『雛』

そこは連合軍本部におかれた、功刀仁の執務室。
むろんTERRAにもあるのだが、行き来を繰り返しているために小さな一室を用意してある。たとえば多忙なTERRA長官の立ち寄り場所として。
「あれは、ずいぶんと可愛い子だねぇ」
窓の外の青空を見ながら、感に堪えないといった調子で亘理士郎が呟いたので、功刀はひそかに苦笑した。
いつも大げさというか、独特の言い回しの持ち主なので、感情のこもったような言葉でも割り引いてきかなければならない。《生粋の政治屋》という形容詞どおり、それは彼の演出なのだ。
それでも水を向けて欲しいということなのだろうから、功刀は解析ファイルに視線をおとしたまま、それとなく尋ねてみる。
「なんのお話です」
「むろん、八雲くんのことだよ。あれだけ鋭い意見を持っているんだ、よほど尖っているのかと思ったが、あんなにも素直だとはね。しかも幼い」
功刀は首をすくめた。
「童顔というのはありますが、まだ二十歳にもなっていない。実際、子どもなんですよ」
「などといって、子ども扱いしとらんじゃないかね」
コツン、と杖を動かして亘理は部下の前に立つ。功刀はようやく顔をあげて、
「危険な目に遭わぬよう、細心の注意を払っていますが」
「そういう意味じゃあない。だいたい本部内で危険な目に遭うようでは、八雲くんを警察から引き取ってきた意味がないじゃないかね」
「では、どういう意味です。甘やかせとでも?」
「やっぱり、甘やかしておらんのじゃないか」
功刀は片眉をあげた。
「世界有数の政治的頭脳の持ち主をですか? 下手に甘ったるいことを言えば、バカにされたと感じるだけでしょう。それにそろそろ、彼の頭脳に身体がおいついてくる時期です。じき立派な大人になるものを、鍛えるというならともかく、甘やかすのは」
亘理はいつもの嗄れ声からトーンをあげて、
「君は本当に、そう思っているのかね」
「ええ」
「家庭的に恵まれない子ときいているがね」
「ごく普通の家だったそうですよ。二親揃ってきょうだいもいて、虐待されたり貧困に喘いでいた訳でもない」
「だから不幸ではなかった、とでもいうのかね。預かってくる時も、親御さんは、二つ返事だったろう?」
功刀はふたたび顔を伏せた。一筋乱れた髪の下で、その瞳は昏い。
「確かに私には、良い家庭について論じる権利はありませんが」
「おっと、やぶへびだ。僕こそ、そんな権利はなかったねえ」
亘理がため息と共にまた窓辺に寄ってしまうと、功刀は語調を和らげて、
「幼くして天才というだけで不幸なら、年を重ねればいいだけのことです。ただ天才というだけで不幸なら、その才能を活かせる場で生きればいい。少なくとも、ハッキングなどさせて遊ばせておくより、人類の未来のためになる。そういう意味で亘理さんがあの子を拾ったのは、正しいと思っていますよ」
「あの子を情報の海の中から、最初に見つけたのは君だ。実際に迎えにいったのも君だ。さすが、神のごとき用兵と呼ばれる凄腕の持ち主だよ、君は」
功刀はいささか不機嫌そうに、
「亘理さんが迎えに行くのでは、目立ちすぎるからです」
「見るからに軍人の君だって、じゅうぶん目立つさ。八雲くんは、ひとめ見て君をそうだとわかったそうだよ」
「彼はそんなことまで亘理さんに話しましたか。一度会っただけで」
「私の方が気安いのかもしれないな。君に対しては緊張があるんだろう」
「それで結構。親代わりと思って懐かれても、私のように不調法な人間では、うまくあしらえませんからね。息子が欲しくて連れてきた訳じゃない」
「おやおや」
亘理は笑い出した。
「確かに今の八雲くんの心境は、生まれたての雛鳥が親の後を必死でついていく気持ちに近いだろうがね。あまり冷たくされると、かえって燃え上がるのが恋というものだよ。むしろ親の気持ちで、総一、とでも呼んで可愛がってあげなさい。君は自分が思っているより、ずっと良い保護者になれる」
「恋、ですか」
功刀は笑い続けている亘理の横顔を見つめながら、
「例えば私を拾ってくださった時、亘理さんはそんなことまで考えてらっしゃらなかったでしょう」
亘理は笑顔のまま、軽やかに振り向いた。
「君と僕とは違うよ。最初からまったく無関係だった訳じゃない。六道さんと僕と君は、会うべくして出会った三人だ。君が大学で民族学など選んだ時点で、どこかでクロスする運命だったのさ。自衛官の道を選ばなくともね」
「民族学に没頭したのが、今の八雲総一と同じ年齢の頃のことでもですか」
「わかってないねえ。君を拾ったのは確かに僕だ。しかし僕は、君の心を溶かすことはできない。しかし君はね、あの子の心臓を直接撫でてしまった。そういうことさ」
「大げさな」
「いいや。文字通り君が、はじめての男のはずだよ」
「いやらしい表現をしないでください」
「では、憧れの男性、とでも呼ばれたいかね。それともヨロテオトルかね」
「もう勘弁してください」
「僕だって、あんなにキラキラとした眼差しで見つめられてみたいものだがねえ」
功刀が眉間に深い皺を刻んだのをみて、亘理は呵々大笑した。
「いやあ、君は本当に正直すぎるなあ。そこが良い所でもあるが、むしろ君の方が、年齢より若いといっていいね」
そこでふっと真顔になると、
「八雲くんとは、君の方がうまくゆく。彼は、僕のような後ろぐらい男の、気持ちを察することはできても、信用はできんだろう」
「亘理さん、それは」
功刀の言葉を亘理は遮って、
「なあに、自分の十代の頃を思い出してつきあってやればいいのさ。君だって充分、早熟な変わり種だったろう」
「……私があの年の頃には、もう娘がいました」
「そうか。そうだったんだなあ、うん」
真理子に強引に押し切られる形で功刀仁が結婚したのは、まだ十代の頃だった。親は早すぎると反対したが、美智瑠が産まれてからは渋々認めてくれた。完全に勘当されたのは大学を出る時に、予定していた民族学者の道を仁が選ばなかったためであって、それまでは若いカップルに、資産家の二人の実家は、それなりの援助をしてくれていた。
仁は娘を可愛がった。幼い彼女をフィールドワークへ連れていくこともままあった。しかし真理子が、探索につきものの危険を嫌がった。いつの間にか美智瑠にはバイオリンの英才教育などがほどこされ、仁の望んだ健康的な娘でなく、ほっそりと痩せた内向的な娘に育っていった。多忙になった仁と真理子の距離も、急速に離れていった。
今思うと、真理子があんなに熱心に愛したのは、仁の中の甘ったるい夢の部分であったのだ。民族同士が紛争の歴史と垣根を越えて協調し、世界中が平和になればいいという願い――それは誰しも一度は考えることだが、子どもでさえその困難さを知っている時代に、あえて自衛官という道を選ぶことで解決策をみいだそうとした仁の、その無謀な若さをだ。いざ実務につき、国防部という上意下達の組織に組み込まれてガチガチの軍人に染めかえられていく仁から、真理子の心が離れるのは時間の問題だったろう。
仁は離れていく彼女をとりもどす術を知らず、というよりも、むしろ事態を客観的に眺めていた。自分は良い夫ではない。己の不器用さに、華やかな真理子をこれ以上つきあわせる必要はない。美智瑠は愛しいが、二人とはすでに別居状態になってしまっている。自分ではもう充分なことをしてやれないだろう。娘は彼の人生における唯一の青い鳥だが、その鳥の幸せが自分の籠の中にないのならば、それは諦める他ないではないか。
本当か? 本当にそうだったか?
仙台への攻撃を阻止できなかった過去を思うたび、毎回言葉もでないほどの苦しみに功刀仁が突き落とされるのは、十歳にも満たない娘をその場から逃がすことができなかった、という事実のせいだけでなかった。つまり、もう美智瑠は自分の掌の中に戻らないのだから、死んでいるのと同じことだという気持ちが、かけらでも自分の中になかったかという思い――むろん、なかった。絶対になかった。しかし、では何故、そんな疑念が繰り返し浮かんでくるのだ。自責の念にしても酷すぎる。
亘理は功刀の考えを遮るように、もう一度コツン、と杖を鳴らした。
「では僕はそろそろ行くよ」
「はい」
部屋を出ていく時、亘理は一度だけ振り返った。
「……まあ、君なりに気をつけてやればいいだけの話だからね。君は君だ。そして彼には、君しかいないんだよ」
静かにドアが閉じた時、功刀は改めて思った。
わかっている。八雲総一はまだ子どもだ。
誰かの手を必要としている、うまれたての雛鳥のようなものだ。
生きていれば、美智瑠だってあの青年より二つも年上なのだ。
別の若い命をいたわってやることが、娘への供養になるだろうか。
しかし時をとめてしまった娘の幻にとらわれて、その「機」を逃すことがあれば、それこそ彼女に申し訳がたたない。そしてその「機」を完全にとらえるために、優秀な人材を求めてきたのではなかったか?
「気をつけてやる、か」
亘理長官もうまいことを言う、と思う。そう、注意を払ってやることぐらいはできるだろう。
しかし、可愛がる、という感情がまだ自分の中に残っているかどうか、功刀には自信がなかった。
あの聡い青年にニセモノの愛情を向けてみたところで、寂しがらせるだけだろう。もしくは軽蔑されるか。求められたからこそ彼はやってきた訳だが、それはつまり、こちらの都合でひっぱってきたということだ。若者の孤独を利用していると思うと、やはり功刀は気が重い。だいたい誰かをたぶらかすのは亘理の仕事なのに、なぜ今回に限って押しつける。彼のひきあいがあったからこそ自分は生き延びている訳で、感謝していないといったら嘘になる。が、だからといってこの苦行をまっとうできるかといえば、それはまた違う話だ。
その時、柔らかな若者の声が、インターフォン越しに響いた。
「功刀大佐、お呼びですか」
功刀はその面を無表情に整え、一瞬前までの動揺のかけらも感じさせない声で応えた。
「うむ。入りたまえ」
「八雲総一少佐、入ります」
まだあどけないような顔の、その頬をきゅっと引き締めながら総一は入ってきた。功刀は視線でソファを示しながら、
「そこに座りたまえ」
「失礼します」
行儀良く膝を揃えて総一は座る。ソファの上では姿勢を正すのが難しいはずなのに、背筋を上手にのばしている。育ちの良さというより、それは外づらの良さに思われて、功刀は小さく嘆息した。
「八雲少佐。連合軍情報部の仕事にはだいぶ慣れたようだな」
「はい、功刀大佐がいろいろと配慮してくださっているおかげです」
功刀はたいして面白くもなさそうに、
「私はただ、八雲少佐を子ども扱いすると酷い目に遭うぞと、情報部の皆に知らせただけだ」
「ありがとうございます。嬉しいです」
ちょっとはにかんだような笑顔は愛らしいが、どんな社交辞令もそつなくこなす男である。これも一つのポーカーフェイスに違いない。
功刀は用心深く、総一の大きな瞳をのぞきこんだ。
「TERRAのことは、どこまで知っている」
総一は小さくうなずいて、
「対MU戦略研究機関、Tereno Empireo Rapidmova Reakcii Armeo のことですね。建前は地球連合傘下ですが、資金的にも活動的にも、完全に連合から独立している組織みたいですね。功刀大佐のように、両方を行き来してらっしゃる方は、珍しいのでは」
淀みのない台詞。なおかつ、貴方のことも知っていますよというアピール。
単純な優等生ではない、やはり食えない奴だと思いながら、功刀は応える。
「行き来している訳ではない。私はTERRA総司令だ。連合で使える人材があれば、TERRAへ引き抜く。そのために時々ここへやってくるだけなのだ」
功刀の皮肉っぽい口調に気付かないのか、総一は憧れを込めたような声で、
「根来島というのは美しいところだそうですね。ネリヤ神殿の調査のためなんでしょうが、そんなに風光明媚な場所が選ばれているなんて素敵ですね」
「まあ、それだけではないのだがな」
口唇を歪めている功刀の前で、総一はハッとしたように、
「あ、お話というのはもしかして、TERRAのオペレーターに加えていただけるということですか」
「ずいぶんと自信たっぷりだな」
「いえ、そういう訳では」
総一は探るような上目づかいで、
「ただ、TERRAは専守防衛機関というより、むしろ諜報が主な研究組織なので、スタッフは生え抜きの軍人である必要がないときいています。ですから連合と違って、ずいぶん若い人材が多いとか。オペレーターとしてなら、十代や二十代の方が覚えが早くて使いやすいでしょうし、それで連合軍情報部で、使えるかどうかを確かめてらしたんじゃないですか。この頃の仕事で、やっと合格ラインに到達できたのかなと思うのは、自意識過剰なんでしょうか」
合格ラインどころではないのだが、功刀はいつもの落ち着いた声で、
「どこでそんな情報を得てきたかね」
「ここは情報部じゃないですか。それにボクは、功刀大佐の直属の部下としてここに配置されています。TERRAのことが全く気にならないとしたら、ウソになるでしょう」
「もっともだな」
ため息と共に、功刀はゆっくり立ち上がった。
執務室の窓のブラインドを降ろすと、パチンと指を鳴らす。
「ニライカナイのホログラフだ」
いかにも南の島らしい植生と、いかにも人工的な建物が渾然一体となっている三日月型の島の映像が宙に浮かぶ。
「中央に位置する円錐型の建物がネリヤ神殿。向かって左が根来島、右側が神至市だ。人の居住していない区域は、見てのとおり艦の発着場と飛行場だ。TERRA本部はこの神至市のはずれ、ネリヤ神殿の正面にある」
「まさしく島の中心ですね」
「そのとおり。美しい場所だと思うかね」
「こんな綺麗な海に囲まれた場所を、嫌う人はいないんじゃないでしょうか」
「君も海の近くで育ったのだったな」
「ええ。幸い、東京JUPITERに巻き込まれない地域にうまれました」
「そうか」
功刀は一拍の間をおいてから、
「ならば明日からでも、行ってみるか」
「いいんですか」
薄暗がりの中で、総一の瞳はさらに大きく見開かれた。
その吸いつくような視線にからめとられて、功刀は一瞬動けなくなった。
芝居ではない、この喜びぶりは。
この青年は、心底自分に傾倒している。
今なら彼は、何でもいうことをきくだろう。
「功刀大佐と同じ部署で働けるんですね」
うわずった声。キラキラと輝く瞳。
その若さがあまりに眩しすぎて、一瞬その視線を払いのけたくなってしまった。
しかしそれをぐっと堪えて、功刀は呟く。
「総一」
八雲ははっと背筋をのばした。
「えっ、はい」
はじめてファーストネームで呼ばれた驚きに揺れる青年に、功刀は低く囁きかける。
「これからは大佐などと呼ぶな。功刀さん、で構わない。TERRAにはお互いを階級で呼ばなければならない決まりはない」
「でもボクのような若輩者が、空気を乱すのは……」
「むしろその方が雰囲気が乱れる場所なのだ。どうせ今から軍人口調など身につくまい。どうしても呼びたかったら、功刀司令と呼べ」
「わかりました、司令」
「うむ。そのかわり私も、人前で君を呼び捨てにするが、構わないな」
「はい。でも……」
言いよどむ総一に、功刀は上から押さえつける口調で、
「何か不満があるか」
「いいえ、嬉しいです。なんていうか、特別扱いみたいで」
「そうだ。これからは君を特別扱いする」
「というのは?」
怪訝そうに眉を寄せる総一へ、功刀は余裕の微笑を見せる。
「君は明日から、TERRA副司令となるからだ」
一瞬、聞き間違いかと思って目を瞬かせる総一に、功刀は余裕を与えない。
「事情があって、現在副司令は空位になっている。いつまでもそのままにはしておけん。それゆえ明日から、君がその穴を埋めることになる。私の右腕として、しっかり働いてもらう」
次の言葉を失っている彼に、功刀は更に畳みかける。
「だから君を特別に扱わなければならない。いくらTERRAが若い組織とはいえ、二十歳に満たない若者がいきなり副司令になるのだから、よほど重く扱って、親密さもアピールしなければならん」
「功刀……司令」
半分納得したような、半分ガッカリしたような顔で、総一は呟く。
「でも、どうしてボクが」
「それだけの力があるからだ。自覚もあるのだろう?」
「あまりにも重みがないでしょう。それに、突然すぎるのでは」
「形だけのものを雇う体力は、TERRAにはない。すべて実力主義だ。君の力を認めているのに、それが嫌だというのかね」
総一はうつむいた。その声もボソボソと、
「いえ、嬉しいです。功刀司令に直接実務を教えていただけるんですから、ボクは……」
「そうか。嫌でなければ、きちんとつとめてもらおう。心配はいらん、君の流儀で仕事をして構わん。結果さえ出せば、TERRAでは何をするのも自由だ。期待している」
功刀は指を鳴らし、ホログラフを消した。
しかしブラインドをあけることはせず、ソファへ近づいた。
青年の左隣へ静かに腰を降ろすと、更に声を低めて、
「二人きりの時も、功刀さんと呼んで、構わないからな」
「功刀……さん」
八雲総一の頬は、暗がりでもわかるほど赤くなった。
まともにこちらを見ることもできないようで、功刀はふっと、その華奢な肩を抱きしめてやりたくなった。
そうだ、これが「愛おしい」という気持ちだった。
何くれとなくかばってやりたい、自分が良いと思うものを教えてやりたい、一人の人間としてじゅうにぶんに尊重してやりたい。
それは嘘偽りのない感情だった。だからこの青年を「おこがましい」と怒らせることはあるとしても、傷つけることはないだろう。
なるほど、こういう保護欲ならば、自分に残っていたか。
「これから総一は、私のパートナーだ。よろしく頼む」
総一はコクン、とうなずいたが、それでも功刀と視線をあわせることができない。
「あの、本当に、ボクでいいんですか……?」
功刀は立ち上がったが、総一の前で膝を折ると、視線の高さをあわせた。総一の掌に自分の掌を重ね、
「これが最後の選択だ。まだ君は引き返せる。今なら守秘義務さえ守れれば、大学だろうと民間の組織だろうと、何処へでも戻れるように取りはからおう。しかしこの提案を受けてしまったら、君はもう二度と引き返せない。私たちはいよいよ、MUとの全面戦争に突入しようとしているからだ」
総一はふいに、功刀の掌にもう片方の掌を重ねた。
ぎゅっと力を込め、功刀の掌を両手で押しいただくようにして、額に押しつける。
「ここで引き返すぐらいなら、最初からついてきませんでした」
若者らしい力の強さに驚いていると、総一は淡く潤んだ瞳で功刀を見つめた。
「明日から、功刀司令にふさわしいパートナーになります。功刀さんの目からみたら、ボクなんて頼りない子どもなんだって、わかってますけど……がんばります」
総一はすっと立ち上がった。しかたなく功刀も立ち上がりながら、
「では今晩は、就任挨拶でも考えながら、ゆっくり休んでおけ」
「わかりました。失礼します」
急ぎ足で八雲総一は出ていった。
ひとり残されて、功刀はソファへ身を沈めた。
総一の体温が、その場にほんのり残っている。
功刀は自分の手の甲を見つめた。
まるで口づけでもするようにとられた、自分の手。
こちらの心臓こそ鷲掴みにされてしまいそうな、あの強い眼差し。まるで恋でもしているような。
「恋以上、なのかもしれんな」
自分の力を認められて適切な仕事をまかされれば、誰だって嬉しいものだ。ネット以外のどこにも居場所がなかった天才少年が、その存在を認められ、その力を求められている。もう彼は独りではないのだ。その喜びは、功刀が想像する以上のものかもしれない。
あの瞳が熱っぽく輝き、声をうわずらせていた瞬間、それこそこちらの腕に飛び込んでくるかと思われた。その時は抱きしめてやればいいだけのことだが、その感情に焼かれてしまうのではないかと怖れて、功刀は一瞬ひるんでいた。幸いそれには気付かれなかったようだが、総一の「はじめて」を受け止めて、私はうまくコントロールしてやることができるだろうか。
「ふむ」
心配することもあるまい。
明日はきっと、いつもの笑顔で現れるに違いない。
予告通り、副司令にふさわしい仮面を身につけて、TERRA職員の全員にそつなく挨拶して回るだろう。年齢などものともせず、見事な仕事ぶりをみせるだろう。そしてその天才的頭脳と子どもらしさで、全てのものを虜にするだろう。その分析能力と判断能力は、機械を相手にしている時ばかり発揮されるものではないからだ。
功刀はソファをきしませて、さらに深くもたれかかった。
「まず、私がたぶらかされてしまって、どうする」
苦笑しつつ、功刀は不思議な官能に身をゆだねていた。
あの青年が望むなら、自分のものは何でも与えてやろう。
それが例えばこの身体であろうと、驚かずに与えてあやしてやろう。
どうせ私も操り人形、生きているのは形ばかりだ。
それで少しでもあの子の憂いが晴れるのなら、その小さな胸が、少しでも良い空気を多くとりこむことができるようになるなら、なにをやっても惜しくはない。
受け止めそこなった若い身体を思いながら、功刀は瞳を閉じた。

あの子の肌は、どれぐらい熱いだろうか――。

(2004.9脱稿)

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Written by Narihara Akira
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