『キース・エヴァンスの恒常的な不満』


ウォンって、なんで、しないんだろう。
キースは時々、不思議に思う。
ウォンと出会って、二人きりの時に不意に口唇を奪われてから、もうずいぶん長いこと、身体の関係がある。
時々、しない時期もあったり、一緒にいなかった時期もあったが、今もまだ、している。
そろそろウォンも、僕の身体に飽きたのか、と思ったこともある。
だが、そうでもないようなのだ。
ウォンが、ぼんやりしている時、意識のガードを緩めている時。
大概、白い肌を思い浮かべている。
銀色の髪を、アイスブルーの瞳を、小さく喘ぐ唇を、可愛らしく身を震わせている裸身を。
僕か、と思うと、なんとなく恥ずかしくなる。
そんなに抱きたいなら、今すぐ抱けばいいのに。
君の望み通りの媚態を、見せてあげるよ。
なぜなら、君に触れられるのは、気持ち、いいから……。


そういうテレパシーを送ってみようかな、と思う時もあるのだが、ウォンも仕事中だったり、自分も出先だったりするので、本当に飛んできて、あんな風に激しく抱かれても困るわけで。
《だが、意外に可愛いところがある》
キースの方から、背伸びをしてウォンにキスしたりすると、未だに赤くなる。
どうしてそんなにウブな反応を、と驚くぐらいだ。
嬉しそうな照れ笑いを見るたび、「こんな顔をするのか」と不思議になる。
もしかして、そんな表情を知っているのは、僕だけなのかと。


無邪気な男ではある。それは知っていた。
普通の男は、「世界は私のもの」とはいわない。
三十代半ばにして、子どものような台詞を本気で言えるウォンを、ある意味、うらやましく思っていた。
それが信じられるぐらいなら、超能力者の秘密結社をつくろうなんて思わない。
思いどおりになる世の中に、してしまえばいいのだから。
《でも、なんで本気で言えるんだ?》
そう思わないと、のしあがってこられなかったからか。
権力をもたないと、殺される環境にあったからか。
なら、どうして僕は?
《僕の見ていた夢は、もっと、ささやかなものだったからか》
友人と、平穏に暮らせる日々さえ保証されるなら……それが一番、僕にとって、困難なことだったから……。
だが、ウォンと過ごすようになると、時に安楽な日が訪れるようになった。
もしかしてこれが、僕が欲しかったものなのか。
その相手がウォンであること以外に、不満は……いや、相手がウォンであることに不満は……ないよな。


目が覚めているのに、変に疲れが残っていてベッドから起きられないでいると、また、ウォンが自分のことを考えているのに気付いた。約束に遅れる、と思いながら、ウォンの気配をさぐると、先に起き出して食事をとり、パソコンの前で新たな指示を出しているようだ。彼は世界のどこにいても社長で、どこにいても何かのプロジェクトを動かしている。それで彼の世界と資金が回っている。その金は時に、超能力者を支援し、そして――僕を飼うのに使っている。
飼われているのか、僕は?
バーンは僕を選ばなかった。
ウォンは僕を選んだ。
ただそれだけのこと。
それが現実。
僕は別に、ウォンが好きで、抱かれてきた、わけじゃ……。
《それは嘘だ》
身を起こし、キースは出かける支度を始めた。
ただ気持ちがいいというだけで、ウォンの腕の中で過ごしてきたわけじゃない。
世界征服も理想郷も、人がきけば、同じく笑い話だ。
僕たちは、そういう意味では、似たもの同士なのかもしれない。
だが、つまらない腐れ縁なら、辛い思いをする必要もなかった。
ただ自分の身を養っていくだけの金なら、実はすでにもっている。
囲われるのが嫌なら、いつでも出て行けたのだ。
出会いや始まりがどんなものだったにしても、僕が、ウォンを選んだんだ。
ウォンが僕に求めてるのは、可愛らしく甘えてくれる年下の恋人であって、僕はたぶん、少しそれとは違うのだろうけど、僕に「愛してる」って囁かれたら、震えがくるほど嬉しいんだと……しかもそれを、自覚していないというなら。
キースは寝室を出た。
「ウォン」
ウォンは淫らな妄想をしていたことなど、けぶりもみせずに、
「お出かけですね」
「ああ、予定通りに」
「朝食は」
「もう時間がない。途中ですませる」
「お気をつけて」
「うん」
本当に知らん顔をしているので、キースはかえって面白くなった。
キースはウォンの膝に自分の膝を乗せた。
「目を閉じて」
口を吸う。ウォンがさっきまで望んでいたのと同じ、可愛らしいキスをする。
さすがにたまらなくなったか、ウォンはキースを抱きしめた。
顔を離すと、先ほどのポーカーフェイスはすっかり崩れていた。欲しい、と顔に書いてある。
「キース?」
「そんな隙だらけの君を、久しぶりにみたから……して、欲しいのかなって」
囁き声で誘ってみると、ウォンは喉を鳴らした。
だが、すぐに表情を整えて、
「遅れますよ、こんなことをしていたら」
キースも表情を整えた。
君は、妄想している方が楽しいのか。
その方が好き勝手にできるものな。
「そうだな。すまなかった。なるべく早く帰る」
キースはウォンの膝から降りると、さっと部屋を出た。
口元を軽くぬぐうと、
「……欲しい、っていえば、遅れても、今日の予定をぜんぶキャンセルしても、よかったのに」
どうやら悔しいことに、僕の方がウォンのことを好きみたいだ。
「ふ」
キースの薄い唇が、次の瞬間、ふっと緩んだ。
「まあいい。帰ったら、あんなことやこんなことや、物凄いことをしてやるから、覚悟しておけ、リチャード・ウォン」


(2016.9脱稿)

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Written by Narihara Akira
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