのは、アメリカの宝石屋が勝手に決めたものだが、清浄で質の高い鉱物なら、なんらかの力を持っているだろう」
「つけてみますか? 赤い石なら、貴方の銀の髪に、よく似合いますよ」
ウォンは赤い石のついたピアスを、キースの耳元にあててみる。二月生まれの彼の誕生石は紫水晶で、その高貴なイメージは氷の総帥にふさわしい。しかし、単に気に入ったものを身につけたいというなら、ルビーやガーネットのような、赤い石でもかまうまい。
キースは鏡をのぞきこみ、首を振った。
「血を連想するな、どうも」
「では、やめておきましょう」
ウォンがケースを閉じようとすると、キースはそれも制止した。
「トパーズのピアスも、あるな」
「ええ。それが何か?」
「君の誕生石だろう」
ウォンは一瞬、なにをいわれたかわからなかった。
「こういうものを相手につけるのは、所有の証、だよな?」
淡い褐色のピアスをひろいあげると、キースはそれを、ウォンの耳にあてる。
「似合うな、君に」
「そうですか?」
ウォンは装身具をつけない。ペンダントやピアスは、つけていると引っ張られたり攻撃に利用される可能性があるからだ。指輪は反対にこちらからの攻撃に使えたりもするが、ふだん手袋をはめているので、その上からつけるのが不自然だからだ。派手な衣装や長い髪のせいで、ジャラジャラと無駄なものをさげているように思われがちだが、意外にシンプルに暮らしているのだ。
ウォンの滑らかな耳たぶに触れながら、キースは囁く。
「つけて、みるか?」
「ピアッサーがありませんよ」
「君につける気があるなら、そんな道具はいらない」
「え?」
キースの瞳が、いつになく妖しく光っている。首筋に指を滑らせながら、
「意識を集中しさえすれば、この薄い耳たぶに、僕の手で、小さな穴を開けることは可能だ。一瞬で凍らせる。痛みもさほど、感じないだろう」
超能力で穴をあけ、そこにピアスをつけようというのだ。
「本気ですか、キース」
「そうだと、いったら?」
ウォンは、観念したように目を閉じた。
他者に力をくわえられることぐらい、ウォンにとって不愉快なことはない。
だが、ふだん我が儘をいわないこの人が、所有の証をつけようとしている。今更そんなもので、互いを縛る必要はあるまい、といいながら。
甘い情感にとらわれて、ウォンは低く、呟いた。
貴方の好きに、してください。
「いいんだな?」
次の瞬間、鈍い痛みを感じて、ウォンは、ア、と声をもらし――。

翌朝。
「されるまま、というのは、どういう気分だ?」
昨夜のように、キースに耳を甘噛みされて、ウォンはため息をついた。
「いいんですか、ピアス、つけなくて」
キースは微笑み、もう一度耳を口に含む。
「だって、つけると、こういうこと、できないものな」
「ではなぜ、おどかすようなことを?」
「君がどんな反応をするか、みたかったから」
「どうでした?」
「予想通り、可愛かった」
キースはウォンの口唇に指をはわせながら、
「いいじゃないか。前日には君が、僕のことをさんざん泣かせたんだ。僕は意地悪な冗談のひとつも、囁いてはいけないのか」
ウォンは、もう一度ため息をつく。
「反撃、ですか」
「君が今さら、指輪なんかちらつかせるのと同じだ」
ウォンの喉に口唇をあてて、キースは囁く。
「いったろう? 僕だって見える場所に、自分の刻印を押してみたい時が、ある……」

(2007.8脱稿)

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Written by Narihara Akira
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