『片 恋』


「ウォン……!」
達く瞬間、刹那は思わずウォンの首を抱き寄せ、くちづけをねだっていた。
ウォンも刹那を引き寄せ、深く腰を使いながら達した。
そのまましばらく身を絡ませていたが、刹那の方が先に力をぬき、満足げなため息をついた。
ウォンはその頬を愛しげに撫でながら、
「素敵でしたよ、刹那」
赤みを帯びたその肌が、さらに紅潮した。
「ああ。あんたもな」
刹那は目を伏せ、顔をそむける。
その羞じらいぶりにそそられて、ウォンはもう一度、刹那にくちづける。
刹那は拒まなかったが、かすれ声で応えた。
「まだ、するのか」
「あなたが欲しいのなら」
「俺は別に」
「では、そろそろ終わりにしましょう」
ウォンは刹那を抱きしめたまま、バスルームへ飛んだ。簡単に自分の後始末をすると、バスタブの中で刹那を清めはじめる。
「あっ」
先程まで、熱く硬いものでなぶっていた場所に、サックをつけた長い指が滑り込む。
「いいですねえ、まだこんなにキツイなんて……」
温かい湯をシャワーで注ぎ込まれ、刹那は低く呻いた。
「自分で、する」
「よく見えないでしょう、自分では?」
「そんなに汚れちゃいないし、あんたの洗い方、いやらしい」
「ああ! 我慢できなければ、ここでもう一度してもいいのですよ、刹那?」
「あんたの指でか」
「指でない方がよければ、そうしますが」
「いま、洗ってるのにか」
「また洗っても構わないでしょう? ピンク色で、とてもきれいですよ、刹那」
ウォンは刹那をバスタブから出すと、鏡を背にして立たせ、前屈みにさせた。
「自分でみたければ、脚の間からのぞいてみますか」
刹那は自分の丸い腰をみた。ウォンが手をかけて谷間を左右に開くと、濡れた薔薇色の蕾は、まだヒクヒクと震えていた。達ったばかりの前も、力を取り戻しかけている。
刹那はため息をついた。
「あんたので、鎮めてくれ」
ウォンは刹那の身をぐっと起こさせ、その表情を確かめながら、
「さっき、もういい、といいませんでしたか?」
刹那は赤い顔のまま、
「もういい、とはいってない」
「ふふ」
ウォンは刹那の腰に腕をまわし、再び後ろを探りはじめた。
「だいぶ人間らしくなってきましたねえ、刹那」
とたん、刹那の表情が凍った。身も硬くして、
「それは誉め言葉じゃない」
ホウ、と目を細めて、ウォンは刹那を見つめた。
出会ったばかりの頃は、なかなか心を読ませない得体の知れない青年だった、だから用心しながらつきあってきた。だが、実際は単純な心の持ち主で、こちらを信頼し、懐き、羞じらいながらも求めてくるようになった。それなら、安心して愛おしむことができるというもの。
「あなたがこんなに可愛くなってしまうなんて、思いもよらなかったのですよ」
言いかえてみると、刹那はムっとして、
「可愛くなくていい。能力が増える方がいい」
そんな様子がかえって可愛い。ウォンは刹那の背筋を指でなぞりながら、
「もっと強くなりたい?」
「なりたい」
「訓練すればよいのですよ」
「訓練で強くなってるか、俺は?」
「もちろんです。超能力も、手数も増えて、ずっと強くなっていますよ」
「あんたよりか?」
「なるほど。では試してみますか」
「え?」
「その身を切り刻まれるのを、あなたが本当に望んでいるのなら、ですが」
殺気を感じて、刹那は震えた。
相手が誰なのか思い出した。サイキッカー部隊司令官、自分の創造主。いや、単なる上司なら、刹那も今さら恐れはしない。だが、この男は元々、テロリストの一味で、米軍を踏み台に世界を牛耳るつもりでいるのだ。人を殺すことなど、なんとも思わないということを忘れてはいけない。
「SMプレイはごめんだな」
「そうですね。無茶はやめておきましょう」
ウォンはタオルをとると、刹那の身体を静かにぬぐい始めた。
「いい。自分で拭ける」
「こういう時はさせるものですよ、刹那。お楽しみのひとつですからね」
「楽しいのか、あんたは?」
「もちろんです」
「じゃあ、いい。……けど、普通に、拭いてくれ……」

ベッドに戻ると、刹那はおとなしく下着をつけ、ウォンが寝巻きがわりに用意していた、長いシャツをかぶった。
「もう寝ますか、刹那?」
「眠くないのか、ウォン? いくらあんただって、寝なくていい身体ってわけじゃないんだろ」
「そうですねえ。では、休みましょうか」
刹那は毛布をひっぱりあげ、あかりを消して目を閉じる。ウォンはその脇に滑り込んだ。
二人ともしばらく無言でいたが、刹那が先に口を開いた。
「なあ。人間らしいって、本当に誉め言葉か?」
「そんなに気になりますか」
「ああ」
刹那は薄闇の中で、菫いろの瞳をひからせる。
「あんたは親を殺したんだろ?」
「もうこの世にいませんが、残念なことに、私が手を下したわけではありません」
「ひどいことをされたんじゃないのか」
「まあ、母以外の血族は、すべて敵でしたからねえ。踏み台となるものは、それなりに利用して、あとは抹殺しました。殺らなければ、殺られていましたからねえ」
「恨む心が、あんたの強さじゃないのか」
「そうですねえ、憎しみは人を変えますし、生きる力にもなりますが、自分を攻撃してくる者がいなくなれば、憎しみそのものが薄れていくものではないですか? 少なくとも私は、若い頃よりずっと楽に生きていますよ。弱くなっても、いませんね」
「苦しみから解放されたっていうのか」
「あなたはどうなのですか、刹那。あなたの父親はもういないのでしょう? 死んでもなお、恨みますか? それとも他に恨む相手が? 軍で特殊能力を身につけ、普通の人間よりはるかに強くなったのに、まだ、心が苦しいですか」
「それは……」
「刹那。憎しみを手放しなさい、と命令しているわけではありませんよ。あなたは害された、それゆえ憎いなら、あなたは間違ってはいません。いくらでも憎むがいいでしょう。ただ、憎むのに疲れているのに、どうしても苦しいというなら、生前、どうしても和解できなかった相手の墓前で、文句をいうというセラピーなどもあるそうですよ。いいたいことをいつまでも胸の内にためておくよりは、スッキリするのでしょう」
刹那は身を縮めた。
「それは、別に、どうでもいい」
「そうですか」
「なら、今のあんたは、なんのために強くなろうとしてる?」
「私ですか?」
ウォンは低く笑って、
「愛しい者を、守るため」
「えっ」
「……などという台詞を私がいうと、実にウソくさく聞こえますねえ」
刹那はウォンの胸を叩いた。
「本気みたいな言い方をするなよ」
「ウソだとは、いってないでしょう?」
ウォンは刹那をそっと腕の中にいれ、
「あなたは私の最高傑作なのですよ、刹那」
「この程度でいいのか、あんたは」
「現時点ではね。納得できないなら、身も心も、更に鍛えたらよいでしょう。今はまだ能力も不安定ですが、いずれ私より、ずっと強くなれるかもしれませんよ?」
「俺の身体は、あんたのいいなりなのにか」
「可愛いことを」
ウォンは刹那の目元に口づけた。
「あなたは私の作品、大切な我が子同様です。こうして愛でずにいられません。それにあなたはサイキッカー、私たちは同志ではありませんか」
「同志?」
「刹那。感じてしまうのは、いけないことではありませんよ。それにあなたは私を選んで、自分から抱かれにきた。いいなりとは違うでしょう」
「だらしないと思ってないか?」
「まさか! 私の愛撫なしではいられない、もっともっと淫らな身体にしたいと思っているのですよ?」
「とっくにそうだろう」
「いい返事ですねえ、刹那」
静かに髪に指を入れながら、ウォンは耳元にも口づける。
「今夜は寝かせてくれないのか、ウォン」
「あなたを抱きながら寝ますよ、もちろん」
「もう、好きにしてくれ」
「ふふ」
ウォンは刹那の顔に口づけの雨を降らせた。刹那がとろんと瞳を潤ませると、愛しげに抱き寄せながら、囁いた。
「おやすみなさい、刹那」

胸が苦しくなって、刹那はすぐに目覚めた。
ウォンに抱きしめられているから、苦しいのではなかった。
むしろ抱擁は、優しすぎるほどで。
刹那は、胸の内で呟く。
《俺はあんたに、優しくされたいわけじゃないんだ》
最近のウォンは、明らかに以前と様子が違う。
刹那が初めて意識した時は、深い憂いを秘めた男だった。
なのに今は、ほがらかで隙のない、おそらく、本来的な姿を取り戻している。
精神的にすっかり安定してしまったのは、その憂いがぬぐわれたからだ。
そして、ウォンをそんな風に変えたのは、自分じゃない。
それがどうして悲しいのか、刹那自身も説明できない。
《だいたい、俺自身は、安定しちゃいけないんじゃないのか?》
ウォンがなぜ、自分に優しくするのか。
それは刹那を鍛えるためでなく。
むしろ、刹那の心をなだめることで、能力を安定させ、暴発を抑えるため。
つまり、これ以上強くさせないため。
それは、ウォンが心から大切にしている、愛しい誰かを守るためだ。
《あんたが俺を抱く時に、もっとめちゃくちゃにしてくれるなら、余計なことを考えなくてすむのにな……他の連中に、ウォンの愛人とさげすまれたって、俺はぜんぜん、かまわないんだ……》
「刹那?」
ウォンが眠たげな声で問う。そして刹那を、きゅっと抱き寄せる。
「離しませんよ、私の刹那」
刹那はため息をついた。
自分が大事にされているのは、ウソじゃない。
だから、もっと苦しくなる。
「俺は、人間らしくなんか、なりたくないんだからな」
そういって押しのけ、ウォンに背を向ける。
ウォンは一瞬、驚いたようだったが、背後から刹那の首筋に顔を埋め、
「ええ。ですから、人より優れた者になるのですよ、刹那」
それもまた、ウォンの本当の願いであることが伝わってきて、刹那は心の底からたまらなくなり――。

(2011.6脱稿)

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Written by Narihara Akira
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