『いじらしさ』

明け方のベッドの中、キースはいつも、ぬくもりを求めて身体を泳がす。掌でも脚でも人肌らしいあたたかさを確かめれば安堵するらしく、ぴったりと寄り添ってこず、いかにも慎みぶかく休んでいたりする。
そんなキースの甘え方が、あんまり可愛らしくて。
「いじらしい……」
眠っていると思って呟いたのだ。だから次の瞬間、いかにも面白そうな声が響いた時にはドキリとした。
「僕がか?」
キースは裸の胸をウォンに押しつけながら、
「その言葉、そっくりそのまま君に返す」
「私は、いじらしいというより意地悪でしょう?」
乱れたパジャマを脱がせた方がいいのか、それともこのまま抱きしめた方がいいのか、などと余計なことを思う間に、キースが素早く囁く。
「意地悪な君は嫌いだ」
「では、嫌われないよう、努力しましょう?」
「あっ」
そのまま、優しく高めて一通り。
互いを清めるために身体を離すと、キースは目を閉じたまま呟いた。
「そういうところが、いじらしいと言うんだ」
「え?」
「自分の欲望より、僕の心地良さをいつも優先しようとする」
「それは」
それは違う、私の欲望は肉欲を満たすことでない、貴方をトロトロにとろかして、もっと夢中にさせたいということなのだから。
「ときどき、君と僕は似すぎていて、不安になる」
キースの呟きは低く、だがしっかりとした声だった。
「二人とも同じ迷路で同じように迷ったらどうする? 同時に滅びてしまうなら、二人でいる意味なんか、ないだろう」
どちらかが迷った時に片方が正しい道に連れ戻す、どちらかに足りない部分をもう片方が補い続ける、そうでなければ一人と同じじゃないか、とキースは思う。
「どちらかが残らなければ、本当に意味がない?」
ウォンの囁きは低く、そして、ひどく甘かった。
「まだ、滅びてしまいたい? だから不安?」
銀の髪を優しく撫でながら、囁きは続く。
「わかります、負ってきたものを考えれば、貴方が死を想うのは無理もないことですから……疲れ果てている時に、二人一緒なら何でも乗り越えられる、なんて、おためごかしをきかされるのもお嫌でしょう。でも、一つだけ、私が約束できることがあります。貴方が滅びてしまっても、後追いはしませんから。貴方の望みどおりに生き残りますから」
「違う」
キースはぶっきら棒に答えた。
「僕が心配してるのは、君が先に倒れてしまうことだ」
「ああ」
ウォンの声が、安堵にゆるんだ。
「そんなことを怒っていらしたんですか、ずっと」
「そんなことって」
次の瞬間、ウォンは口吻でキースの口を塞いだ。
舌をからめとられ、腰を抱き寄せられて、キースは喘いだ。
やっと口唇が離れると、潤んだ瞳でにらみつける。
「愛撫で黙らせるのは悪い癖だ」
「でも、どうしても貴方が嫌だと思ったら、しませんよ?」
「ウォン!」
滑らかな頬を包み込むようにしながら、
「私は滅びません。貴方からこんなに沢山のものをもらっているんですから。嬉しくて元気になりこそすれ、倒れるなんて」
「たくさんって、僕はなにも」
「ああ」
わかっていないんですね、キース・エヴァンズ。
「私をいじらしいと思うのなら、そろそろ解ってください」
貴方のいたわりの気持ちだけで、私の胸はいっぱいなんですから。
「わかった。今晩は譲ってやる。だから」
甘えていいぞ、とキースは呟く。
「君が甘えてくれないと、僕だって安心して甘えられないからな」
その薄い胸に、ウォンの頬がそっと押しつけられた。
「じゃあ、こんな風に」
甘えて下さい、とウォンが身を寄せてきた時、キースの躰の中心は熱く疼いた。
こういうウォンを、僕が可愛らしいと感じてしまうんだから、ウォンは本当にたまらないんだろうな。僕のことをコドモだと思ってるんだから、なおさらだ。
でも僕は、ただいじらしい、可愛らしい、守ってあげなければいけない者だと、君に思われたくないんだ。対等な恋人でいたい。君を守りたいんだ。君の鬱屈から、君の歪みから、いや、それだけじゃない、直接加えられる暴力からも、守りたい。
でも、ウォンにそれを言っても。
「キース様……」
「うん?」
「それでは、あんまり、優しすぎます」
心中を見抜かれてドキリ、としたキースに、ウォンの呟きが追い打ちをかける。
「私は貴方の心の底に届かないのに……貴方の傷をすっかり癒やすこともできないのに、私だけ守られているのは、対等ではないですよ、ちっとも」
「でも」
物質的、肉体的、精神的に、僕がどれだけ君に守られているか、と言いかけて、キースはやめた。そしてこう言い換えた。
「癒やしてあげたい、とでもいうのか」
「ええ、なにしろ私は【いじらしい】んですから」
ウォンは低く笑って、
「でも、意地になっても、貴方を幸せにできる訳ではないですから……貴方の優しさに甘えることにします」
きゅうっとしがみつくウォンの腕を感じて、キースは深くため息をついた。
そうだな。
もともと対等でないなら、それで構わないのか。
確かに、どちらが多く愛しているか、どちらが多く相手のためを思うか、そんなことを争っても意味がない。
大切なのは、すっかり心を開いてくれるようになった、目の前の恋人だ。
「……いじらしいな、確かに君は」
笑いながら抱き返すと、笑わないでください、とウォンが囁く。あまりに大真面目なので、更にキースはおかしくなった。そして、囁き返した。
「幸せだから笑っているんだ。少し我慢しておけ」
「我慢はしますが、恥ずかしいんですから」
「わかってる」
クスクスと笑い続けているうち、昔の傷などなんでもないことに思えてきた。もちろん完全に痛みが消える日は来ないだろう。しかし、忘れている時間を多くすることはできる。
それでいいのだ。
魔法のように過去がすっかり消えてしまうより、ウォンの素朴な愛情で少しでも苦しみが和らぐなら、その日々が続くのなら、それは間違いなく幸せというものだろう。
「ウォン」
「はい」
「これからは、僕ももっと、甘えるから」
ウォンの身体が、一瞬すくんだ。何を言われたか気づいたのだ。
安心しました、と呟いて、キースの頭を抱き込む。

やはり、いじらしいという言葉は、二人とものためにあるものらしい。

(2002.2脱稿)

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Written by Narihara Akira
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