『当然の結果』


「そういえば、この国も、こういうものが盛んなのだな」
ショウウィンドウを眺めてキースは呟く。
十月も終わりなので、ハロウィンの飾りつけが、多くの店先を飾っている。
この時期が過ぎると、カナダは本格的な冬に入る。その前にお祭りをすませておこうということなのだろう。
しかし「Trick or Treat!」は、キースにとっては異国の風物詩だ。イギリスで育った彼にとって、秋の終わりの行事といえば、ガイ・フォークスデーの花火だ。アメリカに来てからハロウィンを目の当たりにし、「なるほどこれが話にきいていたものか」と思ったが、キースの青春は収容所の暗黒時代とノア総帥としての多忙な日々に塗りつぶされてしまい、よく知らない風習を試すひまなどなかった。
それに、この時期には、別に考えておくべきことがある。
「ウォンの誕生祝いを、どうしたらいいか……」
亜熱帯育ちの彼にとって、冬は暖かい国で暮らすのが一番だ。
できれば長いバカンスをとらせてやりたい。
どうしても仕事がしたいというなら、冬季は冬季で、別の拠点をもうけてもいいのだ。
だが、この北国での組織はまだ安定しておらず、長いあいだ不在にできない。温度差のある国をしょっちゅういったりきたりするのは、それこそ身体にこたえるだろう。気の毒ではあるが、通年ここにいてもらって、寒さに慣れてもらうことも必要だろう。
だが、だからこそ。
「長い冬が来る前に、なにか気晴らしさせてやりたいんだが」
今年の夏は、自らの油断で身体を損ね、ウォンに余計な世話をかけ、ずいぶん心配させてしまった。
今も奔走している彼を、すこしでも楽しませたい。
普段のささやかな心遣いが、何よりの贈り物だと知ってはいるが。
可愛らしく甘えてみせれば、それだけで喜んでくれる、とわかってはいるが。
「ハロウィンは祝うものでもなければ、子どもの祭りだ」
そんなことを考えながら歩いているうち、にぎやかな空気にさそわれて、キースはふらりと、ある店に入ってしまった。
大人用の、冗談コスチュームが並んでいる。
キースがぼんやり眺めていると、店員に声をかけられた。
「お客様は、こちらなどいかがですか」
「これか?」
きらきらと輝く薄い布が、幾重にもゆったり重ねられた服を示される。
「これはなんの服なんだろう」
「雪の妖精です。男女兼用ですので、あててごらんになりますか」
鏡の前でキースは胸元に布をあててみる。
布はいささか青みがかっており、キースの髪の色、目の色、肌の色に、よくうつった。
「お似合いですよ」
「だが、大人が着る物ではあるまい」
「子どもの付き添いで、みなさんお召しになります」
「なるほど。需要があるから売っているというわけだな」
キースは想像した。
これを着て、「お菓子をくれるか、イタズラがいいか」とウォンに問いかける自分を。
ウォンは迷わず、イタズラがいい、というだろう。
キースが財布をとりだすと、店員は微笑とともに、
「キャンディもおつけしておきますね。楽しいハロウィンを!」

紙袋を抱えて寝室に戻り、キースはため息をついた。
服を着替えてウォンの帰宅を待つのはいいのだが、「イタズラするか」と問いかけるのは、外からやってくる方だろう。
待っている方がそう訊いてどうする。
笑われるぞ、きっと。
キースは浮かない顔で服を着替え、鏡に自分の姿をうつしてみた。
まとわりつく布の薄さが、身体のラインを露わにして、かなり扇情的だ。
「笑う前に、あきれるかもしれないな」
そう呟いて、ベッドに腰を下ろし、身を投げ出した。

いつのまにかウトウトしていたらしい。
寝室のドアをノックする音がして、キースは飛び起きた。
「いまあける」
キースが開けたドアの前に、なぜか黒装束の男が立っていた。
つばのついた、魔法使いの三角帽子。
袖と裾が広がった、たっぷりとした黒い服。
黒髪をたらした眼鏡の男は、ニッコリ笑ってこう叫んだ。
「トリック・オア・トリート!」
キースは苦笑した。
「甘い物もあるが、イタズラしていくか?」
ウォンはキースの頬に手を触れて、
「そうですね、この世で最もあまい氷菓子が目の前にあるのに、我慢できるでしょうか」
「悪い魔法使いは、両方欲しいか。よくばりめ」
「いけませんか」
キースは目を閉じた。口唇をすこし湿らせて、
「……いい。くれてやる。好きなだけ食べるといい」

まあ、当然の結果である。


(2009.10脱稿)

《サイキックフォース》パロディのページへ戻る

Written by Narihara Akira
http://www5f.biglobe.ne.jp/~Narisama/