『あつい』

「溶けそうだ……」
呟いてキースは目覚めた。
なぜかウェディングベールのような白いレースが、自分の頭上から垂れさがって、ベッド全体を覆っている。
「ああ、蚊帳、というやつか」
寝ている間に蚊にさされぬよう、ウォンがつるしていったらしい。ホテル内は清潔だし、結界もはられているが、念には念を、ということだろう。
ここで休んでいてください、といわれてから、どれぐらいたつのだろう。
ずいぶん汗をかいて、身体はむしろ冷たいほどだ。
日差しも翳りはじめている。
キースは身を起こした。
たっぷりとした蚊帳に、むしろ圧迫感を感じる。
「風は、涼しいのだがな……スコールでもあれば、もっと涼しくなるだろうし」
北国生まれの彼には、夏の南国はやはりつらい。
最初からわかってはいたのだが、それでもついて来たかった。
案の定、ウォンは困った顔をした。
「今回はバカンスでなくて、きなくさい種類の仕事なので」
「危険なのか」
「私に危害が及ぶ、ということはないのですがね。軍関係者と落ちあうことになっているだけですから」
「それだけなのに、何日も帰ってこないのか」
「相手が複数なもので」
「なら、ついていく」
「マラリアの予防注射が必要ですよ」
「大きな仕事は終わっている。君の邪魔はしない」
ウォンはため息をついた。
「わかりました。ホテルの手配をしておきます」

目的の島につき、滞在先のホテルに入った頃、キースはなんとなく身体に力がはいらないのに気づいた。
ウォンはそっとキースの背中を支えた。
「今のプロジェクトの疲れが抜けてらっしゃらないのに、無茶な移動をするからです」
キースは悔しげに、
「それは君も同じだろう。それに僕の方が若い」
「私は慣れていますから。暑い時というのは、若くても無理は禁物ですよ」
清潔な部屋に入ると、ウォンは簡単な結界をはった。
「しばらくここで、休んでいてください」
しぶしぶキースは、服装をゆるめてベッドに入った。
「日が暮れるまで眠れたら、少し楽になると思います。貴方はバカンスと思って、のんびりしていてください」
「わかった。はやく戻ってくれ」
「ええ」
キースは目を閉じた。
冷房のきいている部屋の中で、身体がそれなりに楽になると、キースはすぐに眠りに落ちた。
こんなものがはりめぐらされたとも気づかないほど、ぐっすりと。
夜、このロマンティックな蚊帳に、ウォンはもぐりこんでくるつもりなのだろうか。
「溶けそうだ」
キースはため息をついた。
自分の属性は、なぜ氷なのか。
本来的にはとどめておけない物質の動きをとめてしまう、というのが能力の本質だが、それはエントロピーの増大に反する、不自然なものだ。
だからこそ超能力であるわけだが、ひといちばい暑さが身にしみるという、あまりにわかりやすい弊害もあるわけで。
「考えてみれば、僕とウォンの能力はある意味、正反対なんだな」
ウォンの力は時を操るものと思われているが、実際は本人が他の物質より素早い移動をするために、相対的に他の時間が遅くなっているだけのことだ。
時も氷も、とどめえぬものという意味では、共通なのだが。
「ああ、目が覚めましたか、キース」
ミネラルウォーターを抱えて、ウォンが部屋に戻ってきた。
ためらわず蚊帳を開いて、キースの額に掌をあてる。
「熱はありませんね。しかし、こんなに汗をかいてしまって」
「シャワーを浴びてくる」
「そうですね。ただ、その前に水分を補給してください。もちろん、浴びた後もですよ」
ウォンはミネラルウォーターの栓をあけ、キースに手渡した。
キースはウォンをじっと見つめ、壜を置いてしまった。
「……なんです?」
「飲ませてくれないの」
「口移しをご所望ですか? せっかく冷えているのに、ぬるくなってしまいますよ」
「いいよ、それでも」
ウォンは一瞬ためらったが、自分の壜の栓をあけると、口に含んだ。
口唇が重なる。
キースの喉が鳴った。
顔を離そうとするウォンの首に、しがみつく。
長い、くちづけ。
キースの身体からすっかり力が抜けて、ウォンの胸に倒れ込んだ。
すっかり潤んだアイスブルーの瞳が、上目遣いで可憐に見上げる。
「ぜんぶ、飲んでからですよ」
ウォンはもう一度水を含むと、キースの顎をとらえた。
「君のが、いい」
甘えるキースの口唇を、ウォンは指でこじあけ、もういちど口移しで水を含ませる。
舌をたっぷりからませてから、顔を離した。
「貴方の中は、熱いですね」
「下は、もっと熱い」
ウォンの瞳も潤んでいる。
「私もです……今晩、眠らせてあげられないかも」
「最初から、新婚みたいな部屋にしたくせに」
「とけちゃう、とか、何日も離れていたくない、と可愛らしく口説いたのは、どこのどなたですか」
「その気に、なったか?」
「今晩は、貴方にぜんぶ、飲み干されてしまいそうですね」
「いやなのか」
返事のかわりに、ウォンはキースを押し倒した。
手指をからめたまま、低く呟く。
「すっかりとろけてしまったのは、むしろ、私の方ですよ……」

(2008.7脱稿)

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Written by Narihara Akira
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