『T補佐官は見た』

○月×日

朝晩二交替の勤務を細かいローテーションで回していくと体調を崩す兵士が多いというので、今月から、夜番は一ヶ月ずっと夜番、昼番は一ヶ月ずっと昼番という勤務形態が試されることになった。
私は今日から一ヶ月夜番である。夜活動することは人間の生体リズムに反するので、夜番の勤務は比較的楽なものが割り当てられる。今回は補佐官の主要任務を外れて、書類整理等の事務的な仕事を中心にこなしていくことになった。
そのことはいっこうに構わないのだが、一つだけ気になることがある。仕事用にあてがわれた個室が、サイキッカー部隊にあてがわれた部屋の隣にあたるということだ。サイキッカー連中に今のところ不穏な動きは見られないが、すっかり警戒を解くことはできない。おそらくこれは、連中のお目付け役を兼ねた仕事なのだろう。
しかし、どうもカベが薄すぎる気がする。シャワーの音が響いてくるのは仕方ないかもしれないが、話し声も聞こえてしまいそうなカベというのはどういったものか。
何だかイヤな予感がする……。

○月△日

イヤな予感は的中した。カベなど薄くても薄くなくともさして変わりはしなかった。ガデスの奴、刹那を自分の部屋に連れ込むだけならまだしも、いきなりシャワー室で“はじめた”のだ。シャワーの音が急に激しくなったと思ったら、妙な振動音がし始めた。あられもない喘ぎ声が間断なく響く。
怒鳴りこんでやれ、と何度か立ち上がったのだが、連中はドアを開けないに決っているし、万が一カギがかかっていなくて、二人がやっている最中に踏み込むことになったら、それこそ目もあてられない。
部屋のカベをドン、と何度か叩いてやったのだが、夢中になっていて聞こえないのか全く反応がない。これでは仕事に集中できない。耳栓でもつけてやるしかない。
それにしても……あの声。
ヤローのよがり声なんてヘドが出ると思うのだが、刹那の声は妙に艶めかしかった。ああいう声で誘われたら、そのケがなくともそういう気になるかもしれない……もしかすると。

○月□日

基地の温度調節機が故障した。温度設定が狂ったまま、一日直らなかった。きっちり制服を着込んでいると、この季節でも暑くてたまらない。私を含む一般兵士は規則に従って我慢しているが、もともとお仕着せのないサイキッカー部隊の連中は、あられもない格好で基地内を歩いている。
それだけならまだ我慢できたのだが、今日は堪忍袋の尾が切れかけた。夕刻から刹那の生体メンテナンスにつきあわされたせいだ。最近、医療チームの書いたカルテを自分の都合のいいように書きかえて提出する者がいるので、私がチームから直接受け取って大佐の方へ届けるように、という命が下されたのだった。
刹那と歩くのは苦痛だった。奴がいつものインナースーツを着ていたならまだよかったのだが、今日は上半身に黒の薄いタンクトップしかつけていなかった。襟が詰まっていないので、金いろの髪の下、うなじについたキスマークが隠れていない。昨夜は特にうるさい事はなかったのだが。きっと服の下には、同じような薄赤い跡がさぞ沢山ついているかと思うとゾッとした。しかし一番嫌だったのは、刹那が例のブレスレットを外した時にその両手首を見てしまった事だった。両手をいっぺんに掴まれたらしく、そこには太い指の跡がうっすら残っていたのだ。まさかあいつら昼間から、と思った瞬間、刹那のあのしおらしい声を思いだしてしまい、全身がカッと火照った。恥ずかしがるべきは向こうであるはずなのに。よほど“キスマークがついているぞ”と教えてやろうと思ったが、あいつのことだ、“それがどうした?”といつもの蔑みの口調で返されるに決まっているので、やめた。
あいつらに見下されるのだけは、我慢ならない。

○月○日

今日、刹那が定時訓練に遅れたらしい。「T補佐官、連中の方に妙な動きはありませんよね」と医療チームから確認を求められた。なに、妙な動きなどありはしない。ガデスが無茶をやっただけのことなのだ。昨夜は遅くまで大きな声がしていた。刹那の声はやや高いので、よく響くのだ。“ガデス、欲しいのぉ、もっと突いてぇっ”などとねだる声が切れぎれに聞こえてくる。くぐもっているせいかガデスの声は聞こえたためしがないのだが、それに応えて甘い言葉を囁いてやっているようだ。激しいだけでなく物音は長く続いた。悲鳴に近い声は、止んだと思うとまたすぐ復活する。何度やれば気がすむんだとあきれるほどだ。
が、私も最近、あの声を聞きながらでも仕事が進むようになった。慣れというのは怖ろしいものだ。
それにしても、いつの間にあの二人はそんな仲になったのか。以前は激しくいがみあっていた気がするのだが。しかし、そんなに夢中になれるほど好きあっているのかと思うと、あきれるより感心してしまう時もある。それならそれで好きにしろ、とも思うのだ。定時訓練に連中を行かせるのは私の仕事ではないし、それに対して何の責任もない。どうせ上から小言をくらうのは監督官であるウォン“少佐殿”なので、ザマアミロという気持ちも湧く。ウォンの奴はどうせ二人の関係に気付いているに違いないから(あんな物音を立てていればどんなに鈍い奴でもわかるだろうが)、適当に注意してシマイなんだろうが。

○月◇日

今日という今日は腹が立った。あの二人――ガデスと刹那――トイレで“ヤッて”いたのだ。妙な気配をふと感じてトイレに踏み込んでみると、物音こそしないものの、どうも青臭い匂いがする。気配を殺していると、ドアがバタンと開いて、一人用の個室から二人が出てきた。二人とも頬が上気している。薄く開いた刹那の口唇からは、男の体液の匂い。よく見ると服に小さな白い染みが散っていて、それを洗おうと思って急いで出てきたものらしい。
ガデスは私を見ると、ニヤ、と不敵に笑った。
「ヨォ、補佐官殿。何の用でこんな処へ? ここはサイキッカー専用の便所だぜ」
刹那はさすがに私から視線をそらし、洗面台で顔を洗い出した。こっそりと口をゆすぎながら。
私はガデスをにらみつけた。
「サイキッカー専用だろうと何だろうと、ここは基地内だ。基地内では軍の規則に従ってもらう。勤務時間内にそういう行為に及んでもらっては困る」
「そういう行為、たぁ何だ?」
ガデスはすうっと右目を細めて、
「補佐官殿が何を言いたいのか知らねえが、サイキッカー部隊は特殊部隊でな、ミッションと訓練時以外は勤務時間外って規則になってるんだぜ。知らねえのか?」
私は答に詰まった。そう言われれば返す言葉がないのだ。軍内での男色行為を禁じた法律が撤廃されたのは十年程前で、それ以降、基地内であってもそれによってトラブルが発生しない場合、勤務時間外であれば私人として行動してよい、という流れになってしまっている。
「ガデス。行こう」
刹那は頬を染めたまま、ガデスに耳打ちする。まるで新妻のような初々しい恥じらいぶりで、ガデスはあの様子に参ったのか、とふと思わせる眺めだった。
私は緩みかけた自分の気持ちを引き締めるために、わざと厳しい声を出した。
「サイキッカー部隊だからといって、特例がいつもまかり通ると思うなよ。今日のところはまあいい。行っていいぞ」
ガデスは軽く鼻をならした。
「いつまでもこんなとこに長居する気はねぇぜ。俺達にゃ自分の部屋があるんだからよ。行こうぜ刹那。なぁ?」
「ああ」
刹那はチラ、とこちらを見、それからすっと目を伏せて、ガデスの後をついて出ていった。
けしからん現場に足を踏み込んだというのに、私の心は波立っていた。何故か、怒りと違う気持ちがふと湧いてきたのだった。“好一対”という言葉が頭に浮かぶ。何故だ。どうして連中がうらやましいような気になるのだ。“仲良き事は美しき事かな”などと言うが、それがあれだというのか。
ふと、刹那の抱きごごち、という事を考えた。あの、変に綺麗な男が自分の脚の間に屈み込んで奉仕を始めたら、私はそれにあらがえるだろうか。
馬鹿な、と思う。私は他人の濡れ場を見て動揺しただけなのだ。それ以上のものなど、ある訳がない。
……



補佐官のヤロウ、どうも妙だと思ってたら、変な記録をつけていやがった。こんなものがヨソへ洩れるのも面白くねえから、奴の留守中に盗ってきてやった。
最初は、こんなもん破いて燃しちまえと思ったが、ヨソ目から見ても刹那が俺に惚れてる描写が気に入ったんで、記念にとっとく事にした。補佐官が刹那に手を出す度胸はネェだろうが、もしそんなそぶりをちっとでも見せたらぶっ殺してやる。そん時はこれを出してやれ。補佐官が刹那をつけまわしてた、いい証拠になるかもしれねえからな。

○月☆日 G

(1999.10脱稿:Darkness Prison主催ガデ刹オフ会・暁槻和泉様宅にて、暁槻様のお題による/初出・暁槻様ホームページ「Purple Heart」1999.10)

さて、T補佐官と大佐の顔が見てみたい

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Written by Narihara Akira
http://www5f.biglobe.ne.jp/~Narisama/