『愛する能力』


その昼下がり、刹那が司令官室に入ると、ウォンがめずらしく、デスクに伏して眠っていた。
メガネだけ外して、赤い袖に頬を埋めている。
そっと近づいていっても、静かな呼吸は変わらない。
刹那は後ろへまわってウォンの髪をかきわけ、首筋に口づけてみた。鼻をおしつけても反応がないので、上着ごしに、背骨のラインをすうっとなぞる。そのまま腰まで掌を滑らせようとした時。
《こんな時間からおねだりですか。せめて、ドアのロックを確かめてからになさい》
ハッキリした声が響いて、刹那は驚いた。
「俺も受信できるのか、あんたのテレパシー」
「いえ、今のは腹話術です」
ウォンは身を起こした。頬はうす赤く、細めた瞳は潤んでいる。とっくに起きていたのだろうが、刹那が入ってくるまでは眠っていたに違いない。
刹那は肩をすくめた。
「じゃましたか、悪かったな」
「いえいえ、なかなか素敵な起こし方でしたよ」
乱れた髪をかきあげ、メガネをかけなおすと、ウォンはすっと立ち上がった。
「う」
タイツ越しにいきなり握りしめられて、刹那は思わずうめき声をあげた。
次の瞬間、口唇も奪われる。
ウォンの指は刹那の胸をさぐって、かたくなったところを更にきつく絞りあげた。
刹那は思わずウォンの首に腕を回し、しがみつくようにして愛撫に応える。夢中で口唇をむさぼりかえす。
「ォン……」
息が苦しくなって、刹那から顔を離した。
ウォンは楽しげに、上気した刹那の頬をなぞって、
「デスクに手をつきなさい」
「あ?」
ウォンは机の端を刹那に握らせ、後ろへ回った。白い上着をまくられる。
「ちょ、ま、はやっ」
ウォンの切っ先がすでにあたっている。いつのまにか、タイツの一部が斬られていた。
「いやなのですか? あなたから誘ったのではありませんか」
刹那を後ろから抱え、焦らすように浅くつつく。
「誰か、くるかも、しれないのに」
刹那がようやくそれだけ言うと、ウォンはぐっと深く突き入れて、
「めったな者は入れないようにしてありますからね。それに、誰かに見られたからといって、今さら気にするあなたでもないでしょう? その証拠に、本気で抵抗していないじゃありませんか」
「う」
ウォンにすっかり慣らされている身体である。薄い皮膜ごしだが、熱く硬いもので犯されて、刹那の身体は喜びで震えた。
「ああ、こんなに興奮して。なんて淫らなんでしょう」
「あんただって」
刹那はウォンの動きに自分の動きをあわせ、
「そんなにしてるなら、あんただって欲しかったんじゃ、ないのかよ」
「いけない子にお仕置きをしているだけですよ」
「ひどくするのか?」
ウォンは含み笑いをもらした。
「そうですねえ。ひどくされた方がマシと思うぐらい、とろけさせてあげましょうか」

刹那は床に崩れ落ち、デスクにぐったりよりかかった。
ウォンは簡単に自分の後始末をすませ、涼やかな表情でそれを見下ろしている。
己の体液で服も部屋もよごし、みっともなく脚を開いたまま動けもしないでいるのは、刹那にとって屈辱的なことのはずだった。
だが。
「あんた、午後の仕事、ほっといていいのかよ」
台詞だけは強がってみせる。
「今日は、特に急ぎの仕事はありませんからね。それに、可愛いあなたがおねだりしてきたんです、時間をさくのは当然のことですよ」
「ふん」
刹那は泣きそうな顔をした。
すっかり腰がぬけているとはいえ、超能力をつかえば動けるだろう。しかし、ウォンの前で使うのはシャクだ。
「ああ、しかたがありませんねえ」
ウォンは身をかがめると、刹那を軽々と持ち上げた。
「なにをする」
「何もしませんよ」
薄く笑うと、刹那を抱えたまま、瞬間移動した。
そして刹那は、自分の部屋のバスルームにいた。
「こういう後始末は、された方がお返しにする、という文化もあるのですがねえ。あなたには無理そうですね」
刹那を壁にもたれさせ、インナーを剥がしていく。
「いい。自分でやれる」
「羞じらう姿をもう一度味わえるという意味では、悪くはないのですが……ふふ、また、食べたくなってしまいますねえ」
「う」
そっと肌をさすられるだけで、刹那は反応してしまう。
「ずいぶん感度もあがりましたね。それともまだ、愛撫が足りませんでしたか」
「だってあんた、このごろはすっかり忙しそうじゃないか」
刹那はそう口走って、思わず視線をそらした。
「夜、部屋いっても、いなかったりするし」
自分でも赤くなっているのがわかるほど頬が熱くなり、口唇を噛む。
「おやおや、ずいぶんとさみしい思いをさせていたようですね」
「別にいい。あんたしか相手がいないわけじゃなし」
ウォンはふと頬を引き締めた。
「誰と寝るのもあなたの自由、といいたいところですが、危険なことはしないでくださいよ。あなたの身体はあなただけのものではないのですから」
刹那は上目遣いにウォンをうかがいながら、
「あんたのだ」
「いいえ。あなたは愛しい我が子ですが、私だけのものでもありません。あなたは人類の未来を大きく変える、貴重な実験にその身を捧げているのですから」
「そんな大層なもんかよ」
「その自覚をもって訓練しているはずです。今さら頭の悪いふりをしてもだめですよ、刹那?」
「だったら、もっと」
大切にしてくれよ、と口走りそうになって、刹那は身震いした。
「なんです、刹那?」
刹那は首をふった。
「あんた、変わったよな」
「そうですか」
「違うか。今のあんたが、元々のあんたか」
「なんの話です」
「ウソをついてます、なんか企んでますって、顔に書いてある」
「ずいぶんと酷いことをいわれていますねぇ、私は?」
「ほめてるんだ。ポーカーフェイスっていうんだろ」
「あなたに嘘をついたことはありませんよ」
「あんたはそういうだろうな」
「ゴネますか。今の私は、嫌ということですね」
「違う」
刹那が初めてウォンを見た時、ウォンはひどく無防備だった。
深く傷ついた者特有の瞳が、刹那を無意識にひきつけていた。
しかし、今のウォンは違う。瞳に力がある。ふてぶてしいほとだ。
落ち着いた、満ち足りた笑顔も見せるようになった。
つまり、他の誰かがウォンを癒しているのだ。
だからといって、嫌いになったわけではない。
それどころか、もっと愛されたくてたまらないのだ。
「……本当は、俺のことなんてもう面倒なんだろう? あんまり構うなよ」
「刹那」
ウォンは再び、刹那を抱きあげた。
「なんだよ、どうする気だ」
「今、あなたをきれいにしても意味がなさそうですからね。ベッドへ行きましょう」
「身体でいうことをきかせようっていうのか」
「もっと可愛がってほしい、と顔に書いてあります」
「いいのかよ。こんな昼間っから」
「つまらない予定より、あなたの方がずっと大事ですからね」
「ウォン」
刹那は瞳を潤ませた。
「だったら、さっきみたいんじゃなくて……」
「ゆっくり、たっぷり、優しく愛しますよ、もちろん」
刹那はウォンの首に腕をかけて、しがみついた。
「時々、あんたのこと、殺したくなる」
「そんなに愛されているとは、嬉しいですねえ」
嘘つきめ、そういいかけて、刹那は首をふった。
あんたは嘘はついてない。
ただ、殺したいと思うほど、俺を好きじゃないだけだ。
あんたは、違うんだ。
「可愛い、刹那」
優しく背をあやされて、刹那は泣きそうになった。
「もういい、好きなだけ犯せばいいだろう」
「そんな風にすねてみせても、可愛さが増すばかりですよ」
「あんたなんか……」
刹那はもう、どうしていいかわからなかった。
ウォンに対していいたいことは、もうすべていってしまった。
同じ台詞を繰り返す以外、能のない愛人なら、ウォンでなくとも飽きるだろう。
「どうせ……俺なんか……」
「泣かないで、刹那」
ウォンは刹那の頬に指を滑らせ、
「どうしてそんなに苦しむのです? 私の企みを、いくつも知っているのは、あなただけなのですよ」
「俺は別に」
「いくらでも欲しいだけ、私を求めてよいのです」
「そうじゃない」
自分がみじめすぎて、絶対にいえない。
愛されたいなんて。
この瞬間にも、抱かれてるのに。
「ああ、私に、求めて欲しいのですか?」
ウォンは薄笑った。
「私はね、刹那。ききわけのよい子が好きなんです」
その瞬間、刹那の背筋は凍りついた。
それは殺気に似た――これ以上ダダをこねたら、命が消える、と刹那は思った。
「あなたを愛していますから、できるだけのことはします。ですが私も生身の人間、限度を超えると、どうなるか」
刹那は呻いた。
「悪かった。優しく、してくれ」
「もちろん」
ウォンの微笑は相変わらずおそろしく、刹那は目をつぶってしまった。
超能力なんか、なんの役にも立たないのか。
まっすぐ愛された方が、よっぽどいい。
そういうちからが、自分に、あったなら――。

(2011.8脱稿)

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Written by Narihara Akira
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