『みせて』

「ウォン」
「はい」
夜が更けて、ウォンがいつもどおり優しい口づけからはじめようとしたその時。
「ひとりの時、どうしてる」
キースの低い呟きに、ウォンは眉を寄せた。
「いったいなんの話です?」
「だから、どんな風に自分を慰めているか、ということだ」
命令口調のくせに、青い瞳はうっすら潤んだ上目づかいで、
「みせて……」

★ ★ ★

「みせて……」
その瞬間、ついに来た、とウォンは思った。
探求心は人一倍ある人だ、いずれそんなことを言い出すだろうと思っていた。まだ若い彼が、ベッドのことをひととおり試してみたい気持ちはわからないでもない。相手が一人の時、どんな風に達するか見たいという欲求はそう珍しいものではないし、プレイとして興味があるのかもしれない。そういった好奇心イコール淫乱、という訳でもないし、むしろ今までの流れからすると自然に思える。
だからウォンは頬も染めずにそれに答えた。
「いくらキース様のお願いでも、ストリップショウのようなものはお断りしますよ」
「そんなものは期待してない」
「ふだん私がしていることを、みたいんですね」
キースはコクンとうなずいた。ウォンは小さくため息をついて、
「随分みっともないものですよ」
「見なければわからないだろう」
「しながら貴方を、挑発したりはしませんよ?」
「だから、いつもどおりが見たいんだ」
ウォンは上着を脱ぎ捨てた。
「そうですか。で、どちらのご観覧をご所望です?」
「どっち?」
「入れる時と入れられる時と、という選択です」
キースはぎょっとしたような顔で、
「もしかして、されるのをイメージしながらしたりするのか」
「ごくたまに」
平然と答えるウォン。キースの方がかえって恥ずかしそうに視線をそらして、
「淫乱なんだな」
ウォンは微笑む。
「ええ、貴方にそのように開発された身体ですから」
うつむいたままキースは呟く。
「とにかく、普段どおりにしてほしい。見られてることは忘れて」
「わかりました。準備がいりますが、して構いませんか」
「わかった」
「では、失礼して」

★ ★ ★

キース・エヴァンズはその夜、ずっと思っていたことを口にした。
ウォンの私室を夜わざわざ訪ねたのも、それが言いたかったからだ。
一人でしている時、どうしてるのかと。

時々、自分はウォンからいったい何が欲しいのかと自問する。
ベッドの中で「こんなに熱くして……」と囁かれると身体が震える。ウォンの物で深く貫かれ責められる時より、なにげない囁きの方がずっと感じてしまう。
ウォンの優しさ、潤んだ眼差し、純粋な魂。
そのぜんぶが好きでぜんぶ欲しい。技巧を極めた愛撫よりも、言葉などぎこちなくていいから、もっと側にいて欲しい。あの大きな身体から放たれる熱量が、自分を芯から暖めてくれる。
でもウォンは?
ウォンにとって、僕の身体はなんなんだろう。
貴方の心が欲しい、と繰り返しウォンは囁く。
僕もウォンも心だけでいいのなら、抱き合う意味はあるのだろうか。
ウォンの欲望はいま何処にある。
まだ本当に僕の肌身が欲しいのだろうか。
一人でする方が興奮する、なんてことはないのか。
「だってウォン……」
実はけっこう淡泊だし。
性戯に慣れてきて、強い刺激が欲しいと思う時、ウォンは急に優しくなってしまったりする。たぶん焦らしているのだと思っても、もどかしくてたまらない。年齢差かとも思うが、もし飽きられてきているのだとしたら、どうしていいかわからない。
ただ側にいて欲しい、と思う気持ちと矛盾しているのだけれど。

ウォンに淫らな質問をすると、いつも初々しく恥じらう。それだけでも見てみたくて、ひとりでどう慰めているのか訊いた。
だが、今日の彼はむしろ平然と応えた。
「で、どちらのご観覧をご所望ですか」
「どっち?」
「入れる時と入れられる時と、という選択です」
キースはぎょっとした。
「もしかして、されるのをイメージしながらしたりするのか」
「ごくたまに」
キースはその瞳をまともにみられなくなった。
受け身の喜びに乱れるウォンは可愛い。
だけどそれは自分の手によるからであって、ウォンが一人でそんなことしているのは見たくない。怖いようだ。
「淫乱なんだな」
ウォンは微笑む。
「ええ、貴方にそのように開発された身体ですから」
そんな、むしろ君が僕をこんなに……と言いたかったが、ウォンを抱いたことがあるのは実際自分だけなのらしい。反論もできず、準備をするという恋人をキースはおとなしく見送った。

ひとしきり、シャワーの音。
いつもどおりにする、と言っていた。見られていることは忘れてくれとこちらも言った。だから部屋の端にあった小さな椅子にかけて、キースは待っていた。
ウォンが出てきた。下半身にバスタオルを巻いている。髪は結い上げていたらしく濡れていないが、その背中もしっとりとしている。本当に部屋にひとりでいるように、キースを無視してベッドへ向かう。
その無雑作な歩きぶり。
ウォンはベッドにかけてあった毛布を一枚、細長く折り畳んだ。そして腰のタオルを外す。すでにゴムがつけてあった。そんな光景もなにか眩しいような気がして、キースはぽうっと頬を染める。
ウォンは湿ったタオルをベッド脇の低いテーブルへ置くと、照明をしぼった。淡い光の中、滑らかな肌が薄クリームいろに輝く。
ベッドへ腰を降ろすと、右掌を左胸に当て、ウォンは何かじっと思い浮かべている。
精神統一だろうか。見られていることを忘れて没頭するためか。
そのまま彼は、静かにシーツへ身を滑らせた。
畳んだ毛布に身を添わせ、それを優しく抱きしめる。
「キース様……」
かすれた呼び声。
ドキン、とした。
あの毛布が僕のつもりか。
そう、ウォンの腕はあんなふうに僕を包み込む。背中と腰に静かに掌を添えられて、それだけでとろけてしまうんだ。
だけど、あんな風に名前まで呼ぶなんて。
僕が見てるから?
でもそうだ、前にウォンが一人でホテルに泊まっているところへこっそり忍んでいった時、やっぱりあんな風に僕の名を呼んでいた。あれが普通なのか。あのまま黙って見ていたら、今の光景が見られたのだろうか。
ウォンは愛撫の手をゆるめない。口づけこそしないものの、胸を、腰を、足を毛布へこすりつけ絡みつかせ、そしてキースの名を呼ぶ。愛していると囁く。あのリズム。あの声。あれはいつも自分に向けられているものだ。ひとりの時もそのままなのか。
身体が疼く。
自分が普段されていることがどんなか、客観的に見る機会はまずない。それがどんなに淫らなものか、渦中にいると気付かないこともある。自分が受けているものは、単なるテクニックでなく、そのまま愛の表現なのだということも。
キースは自分の喉が鳴るのを聞いた。
どうしよう。
目を反らしたい。反らしたいけど。
「んん」
毛布を片手で抱きながら、片手で性器をひとしきりさすっていたウォンが、ふいに毛布に覆い被さった。くぼみのようにへこませた所へ、腰を突き入れる。そしてくじるように、引き締まった腰を回しだす。その動きはだんだんと早まって。
「キース……ッ!」
低い呻きとともに、ウォンは果てた。
ホウ、と仰向けに彼が身体を投げ出した瞬間、キースは発作的にベッド脇に駆け寄っていた。ウォンがゴムをはずすのを手伝って、テーブルのタオルで身体をぬぐってやる。
「良かった、ウォン?」
たった今まで二人でしていたかのように、キースは囁きかける。
ウォンはかすんだ瞳で見上げた。
「後始末までしてもらえて、何が不満でしょう……」
そのまま優しく抱き寄せられて、キースは思わず甘いため息をもらした。
満足げに瞳を閉じたウォンの頬に口づけて、
「ごめん」
「何を謝っているのです」
「君は、一人の時は一人で勝手に楽しんでいると思っていた」
ウォンは微笑んだ。
「貴方はどうなんです?」
「見たい?」
「貴方にも見せていただけたら嬉しいのですが、無理でしょう」
「なぜだ」
「貴方が終わるまで、我慢ができそうにありませんから」
腰をぐっと抱き寄せながら、
「それに、見ていただけで、こんなに熱くしてしまうのでしょう?」
キースはハッと身を硬くした。
全身、痛いほど感じている。
何を思って見ていたか、知られたくないと思うほど。
「君だって、見られて興奮していたろう」
ウォンは、つと顔を背けた。
「……本当は、貴方にうんと淫らなことを、今したくってたまらない。貴方が泣いてイヤイヤするまで、責めて責めて責め抜きたい」
その様子はなぜか苦しげだ。キースはその耳元に囁くように、
「いいのに、ウォン。僕も欲しい」
「だって貴方は知らないから……」
「何を」
「ひとりの時、私がどんなにいやらしいことを考えているか」
「考えても、しないくせに」
「え?」
「知らない訳じゃない、ときどき君の心の隙を覗いてるから。この乱れぶりを誰かに見せつけてやりたいとか、撮っておきたいとか、縛りたいとか……」
ウォンは吐き捨てるように、
「俗っぽいと思わないんですか」
「思うのは自由だ。それに、見せてとねだる方が、よほど俗っぽいだろう?」
「私は貴方の望むことがしたいんです。だから、それは別に……」
「そんなに喜ばせたいか」
キースはふいにウォンから身体をはがした。バスルームへ走って、何か手にして戻ってくる。
驚いて身体を起こしたウォンの前に、それをつきつける。
バスローブの紐だ。タオル地の柔らかい紐。
「ウォン。縛って」
「SM趣味がおありとは知りませんでしたよ」
「手首だけ、そっとだ」
「いいんですか、そんなことをしても」
「イヤなら僕が、君を縛って弄んでやる」
ウォンはホウ、とため息をついた。
「後悔しますよ?」
「後悔するほど、君の好きにしてくれるなら、それでいい」

一つに縛られた手首は、ベッドのポールに繋がれている。
「可愛い、貴方」
逃げられずされるままになってから、キースは思いしった。
今日のウォンは本気だ。
目で、口唇で、舌で、掌で、腰で、脚で、それこそ全身で迫ってくる。
自由を奪われた今、それを避けることも、その背を抱きしめることもできない。
こすりつけられる胸板。性器で性器をなぞられ、キースはうめいた。
「い……」
「なんです? イイ? それとも嫌? 達かせて? 入れて欲しい?」
言葉でなぶりながら、ウォンは元結をほどいた。飾りにつけていた絹の細いリボンが、キースの根元に結ばれる。てっぺんに軽くキスしてから、
「これで貴方は、私が許すまで達けません。それまでたっぷり狂わせてあげますよ」
「やぁっ」
本当は逃げられない訳ではない。サイキックを使えばローブの紐など簡単に切れる。欲すれば今すぐにでも逃れられるはずだ。
それでも怖い。
だって、ウォンが本気だから。
さっき見たままの姿勢で押し入ってくると、巧みに中をかき回す。
「フフ、こんなに締めつけて」
軽口を返す余裕がない。身体が緩まない。達けないもどかしさよりも、これからもっと何かされるのだと思う怖さと期待で、どうにかなりそうだ。
「そろそろ限界ですかね、リボンか貴方のものか、どちらかちぎれてしまいそうです」
キース自身に手を添えながら、
「まあいいでしょう、とりあえず私が先に達かせてもらいましょう」
「あ、熱……!」
ウォンの熱いほとばしり。そして次には自分が。立て続けに何度も。
そしてローブの紐がとかれる前に、もう一度最初から……。

「手首、大丈夫でした?」
「平気だ」
後始末をして、二人でシャワーを浴びて、互いの身体を拭いて。
ベッドに腰掛けると、キースがなにか思い出したように笑った。
「忘れてた。せっかくだから、さっきの、撮影しておけば良かったと思わないか」
「またそんなことを」
ウォンは眉をしかめた。
「貪欲なのにもほどがありますよ。さっきはあんなに怖がってたくせに、もうそんな」
「怖くなんかないさ。君を信じてる」
「挑発もほどほどにしてください。それに、うっかりなにか形に残しておくと、どこかへ秘密が漏れだしますよ。私は遠慮したい」
「でもこのブルーフィルムが、誰かに見られるかもしれない、と思うのも、それはそれで興奮するだろう?」
「キース様!」
「だって、それを見たら、ウォンが僕の何を楽しんでるのか、よく判るじゃないか」
ウォンはため息をつくと、キースの掌をとって、自分の左胸へ導いた。
「見せてあげます。とりあえず、私の心の貴方を」
「あ……」
キースは瞳を閉じた。
流れ込んでくる。さっきの自分の姿が。
涙を浮かべながら、それでもウォンを焦がれている瞳。
愛撫に敏感に応えながら、それでいてどこか含羞らっている柔肌。
ウォンのフィルターがかかって、それは更にたまらない光景で――。
「本当はこれが見たかったんでしょう」
「え?」
「私がどれだけ貴方が好きか、ですよ」
「……うん」
キースはウォンの肩口に頬を埋めて、
「僕のも見たい?」
「見ても、よければ」
そのままゆるく抱き合って、相手のぬくもりの中へ溶け込む。
「……ああ、私はもっと精を出さないといけないんですね」
「ん」
「貴方がそんなに物足りなかったなんて」
「物足りない訳じゃないよ」
「でも、隙をうかがって私の心をのぞき見してたって言ってませんでしたか」
「言ったな」
「それは私の努力不足というものです。もっと、見せてあげないと」
「いいの」
「ええ」
キースは掌を押しつけたところに、さらに額をおしつける。
「……じゃあ、もう少しだけ、見せて」

(2003.10脱稿)

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Written by Narihara Akira
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