『ゆるみ』

「ああ、いいキース、もっと締めつけて……!」
「あ、そんなに動いちゃ、もう!」

★      ★      ★

「細い方が、いいよな……」
ここは、南の島。
キースはひとり、土産物屋をひやかしながら、らちもないことを考えている。

膿んでしまった理想郷を捨て、冬の旅に出た二人の最初の滞在先には、暖かい場所が選ばれた。キースがあっさり雪をあきらめたのは、亜熱帯出身のウォンにあわせてというより、サイキッカーに敵対する国の多い北半球よりも、南半球の気楽な観光地の方が息抜きがしやすいと判断したからだ。
らしくもなくアロハシャツにチノパンで暮らしている。銀の髪は麦わら帽子で隠し、変装用にサングラスをかけているが、そんな人間は珍しくないから、誰もキースを詮索しない。暑いうちは昼寝をし、日が傾くと海風に吹かれに散歩に出る。絵に描いたような休暇だ。
ウォンはそれなりに仕事をしている。表だって社長業はしていないが、彼の判断を仰がねばならない会社は両手の指の数では足りず、必要な時は現地へ赴くことにしているからだ。人脈というものは常に血を通わせてこそだから、キースは出かけることを奨励する。彼の方も、ただ遊んでいる訳ではない。ウォンが手に入れてきた情報から、次の本拠地となる場所のリストをこしらえたり、使えそうな人材を選んでいたりする。余計なわずらいがなくなったぶん、理想をじっくり練ることができていた。充電期間といったら大げさかもしれないが、これぐらいの小休止は、先だった同志の魂にも許されるだろう。
キースがリラックスしているせいか、ウォンの表情にもゆとりが出てきた。ふだん慎ましい愛の表現が、驚くほど情熱的になる時がある。
昨夜の睦言を思い出すと、キースの頬は薄く染まった。
「だってウォンが、“ああ、いい、もっと締めつけて!”なんて……」
夢中で腰を使いながら恋人が口走った一言が、キースをときめかせていた。
いつものウォンなら、そんなことは決していわない。キースが自然に締めつけるよう、ウォンの方で身体の向きを変え、感じるところを責めたてる。つまり昨夜のウォンはそれだけ余裕がなく、そしてキースに甘えていたのだ。
身体を打ちつける彼のために開いていた脚を腰に絡め、キースは内奥で懸命に締めつけた。ウォンはキースをむさぼりつくす激しさをみせ、波がひいても余韻の甘さに身体を離すことができず、優しい口づけからやりなおして、互いの吐息の中で眠った。
朝、ウォンを見送ってからも、キースはしばらく幸せだった。
ただ、ひとつだけ気がかりなことがある。
もしかして、ゆるんでるかな、と。
柔らかく伸縮する場所だから、ウォンの大きさにすっかり慣れてしまっている。洗浄機で無雑作に洗うこともあるし、そろそろ緊張が足りなくなってきていることはあるかもしれない。感じきってしまうと、身体がかえって開いてしまったりするわけだし。
それが物足りない、とウォンは思うだろうか?
「もっと君を、気持ちよくさせたいのにな」
ちょっと締める練習をしてみようか、とキースは思った。
あまり大きいものを使うと逆効果だから、細くて、できれば長いもの……柔らかくて内蔵を傷つけない、できれば使い捨てにできるもの……あるだろうか?
「……これか」
五ミリほどの直径の、いろとりどりのサイリュームを見つけて、キースは手に取った。観光客が戯れに丸めて、ブレスレットにしたりするようだ。実際は降るような星空のせいで、実際の夜には人工の輝きなどすっかりかすんでしまうのだが、キースはこういう極彩色が、実は嫌いではない。
オレンジ色のチューブを買って、もう一度指で長さをはかった。
「これぐらい、あればいいな」

バンガローに戻ると、キースはさっそくシャワーを使った。
身体も使う物もすっかり清めてから、広めのバスタブに入って、ゆっくり挿入してみる。
「あ」
意外な抵抗感に、キースの身体は震えた。
自分で驚くほど狭い。よくウォンのものを受け入れている、と思うほど。
そう、ウォンは入ってくると、いったん浅いところで止める。内側ではここが一番感じるって知ってるから、上をつつくようにして……ここで締めつけたら、ウォンは気持ちいいのかな? いや、たぶん、もっと奥へ入ってからのほうがいいよな? 一番奥だと、だいたいウォンはここらへんまで来て……でもそしたら、締めつける余裕なんかないか。
だんだん息が乱れてきて、目をつむって前にも手を伸ばそうとした瞬間。
「いやらしい身体ですね。昨日あんなにしたのに、まだ足りませんか。それとも良すぎて、思い出してしまったのですか」
ハッとキースが目を開くと、白いチャイナ服姿のウォンが目の前に立っていた。
真顔のウォンに、キースは苦笑で応えた。
「僕を美化しすぎだ。爛れた愛欲の日々を過ごすために、こんなところへバカンスにきてるんじゃないか」
「爛れた、ねえ?」
ウォンはするりと、服を落とした。
見事に屹立したものが、キースの目の前にさらされる。
「……では、ご要望にお応えしましょうか」

予定より早めにバンガローに戻ったウォンは、キースがバスタブで淫らな行為にふけっているのに気づいた。その思考を読むに、昨晩の行為を思い出しているらしい。ウォンも確かに我を忘れて燃えあがったので、キースの気持ちはわからないでもないのだが。
「違うんですよ、キース。昨日、私が“たまらない”と思ったのは……」
昨日の夜、バンガローにウォンが戻ると、キースはテーブルの上につっぷして、うたた寝をしていた。厚い本が枕がわりになっている。
おやおや、珍しいことだ、とウォンは思った。
小さな頃から本の虫だったキースは、ベッドに本を持ち込むことまでは許されていたが、寝転がって読んだり、本を開いたまま伏せたりすることを強く禁じられていたらしい。本が床に落ちているのを気づかずにまたいでしまったり、飲食しながらページを開いたりしたら、罰として食事を抜かれたという。そういう躾を受けてきた人が、こんなにだらしのないことを、と。
あどけないような、無防備な寝顔。
大きく開いたアロハの袖から、キースの敏感な場所がのぞいている。それが妙になまめかしく見えて、ウォンは喉を鳴らした。本当は起こして、夕食をすませたかどうか尋ねるか、ベッドへ連れていくべきなのに、今ここでキースを犯してしまいたい、と思った。『資本論』など読もうとして、寝てしまう彼が愛しかった。こんなところへ来てまで、勉強なんかしなくてもいいでしょう? そう、言ったのに。
身をかがめ、キースの首筋に口づけてみる。
「ん」
キースはうっすら目を開いた。膝をついたウォンの胸に、そっともたれかかって、
「君の言うとおりだな。何ページかめくっただけで、この始末だ……」
声がはっきりしない。まだ、夢とうつつの境目にいるようだ。
「貴方は『幼年期の終わり』でも読んでらっしゃればいいのですよ」
「旧人類が滅び、新人類だけが踊る地球か。夢としては美しいんだが」
キースは再び目を閉じ、
「むしろ、今の生活の方が、夢のようだからな……好きなだけ本が読めて、君がいる」
「そんなささやかなことで、いいのですか」
キースは、とろんとした声のまま、呟いた。
「君にとって、僕は、ささやかなのか」
次の瞬間、ベッドへ飛んでいた。
“君といられるだけで幸せなのに、君にとって僕は、大事じゃないの?”
無意識がいわせたことかもしれないからこそ、切なかった。
この世界すべてよりも、貴方が欲しいのに。
だって貴方は、こんなにも――。

思い出しただけでたまらなくなり、ウォンはバスルームへ飛んだ。
すべてを脱ぎ捨て、キースの中で溺れて。

★      ★      ★

「悪くないですね、爛れた愛欲の日々」
「うん?」
夜も更け、とろとろと眠りに落ちかけたキースに、ウォンは囁く。
「私もしばらく出かけるのはやめて、貴方の顔だけ見て暮らしましょうか」
「そんな生活、君が駄目になるぞ」
「いいじゃないですか、バカンス中なんですから」
優しくキースを抱き寄せながら、ウォンも目を閉じる。
「二人でゆっくり、身も心もゆるめて……」

(2006.12脱稿)

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Written by Narihara Akira
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