『除 隊』


眠い。
最近、どうも眠くてたまらない。
空腹になるのも早く、なにより疲れやすくなっている。
超能力の使いすぎなのか。
そういえば最近、エミリオとかいう小僧の姿を見ない。ウォンが「すこし調整が必要ですね」とかいって、長期休暇をとらせるとかなんとか、いってたような?
俺も、メンテナンスが必要なんだろうが……。
「今日の訓練は終わってるんだ、すこし寝るか」
いつでもどこでも休めるのは、兵士にとって大事な資質だ。
熟睡の必要はない、目を閉じるだけでよいのだ。それだけで神経に休息を与えることができる。身体の力を抜いて柔軟さを取り戻すのだ、いつでも戦闘に入れるように。
刹那は私室の椅子の上で、背筋を伸ばし、瞳を閉じた。

ほどなく、かぎ慣れた葉巻の匂いが刹那の鼻先をかすめた。
「……どうやって入ったんだ、おまえは」
菫色の瞳ににらまれて、戸口に寄りかかっていたガデスはニヤリとした。
「なに、サイキッカー部隊は、軍のどの部屋もフリーパスってだけのことだ。まあ、おまえも、この部屋程度のセキュリティで安心できると思ってたわけじゃねえだろ」
いうなり奥までやってきて、刹那のベッドに腰をおろす。
「勝手に座るな。入っていいとも、いってないだろう」
ガデスは肩をすくめた。
「そうだな。寝てるとこを、悪かったな」
素直に返されて、刹那は拍子抜けした。声を和らげて、
「俺に何の用だ」
「除隊届けをだしてきた」
刹那はフン、と鼻をならした。
「なんだ、名誉除隊を自慢しにきたのか」
優れた退役軍人はツブシが利く。アメリカは軍歴を重んじる国なので、生活面でも手厚い保護が受けられるのである。
ガデスはハ、と短く笑った。
「傭兵稼業に、名誉除隊なんざあるか。いいかげん飽きてきたから、やめることにしただけだ。ちと歯ごたえのあるサイキッカーでも現れりゃ、別だがな」
「俺がいるだろう」
ガデスは肩をすくめた。
「バカか、敵の話だ」
だが、ふと真顔になると、
「刹那。おまえは除隊する気はねえのか」
「なんの冗談だ!」
刹那は立ち上がった。ガデスは、まあまあと抑える仕草をしながら、
「明日なァ、共和党の選挙パレードがあってな。ウォンが開発した、超能力を無効にする装置とやらが、セントラルパークで発表されるんだとさ」
刹那は眉をあげた。
「本当に無効にできるのか」
「増幅することができるんなら、その反対もできるだろうさ。だが、そうなると、軍サイキッカー部隊も、おまんま食い上げってことだよな」
刹那は薄笑った。
「つくれたところで、ウォンがそんな機械を発表するわけがない。あんなに普段から力が欲しいとあがいてるのに」
「ほう?」
「だいたい、そんな装置があったところで、相手の体力を奪ったり、超能力のチャージを止めるぐらいのことなら、この俺ができるんだ。なんの問題もないだろう」
「刹那、よ」
ガデスはため息をついた。ベッドから立ち上がり、刹那にすっと近づいて、
「おまえ、自分の名前の意味、しってるか」
「そこまで俺をバカだと思ってるのか」
刹那は眼を細め、
「一瞬、ってことだろ。長生きしないってことだ。あらかじめウォンからいわれてる。増幅装置を使いすぎると、身体にガタがくるって」
「わかっててやめないんなら、バカだろうが」
「なんだと」
「愛人じゃねえなら、なんで大将に義理立てする必要がある。強くなりたかったんじゃねえのか。利用されるだけで、本当にいいのか」
「おまえは何もわかってないな、ガデス」
刹那の口唇が歪んだ笑みを浮かべる。
「この名も、超能力も、新しい仕事も、ぜんぶウォンが準備したものだ。それに対して見返りを寄越せといわれたからといって、何を驚く必要がある。俺だって、ウォンを利用してるんだ」
ガデスは首をふった。
「最近やった仕事が、胸をはれるようなもんなら、そういってもかまわねえだろうがな」
刹那は口をつぐんだ。
俺が最近やった仕事?
ティーズ・マイヤースとかいうチンピラに、超能力があるかどうか調べてこいといわれた。かけらもない、という結果がでたが、最初から変な仕事だと思っていた。
待てよ。
超能力を無効にする装置を公表するって?
超能力のないならず者を、ウォンは何に使う気なんだ?
なんでガデスは、急に除隊するなんて言いだしたんだ?
まさか、エミリオが休暇というのも、嘘か?
「なるほど。サイキッカー部隊がなくなる、ということか」
ウォンはなにか、茶番をやらかそうというのだ。
そのために、超能力者をあえて蚊帳の外におこうとしている。サイキックなどというものは無用なものだと、世間にアピールしようとしているのだ。
そして自分は地下へ潜り、今後は暗躍するのだろう。軍に来る前のウォンは、テロリストという噂もあった……。
「刹那。こっそりここを出る気があるなら、手伝ってやってもいい」
ガデスの声は真剣で、刹那は自分の心がグラつくのを感じた。
だが。
「なんで今さら、俺を口説きにきたんだ、ガデス」
冷たい声で問い返す。
誘われて一度だけ、ガデスと寝たことがある。どうやら刹那を抱きたかったようだが、つっぱねると大人しく向こうが抱かれた。
刹那は常々、ウォンの愛人といわれれば否定してきた。もし、ガデスが本気で刹那に興味があるというなら、あの晩にちゃんと口説いていたはずだ。
つまり、これは単なる同情――。
ガデスは首をすくめ、
「訊きたいことがあったからな」
「なんだ」
「あの晩、終わる前、なんで俺の傷に触った」
もうすこしでお互い達くという時に、刹那がふと動きをとめ、ガデスの左目の傷にそっと口づけた。
あの時、ガデスは全身を震わせた。感じたのだ。刹那の口づけに。
刹那は薄笑った。
「思い上がるなよ、ガデス。傷ってのは、だいたい弱いところだからな。優しく触られると、ふだんつっぱってる奴ほど、コロリとまいるものなんだ」
テクニックのひとつにすぎないので、刹那は余裕をもって応えた。
するとガデスは、ハァン、とうなずいて、
「なるほどな。なんで大将が、おまえを手放したがらねえのか、今のでわかった」
「なんの話だ」
「ウォンのやつ、ああみえて湿気の多い男だからな。おまえのとこで泣いてたんだろ」
ただの道具のはずなのに、本人も意識していない闇の部分を、刹那が癒しているのだとすれば、ガデスにも二人の関係に納得がいく。
刹那は首をふった。
「ウォンが俺の前でなんか泣くもんか。本命がいるんだろ?」
ガデスは目をそらした。
「さあ、なあ」
刹那はため息をついた。
「だいたい、手放したがらないどころか、一人でバカンスに行けといわれたが?」
「そうか。じゃあ、ま、そういうことにしておくか」
ガデスはベッドから立ち上がった。
「あばよ、刹那」
達者でな、とすらいわず、背を向けたまま、ガデスは部屋をでていった。
緊張がとけて、刹那はどさりとベッドに倒れ込んだ。
葉巻の匂いが、まだ残っている。
訓練の時、ガデスに首根っこをつかまれ「大人しくしな」と囁かれると、次にくる痛みを知っていながら、血が妖しく騒ぐ時があった。ガデスは加減を知っている。訓練の時に刹那を殺すことはない。そういう安心感もあった。「できそこないが」と罵られれば腹がたつが、「やるじゃねえか」と言われれば嬉しくないこともない。いちいち「俺の方が上だぜ」とアピールしてくるのも、憎めない。
そう。
嫌い、ではなかった。
だから、ウォンが俺を裏切っているというなら、ガデスと一緒にいってもよかったのかもしれない。
「フッ」
刹那は笑い出した。
俺は好きで、ウォンと一緒にいるんだ。
裏切るもなにも、ウォンは俺に永遠なんか、最初から約束してない。
俺も実験道具になることを承知で、サイキッカーになったんだ。
「ウォン。俺の命が消えるまで、あとどれぐらいなんだ……?」
あんたのために、なにかひとつぐらい、やれる時間が残っているのか。
「そういやガデス、明日、セントラルパークがどうの、といってたな」
よし、調べてみよう。
刹那はおきあがり、部屋に備え付けの端末を開いた。
ウォンの茶番を見届けてやろう。
もし、明日死ぬとしても、別れをいう時間ぐらいは、残されてると信じたいから――。

(2013.1脱稿)

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Written by Narihara Akira
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