『ラスト・クリスマス』


「刹那」
その宵、ウトウトしかかっていた刹那を抱き寄せ、ウォンは低く囁いた。
「あなたに、これから重要な使命を与えます」
「なんだ、こんな時まで仕事の話なのか」
刹那は不機嫌そうな声を出した。夜で二人とも裸で、怒ってもいいはずだった。
「あなたがいやなら止めますが、これは極秘任務なので、昼間、人のいるところで話すのは、ちょっとねぇ」
「なら、もったいぶらないでさっさといえよ。俺が本気で寝る前に」
「それでは」
ウォンは刹那の前髪をかきあげ、自分の額をコツンとあてた。
「なんだ?」
「なにも感じませんか」
「なにをだ」
「やはり、増幅装置を外している時のあなたは、テレパシーの受信が、できないようですねえ」
「つけてたって、まだ、できてやしない」
ウォンは額をはずして、ニコリと笑った。
「それでは、これをつけてみてください」
「なんだ?」
細い金いろのバンドを左手首に填められて、刹那は首をかしげた。
「どうです? チリリ、と痛みませんか」
「痛いな」
「私からすっかり身体を離すと、痛みは消えますよ」
「静電気か」
「試してごらんなさい」
しぶしぶ刹那は、裸のままベッドを降りた。
「ああ、本当だ。なくなった」
ウォンもベッドを降り、刹那の肩に触れる。刹那は左手が疼くのを感じた。
「なんなんだコレ。あんたに反応してるのか。それとも、超能力に反応するのか」
「サイキックです。その痛みを覚えておいてください。それと、こちらも試してみてください」
今度は右手に、似たようなバンドを填められる。
「なんだよコレは」
「心を読ませにくくするものです。テレパシーをジャミングする装置の簡略版、とでもいいますかね。まあ、あなたには、あまり必要ないのですが」
「必要ない? どういうことだ」
「不思議なことに、あなたの心は、あなたの能力と同じく、闇で覆われています。ですからかなりの能力者でも、あなたが本当に考えていることは、よくわからないはずです。それはあなたの特技なのですが、もし、私よりも強力なパワーの持ち主であれば、もしかすると、もしかしますからね」
「なんだ、俺にスパイでもしてこいっていうのか」
ウォンはうなずいた。
「ええ。何と説明してよいやら難しい男なのですが、今はマフィアの親玉、とでもいいますかねえ」
ウォンの掌から、魔法のように一枚の写真が飛び出した。
「ティーズ・マイヤース、とよばれています。この男が、超能力をもっているかどうか、あなたに調べてきてもらいたいのですよ」
マフィアの親玉にしては童顔だが、眼光は鋭い。
「調べてどうするんだ。あんたのコレクションに加えるのか」
「利用価値があるかないか、調べてきてもらいたいのです」
「あんたのいう、利用価値ってなんだ」
「サイキックの有無だけ、わかればよいのです」
「あったら使うのか」
「それはあなたにも話せませんよ、刹那」
ウォンはいつもの微笑を浮かべている。仕事中の顔になっている。
あってもなくても利用する予定だが、その力によっては使い分ける、といったところなのだろう。
刹那はため息をついて、
「で、俺はどうすればいいんだ」
「もう解っているでしょう? マイヤースに触れてくればよいのです」
「で、左手が疼くかどうかだけ、報告すればいいんだな」
「その通りです」
「で、どこへ行ったら、こいつに会えるんだ」
「それがなかなか、難しいところでしてね。マイヤースがしている仕事の関係者に、いくつかコネをつけてありますから、そこから先は、自分で考えてごらんなさい。まあ、スパイというより、気軽にアルバイトへいくとでも思えばよいでしょう」
「俺にでもできる、簡単な仕事ってことだな」
「いいえ」
ウォンは刹那の髪を撫でたが、刹那がピリリとした痛みに顔をしかめたので、掌を離す。
「簡単ではありませんよ。生粋の超能力者でなく、力のコントロールが微調節できるあなただからこそ、そのバンドが役にたちます」
「わかった」
「ですから、増幅装置は外していってくださいね」
あんな目立つ腕輪をつけてスパイなんかできるか、気軽に外へいくことすら無理じゃないかと思いながらも、刹那は素直にうなずいた。
「わかった」
「身の危険を感じたら、サイキックを使っても構いませんが、できればすみやかに逃げてください。あなたを失うのは、大きな損失ですからね」
「本当にそう思うのか」
「他に適任者がいれば、まかせたいところなのですがねえ」
「例によって、俺は貴重なサンプルだから、っていうんだろ」
刹那が苦笑すると、ウォンは真顔になった。
「ただのサンプルとしか思っていないのなら、こんな風に抱きませんよ」
「そうか? 都合のいい愛人なら、あんたにはいくらでもいるだろうが」
「おやおや、そんな邪推をされるとは思いませんでしたよ。愛人などというわずらわしい存在を、私が必要とするとでも?」
「じゃあ、俺はいったいなんなんだ」
「あなたは健気で可愛い、私の大切な恋人ですよ」
白々しい、と刹那は口を尖らせた。
「なぜすねるのです? では、刹那は私を、どう思っているのです?」
「別に、なんとも」
ウォンは、刹那の左手のバンドをはずし、くびれた腰回りを抱き寄せた。
「あっ」
「身体の方が素直そうですねえ。その肌にきいてみましょうか」
「うわ、あ!」
再びベッドに押し倒されて、すぐに刹那は喘ぎはじめた。
「あんたなんか、なんとも思っちゃいないさ……あんたみたいな嘘つきに……本気になった、ところで……」
「では、これは遊びですか」
リチャード・ウォンは、めずらしく寂しげな顔をして、
「司令官とは名ばかりの、軍内部で孤立している私に気づいて、優しく慰めにきてくれたあなたを愛おしいと思ったのは、間違いだったのでしょうか。嬉しかったのですよ、本当に」
「……ォン」
刹那はふいに大人しくなった。
「独りだったからな、俺も」
小さく呟く刹那を、ウォンは愛しげに見つめ、そして脚を押し開き、
「やはり、あなたを、いかせたくなくなってしまいました」
「こんな格好してる時に、なんてこというんだ」
刹那は、赤くなった頬を隠すように横を向いた。
「いかせろよ、ちゃんと」

★      ★      ★

《なかなか、触るところまで、いきそうにないな》
マフィアのボスという噂が本当かどうかはともかく、マイヤースという男は、かなり手広く商売をやっているようだった。そして刹那は、その末端の仕事を、少しずつかじっていた。飲食店だの遊興施設だの、入り込みやすいところばかりだったが。
ようやく当人と顔をあわせることができたのは、ホストクラブで働いていた夜だった。
自分のやっている店の、視察にきたようだ。
黒々とした髪を逆立てて、胸に緑いろのカーネーションなど挿している。キザでチャラチャラした男である。
《ウォンはいったい、あんな男を何に使いたいんだ》
年齢はそれなりにいっているようだし、雰囲気を漂わせてはいるが、ボスというよりもチンピラにしか見えない。
客にそつなく酒をつぎながら様子をうかがっていると、こちらに近づいてきた。
「なんだ、小綺麗なのが入ったな」
背後を通り過ぎる男の呟きを、刹那は聞き逃さなかった。
声でもかけられるかと思ったが、マイヤースはそのまま、店を出て行ってしまった。
閉店後に店長から「ホストは未経験といってたけど、なかなか手つきもいいわねえ。しばらくうちで働かない?」と口説かれて、一週間ほどその店でねばってみたのだが、ターゲットが二度と来なかったので、めんどうになって辞めた。
そして、その次の職場は。
「その服も意外に似合うな。午前中はそれでチラシを渡して、愛想をふりまいてくれればいい。あとはレジに誘導してくれ。午後からは、場所を変えてケーキを売ってもらう」
クリスマス商戦中の百貨店、そのオモチャ売り場に、刹那は立たされていた。
真っ赤なサンタクロースの服を着せられて。
白い髭はつけなくていい、といわれたので、金の髪に菫いろの瞳をした若いサンタは、つくり笑いを浮かべて、つったっていた。
商品はガラスケースの中に納められており、客はその番号をもってカウンターで注文する方式なので、子どもが暴れて、なにか壊されるということも心配しなくてよかった。自分に対して悪戯しようとしてくる子どもは、身のこなしでうまくかわした。視線や言葉でおどすのは下の下だ。軍の訓練で学んだもので、超能力などつかう必要はなかった。
《しかし世の中には、金持ちのガキが、こんなにいるんだな》
幼い頃、クリスマスだからといって何か買ってもらった記憶など、刹那にはない。
それどころか、基本的に一家団欒の時期とされる十二月に、親と一緒に過ごしたという記憶も、ご馳走の記憶もない。
あらゆる店をまわり、親に甘えながらどっさり買い物して、ニコニコしながら帰る子どもの姿は、刹那にとってひどく遠い世界で、共感できなかった。自分の好みでないものを押しつけられて怒る子どもたちの方が、まだ理解できる。おきざりにされて泣き出した子がいると、身をかがめて頭を撫でてやったりもした。
遅い昼休みの時間になって、朝から立ちっぱなしだった刹那は、休憩室にひっこんだ。ベンチに座り、帽子をぬいでため息をつく。さっさと着替えて食堂にでもいくか、と重い腰をあげようとした瞬間、背後から声をかけられた。
「小綺麗なサンタだな、なかなか」
「誰だ!」
ティーズ・マイヤースだった。気配を殺していたので本当に気がつかなかった。驚いて振り返った刹那を見下ろして、
「昼は子どもに媚びを売り、夜は女に媚びを売るか。その顔は、夜の仕事の方がむいていそうだ」
ホストクラブで会ったのを憶えているようだ。正体を見抜かれたか、と刹那は身構えた。
「なんの話だ。あんたは誰なんだ。どういうつもりで、俺に喧嘩を売ってるんだ」
あえて怒ってみせた。無礼な相手なら、不自然でなく殴ることもできるだろう、と刹那は思った。触ってピリリとすれば、それで任務完了なのだから。
「わかってるんだろう? おまえの雇い主さ。ケーキを売るよりワリのいい仕事をさせてやるから、ついてこい」
そういってスタスタと歩き出す。
「このサンタの格好は、どうすればいいんだ」
「そのままでいい。いったろう、俺が雇い主だ。衣装は置いてけなんて、ケチくさいことはいわないさ。意外と似合ってるしな」
「あんたが雇い主だって証拠が、どこにある」
マイヤースは、スマートフォンを取り出して、
「疑うならマネージャーを呼ぶか?」
「呼んでくれ」
「意外に真面目だな」
刹那はマイヤースの手元をのぞきこんでさり気なく触れようとしたが、かわされた。
マフィアの親玉という噂は本当なのかもしれない。その身は殺気をはらんでいる。
マイヤースはフロアマネージャーと話をすると、刹那を連れて百貨店を出て行った。
そして、刹那の向かった先は――。

《なんだ。こういうことかよ》
刹那は赤いサンタ服を破かれ、露出した肌に甘いクリームを盛られ、広いベッドの上で複数の男に犯されていた。
「クリスマスに、サンタさんからのプレゼントだ」
マイヤースは薄ら笑いを浮かべて、淫らな姿勢をとらされている刹那を見つめている。
刹那は激しく抵抗しなかった。だからといって、特にサービスもしてやらなかった。マイヤースからも、何も命じられていない。自分を抱く男たちが自分をつまらないと思おうと、白い肌だけを楽しもうと、そんなことは刹那にはどうでもよかった。
名も知らない連中にいたぶられるなど、別に初めてのことではないからだ。
《こいつらは、本当に何も考えてないな》
今ぶちまけられているのは性欲でなく、征服欲だ。綺麗な顔で取り澄ました者を見くだしたいだけなので、陵辱するのはむしろ男でいいのだ。こういう連中には、すこし苦しげな様子をみせてやればいい。泣いてみせるのもいいだろう。しかし刹那はごく冷静に身をまかせていた。口も掌も後ろも汚されていたが、時折うめく以外は声もださなかった。
しばらくして男たちが去ると、刹那はため息をついて、床に座り込んだ。
「なんだ、俺は部下へのごほうびか。どこの馬の骨ともしれない男を抱かせてすますとは、あんたはたいしたボスじゃないな」
マイヤースは薄笑いを浮かべたまま、
「白濁まみれで威張りながら、いう台詞じゃないだろう」
「何人がかりでやられようと、孕むわけでもなんでもない。ホストの仕事より、まだマシなぐらいだ」
「自分の命を心配しないのか」
刹那はククッと笑って、
「病気を心配しなきゃならないのは、あんたたちの方だろう」
「病気持ちには見えなかったさ。それに、入店時に、最低限のチェックはしてる」
「用心深いことだな」
マイヤースはふと真顔になり、刹那に近づいた。
「肝の据わった男だな。何が狙いだ」
「なにがだ」
「偽の名前を使って、あちこちの俺の店で働いて、目的がないわけがないだろう」
「好奇心さ。マフィアのボスってやつに、一度会ってみたかった」
マイヤースは、ハハ、と乾いた笑い声をあげた。
「あんたみたいな金髪美人がマフィアになりたいって? やめとけ。むいてないぜ」
「なんでだ」
「素直すぎるからな。顔にぜんぶ書いてある。誰に頼まれて、俺をさぐりにきた」
刹那は首をすくめた。
「ただ食いつめてただけさ。で、あんたは素人に探られて、困ることでもあるのか?」
「よく知りもしない俺に、喧嘩を売って楽しいか」
「ワリのいい仕事っていうから、あんたに抱かれるのかと思ってたぜ」
「俺になら、抱かれたいのか?」
マイヤースの指が、刹那の顎に触れた。
刹那の左手は、チリリ、ともしなかった。
「たいして顔も似てないのに、昔、捨てた女を、思いだした」
刹那は薄笑った。よし、これで任務完了だ、あとは逃げ出すだけだ。適当にこの場をつくろって、隙をみて逃げよう。
「捨てたことを自慢するのか。変な男だな」
「そりゃ捨てるさ。バケモノだったからな」
「バケモノ?」
「流行ってるだろ、サイキッカー狩りってのが」
刹那は一瞬、身を強張らせた。
やはり正体を見抜かれているのか。
それともこいつは、ウォンの機械では計れないレベルのサイキッカーか。
「よくは知らんが、バケモノを抱くのが趣味とは、本気で悪趣味だな」
「いや」
マイヤースは首を振った。
「趣味じゃないな。むしろ、切り刻みたいぐらいだ」
赤い瞳は燃えるようだ。刹那はさらに挑発するように、
「たいしたヘンタイだな。バケモノ好きの上に、それを切り刻みたいとは」
「なんだ、おまえも切り刻まれたいのか」
刹那もハハハ、と乾いた笑い声をあげた。
「見てたからわかってるだろうが、俺を満足させられる男はめったにいないんだ。ヘンタイプレイなしで、抱いてみたらどうだ?」
マイヤースは刹那の身体の下に腕を差し込んだ。ベッドの上に放り投げ、それから刹那にのしかかる。
「よし。おまえの望み通り、満足するまで、犯してやるよ」

★      ★      ★

刹那は清潔なホテルをとって、そこで半日ほど眠った。
身体の隅々まで洗い、大きな怪我がないのを確かめ、自分の顔色を鏡で確認した。
大丈夫だ。問題ない。
これで、やっと片がついた。
世間はクリスマスだ。ウォンに報告して、ご褒美のひとつももらおうじゃないか。
自分がウォンそっくりのポーカーフェイスになっていることにも気づかず、刹那は基地へ戻った。

司令室に向かおうとして、部屋の前で立ち話をしている人影に刹那は気づいた。
錆びた声が、ウォンの柔らかい声にからんでいる。
「あんたは刹那に、何をさせたい」
「今さらなんです、ガデス?」
「随分とこきつかってやしねえかってことさ。実験体で、愛人で、それだけじゃ足りないとはなあ」
「あなたなら、その理由はわかっているでしょう」
「なんだって」
「あの子はもともと人間です。超能力者になったところで、こちらの世界で暮らせるわけではありません。自分が人間の世界でも暮らせるということを、思い出させておかないといけませんからね」
「思い出させてどうする。捨てるのか」
「何度いわせれば気がすむんです。あなたはノアで、ソニアを間近でみていたでしょう。わかりませんか」
「ありゃあ、お人形だったろうが」
「クリス・ライアンは人形ではありません。私の大切な助手でした。手を出してすら、いませんでしたからね」
ガデスはため息をついた。
「そこらへんは、いばることじゃねえんじゃねえか」
「とにかく刹那には、人らしく暮らしてもらう訓練をしなければなりません。私も永遠に、軍の歯車でいるわけには、ねえ?」
「そりゃあアンタは、こんなところにおさまりきらねえだろうが、刹那は軍の機密じゃねえのか」
「その処置については考えていますよ。あなたに心配される必要はありませんし、あなたに刹那を譲る気もありません。むしろあなたは、自分の新しい持ち場のことでも考えはじめたらどうです」
「おぉ、おっかねえことをいいだしたな」
「冗談ではいっているわけではありませんよ。ただ、あなたを敵に回す気はありません。使えると思ったから、ここへ連れてきたのですからね」
刹那は、自分の膝が震えているのを感じた。
そこで交わされている会話が、耐えがたいのだ。
なぜだ。
なぜ、こんなひどい屈辱感を味わってるんだ。
殴られたって、犯されたって、もっと酷いことをされたって、俺は平気なはずだったのに。
ウォンがひどい男だってことも、とっくにわかってたのに。
なぜだ。
なぜ、俺は。

刹那は足音を忍ばせて自分の部屋へ戻り、そして再び眠った。
しばらく、こんこんと眠り続けた。
幸せが歌われるクリスマス休暇に、身も心もすっかり疲れ果てさせてしまったことにも、気づかずに――。

*(K様の原案「軍サイキッカー貸し出しアルバイト」ネタを変形して使わせていただきました。許可はいただいております)

(2011.12脱稿)

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Written by Narihara Akira
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